醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより   1199号   白井一道

2019-09-28 11:01:05 | 随筆・小説



   徒然草二七段  『御国(みくに)譲りの節会行はれて、剣・璽(じ)・内侍所(ないしどころ)渡し奉らるゝほどこそ、限りなう心ぼそけれ』



 「御国(みくに)譲りの節会行はれて、剣・璽(じ)・内侍所(ないしどころ)渡し奉らるゝほどこそ、限りなう心ぼそけれ」。

 国譲りの儀式が行われて、三種の神器、草薙剣・八坂瓊勾玉(やさかにのまがたま)・八咫鏡(やたのかがみ)を新天皇に譲り渡されることほど旧天皇にとってこれほど寂しいことはなかろう。

 「新院の、おりゐさせ給ひての春、詠ませ給ひけるとかや。
殿守(とのもり)のとものみやつこよそにして掃(はら)はぬ庭に花ぞ散りしく
 今の世のこと繁きにまぎれて、院には参る人もなきぞさびしげなる。かゝる折にぞ、人の心もあらはれぬべき」。

 新院の花園上皇が天皇の位をお譲りになった年の春、次のような歌を詠まれたとか。
 殿守寮の下役人たちは上皇のいる新院のことをよそ事として掃除をしない庭には散った花がそのままになっている
 新天皇のことが忙しいことにかまけて上皇のいる新院には参る人もなく、実に寂しそうだ。このような時にこそ、人の心は現れるのだ。


 権威と権力とを併せ持った天皇が新天皇にその位を譲る。この出来事は呪術であった。三種の神器を譲り渡すことによって新天皇は権威と権力とを得る。三種の神器には呪力がある。三種の神器が有する呪力を得ることによって新天皇は新たに権威と権力とを獲得する。これは将に呪術以外のなにものでもない。このような呪術が支配した社会に当時の人々は生きていた。
 呪力を失った元天皇はただの人になった。ただの人になった元天皇のところにやって来る人はいない。それは今も同じようだ。鳩山由紀夫氏は旧民主党が政権を取った時の総理大臣であった。総理の職を辞した鳩山由紀夫氏を批判する元民主党政権幹部たちがいる。鳩山由紀夫氏がクリミヤに行ったことを元民主党時代外務大臣や副総理をしていた岡田克也氏は批判していた。鳩山由紀夫氏の真意を知ることなく、ただ表面的な理解だけで鳩山由紀夫氏を批判していた。実に情けないことだ。
 兼好法師がおよそ七〇〇年前に述べていることは、現代社会にあっても通じることだ。ここには人間世界の普遍的な真実があるように思う。
 私も昔、先輩から言われた言葉がある。「お前に頭を下げる」のはお前の机、席に頭を下げているのであって、お前自身にではないということを肝に銘じておけと言われた言葉を今もありありと覚えている。しかし私はそれほどの地位につくこともなく、極々平凡な人生をおくった。