さいえんす徒然草

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アメリカで南京虫大発生のわけ

2007-04-15 21:29:13 | 医療・衛生
 更新を2ヶ月もサボってしまいました。一応あくまで個人的なメモのつもりなので誰に言い訳するでもないですが、一度滞ってしまうと「次」が非常に億劫になるもんです。

 トコジラミ(bed bug)は寝床などに潜み、人間をはじめとする様々な温血動物の血液を吸血する厄介な昆虫です。「南京虫」という方が馴染みがあるのでしょうか。ちなみこの虫はアタマジラミやケジラミなどの本家のシラミ(シラミ目)とは実は関係なく、半翅目異翅亜目に属する、カメムシなんかと近い仲間です。媒介する病気などは特に無いようですが、噛まれた跡に強い痒みを残すし、不眠症の原因にもなるということで、立派な衛生・不快害虫です。

 アメリカ国内においてここ十年の間、トコジラミの発生件数が急増しているようです。この虫自体はずっと昔からいたのですが、DDTなどの合成殺虫剤が開発されてからは、約50年間この虫の発生はほぼ鎮圧されていたようです。何故、今になって大発生するのか、様々な仮説が提唱されていますがはっきりとした原因は不明なようで、一部では「昆虫学最大のミステリー」(いくらなんでも言いすぎだと思うけど)とまで言われています。

 ケンタッキー大学らの研究者らが最近提出した報告によると、野外で採集した現代のトコジラミのピレスロイド感受性(デルタメスリン、λ-シハロトリン)を、30年以上前に採集されたまま一度も殺虫剤淘汰を受けいていない感受性のものと比較したところ、抵抗性比(半数致死量の比)で6000倍以上という恐ろしく強い抵抗性を持っていることが分かったそうです。抵抗性があまりにも高すぎて、これらの薬剤の溶解度限界まで試しても、半数致死までいたらなかっということです。またこの抵抗性トコジラミと感受性トコジラミを交配させたF1世代では両者の中間の感受性を示し、優勢遺伝子単体が支配する単純な抵抗性機構ではなさそうです。

 ピレスロイドと交差抵抗性が良く知られるDDTの抵抗性の報告は数十年前からあったようで(恐らくその時にはあまり深刻ではなかったのでしょうが)、その時代からある程度の頻度で個体群内に抵抗性遺伝子が存在していたのだろうと著者らは推察しています。また、中古家具のリサイクルなどが、抵抗性トコジラミをアメリカ中に広めるのに一役買ったのではないかということです。

 有機リン系やカーバメート系などの殺虫剤の規制が厳しくなったこともあり、ピレスロイドによる防除以外の選択肢があまり無い状況のようで、それらに変わる、安全で有効な防除手段を見つけなければトコジラミの蔓延はさらに広がるだろうと著者らは警告しています。

 <参考>
Insecticide Resistance in the Bed Bug: A Factor in the Pest’s Sudden Resurgence?,Alvaro Romero, Michael F. Potter, Daniel A. Potter, Kenneth F. Haynes, Journal of Medical Entomology, Volume 44, Issue 2 (March 2007),pp. 175–178
Bedbugs bounce back: Outbreaks in all 50 states(San Francisco Chronicle)