遺伝子組換え技術を利用した新時代の不妊虫放飼法ともいえる害虫防除法が、デング熱や黄熱病の媒介蚊として知られるネッタイシマカの駆除に用いられようとしている。
不妊虫放飼法とは、防除したい害虫の雄を何らかの方法で不妊化(つまり“タネ”無しにする)し、それらを野外に撒く方法である。野外に放たれたこの不妊の雄は、その場所に生息している野生のメスと一定の割合で交尾する。不妊雄を交尾の相手と選んでしまった不運な野生の雌は、卵を産むがそれらは正常に発育せずに死に絶える。不妊虫放飼法の素晴らしい点は、野外の個体数が減れば減るほど正常な雄個体に対する不妊雄の割合が高くなるので、放飼する数が一定ならばその効果が加速度的に上がっていくということだ。島など隔離された小さな地域などでは、目的の害虫個体群を根絶することもできる。また、殺虫剤と違い標的としている種だけにその効果を限定することができる。
従来の不妊虫放飼法では、雄の不妊化に放射線を利用していた。しかしながら、この方法では個体が弱ってしまい正常な野外のオスと十分競合できないことがある。また、放射線により不妊化されたオスと交尾した雌から生まれる子孫は大抵の場合胚性致死(卵の状態で死んでしまう)が次に述べるようにこれがネッタイシマカなどの昆虫を対象に使う際に大きな欠点となる。
現在応用されようとしていう遺伝子組換え技術を利用する方法では、条件的に抑制できる優勢致死遺伝子を組み込むことで蚊の雄を不妊化する。この遺伝子組み換えの蚊(GM蚊)の系統は実験室や工場内で特定の化学物質(テトラサイクリン)を与えて飼う限りは致死遺伝子が発現せず、大量に増やすことができる。野外に放たれた雄は雌と交尾しその雌は子孫を残すが、野外にはテトラサイクリンが存在していないためその子孫では継承した致死遺伝子が発現し最終的に死んでしまう。実はここでもう一つ仕掛けがあるのだが、この致死遺伝子は幼虫時代の後期で発現するように仕組まれていて、致死遺伝子を持つ個体でも卵から孵化し比較的長く生きることができる。ネッタイシマカはその生態において幼虫期に密度依存的な種内競争(密度が高いと死亡率が上がり、低いと下がる)が激しい。従来の放射線による胚性致死では、結果的に幼虫の密度を下げ正常な野生の集団の死亡率の低下をもたらすが、これが不妊虫放飼の効果を相殺してしまう。遅効性の致死遺伝子を持った子孫であれば、幼虫期までは正常な野外集団と競合するためその個体数を大きく減らすことができる。死ぬタイミングまで調整できるのは、遺伝子組換え技術ならではだろう。
この技術を利用した遺伝子組換えネッタイイエカを開発したのはOXITECという英のベンチャー企業だが、昨年既にケイマン諸島で300万匹を野外に放飼する実施試験を行ったと発表した。結果は非常に良好だったようで、数ヶ月間の放飼で野外個体群の個体数が80%も減少したという。しかし、この放飼に関してはOXITEC側から事前にアナウンスが殆ど無かったこともあり、遺伝子組み換え技術をあまり良く思わない自然保護団体だけでなく基本的にこの技術の利用を支持してきた研究者からも批判が巻き起こった。そしてまたつい先日、マレーシアでも既に野外試験を既に終えていたことが明らかになり、これもまた事前の情報がなかったことで新たな批判の火種となっている。マレーシアで行われた放飼は6000匹という少数のもので、主に不妊雄の生存力と移動能力を確認することが目的だったらしい。
昨年このブログで同じ会社が開発した「OX3604C」という致死遺伝子の発現に性特異性(雌だけで働く)を加えた系統を紹介したが、現在実際に実施試験に用いられているのはそれ以前に開発された「OX513A」という系統で雌雄どちらも致死になる。OX3604Cでは雌だけ死滅するため、放飼する前に雄だけを自動的に選抜することができるという利点があるが、OX513Aではサナギの大きさで雄だけを選別しているようだ。
デング熱はマラリアと同様にいまだ予防ワクチンは無く、世界で毎年5000万人の人間が発症すると推定されている。遺伝子組み換え技術を利用した不妊虫放飼法は、蚊の駆除法としてはこれまで行われてきたどのような方法とも比べ格段に効率的かもしれない。それ以上に、遺伝子組換え生物のこのような形の利用は画期的で、ある意味歴史的ですらあると思う。しかしOXITEC社がこれまでに行った二度の実施試験は、蚊の研究者や専門家ですらそれが行われていたこと自体、発表があるまで知る由がなかったらしい。いまのところOXITEC社、あるいは恐らく全面的な協力しているであろうそれぞれの行政機関があえて秘密主義を貫いているのかどうかは分からない。ただ、遺伝子組み換え生物を野外に放すということに多くの人間の合意が得られるかが最大の問題のひとつであるだけに、少しでも疑念を抱かせるようなやり方はをとるのは、結果的にこの技術の可能性を大きく減じることに繋がるかも知れない。
GM Mosquitoes Released On Cayman Islands
不妊虫放飼法とは、防除したい害虫の雄を何らかの方法で不妊化(つまり“タネ”無しにする)し、それらを野外に撒く方法である。野外に放たれたこの不妊の雄は、その場所に生息している野生のメスと一定の割合で交尾する。不妊雄を交尾の相手と選んでしまった不運な野生の雌は、卵を産むがそれらは正常に発育せずに死に絶える。不妊虫放飼法の素晴らしい点は、野外の個体数が減れば減るほど正常な雄個体に対する不妊雄の割合が高くなるので、放飼する数が一定ならばその効果が加速度的に上がっていくということだ。島など隔離された小さな地域などでは、目的の害虫個体群を根絶することもできる。また、殺虫剤と違い標的としている種だけにその効果を限定することができる。
従来の不妊虫放飼法では、雄の不妊化に放射線を利用していた。しかしながら、この方法では個体が弱ってしまい正常な野外のオスと十分競合できないことがある。また、放射線により不妊化されたオスと交尾した雌から生まれる子孫は大抵の場合胚性致死(卵の状態で死んでしまう)が次に述べるようにこれがネッタイシマカなどの昆虫を対象に使う際に大きな欠点となる。
現在応用されようとしていう遺伝子組換え技術を利用する方法では、条件的に抑制できる優勢致死遺伝子を組み込むことで蚊の雄を不妊化する。この遺伝子組み換えの蚊(GM蚊)の系統は実験室や工場内で特定の化学物質(テトラサイクリン)を与えて飼う限りは致死遺伝子が発現せず、大量に増やすことができる。野外に放たれた雄は雌と交尾しその雌は子孫を残すが、野外にはテトラサイクリンが存在していないためその子孫では継承した致死遺伝子が発現し最終的に死んでしまう。実はここでもう一つ仕掛けがあるのだが、この致死遺伝子は幼虫時代の後期で発現するように仕組まれていて、致死遺伝子を持つ個体でも卵から孵化し比較的長く生きることができる。ネッタイシマカはその生態において幼虫期に密度依存的な種内競争(密度が高いと死亡率が上がり、低いと下がる)が激しい。従来の放射線による胚性致死では、結果的に幼虫の密度を下げ正常な野生の集団の死亡率の低下をもたらすが、これが不妊虫放飼の効果を相殺してしまう。遅効性の致死遺伝子を持った子孫であれば、幼虫期までは正常な野外集団と競合するためその個体数を大きく減らすことができる。死ぬタイミングまで調整できるのは、遺伝子組換え技術ならではだろう。
この技術を利用した遺伝子組換えネッタイイエカを開発したのはOXITECという英のベンチャー企業だが、昨年既にケイマン諸島で300万匹を野外に放飼する実施試験を行ったと発表した。結果は非常に良好だったようで、数ヶ月間の放飼で野外個体群の個体数が80%も減少したという。しかし、この放飼に関してはOXITEC側から事前にアナウンスが殆ど無かったこともあり、遺伝子組み換え技術をあまり良く思わない自然保護団体だけでなく基本的にこの技術の利用を支持してきた研究者からも批判が巻き起こった。そしてまたつい先日、マレーシアでも既に野外試験を既に終えていたことが明らかになり、これもまた事前の情報がなかったことで新たな批判の火種となっている。マレーシアで行われた放飼は6000匹という少数のもので、主に不妊雄の生存力と移動能力を確認することが目的だったらしい。
昨年このブログで同じ会社が開発した「OX3604C」という致死遺伝子の発現に性特異性(雌だけで働く)を加えた系統を紹介したが、現在実際に実施試験に用いられているのはそれ以前に開発された「OX513A」という系統で雌雄どちらも致死になる。OX3604Cでは雌だけ死滅するため、放飼する前に雄だけを自動的に選抜することができるという利点があるが、OX513Aではサナギの大きさで雄だけを選別しているようだ。
デング熱はマラリアと同様にいまだ予防ワクチンは無く、世界で毎年5000万人の人間が発症すると推定されている。遺伝子組み換え技術を利用した不妊虫放飼法は、蚊の駆除法としてはこれまで行われてきたどのような方法とも比べ格段に効率的かもしれない。それ以上に、遺伝子組換え生物のこのような形の利用は画期的で、ある意味歴史的ですらあると思う。しかしOXITEC社がこれまでに行った二度の実施試験は、蚊の研究者や専門家ですらそれが行われていたこと自体、発表があるまで知る由がなかったらしい。いまのところOXITEC社、あるいは恐らく全面的な協力しているであろうそれぞれの行政機関があえて秘密主義を貫いているのかどうかは分からない。ただ、遺伝子組み換え生物を野外に放すということに多くの人間の合意が得られるかが最大の問題のひとつであるだけに、少しでも疑念を抱かせるようなやり方はをとるのは、結果的にこの技術の可能性を大きく減じることに繋がるかも知れない。