さいえんす徒然草

つれづれなるまゝに、日ぐらしキーボードに向かひて

経済学から考える地球温暖化

2006-10-28 22:24:58 | 地球温暖化・エネルギー
 今月発売の日経サイエンス12月号では「エネルギーの未来」と題した特集が組まれています。これからの人類のエネルギー利用の問題と解決策を技術、経済など多面的な視点で考察されていて非常に興味深い内容です。

 
 元世界銀行チーフエコノミストのニコラス・スターン卿という世界的に影響力のある経済学者が、今後温暖化に対する策を何も講じなかった場合、自然災害や海岸地帯における居住地の消失などで世界経済は最大で西暦2100年までに20%縮小するだろうという試算を発表するそうです。また「策を講じる」という選択をした場合にかかるコストはGDPを1%犠牲にするだけでよいということです。

 環境学者や技術者からでなく、影響力のある経済学者がこのような見解を発表することは非常に意義深いことのようです。何故ならば地球温暖化に対して策を講じるということ、つまり温室効果ガスの排出を規制することで産業界に一定のコストを課すということは、長期的な経済発展にとって実は“合理的”であるということが示されるからです。彼の試算が正しければ、今だ根強く残っている「経済発展を犠牲にしてまで…」という議論が無意味であることを意味します。
 
 Michael Meacherという元英環境相の「京都議定書に参加しない米政府の論拠をノックアウトできるだろう」という談話が引用されていましたが、短期的な利潤が政策決定に影響力を持っている以上はそう簡単にはいかないだろうなという印象を持ちました。有権者がこの試算の意味を十分に理解し、長期的な観点から票を投じることができればというと理想論になってしまうかもしれませんが。いずれにしても、科学者が温暖化した地球の絶望郷的イメージを示して市民の情緒に訴えるよりも、経済学者が合理性という観点から温暖化対策を促す方がよほど効果があるような気はする、とおそらく科学者側にいる自分としては新しい実感でした。

<参考>
Global warming 'threat to growth'(BBC)
Spend, spend, spend plan to tackle warming(Guardian)

Archon X-Prize

2006-10-06 21:25:49 | 分子生物学・生理学
 エックスプライズ財団という米ミズーリ州を拠点として、人類にとって大きなブレークスルーをもたらす技術の開発を支援する非営利組織があります。2004年に女性実業家のアニューシャ・アンサリ氏(先日、日本人実業家の榎本大輔氏の代わりにロシアの宇宙船ソユーズに乗り、女性初の民間宇宙旅行者になった人です)の資金提供により行われた民間による初の有人宇宙飛行を競わせる Ansari X Prize では、米のスケールド・コンポジッツ社が開発したスペース・シップ・ワンに見事賞金1000万ドルが贈られました。

 今月4日、エックスプライズ財団は新しいコンペティションを発表しました。今回の内容は、高速ゲノム解読技術に関するもので、10日間でゲノムの全塩基配列を100人分解読できる技術を開発したグループに賞金1000万ドルを授与するというものです。この金額は医学関係の賞では歴史上最も高額ものになるそうです。賞の名前はスポサンサーのArchon minerals社の名を冠してArchon X-Prize。

 ちなみに顧問委員には、かのクレイグ・ベンター氏(国際ヒトゲノムプロジェクトと民間企業として競い合った天才的なひと。一部では激しく嫌われているそうですが)が含まれていて、また「100人のゲノム」の提供者には天文物理学者のスティーブン・ホーキング博士、CNNのラリー・キング氏、アニューシャ・アンサリ氏ら多くのセレブが協力しているようです。

参考:
$10m prize for super genetic test(BBC)
X-Prize foundation

関連日記
RNAポリメレースを用いた新しいDNA塩基配列決定法

ノーベル医学・生理学賞

2006-10-03 19:51:23 | 分子生物学・生理学
 今年度のノーベル医学・生理学賞に、RNA干渉の発見者である Andrew Fire , Craig Mello 両氏に決定しました。

  RNA干渉は短い2重鎖のRNAが引き金となって起こる、相補的mRNAの分解反応です。彼らは当初線虫 Caenorhabditis elegans でこの現象を発見しましたが、その後昆虫、人間、植物などあらゆる動植物で保存されていることが明らかになりました。もともと何のために生物はこのようなシステムを備えているのか、まだはっきりとした答えはないのではないかと思いますが、ウィルスなどの感染に備えた防御手段であると考えられているようです。

  RNA干渉は発見からまだ8年程ですが、目的の遺伝子の発現を人為的に抑制し、その機能を解析する非常に強力な実験ツールであることをこれまで様々な研究者が実証してきています。またウィルスや望ましくない有害遺伝子を封じ込める有効な治療薬としての可能性もあり(まだ実用化されていませんが)、そして何よりもこの現象の発見は、DNAとタンパク質の間を埋める仲介役でしかないと思われていたRNAという存在が生物の中で持っている非常に大きな役割について我々に新たな認識を与えてくれました。

参考:
別冊日系サイエンス 崩れるゲノムの常識 「RNA干渉 ゲノムを見張る検閲官」
Nobel prize for genetic discovery(BBC)
Potent and specific genetic interference by double-stranded RNA in Caenorhabditis elegans Nature 391, 806 - 811 (19 February 1998)
アニメで観るRNA干渉(NATURE)