
折伏は無意味だ
私が初めて「折伏(しゃくふく)」という言葉を使ったのは何時頃だったのだろうか。これは恐らく私が19歳で男子部という組織に入ってからの頃だった。 当時教わったのは、折伏とは相手...

事と理について⑤
創価学会や日蓮正宗関係では、いわゆる「退転者」には不幸が襲い地獄の様な生活がその先に待っているという。だから組織を離れる人を憐憫の眼差しで見る人が、会員や活動家幹部の中には多...

事と理について④
当時(2007年頃)はブログのサービスが始まった頃で、多種多様なブログがあり、GoogleやYahooで「創価学会」というキーワードで検索掛けると多くのブログがヒットした。創...

事と理について③
転職後に仕事が多忙になった事もあり、学会活動、まあ当時はとある選挙の企画室の話だが、そこから遠ざかった事を書かせてもらった。今回はその続きである。「事と理」というタイトルの中...

事と理について②
私自身、かなり偏屈な理屈屋であると感じている。 ここで少し私の組織活動について書いてみたいと思う。私は創価学会の「学会二世」として生まれてきた。しかし両親が熱心な活動家などで...

事と理について①
ここまで法華経と文字曼荼羅について、現段階で私が理解している事をつらつらと書いてきた。考えている事を文字化するのはとても困難な事だと実感しながら、しかし自分の中にある事の整理...

日蓮文字曼荼羅について②
日蓮の文字曼荼羅は、大石寺の堅樹院日寛の六巻抄を元にして、まるで祈りをなんでも叶えてくれるお札という様な扱いとなっているが、その要因は具体的には以下の文言にあると思われる。 ...

日蓮文字曼荼羅について①
ここまで法華経に関する事の考察を続けてきた。そこで見てきたのは、一念三千と久遠実成という教理について、これは単に大乗仏教の延長線上にあるというものでもなく、実は近年になり西欧...

法華経の示す事の考察⑤
前の記事では精神医療の中から見えた事、これは前世療法を実施する中で仏教で言う中有(中間世)と出会い、多くの臨床例の中から久遠実成に類似した事が見られた事を紹介させて頂いた。思...

法華経の示す事の考察④
悟りについて考えを進めてきたが、ここで一旦法華経から離れてこの事について考えてみたい。 久遠実成で示された悟りとは何か。私達が心の本質で悟りを既に得ているのであれば、私は...