山口 香の「柔道を考える」

柔道が直面している問題を考え、今後のビジョン、歩むべき道を模索する。

谷選手引退

2010-10-15 23:51:12 | Weblog
 突然の発表だった。数日前の新聞には講道館杯出場への可能性について報じられていたので今日引退の会見を行うとは全く予想していなかった。会見は見ていないので彼女自身が何を語ったかはわからないが、議員との両立は物理的に無理であったのだろう。

 女子柔道界のひとつの時代が終わった。彼女にとって始めての福岡国際大会での活躍は衝撃だった。強いことは疑っていなかったが、これほどまでの選手が日本の女子に出現したことに驚いた。日本の女子は競技化が遅れたことで長いトンネルを歩いていた。彼女の見事な勝ちっぷりで一気に光が差し込んだ。

 それまでの女子柔道は競技としての魅力は男子に遠く及ばなかった。谷選手の技のスピード、完成度の高さは男子のトップ選手と比しても劣らなものだった。彼女がトップを走ることで多くの選手達が追いかけレベルが向上していった。現在の女子の強さがあるのも彼女の功績が大きい。

 技術もさることながら気持ちの強さが群を抜いていた。プレッシャー、怪我、ライバルなどといった障害があればあるだけ集中力が研ぎすまされ進化していった。誰もが恐怖を感じ、怯むところで常に強気の勝負にでた。その気持ちの強さこそがこれだけ長い間一線で活躍できた要因であろう。

 伝説を作った彼女にふさわしい引退の花道は残念ながら用意されなかった。引き際を誤ったのでは、という意見もあるかもしれない。しかし、チャンピオンはチャンピオンになった瞬間から自分のために闘うのではなく、周りの応援してくれる人、期待してくれる人たちのために闘うようになる。自分がやめたいからといって投げ出すことは難しい。引退の時期を見誤ったとすれば、それは柔道界、マスコミ、ファンの期待がそうさせてしまったのだろう。

 残念なのは北京以降、一度も闘うことなく引退を決めたことだろうか。そこには彼女自身、無念の思いがあるに違いない。闘った結果、勝ったか負けたかはわからない。それでも最後の闘いかもしれないという強い思いを持って闘って終わりたかったのではないだろうか。

 議員という仕事もスポーツ選手と似て多くの人の期待がある。おそらく彼女は議員になって始めて議員としての自分にかかる期待の大きさを感じたのかもしれない。

 アテネ五輪(2004)で金メダル5個という快挙を成し遂げた7人の選手達がこれで全員引退したことになる。彼女たちが打ち立てた金字塔を次の世代の選手達が立派に引き継いでいる。バトンを受け継ぐ人の準備ができた時がバトンを渡す時なのだろう。

 本当に長い間女子柔道を牽引してきた谷さんには心よりの賛辞と感謝の気持ちを送りたい。そして新たなステージでも多くの人の期待に応える活躍をしてくれるようエールを送りたい。