週末は、久しぶりに二日酔いでダウンしてしまいました。
医者による禁酒が解けて、お酒を飲めるようになった途端にこれですから、我ながら情けないものです。
レーモン・ルフェーブル、ポール・モーリア、パーシー・フェイス・・・・ひところ、イージーリスニングと呼ばれたジャンルのスター達であった彼らは、今はもうこの世の人ではありません。
しかし、彼らの音楽は今も生きていて、CDも入手できますし、BGMにもよく使われています。
そして、彼らがかつて率いたオーケストラも健在で、今も時々来日し、私たちに生演奏を聴かせてくれます。
彼らの生前のサウンドとは変化してきているかもしれませんが、彼らの音楽のエッセンスは引き継がれ、今も私たちを楽しませてくれます。
新曲が発表される可能性だってあります。
しかし、ソリストの場合はそうはいきません。
ニニの音楽はニニだけの唯一無二のもので、他の誰にも演奏することはできません。
ニニ・ロッソの音楽は今も生きていますが、ニニが演奏を止めた瞬間から、もう二度とニニの演奏を生で聴くことはできませんし、新曲が録音されることもありません。
ニニの曲を、ニニよりもうまく演奏する人がいて、それを聞いたとしても、少なくともニニの音楽を聴いたという満足感は得られないと思います。
もちろん僕の演奏を聴いてもニニの音楽を聞いたことにはなりませんし、だいいち僕はニニのようには吹けません。
でも、錯覚でもいいから、「ニニの音楽を聞いたような気がする」というような演奏が僕にできないものか?
これが今の僕の最大の課題であり、望みです。
医者による禁酒が解けて、お酒を飲めるようになった途端にこれですから、我ながら情けないものです。
レーモン・ルフェーブル、ポール・モーリア、パーシー・フェイス・・・・ひところ、イージーリスニングと呼ばれたジャンルのスター達であった彼らは、今はもうこの世の人ではありません。
しかし、彼らの音楽は今も生きていて、CDも入手できますし、BGMにもよく使われています。
そして、彼らがかつて率いたオーケストラも健在で、今も時々来日し、私たちに生演奏を聴かせてくれます。
彼らの生前のサウンドとは変化してきているかもしれませんが、彼らの音楽のエッセンスは引き継がれ、今も私たちを楽しませてくれます。
新曲が発表される可能性だってあります。
しかし、ソリストの場合はそうはいきません。
ニニの音楽はニニだけの唯一無二のもので、他の誰にも演奏することはできません。
ニニ・ロッソの音楽は今も生きていますが、ニニが演奏を止めた瞬間から、もう二度とニニの演奏を生で聴くことはできませんし、新曲が録音されることもありません。
ニニの曲を、ニニよりもうまく演奏する人がいて、それを聞いたとしても、少なくともニニの音楽を聴いたという満足感は得られないと思います。
もちろん僕の演奏を聴いてもニニの音楽を聞いたことにはなりませんし、だいいち僕はニニのようには吹けません。
でも、錯覚でもいいから、「ニニの音楽を聞いたような気がする」というような演奏が僕にできないものか?
これが今の僕の最大の課題であり、望みです。
今、ドイツから届いたクリスマス・アルバム"Weihnachten Mit Nini Rosso"(Hansa 75 421 IU)を聴いています。良いクリスマス・アルバムは、季節に関係なく聴いています。
ニニ・ロッソはドイツでも人気が高く、日本同様何度も訪れています。
特に「夢のトランペット」はヒットして「ゴールドディスク」を獲得し、「夜空のトランペット」の再来か、話題になったと当時コンサートで司会者が言っていました。
ニニのクリスマスアルバムは、僕もなかなか素敵なアルバムだと思います。
僕も同感です。
「正しい奏法を身につければ、どんな音楽も演奏できる。」
というのは正論ですが、演奏できるということと、「美しい音楽をつくること」とは別・・というより違う次元の話だと思います。
飲みすぎないように注意します。
今日医者からも注意されました。
それを読むと、ロッソさんはスインギー・ナンバーを演奏したアルバムをイタリアで出していたのに、ビクターの所氏がイメージが狂うとして日本では出さなかったとあります。
それは大変残念な気がします。ドイツ盤の中で気に入っている曲に、「ヴォルガの歌」(フランツ・レハールのオペレッタ「ロシアの皇太子」より)がありますが、この曲も日本では発売されなかったのでしょうか・・・日本ではマイナーですがドイツ語圏では大変有名な曲です。以前に教えて下さった"Nini Rosso Plays Nini Rosso"が日本で発売されなかったというのも、残念に思います。
やはり日本の音楽ファンは、アーティストにひとつのイメージしか求めていないのでしょうか・・・ジェームス・ラストもヨーロッパでは"Non Stop Dancing"と呼ばれるパーティー音楽が主力でしたし他にもあらゆるジャンルの音楽を手掛けていますが日本ではムード・オーケストラ扱いでしたし、アルフレッド・ハウゼも本来はもっと幅広いダンス音楽を演奏していたのに、日本で発売されたものは殆どタンゴ一色でした。
おはようございます。
>それを読むと、ロッソさんはスインギー・ナンバーを演奏したアルバムをイタリアで出していたのに、ビクターの所氏がイメージが狂うとして日本では出さなかったとあります。
そうらしいですね。
ただ、そのレコードに収録の曲のほとんどは、ニニ・ロッソラストコレクションという11枚組みのCDセットの「No9フェイバリットナンバー編」に収録されて発売されました。
ニニ・ロッソの「ヴォルガの歌」は聞いたことがない(たぶん)と思います。
「ヴォルガの舟歌」のほうはもちろん知ってますが・・
他にニニのアルバムで「America Latina」というラテンナンバーばかりのアルバムもあります。
これも日本未発売でした。