Road to NORTH HARBOUR STADIUM

NORTH HARBOUR STADIUMとは州代表の本拠地であり、クラブ選手権決勝の地である

TEKITO!

2005-10-31 | Weblog
バスの運賃が値上がりした。
何回値上がりすんねん!と突っ込まれていたが、頻繁に値上がりするらしい。
僕がNZに来てすでに半年が過ぎた。
その間、何度もストライキを経験した。
日本ならスト直前で回避というシナリオが最初から出来ているためストには突入しないのだが、こっちは平気。
勤勉な日本人は歩いて職場に行ったり、他の交通機関を使用したりと大忙しなわけだが、現地の人は有給で遊びに行ってしまう。
お国柄とはいえ、なんともテキトーな性格をしている。

そのテキトーな性格のせいで何度も痛い目にあっている。
基本的にアポイントは無意味。
何日の何時に伺いますと伝えていても、いる確率は50%。
つまりアポを取っても取らなくても同じなのだ。
いるとしても「久しぶり!今日はどうしたの?」と。
アポは忘れている。

バスの運転手も極めていいかげんで、乗車拒否はしょっちゅうだ。
こちらのシステムはバス停で手を上げないと止まってくれないのであるが、完全に目が合ってるときでも“見えなかったこと”にして通り過ぎる。
バスの運転手はインド人が多く、ターバンにサングラスといういでたちの運転手が良く目に付く。
朝の急ぎの時間に乗車拒否をされるとターバンの中にリンゴと蜂蜜でも入れてやろうかと思うのだが、最近は慣れた。
日本人の方が世界的に見ても几帳面すぎるのだろう。
とくにテキトー国家NZとのギャップは激しいが、それで遅刻しても仕方がない。
みんな分かってくれるだろうと最近は諦めている。

しかしひとつだけ許せないテキトーさ加減がある。
頼むから車の当て逃げはやめてくれ。

街のいたるところで車の警報サイレンが鳴っている。
全部同じ音だからわからないし意味がない。
最近は鳴っていてもどうでも良くなってきた。
テキトー病に感染しかけている。

九死に一生

2005-10-30 | Weblog
昨日もダイビングに行ったのだが、初めて死にかけた。
溺死は絶対イヤ!と小学生の頃から思っていたが、一歩手前までいった。

バディと二人で潜りに行き、20分くらいの短いダイビングを繰り返していた。
次の資格への本数稼ぎ。
NZの海は水質は良いのだが基本的に冷たいので、熱帯魚などは見られない。
そのかわり鯛などがうようよいて、キレイというより美味しそうな魚しか見られない。
珊瑚もないし、「ま、本数稼ぐには15分程度で充分か!」といったところ。
20本以上潜らないと次のステップに進めないので、多少冷たくても濁っていても、とにかく本数を稼ぐ!といっても1日3本が限界だけど。

昨日もビーチエントリー。
2回目のダイブ終了時にバディのタンクがBCDから外れていたので付け直した。
その時すでに水位は僕の腰の位置にあったので、僕はそこでマスクもフィンも外して歩いて陸に向かった。
こんなに遠浅だったかな・・・と思いながらも、干潮かな~と。
するとドボン!

たまたまそこだけ浅かったのだ。
ダイビングを経験した人なら分かるだろうが、あの重機材をつけたままマスクもフィンもレギュレターも外した状態で足のつかない海に入るとどうなるか。
僕は焦った。
この世のものとは思えない速度でバタ足をして浮上。
おそらくその瞬間速度はイアンソープを超えていたと思う。
しかしパニック状態ではBCDに空気を入れることはおろか、マスクをつけることさえも出来ないし考えつかない。
とにかく空気を吸うことしか考えない。
とにかく、ひたすら立ち泳ぎで前へ進んだ。

なんとか人の手を借りずに陸まで行く事が出来たが、本当に死ぬかと思った。
同時に、あの足の回転数は良いトレーニングになったな~と。四頭筋がすでにパンプアップして・・・もう死にかけたことより筋トレとスピードトレーニングが同時に出来た事が嬉しかった。
筋肉バカで良かった。

良い子のみんなはマネしないでね。

第一回コンペティション

2005-10-27 | Weblog
今日はタッチラグビーの初試合が行われた。
5時半に仕事を終えるため、いつもはアイドリング期間という位置付けの午前中から営業先にひた走った。
見事5時半きっちりに日報を提出し、いざ初陣を飾るべく!

ウォーミングアップを軽いランニングで終えたエーコンズは、いよいよ初戦をむかえた。
しかし動きがチグハグで練習で行っていた事がまるで出来ていない。
おそらく初戦という緊張が皆をそうさせているのだろう。
結局は力を出し切れず、内容的には完敗。
こちらのトライは個人技で取ったものばかりで、チームとしての完成度は0点に近い。

初心者の集まりから試合ができるようにまでなったことは素晴らしい事だと思う。
男性女性関わらず、最初の頃とは比べ物にならないほどうまくなっている。
しかし、最初と変わらないのは集中力の無さ。
また、向上心が薄れてきているという感覚もある。

こういうチーム状態では今後が不安なわけだが、僕からアドバイスを送るかどうかは正直迷うところだ。
どうしても温度差を感じるのが率直な意見。

今回の負けは僕個人としてはムチャクチャ悔しい。
しかし何が悪くて負けたのかということを皆に伝えるべきか否かは迷うところ。
競技を行った事の無い人間には、おそらく僕の一言はキツイものになるだろう。
それがコワイし、せっかく好きになってくれたタッチラグビーを嫌いになりかねない。
それは僕の意図と反する。

楽しくプレーをするという大前提は理解できるのだが、負けて楽しい人間はいないと思う。
では勝つための練習になるわけだが、勝つための練習は基本的にストイックだし娯楽性は無い。
楽しさを見つけるとしたら「達成感」。
出来なかった事が出来るようになったという達成感を楽しみととらえる集団になれるのならば、まだまだ成長の余地はある。充分すぎるほどある。

毎週チーム内でのミニゲームを行う事は僕にとってもみんなにとっても凄く楽しい時間であると思う。
しかし勝ちたいのならそれだけでは不十分だ。
ユニット練習も必要。
サインプレーも必要。
ディフェンスも必要。
そして何より必要なのは、『楽しむ』という言葉の意味の解釈を各自に任せず、チームとして『楽しむ事とは何か』という事を明確にし、そしてバラついたベクトルを同じ方向に向ける作業だ。

それが出来るようになれば、ようやく『寄せ集め』から『チーム』になるのではないか。


写真は初陣前のエーコンズ

まだやっとんかい!!

2005-10-27 | Weblog
「若者の人間力を高めるための国民運動」のイベントが26日、東京都千代田区の東京国際フォーラムであり、タレント・眞鍋かをりさんと五輪柔道三連覇の野村忠宏さんが若者にエールを送り、歌手の川嶋あいさんが応援ミニライブを開いた。
 ニートや引きこもりなど問題が増えている若者を支援しようと、経済界や労働界などでつくる「同国民会議」(議長、奥田碩・経団連会長)が主催。眞鍋さんは「若者サポーター」として、参加した約300人の若者らに「社会に出て大人として働くためには、能力よりも先に人間力が必要。若者のみなさんは、自信を持って、人間力を高めて、生き生きとした生活を送って」と呼びかけた。また、野村さんは「目標を持って自分を奮い立たせてください」と訴えた。
 その後、若者と識者らのトークセッションがあり、川嶋あいさんが熱唱し、「夢を一つは持って、火の中に飛び込む意気込みでがんばって」と激励した。

・・・まだやっとんかい!
自浄努力という言葉を贈る。
権利ばかりを主張し、自分の果たす責任や義務というものを無視しすぎだ。
なんでもかんでも人のせい。
自分が就職できないのは自分を雇ってくれない会社が悪い。
そういう仕組みの国が悪い。
そう思っているのだろう。

本来、ニートなど社会的弱者はアンタッチャブルでマイノリティのはずではないのか?
それを堂々と国が援助して芸能人や著名人を送り込んでのイベント・・・
過保護にもほどがある!
足の遅い子の為に徒競走は無くなり、上記のように無職をかばい、挙句の果てに膨大な税金を投入。
居心地を良くしてどうするんだ?!
「ニートになったら眞鍋かをりに会える~!萌え~!!」という若者も出てくる。もう出ているだろう。

チータは足が速いというが、果たして全てのチータが速いのか。
違う。
現在生きている全てのチータの足が速いというのが正しい。
足の遅いチータは獲物を取れずに死ぬのだ。
その結果、全てのチータの足が速いという認識になるわけだが、人間に、日本人に置き換えるとどうなるのか。

日本人は勤勉で真面目、綺麗好きで気が利くという本来の国民性から大きくずれている。
片付けられない主婦。
職を持たない夫。
気が利かない女。
不真面目な男。
それら全て女性誌などに取り上げられてはいるものの、危機感というより面白がって取り上げているだけで、当の本人たちも「だから?悪い?」の開き直り状態。

国をあげての過保護が将来の日本を駄目にする。

徒競走で負けたら悔しい。だから努力する。
無職と馬鹿にされる。だから良い企業に就職してやろう、独立して鼻をあかしてやろうと努力する。
居心地を悪くするのならともかく、良い湯加減にしてどうすんねん!

政府や自治体も※乞食がかわいそうだと炊き出しを行ったり、税金で乞食収容所クーラー付を建てたりと、まったく・・・「無駄使いをしちゃいけません」とお母さんから教えられなかったのか?


※乞食
乞食とは家や職を持たない浮浪者のことで、当然税金未払い者である。
政府は税金未払い者を認めておらず、つまり存在しないとしている。
だから存在しないものの名前を挙げることはおかしい。つまり差別発言という見解のようだが、では我々が橋の下や地下街の隅で見かける彼らは幻なのか?

探す作業

2005-10-26 | Weblog
現在新しいフラットを探しているが、まだ見つからない。
とにかく立地条件が最大の条件で、職場に近いこと、ジムに近いことを条件に毎日賃貸情報と格闘している。

それと同じく、新しいチームも探している。
ヘレンズビルはとても良いチームだが昨季はシーズンを通してプレミアで出場できた事から、僕のレベルより若干下のチームと考えられる。
もちろんその為の努力は精一杯したからの結果であるが、もっと緊迫感を持ったレギュラー争いがしたいという理由と、やはり最大にして最高、そして最後の目標であるNPC入りにはヘレンズビルは注目度が低い。
もっと強いチームのプレミアで出場を続けられれば、NPCも近づくはず。
そう考え、今はあらゆる情報をかき集めている。
元ヤマハ発動機で、現在はスーパー12のオークランドブルースやNPCノースハーバーのビデオアナリストを勤める方にお会いし、自分がどこの地域でプレーし、どのようなアプローチでNPCに臨むべきかをお聞きした。
やはり日本人がNPC入りするという事は僕の想像以上に厳しいようで、NPCのディビジョン1で出場するには日本代表でも不可能だろうという答えが返ってきた。
数多の日本人が挑戦しては跳ね返され続けているNPC。
そこでスターティングメンバーに入った日本人はいない。
昨季、大久保直哉がサウスランドにスコッド入りしたがBチームどまり。
リザーブ入りしたAチームでも出場時間はわずか6分だと聞いた。

厳しい現実を叩きつけられ、最近は考える時間が増えた。
もしかしたら僕の挑戦は意味が無いのではないか。
無駄な時間を過ごしているのではないか。
早く次の仕事を見つけた方が利口なのでは。
考えている時間があればさっさと帰国した方がいいのではないか。
ネガティブな考えが先行するようになりはじめた。

しかしだ。
今更おりこうさんになってももう遅い。
家族を置いてまでチャレンジをしにきて、「ダメそうだから」と挑戦もせずに諦めて帰国するようなら初めから来ていない。
考えてみれば今までは霧の中を闇雲に走っていただけで、今は霧が晴れたのだ。
霧が晴れたら、そこには高く、分厚く、そして硬く閉ざされた扉があったというだけ。
今からはその扉に合う鍵を探すのか、はたまたその扉を力ずくでこじ開けるのか、とにかく扉の向こう側に行く方法を考え、実行するというステップに来たのだ。

幸い、走ってきた方向は正しかった。
霧も晴れた。

僕は扉の向こう側をどうしても見てみたい。
単純なその欲求を叶える為には、今以上の努力が必要だ。
必ず鍵はある。
それはグラウンドに落ちているのだ。



子供

2005-10-25 | Weblog
僕には2人の息子がいる。
日本の人口を考えるともう一人作っておかないと高齢化に歯止めが利かずいづれ日本という国家は滅び・・・そんな事は考えないが、もう一人欲しいのは事実。
僕はもう一人男がいいのだが、妻は絶対嫌なようだ。
『女の子なら欲しいけど、男はもういらん』らしい。

僕も女友達が「今度お父さんと一緒に買い物行くねん!」とか言うのを聞くと、いいな~と思う。
息子達は凄くカワイイが、大人になったらお父さんなんて呼ばないだろうし(呼んでいらんけどね)、ましてや一緒に買い物など気持ち悪い。
その点娘ならいつまでもカワイイだろな~と思う。
しかしだ!
いづれ訪れる“結婚”が、僕の娘いらない論の幹になっている。
さっかく育てた愛娘が他の男に取られるのだ。
我慢ならん。

それがもし、結婚したと思ったら数ヶ月も経たないうちに会社辞めたったいうて帰ってきたり、子供が生まれる直前に金髪になって帰ってきたり、「おしめを替えて」という日本語だけいまだに聞き取れなかったり、子供と妻を置いて一人で海外で暮しているなんてことになったら僕は我慢ならん!

僕の義理お父さんには足を向けて寝られない。

今、何言うた?

2005-10-24 | Weblog
待望の初ダイブ!
7時に目覚ましを合わせたが6時半には目が覚めた。
遊びとなると朝にめっぽう強くなる。
1時間半の道のりも、一人の運転も、これからはじまる楽しいダイビングを考えればなんのその!僕の愛車はひとりカラオケルーム状態でゴートアイランドへ突っ走った。

今日はオープンウォーターライセンスの受講に混ざってファンダイブを行う予定になっている。
日本人留学生達のグループだったが、本日3日目。
初の海での実習の日だったようだ。
僕はアドヴァンスなので既にOWは取得しており、「あ~、あの時は自分もギコチナク機材を確認していたな~」と懐かしく思う。
懐かしんではいられない。
自分も機材をセットしなくては。
「・・・あれ?・・・先生!これどうやって付けるんですか?」
OWコースの人達よりも先に質問してやった。
先輩ダイバーからのアドバイスだ。
インストラクターに質問する時は大きな声でハッキリと!

気分を取り直して、いざエントリー!
今回はビーチエントリーなので機材を背負ってビーチまで歩く。
これが疲れるのだ。
フィンを付ける時に海水を飲んでしまうのもビーチエントリーの醍醐味か。

OWコースの人達と一緒にポイントまで行って、そこから潜る。
ポイントまで行くのにみんな時間がかかる。
初めてだから仕方がない。
僕もああだった。
「あれ?くそ!なんだかうまく進めないな・・・あ、オレが遅れてるやん」
先輩ダイバーからのアドバイスだ。
遅れても決して焦ってはいけない。
遅れたら笑える言い訳を考えろ!
「先生!なんかうまく進まないと思ったら、フィンと間違えてエッグマックマフィンを付けていました!朝マックいかがですか!!」
案の定すべったが、これはこれでよかった。
自分では納得のギャグだけに、他人の評価は気にしない。
すべろうと思ってすべったから、逆にうけてたら困る。
「エッグマックマフィン美味しそう~!」
という訳の分からぬリアクションも、それ以上に困る。

そんな感じで一本目終了。
ビーチに上がって一休み。
(おいおい!肝心のダイビングの内容は飛ばすんかい!そう。今回書きたいのはダイビングの内容ではなく、その後の事件だから)

二本目は現在ダイブマスターのインターン中である女性ダイバーとバディを組み、受講生達が休憩している間に二人で潜った。
約15分。
これくらいが丁度良い。
「あともうちょっと潜ってたいな~」くらいが丁度良いのだ。
「もうええわ」っていうくらい潜ると、次回への楽しみが半減するから。

そして三本目。
再び受講生と一緒にポイントまで。
そこで受講生の一人がパニックになった。
その彼女は休憩時からなんとなく(いや、あからさまに)嫌そうな態度を取っており、「なんで来たんだろ~帰りたいよ~」と繰り返し、周囲に心配をかけていたのだ。
インストラクターや友人達が勇気付けたり励ましたりしてなんとか落ち着きを取り戻したが、顔は完全に死んでいる。
やる気無しの顔だ。
みんなは寒い中、その子の到着をひたすら待っていたのに・・・
憮然とした表情のまま、その子はダイビングを続けた。

その光景を見届け、僕は一行と離れバディと一緒に潜り、ビーチへあがった。
まだ講習は続いているようだ。
先に着替えてみんなの帰りを待った。
しばらくして講習も終わり、みんながビーチに上がってきた。
疲れているだろう。
みんなビーチにへたり込む。
僕はビスケットを持っていたのでみんなにあげた。
でも、問題の子はそれを受け取りはしなかった。

さて、全員着替えてショップに帰る。
ショップまで、僕の車にも3名の受講生が乗ることになった。
その中に問題の子も含まれていた。

車の中で僕はダイビングの感想を聞いていた。
一人でも多くの人がダイビングに、NZに、いや、人生をポジティブに生きるという事に興味を持ってくれればと思ってだ。
するとポツリ、問題の子が・・・
「はぁ、NZに来てからおもしろい事ひとつも無い・・・」

今、何言うた?
おーコラァ?!
おもろないんはダイビングでもNZでもなく、お前じゃボケが~!!
と、心の中で絶叫した。

目的はなんやねん?
なにしにNZまで来たんや??
そんな事を言いにわざわざNZまで来たんか???

僕にはさっぱり意味不明の発言だ。
英語か何かは知らないが、何か目標があって留学というものはするのではないか?
それを「NZに来てから何もおもしろい事ない」て。
たぶんどこに連れて行っても、何をやらしても「おもしろくない」んだろう。

僕が思うに「楽しさ」とは、どこまで自分が打ち込めるかであると思う。
真剣になるという事。
遊びは遊びで真剣に遊ばないと面白くない。
勉強も真剣にやらないと面白くない。仕事も。
なによりも、どんな状況に置かれてもそれをエンジョイしてやろうという気持ちが大事。
なぜそうなるのか。
おそらく今まで与えられたものしかした事が無いのであろう。
自分から望んで起した行動で「おもしろくない」なんて事はありえない。
自分で下した判断に面白いも面白くないも無く、面白くなかったら面白くしてしまえホトトギスだバカヤロー!なのだ。
ぜひとも彼女には、いつか自分で選んだ道を進んで欲しい。
その時に楽しさの意味がわかるのではないだろうか。

どうしても嫌な時も、そりゃ人間だしあるかと思う。
でも、回りに迷惑かけたり、回りのテンションまで下げるような愚行はやめて欲しい。
まったく・・・最近の若いもんはっ!


※ちなみに人類最古の文字の書き出しは「最近の若いもんは・・・」からである。紀元前何世紀も前から若いもんはダメだったそうだ。


写真はバディを組んでくれたサチコさん。
僕と同じくインストラクターライセンスを目指す。
現在は現地のダイブショップでダイビングマスターのインターンをしており、年明けにはオーストラリアに渡ってインストラクターライセンスを取得する計画だとか。
こういうバイタリティあふれる人と話をするのはとても楽しい!


ダイビングデビュー!

2005-10-22 | Weblog
今度の月曜日(10月24日)はNZの祝日、勤労感謝の日でお休み。
3連休!
そこで、ダイビングに行こうと計画していたのだが、ダイビングはバディというパートナーがいなければ潜れないので一人で行くわけにはいかない。
海中でもしものことがあれば一人では死ぬからだ。
しかも、当然のことながらライセンスを持ってる人でなければ潜れないので、誰でもかれでも誘えないところがつらい。
フラットメイトはダイバーなので誘ってみたが、この3連休は家に篭って勉強するとの事。
NZの大学は入学は簡単だけど卒業は難しいようだ。
・・・というわけで諦めた。
いつもの週末のようにラグビーしてウエイトしてビール飲んでを3日繰り返せばいいか。

そんな感じでいつも通り仕事をしていると、とある語学学校からの紹介でダイビングの広告を出したいという連絡があった。
むむむ!
早速電話でアポイントをとる。
無事アポイントも取れて、少し世間話をしていた。
「実は僕もダイバーでして、今度の週末一緒に行ってくれる人を探してるんですよ。いませんけど・・・」
「そうなんですか。よかったらご一緒します?」
「行きますっ!!」
この間、0.1秒。
相手の「よかったらご・・・」の時点で「行きますっ!」と。
ダイビング機材を購入して早1ヶ月。
ようやくデビューとあいなった。
24日の勤労感謝の日は僕のダイビングデビューの日でもある。
30歳と5日。
だから?

今日はNPC決勝。
オークランドvsオタゴだ。
イーデンパークで開催されるので生観戦の予定だった。
しかし流石に地元オークランドの試合だけあり(しかも決勝)、チケットは売り切れ。
これもクライアントであるレンタカー屋さんとご一緒させて頂く予定だったのだがチケットが無くてはどうにもならなく、苦肉の策としてそのレンタカー屋さんのショップ2階にてTV観戦することに。
「井口さん、チケット無かったからウチで観戦します?ビールも用意しときますよ。その後はカラオケでもして盛り上がりましょう!」
「行きますっ!」
この間、0.1秒。
このお誘いはメールで来たのだが、受信中に送信した。

ここ最近は営業という職種もありクライアントの皆さんと喋る機会も多く、こうしてお誘いを受けることもあり非常に有難い。
日本にいたときから出不精ではなかったが、ここへきてさらにフットワークは軽くなった。
以前の動機は「暇だから」というものであったが、今はそうではない。
人見知りはしない方だが、以前の僕なら少し面識のある程度や、ましてや電話で喋って相手の顔も知らない人と一緒にダイビングに行ったりするほどではなかった。
遠慮という言葉の陰で、人見知りを隠していたのかもしれない。
もっと言えば、どこかで自分のプライドが邪魔をしていた。

こちらへきて、キウイ達の人懐っこさや寛大さに憧れに近いものを感じるようになり、とにかく人と会うこと、そしてその人のいいところを見つけて仲良くなる事ができたら、どんなに素敵だろうと思うようになった。

ここでも書いたが、僕に足りないものは僕以外の誰かが持っていて、その事を見つけて吸収する事が出来たら、仮に見つけられなくても吸収できなくても、人と会う、そしてその人と喋る事で何か小さな切っ掛けが持てるかもしれない。
邪心のようでもあるが、好奇心・向上心とご理解頂きたい。

僕はもっといろいろな人と出会い、様々な考え方を吸収して自分の物差しを伸ばしたい。
さらに、素晴らしい出会いを得る事でセカンドオピニオンを持ち、2次元的3次元的に物事を見れるようになれれば、それは今後の人生において、ラグビーにおいて、仕事において、必ず良い結果を出すためのギアのひとつになってくれるはずだ。


やっぱり?

2005-10-21 | Weblog
皆さんも経験があるだろうが、朝起きて髪型をセットする時にどうしても前髪が決まらない・・・あれほどイライラする事は無い。
鏡の前でどうにかしようと試みるも、そういう日は何をしても無駄。
帽子をかぶるに越した事は無い。
中学・高校の時などはモテたい度120%なわけだから、たかが髪型されど髪型。なんとしてでも納得のいく髪型で登校したいのだ。
そんな時、いつも母は「誰も見てへんで~」と台所から大声で叫ぶ。
アホ!全校生徒がオレに注目しとんねん!
心の中で思いつつ、吉田栄作ヘアー(当時大流行)に磨きをかける。

しかしま~母親の言う事はたいがい当たっている。
前髪を切りすぎても伸びるまで誰も気付かない(結局誰も気付かないままなのだ)。
ちょっと髪を染めてみても、し~ん。まるでお寺の境内のように、し~~ん。
仕方がないから自分で問う。
僕「ちょっと茶色くしすぎたかな~?」
女子「え?前からそんな色ちゃうん?」
ゴーン。
静まり返ったお寺の境内に鐘の音が。
風流である。

そんな青春時代を過ごしても、やはり今でも出掛ける前は容姿をチェックする。
髪型、ヒゲ、スーツ、ネクタイ、etc.
毎日しっかりチェックしてから出掛けるのだ。
先日、少し嗜好を変えてメガネで出勤してみた。
夕方、「あれ?今日、仁さんメガネじゃん」と。
僕のメガネに気付くのに約7時間を要した。
気付いてくれただけ有難い・・・




敬語の使い方

2005-10-20 | Weblog
最近の若いもんは敬語の使い方がなっとらんっ!!
30歳になったので早速オヤジの小言を言ってみた。

しかしこの事は僕が10代から思っていた事で、何度も後輩にキツイお灸をすえてやった。
聞きなおす時に「え?」という奴、自分の事を「オレ」という奴、挨拶も「ち~っす」「おつかれ~っす」とか。
お灸を省いてダイレクトに火をつけたろかと思う。

僕が大学1年の頃までは、まだまだ各校いわゆる縦社会が健在で、先輩の言う事は絶対と教育された。
しかし段々と緩くなり、僕が4回生の頃には完全に無くなっていた。
それでも敬語はあった。
当たり前の話だからイチイチここで書く必要もないのだが、なぜ書くかといえば今は敬語すら無いらしいのだ。

「僕達の大学は敬語も無くし、1年生から4年生まで全員仲良しです!」

サラサラヘアーで白い歯をキラーンとさせた爽やかボーイがTVのインタビューで答えていたが、そんな奴はおっちゃんがらっきょうを食った後のゲップを食らわせてやる。

敬語がなくなったから仲良し?
ほんじゃ敬語を使ってたら仲悪いんかいっ!?

既に社会人にもこの傾向は出てきている。
会社の後輩でも敬語の使えない人間が出てきていた。
ちょっと注意しても「え?」と聞きなおされる始末だ。

敬語の意味すら分かっていない連中が多い。
敬語とは尊敬語・謙譲語・丁寧語の3種類あり、それぞれ使い方も違う。
「敬語は相手を尊敬してるから使うんすよ!」
と偉そうに豪語していた奴もいたが、鼻からからしのチューブを突っ込んでやった。

敬語を使うのは相手を尊敬しているもなにも、まず人と人とがコミュニケーションを取る上で最低限の礼儀でありモラルなのだ。
初対面でいきなりタメ口なんか話されたら、僕はもう絶対仲良くなれない。
年下でも同じ。
だいたい25歳以上の人間には、やはり年下でも敬語を使うべきだ。
そのうち仲良くなればその必要もなくなるだろうが、最初はやはり敬語だろう。

一度友人と議論をした事があるが、その友人は仲良くなったら敬語は使わなくてもいい派。僕は完全年功序列派。
彼の主張は「敬語が無い方が関係がスムーズに行くならそれでいいじゃないか。敬語に固執する井口は古い」。
対する僕は「敬語は最低限のモラル。それが出来ないようでは、たとえオレが許しても世間は許さん。俺たちがなーなーにする事はそいつにとっても良くない」。
少なくとも僕が存在する限り、敬語を使えなくても仕事が出来ればいいじゃん的なノリは通用しないしさせない。

学生の頃、居酒屋でバイト中に高校生らしき集団に「おいおいにーちゃん、ビールの滴がズボンについてもーたがな。どうしてくれるんじゃい」と聞かれたから、お店の横の暗いところで、どうしたらいいかよ~く教えてやった。

敬語が使えない人間は必ず損をする。
この人には使うけどこの人には使わないという、人をみる人間もまた然り(お互いの了解があるときは可)。

親しき中にも礼儀あり。
最初は敬語を使っているけど、ちょっと親しくなるとなーなー敬語になったりするのもダメ。許さん。

古い人間と思われようが、ここは絶対に譲れない。
もう一度考えて欲しい。
君達が将来仕事をするのは、優しくて、敬語を使わなくても怒らなかったあの先輩ではなく、見知らぬ会社の敬語にうるさい課長や部長なのだ。
「あ、もしもし~?部長さんいます?あ!部長さん?今度の案件だけど、どうっすか?やるっすよね?」
こんな聞き方して、その部長が「うい~っす!やってやるよ。いくら?」と言ってくれると思うな。
君は社会から抹殺される。

「オレは社会に出たらできるし、そのへんの切り替えは早い方っす!」と張り切って「オレ」と言ってる時点でアウト。

あなたの敬語は正しい使い方、出来ていますか?
敬語を使ってもお金は減らないし、敬語を使われて腹を立てる人間はいないんだし、皆さん敬語を正しく使いましょう!






誕生日

2005-10-19 | Weblog
遂にこの日が来た。
三十路である。
今年で30知っとるけ~のけっ♪の30歳。

ラグビーをはじめた頃には自分が30歳になってもラグビーをしているなんて想像もしていなかったが、なんとニュージーランドにまで来てやっているではないか。
しかもまだ来季もやると意気込んで。

僕は12歳でラグビーをはじめて「去年の方が良かったな」と思った事が一度も無い。
毎年毎年「今年が一番キレがいい!」と思っている。
それは毎年最新のトレーニングを取り入れては実践していたからか、はたまたただ単に体の成長がいまだもって止まっていないのか。
理由はどうあれ、とにかく去年よりも今年、今年よりも来年の方がうまくなっている自信がある。
それは走力をもってしても同じこと。
足が遅くなった感覚は無い。

子供の頃の30歳のイメージは『おっちゃん』そのもの。
でも自分がいざ30歳になってみて『おっちゃん』かどうか・・・
見た目は個人の判断に任せるが、少なくとも体のキレや筋力は10代よりもはるかに良い。
お肌も絶好調。
ドモホルンリンクルは僕には無縁なのだ。

ラグビーをはじめてこの18年間、何をするにもラグビーが中心にあり、旅行の計画や結婚式でさえ、ラグビーの練習や試合や合宿にかぶらないようにするのが当たり前であり、それがリズムだった。
自分の誕生日は日本のラグビーシーズン真っ最中で、カーボローディングとウォーターローディングの時期。
つまりバースデイケーキや豪華なお食事、ビールやお酒などもってのほか。
毎年家でひっそりうどんを食べて過ごしていた。

今年は数年ぶりにケーキを食べたしビールも飲んだ。
やはり誕生日会はこうでなくては!

誕生日を覚えてくれていた人からお祝いのメールが届いた。
感謝!
現地で出来た友人達から誕生日会も開いてもらえた。
感謝感謝!
19日午前0時に家族から電話があった。
感謝感謝感謝!

少しホームシックになってしまったお茶目な30歳は、応援してくれる仲間や家族のためにも必ず結果を残そうと、誕生日にもウエイトトレーニングに余念が無いのである。

10代20代とラグビー漬けの人生だった。
30代はどんな10年になるのか。
すごく楽しみである。


タッチラグビーinROTORUA

2005-10-17 | Weblog
「仁さん、あと30分で出発しますよ~」
目覚めたときにはすでに全員準備万端。
前々日の深夜までの残業と前日の駅伝と飲み会で、すっかり眠りこけてしまった。
バタバタと用意を済まし、タッチラグビーのグラウンドへ出かけた。

スパイクを履き、まずはアップ。
やはりアスファルトを走ったせいで、激しい筋肉痛が僕の大腿四頭筋をおそった。
毎日走っているとはいえ、それは芝の上であったり、ジムのロードランナーの上だったりで、やはりアスファルトの上を走りなれていないことが今回の筋肉痛の原因。
これは何も筋肉痛に限らず、全てにおいて“慣れ”とは非常に大きなCAUSEだ。
良い意味でも悪い意味でも。

僕の18年に及ぶラグビー人生において、タックルが出来だしたのはここ3年。
それまでのタックルはタックルにあらず、ただ単に相手に触っていただけのようにさえ感じる。
ではなぜここ3年でタックルが出来るようになったのか。
それは“慣れ”である。
神戸時代に毎日毎日タックルタックルを繰り返し、その結果タックル自体に抵抗がなくなった。
以前の僕なら相手が突っ込んできたら「タックルに行くぞ」と自分で気合を入れてから入るということをしていた。
時間にすれば1秒もかからない作業だが、その0.何秒で相手は体勢を整え、3mは前進してくる。
その差は80分のゲームにおいて致命傷だ。

その経験から、競技において慣れが如何に重要な要素を占めるかを学習できた。
躊躇しない=慣れ
もっと生活レベルにおとすと、雨が降ってるな~と思って軒先で躊躇している間に、雨に抵抗のない人間はさっさと目的地に近づく。
マラソンの条件で裸足で走りなさいといわれれば、高橋尚子だろうが野口みずきだろうが裸足で毎日10kmの通学をしているサバンナの少女にすら敵わないだろう。

アップを終えて試合開始。
みんなの動きを見ていると、初めのころに比べてずいぶん進歩している。
それも慣れだ。
最初は楕円球のボールに慣れず、ボールをとることさえままならなかった女性陣も、今ではすっかりスクリューパスでもキャッチできるようになっている。
その動きや笑顔を見ていると、僕の方まで嬉しくなってくる。
その日のゲームはなんといっても全員がトライを出来たのが収穫!
すばらしい上達ぶり!
週3回も練習している彼ら彼女らを僕は尊敬する。
僕はラグビーが大好きだが、ラグビーを大好きな人もまた大好きだ。

それにしても彼ら彼女らの上達のスピードはすごい。
僕もうかうかしていられないかもしれない。

ゲームの後、地元チームと一緒にBBQを。
また素晴らしい出会いがあった。


ロトルア駅伝

2005-10-16 | Weblog
土曜日、僕はロトルア駅伝に参加した。
参加の経緯は長くなるので省略するが、早い話が営業先での仕事を貰う交換条件みたいなもんだった。
金曜日は11月号の締切日だったので、帰宅は深夜0時を回っていた。
そして4時に起き、ロトルアまで運転、第4走者として8.1km延々と続く上り坂を走った。
普段は芝の上しか走らないので、アスファルトを走るのは本当に疲れる。
疲れと同時に腰と膝に大きな負担がかかり、流石のタフガイも「バレないように歩こうかな~」と考えてると、わざわざ僕の駅伝をロトルアまで応援に来てくれたタッチラグビーのメンバーが車で先回りしては応援してくれたり水をくれたり。
そろそろ歩こうかなと思ったところに必ずいるのは凄かった。
車4台での応援に僕は物凄く元気を頂いた。
・・・というか歩くポイントを全て奪ってくれた。
有難いやら、うっとおしいやら(失礼!)で、結局一歩も歩かず完走。
41分のタイム。
最初の計算通りである。

すごく疲れたが、走ってよかった。
こんな機会でもなければ、ただでさえ長距離嫌いな僕はロトルア湖畔を8.1kmも走ることは絶対無いといえる。
湖を右手に見ながら、山の匂いや水の匂い、草の匂いや花の匂い、仲間の応援、見ず知らずのおじさんおばさんからの声援、ランナー同士の挨拶。
全てが僕を浄化してくれるような、そんな1日を過ごせた。
その夜はタッチラグビーの仲間達と宿に泊まり、遅くまで飲んだ。

更に翌日、現地ラグビーチームとタッチラグビーの試合を行った。
その模様は明日のブログで。

写真は応援に来てくれたタッチラグビーの仲間達。
ちなみにオークランド~ロトルア間は車でとばしても3時間半。


チキン!

2005-10-13 | Weblog
今日、なにげなく雑誌を読んでいるとチキンにまつわる話が出ていたので紹介する。

2004年9月30日
アメリカ・ウエストバージニア州で、鶏肉の調理法について父親と息子が銃撃戦を繰り広げる惨事があった。調べによると二人は夕食中にチキンの調理法によって口論になり、殴り合いの喧嘩に発展。最終的には22口径の拳銃による銃撃戦となり、息子の頭に弾があたり終了。息子は病院に運ばれ一命を取り留めたという。

2005年2月10日
オーストラリア警察は冷凍チキンがミサイルのように飛んできて、民家の屋根を突き破る事件がニューカッスル州で起きていることを発表。その事件はその後も相次いでいるという。
確かな原因は分かっていないが、同州では『鶏肉を投げないように』と呼びかけている。

僕がこよなく愛するチキンを投げるとは・・・ぜひとも僕の家に毎晩投げ込んで欲しい。
鍋を用意して待っている。

一件目の事件は笑っていられない。
正直、笑ってしまったが。
二人はどんな調理法で揉めたのだろう?
息子「パパ!今晩は照り焼きにしようよ」
父親『なにっ?チキンは刺身と決まっておろうが!そして熱燗をキュ~っと・・・』
息子「なんだよ刺身って?このチキン野郎!」
父親『なにっ?チキン野郎だと?トサカにきたぞっ!』
たぶんこのような始まりだろう。
そこに僕がいれば銃撃戦にならずにすんだものを。
僕「ま~ま~ふたりとも。鶏肉は健康にいいから毎日チキンチキンと食べましょう」
二人『それをいうならキチンキチンとでしょ!』
僕「はっはっは~こりゃ一本取られたな」
そして3人仲良くチキンを茹でて、すっかり油の落ちたチキンをほおばる。
無論、茹でた後のチキンのお湯は水に流すのである。

お後がよろしいようで。
べんべんっと。

お守り

2005-10-12 | Weblog
僕の右の足首には三つ星の刺青がある。
神戸製鋼を退団し、NZでNPCに挑戦することが決まった時に足首に三つの星をいれた。

以来、僕は大事な試合の前には必ずこの星を見て集中する。
初めてのプレミア出場も、10年ぶりに勝ったタカプナ戦も、家族が観に来てくれたグレンフィールド戦も、試合前のロッカーでひとり、星を見て集中していた。

これは僕にとって大切なお守りであり、あるときは大きなプレッシャーでもある。
何のためにここにいるのかを確認できる羅針盤でもある。

僕には妻と二人の息子がいる。
僕は家族を片時も忘れることは無い。
それは常に僕の足首に家族がいてくれるからである。

そして、渾身の力を込めてタックルに行く時も、僕の右足は引く事を知らない。
なんとも頼もしい三つ星だ。