さいえんす徒然草

つれづれなるまゝに、日ぐらしキーボードに向かひて

マラバルジョロウグモモドキの取り外し可能な生殖器

2012-02-04 19:56:45 | 生態学・環境
あなたはセックスをしている。相手はあなたがとても一途に思っている女性で、彼女を他の誰にも渡したくないと考えている。一方で、女性の方は違う。彼女はあなたとの退屈なセックスなどさっさと終わらせてしまい、他の男と寝たいと考えている。あなたの体の何倍も大きいこの女性は、行為の最中に鬱陶しいあなたを食い殺そうとするだろう。そこであなたは自分の生殖器を切り離し、それを彼女の体内に残すことにした。生殖器はあなたから離れた後も問題なく精子を彼女の体に送り続けることができる。あなたは生殖器を失ったが、そのかわりに彼女に言い寄ってくる男を追い払うことに専念すればいい。かくして、あなたはこの女性を独占し続けることができるようになった。

マラバルジョロウグモモドキ(Nephilengys malabarensis)のオスには実際にこの様な進化が起こったらしい。このクモのオスは交尾器(触肢 pedipalp といってクモの生殖器は頭に付いている)を、交尾中に切り離してメスの体に残していく行動が知られている。オスにとって失った交尾器は二度と再生することはないのでこの行動は一見不合理なように見える。オスが切り離した生殖器は貞操帯のような役割をしていて、別のオスと交尾することを妨げるのかもしれない。実際そのような理由で生殖器の一部をメスに残していくクモの種も多いらしい。しかし、マラバルジョロウグモモドキのオスは生殖器全体を切り離して残していく。一体どんな意味があるのだろうか。

ジョロウグモの交接行動 Nephila clavata (!生殖器は取れません!)



シンガポール国立大のLiらの実験によると、切り離された生殖器は完全に機能していて、そこから精子が継続的にメスに送り続けられているらしい。交接中にはメスからの妨害もあって30%程度しか精子を注入できないが、切り離された後はむしろそれ以前よりも早いスピードで残りの精子を注入することができるようになっているらしい。

このグループは以前にも、このクモで交尾後に生殖器を失ったオス(あるいは生殖器という“本体”から切り離された付属物というべきか)はメスの巣に居残って他のオスがメスにアプローチすることを妨害する行動を観察している【“去勢”されたクモは戦闘に強い―Charles Q. Choi
in National Geographic News】
。面白い事に、生殖器を失い去勢されたオスはそうでないオスよりも攻撃性が高く、生殖器をまだ持っているオスとの闘争に勝つ確率が高いらしい。

マラバルジョロウグモモドキのオスのこの様な生殖器の進化は、「性的対立」という生物学における最も殺伐とした競争のひとつの産物であると考えられる。多くのクモの仲間にはメスによるオスの共食い(Sexual cannibalism)がみられる。Sexual cannibalismの理由には諸説あるらしいが、例えばクモのメスのように復数のオスと交尾してそれら精子を利用できる生物では、単一のオスによって自分の卵が独占されてしまう(つまりそのオスの精子しか受精に使えなくなる)ことを防ぐという進化上の圧力が存在すると考えられる。一匹のオスとよりも復数のオスと子を作ったほうが、出来損ないの子供がばかり生まれてしまうリスクを分散できるとかそんな意味があるのだろう。一方で、オスは一匹のメスを独占したい。特に生涯で一度くらいしか交尾するチャンスが無いのなら尚更だ。そこでオスは精子を多く提供して自分の精子が受精に使われる確率を高くしたり、一度交尾したメスが他のオスと交尾することをあの手この手で防ぐことが適応的となる。マラバルジョロウグモモドキのオスは長く交尾していてはメスに食われてしまうが、短いと少量の精子しかメスに提供できない。取り外し可能な生殖器は、オスにとってこの問題を解決してくれる戦略なのだ。オスとメスの利害の対立の帰結がメスによる共食いというのはなんとも救いのない話かもしれないが、これに対するオスの対抗手段が取り外し可能な生殖器というのはもうただ驚くばかりだ。

Golden Orb-web Spider - Sexual Cannibalism ジョロウグモの交接と共食い



Spiders dodge cannibalism through remote copulation― Ed Yong in Nature News

Li, D., Oh, J., Kralj-Fišer, S. & Kuntner, M. Biol. Lett. (2012).

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