1分で読める小さなお寺の法話集

子育て、人材育成に関する法話を実話と歴史から紐解いて書いております。

【住職の法話。考え方を少し変えるだけで、苦しい人生が、楽しい人生に】 諺に「鳶(トンビ)が鷹を産む」という言葉が。が、残念ながら、トンビが鷹を産む事は。鷹のようなトンビを、育てる事なら出来ますが。

2023-06-15 09:18:11 | 法話
【6月30日投稿分】

読者男性が「住職のSNS の投稿法話でもよか、住職の法話本でもよか、『これは、ありがたい』と思われた、読者の法話の使い方ってありましたか」と。「ありましたよ。へえ、そんな使い方をしてくれてるんだ、というものが」「それは、どんな使い方ですか」と。「1人は80歳超えの女医さんで、寝室の枕元に拙僧の法話本を置いて、朝起きると1番に手に取り、適当なところを開いて、そこに書かれてある内容を『今日1日気をつけるところ』として、使用されていると聞きましたね」と。

続けて、拙僧「今1人は、読者30代の男性。拙僧が以前に投稿した法話『禅宗の中には何十年も、一言一句違わぬ法話を人々に継続提供されているご住職がおられるとか。その意図は、自身の成長の度合いを、この法話から自らで悟りなさい、という意味合いから。今日聞いた法話に対し、なんだこれ、10年前に聞いた話じゃないか、と、同じものに聞こえたら、その人はこの10年、何ら成長してないという事に。少しでも成長していたら、同じ内容の法話でも、同じ様には聞こえてないはず』の話をヒントに、子育てをされていたようで」と。

続けて、読者男性に「この読者30代の男性は、拙僧の法話の中から1つの話を選び出し、息子さんが小学1年から中学3年までの9年間、1年に1回、その選び出した同じ法話に対し、感想を息子さんに聞いていたと。息子さんのその感想から、わが子の成長を読み取っていたと。親との会話が減少する中学生の時期も、この法話の感想(口調も含)を聞ける事で、今現在の息子の心情を読み取る事が出来たと。『こんな使い方もあるんだ』と有り難くも、驚きましたよね」「私にも、5歳と8歳の子供が。男の子と女の子ですが。この子供の心情の見分け方、凄いですね。私も真似をさせてもらいます」と、この男性読者が。

言葉と言えば、先般、こんな事がありました。野球少年の集まる場所で、彼らに「土地(氏神)にも、水(水神)にも、火(荒神、竈神)にも、神が宿ると言われてるんだよね。神が本当に宿っているのか、と言われれば、そりゃわからん。ただ、昔の人達は、その土地を縁に頂き、生活をさせてもらい、水も火も1週間なければ、人間は生きていけない事から、神が宿っているとして、敬いの対象にされてたんだよね。君らの大好きな野球にも『野球の神』が宿っているかもな。もし、宿っているとしたら、何を神に願いたいかい」と尋ねてみた。

すると、大半の子供が、上手になる事、と回答を。その中で1人だけ「神が投手、僕が打者、僕が投手、神が打者、で対戦してもらいたい」と。「ほう、斬新な考え方だな。野球の神と、勝負をしてみたいってか。こりゃ、驚いた」と返すと、その子が照れながら「いや、住職、違うんだよ。ある人の言葉を真似しただけなんだ」「ほう、誰よ」「藤井聡太さんだよ。『将棋の神がいるとしたら、何を願いたいですか』とプロ棋士達に尋ねたら、プロの人達は大半が、技術向上を。が、藤井聡太さんだけが『一局、対局していただきたい』と。この言葉に僕『かっこいい』としびれたんだ。それを真似しただけ」と、この少年が。

次回の投稿法話は、7月5日になります。







【住職の法話。考え方を少し変えるだけで、苦しい人生が、楽しい人生に】 平等と公平は、そもそも違うもの。何でも一直線に並べて、考えてはいけないと思うがな。

2023-06-13 07:14:00 | 法話
【6月15日投稿分】

この度は「その時代、その時代に合わせた考え方をするは、そりゃ勿論、必要だとは思いますが、何事においても、基本を蔑ろにした考え方をすれば、歯車を狂わす事になりはしませんかね」のお話をさせて頂こうと思います。

読者女性が「先日ですが、住職さん。ある番組で小学校の運動会の『ジェンダーレス徒競走』が世間で物議を、の話がありましたよね。男女混合で競争させれば、体力的に上回る男子が、全て1位になるは当然の事。オリンピックでも男性の記録に、女性の記録が上回ってる競技など、ないですよね。男性と女性を同じ土俵で競わせるなんて、それこそ無理(無謀)な話にて。こだわるところが違ってますよね。糞も味噌も一緒にして、頭脳による競争なら、まだしも、ですが。なんか、おかしくないですか、昨今の世の中。無理矢理に分母を揃えて、何がしたいのかな」と。「平等と公平は、そもそも違いますもんな」と拙僧。

更に続けて、この読者女性が「土俵といえば嘗て、大阪府知事の太田房江さんが優勝力士に祝い品を手渡す為、女性が土俵に上がる上がらんで、世間が大物議に。あの時、私見ですが『いいじゃないの。伝統的にそうなってるんだから。大相撲は1642年以来、400年の間に横綱は、たったの70人程しかいない伝統の世界。女性が男性の領域に入れない所、男性が女性の領域に入れない所、そんな場所があったって。そういう決まりがあってもいいんじゃないかと思う。全て同じ方向では、メリハリもなく、それこそ公平さに欠ける事になりゃせんですかね」と。「えらく、大相撲に詳しいですね」「大相撲女子、ですもんで」「あの時の事は、拙僧も覚えてますよ。その事を米国女性達にアンケートをとった時『伝統的に女性は土俵に上がれない、となってる事を、何故そんなに怒る必要があるの』の意見が多かったですよね」「よくご存知で。京都府舞鶴市の市長が土俵で倒れ、土俵上に医療関係者と思しき女性が上がった時『土俵から女性は、下りてください』と言った八角理事長が『不適格な対応』と当時、謝罪しましたが。これはその通りだと思いますよ。命に関わる事ですからね。されど、それと伝統儀式をごっちゃにするは、如何なものかと思います。因みに、3月に行われている東大寺の『お水取り』も、今も女人禁制(参拝者は別)ですよね。1260回以上も奈良時代から途絶える事なく。時代が移り変わっても、何らそのやり方は変わらずに。それに対し、異論を唱えるは、何か違うような気がしますよね」と。

読者の若者が「その時代、その時代に合わせた考え方の事ですが、何でもがスマホ頼りの時代に、アナログの方が間違いない事って、何かありますか、住職」と。「これは、ほんの1例ですよ。今年の5月、家族5人で四国巡礼に。43番明石寺を出る時、息子に『レンタカー屋にタクシーを2台呼んでおけ』と指示すると『スマホ調べでは、約5分でタクシーが来ると書いてあるよ。大丈夫だよ。前もってタクシーを呼んでおかなくても』と言うので『そうか』と。が、実際に5分で来たは1台。先に家内と家内の母を乗せて走ってもらい、もう1台を待ったが、来たは30分後、定刻の船に乗れず、次の便に。長男が『父さんの言う通りにしておけばよかった』と。次男は『俺は基本的に間に合わんと思ってたから、焦りもしなかった』と。拙僧、息子2人に『母さんと婆様は、出港10分前に港に着いてたそうだぞ』と。すると、息子達が『間に合ったんだ。父さんならこの場合、どの様な手立てを』と。『父さんは昨夜、愛媛市内のレンタカー屋から松山観光港までの距離を調べ、出港30分前にレンタカー屋を出たら、間に合うと計算してた。30回以上毎年、四国巡礼に来ている経験があるから、大方の予想がつく。北九州では10キロを30分では無理な話だが、愛媛の海岸線10キロは30分以内で行ける。今回は1分、2分を争う時間だったから、父さんならレンタカー屋に、料金メーターを発動させた状態で、2台待機してもらっていただろうな』『何故、僕らにそうさせなかったの』『父さんの言う通りにしろ、と言おうかな、とは思ったんだが、失敗も経験になると思って言わなんだ。それに、船を1便乗り遅れたからとて、次の便もあることだし。父さんは基本、スマホ情報は信用してない。世の中は動いているので、情報通りにはいかない。時間に余裕があるのなら、スマホ情報でも構わんが。経験なき知識(スマホだけの情報)は、経験ある知識よりは当然、失敗する可能性は高いわな』と息子達に」と読者の若者に。

更に続けて、この読者若者に「拙僧の檀家には、阪神淡路大震災にも、東北大震災にも、その場にいた人達(被災者)が。彼ら曰く『震災時にはスマホ(携帯)は全く役に立たず、お年寄りの知識、知恵、経験にどれほど救われた事か』と言ってたよね。手先1つで、水も火も電気も、簡単に手に入るが当たり前になっていて、物が壊れりゃ、買い換えるが当たり前の時代。電車が止まれば、帰宅難民がそこらじゅうに。ライフラインが止まった時点で、手も足も。工夫して活かす必要のない環境で生きているが、私達にて。昨今、あまり耳にしなくなった言葉『温故知新』を、再確認する必要があるのかな、と最近、つくづくそう思いますよね」と。

次回の投稿法話は、6月20日になります。








【住職の法話。考え方を少し変えるだけで、苦しい人生が、楽しい人生に】 人が生まれて、初めて人間の理不尽(自分勝手、欲、嘘つき、浪費など)を目にする(3歳の子供が)は、親の言動から。

2023-06-08 06:25:10 | 法話
【6月10日投稿分】

先月、親子関係に大きな溝のあった父親を亡くした息子(長子)さんに拙僧、葬儀の当日、次の様な話をしました。

「平成15年7月8日、拙僧が父を亡くしたその年に、檀家男性が他界を。平成15年6月28日、67歳で。ところが、その男性の父親も、昭和55年の6月28日、67歳で他界を。君の爺様と父親もこの度、他界日と他界年齢が同じだったな。偶然とはいえ、不思議なもんだよね。そこの家族はちょっと複雑でね。平成15年に亡くなった男性の、最初の奥さんの子供が長男さんで、2人目の奥さんの子供が、長女さんと次女さん。つまり、親の離婚による腹違いの兄妹って事だな。葬儀は一応、その長男さんが喪主をされたが、その後の追善供養(1周忌、3回忌、7回忌、• • • )は、父親が大好きだった長女さんが引き受けた」と。

続けて「その父親の葬儀の時に拙僧、その長男さんに『わが寺の納骨堂に次に入れるは、直系の君達家族なんだが、父親と一緒に入るがどうしても嫌なら、爺様と父親は永代供養にして、お寺が預かる事も出来るよ。つまり、お寺の納骨堂が、君の家の仏壇となる。そうされている檀家さんは、何軒かある。長女さんと妹さんは嫁がれているから、ずっと里の仏壇を嫁ぎ先に置いとく訳にはいかんからね。だけどくさ、現実的な話で、わが寺の納骨堂を君が継承しなかったら、君は、どこぞのお寺の納骨堂を契約するか、お墓を建てなきゃならん。継承すれば、お金は0円で永眠場所を君達家族は確保出来るが、別にお墓を建てようもんなら、安いお金の問題じゃない。そこら辺に自分達の遺骨は捨てても構わん、というのなら話は別だが。が、この、捨てても構わん、は、様々な問題が起こってる。まず、誰が捨てに行くのか。死体は自力で歩いて火葬場には行けないし、自分の遺骨を自分で捨てにも行けん。散骨、といえば、聞こえはいいが、あれは海に捨ててるに同じ。後々後悔して拙僧のところへ、どうすればいいですか、と相談に来る人は少なからず。どうすれば、と言われてもね、遺骨はもう戻ってくる事はない。10年経てば、知識、知恵、経験が増して、人の考え方は確実に変わる。わが寺の納骨堂は、あの位置から変わる事はないから、じっくりと考えなさい」と。

更に、拙僧「死んで逝った人間にこだわりはない。こだわってるは、いつも残った人間だけ。喧嘩相手は、もうこの世にいないのに、腹を立て続けて何の得になる。心身ともに病む(疲れる)だけだよ。よしな』と。この長男さんだが、数年後『私が金剛寺(わが寺)の納骨堂を継承させてもらいます』と拙僧に申し入れてきた。君の家庭によく似てるだろ。君は若いし、時間はたっぷりあるから、よくよく考えてみてごらん。君に対してのこの話は、あくまでも拙僧の提案に過ぎん。お寺から『こうしなさい』と強制をするつもりは全くないからね。君達(長男、長女、次女)が下した決定に、お寺は従うだけだよ」と。

上記の家族のような話は、結構にあるんですよね。葬式、お墓、先祖の継承に限らず、その場の感情だけで動いて、後々後悔した人達は、少なからず。その場の感情といえば、こんな話も。どこで聞いた話かは忘れましたが、父親の後を継ぎ、漁師になった息子に、親戚の叔父さんが心配して「お前の父親を殺した恐ろしい海に、何故、お前は毎日、毎日、出ていくんだ」と。対し「叔父さんの父親は、どこで亡くなったの」と。「布団の上だ」「じゃ、何故に叔父さんは、叔父さんの父親が死んだ恐ろしい布団の上で、毎日、毎日、寝てるんですか」と返した、と。この話、読者の皆さんの人生に、何かしらの参考にしてもらえれば。

葬儀といえば、こんな話も1つ。ご主人の7回忌法要当日、癌の為に主治医から余命1年を宣告された奥様が「住職さん。夫が他界前に『私の人生に悔いはないが、何が辛いって、君と別れる事かな』と寂しそうに。『一緒に逝きましょうか』と言うと『いや、50年以上も、わがままだった私の世話を。随分疲れたろ。ゆっくり休んでから、ボツボツ来なさい』と。思えば生涯を通じ、夫は私を大事にしてくれました。そろそろ夫のところへ逝きましょうかね。待ちくたびれているでしょうから。ご住職、夫に何か伝えてほしい事はありますか」と。その半年後に。

また、こんな話も。ある檀家の男性は、父親が大好きで、その父親が若くして他界した時、後追い自殺を希望。当時、若干20歳。が、母親から泣いて止められ、その場は何とか。それから58年後、その男性が他界を。大好きな父親の誕生日の日に。この様な月日の偶然は、結構にあります。「残った者、忘れんなよ」という事かな。拙僧の爺様の祥月命日(立ち日)も、拙僧兄の誕生日にて。恐らく偶然でしょうが、縁というは、異なもの味なもの、ですよね。

【余談1】
檀家女性が「冠婚葬祭の仕事をしてると、こんな話が度々耳に。気分次第で、意味もなく、転々と菩提寺(我が家の先祖を供養してくれる寺院)を。そんな話を聞く度に『高額離檀料を取られてもしょうがないよな』と思える様になった。菩提寺変更といえば、仏教からキリスト教に変える人も。その理由が『キリストって語句が、かっこいいから』だって。どう思うよ、住職。ハロウィン並みの受け入れ方(ノリ)だよ。この先、この国は、どうなっていくんだろう」と。因みに、離檀料の話は、拙僧も何度か聞きました。300万、800万、最高額では1200万。「どうすればいいですか」の相談に対し、拙僧「どこぞの地裁が、上限50万と言いおった。鬱陶しいが、裁判すれば判例があるので、その額になりますよ」と。が、離檀料って、必要ないよね。大半の家はそれなりの理由があっての、菩提寺変更だろうから。

【余談2】
余談ですが、昨日、読者高校生が「醤油差しを舐めた若者に、スシロー側が6700万円の賠償請求をしたんだってよ、住職。『これが社会というもの。今時の子供には、大人の社会を嘗めると、ごめんなさい、じゃ済まない事がある、を教えた方がいい』と。俺もそう思うよ。それも、自分で動画を撮って、自分でSNS に投稿するなんて、アホ丸出しじゃん。わからんのかな、その後に、大変な事が待ってるって事が。見つかってない行為まで含めると、どれほどあるのやら。関連被害(スシロー以外)を考えると、莫大な損失に。まずは、こんな低俗な行為を止める手立てを講ずる事が、最優先課題だわ。スシロー側の6700万円損害賠償請求だが、住職はどう思うよ、これ」と。「まあ、ひと舐め(醤油差し)6700万円は、ごっついよね。中には、賠償金額が安過ぎると言われる人もいると耳にするが、親はほんと、大変だわ。が、スシロー側は、請求した後に示談にして、親の負担を軽減してくれるかもよ。家庭崩壊まで望んでないだろうから。『若者達に社会の仕組み(嘗めたら、こうなる)を、わからせればそれでよか』と言ってね。これはあくまでも、拙僧の憶測だけどね。SNS でも陰口を言いたい放題だし、ほんと、おかしな世の中になったよね」と。

次回の投稿法話は、6月15日です。










【住職の法話。考え方を少し変えるだけで、苦しい人生が、楽しい人生に】 今日の法話は、過去の法話の再度投稿の依頼によって。

2023-06-07 08:03:25 | 法話
【臨時法話。下記の法話は、3月7日に投稿させてもらったものですが、某法話の読者(教諭)から「クラスの子供達と保護者に何気なく読んでもらいたいから、今1度投稿してもらえませんか」の依頼によって、今日も再度、投稿を】

檀家で野球部の高校生が「もうすぐWBC だね、住職。僕ね、いつも思うんだけど、大谷翔平さんや佐々木朗希さんが注目されてるけど、160キロ以上の球を、毎球補給している捕手の事が、あまり評価されてないんだよね」と。「拙僧もそう思うよ。勿論、大谷さんや佐々木さんは、球を補給してくれてる捕手あっての自分と、感謝されていると思うが、世間の評価は、花形役者が主(おも)だもんね。世の中には、こんな大事な役割(捕手)を担っているのに、評価されてない人(職種)って、どのくらいある(いる)んだろうね。家庭内でもそうだよ。捕手の事を女房役って言うだろ」「ほんとだ。でも、僕の父さんは、母さんに凄く感謝してるよ。住職の法話の『天から貰った最高のプレゼントは、わが女房殿』の言葉が座右の銘、といつも父さんが」と。

ある高僧が「出会う人には、出会うようになっとる。それも、一瞬早くもなし、一瞬遅くもなし」と。また、縁というものは、人であれ、病気(コロナ)であれ、事故であれ、災害であれ、全て「出会うは運命、出会ってからは努力、最後には感謝」と。更に「割り切れんものを、無理矢理割り切って、わが心と折り合いを付けるが、人生」と。こだわりは、足を止める事になりますもんね。上記の言葉は拙僧、法話の時には度々使わせてもらいますが、特に、親、教諭、会社の上司、師匠、など、人を教育する立場にある人達には、上記の言葉を軸にして「躾(しつけ)は『するもの』じゃないですよ、躾は『見せるもの』ですよ」と、自分(拙僧の事)の事は棚に上げて偉そうに、このお話を。

因みに、投稿写真の山本五十六さんの言葉の語源は、江戸時代中期、上杉家中興の祖である上杉鷹山公(為せば成る。為さねば成らぬ何ごとも。成らぬは人の為さぬなりけり)の言葉の一節を参考にされたもの。人を教育するは、人を動かすは、難しい。

次回の投稿法話は、6月10日になります。