さいえんす徒然草

つれづれなるまゝに、日ぐらしキーボードに向かひて

デボン紀の強力な顎

2006-11-30 21:42:49 | 生態学・環境
 幼少のクリスマスに買ってもらった学研の図鑑シリーズ「大むかしの動物」は、当時手垢が付くほど夢中で読み返しましたが、その中に描かれている数々の動物たちの中でも一番のお気に入りだったのは、恐竜でもマンモスでもなく、“ジニクチス”と記されたデボン紀後期の巨大な魚の仲間でした。現在ではダンクルオステウス(Dunkleosteus)という属名に変わっているようですが、10mもあるこんな凶悪な容姿の魚が古代の海を悠然と泳いでいる姿を想像して、「何故絶滅してしまったんだ…」と子供心に身悶えてしまいました。もしタイムマシンがあれば迷わず行き先はデボン紀です。今年の夏にローソンでフィギア化されていて、迷わず買いました。
ダンクルオステウスは、板皮類という脊椎動物の中でも初期に顎を持ったグループに属し、当時の海における最強の捕食者であったと言われています。

 米の動物学者らのグループは現存する Dunkleosteus terrelli の頭骨化石を分析し、この動物が持っていたであろう顎の咬む力をおよそ5,000ニュートンと推定しました。この値はホホジロザメをはじめとする現存するどのような魚類の顎よりも強いそうです。また実際に牙の先端にかかる圧力は1億5千万パスカルと推定され、硬い餌の骨も「まるで熱したナイフでバターを切るように」噛み砕くことができたのではないかということです。

 もう一つ驚くべきことは、彼らの顎の力は咬むだけでなく口を50分の1秒という速さで開くことにも役立っていたと言うことです。急速に口を開けることで餌を吸引し(これはオオクチバスなど多くの硬骨魚類で見られる捕食のテクニックだそうです)、その強力な牙で噛み砕いていたのだろうと考えられるそうです。

 
 板皮類はデボン紀の終わりとともに消滅しましたが、その理由は未だ謎に包まれているようです。

<参考>
Ancient Megafish Had First Bite Strong Enough to Snap Prey in Half(Scientific American)
Dunkleosteus(wikipedia)

ワタの種

2006-11-22 19:27:28 | 食料
 ワタは繊維を採るために世界中で栽培されている有用作物でが、以外にもその種子は脂肪分や蛋白質などを非常に多く含んでいることで知られています。綿1キロに対して種子が約1.65キロ収穫することができアジア、アフリカ地域において毎年4千400万トンの種子が生産されていることになるそうです。これらの地域では慢性な栄養不足に起こりがちですが、ワタの種子を食用とすれば潜在的に5億人分のタンパク質の要求量を満たせることになるそうです。しかしながら、ワタにはゴシポールなどの毒素が含まれそれらは種にも多く存在しているため、これまで反芻動物の飼料用途以外に直接人間の食用になることはありませんでした。毒素を産生しない品種の作出はこれまで伝統的な品種改良によって試みられてきましたが、ワタのもつ毒素はそもそも病原菌や昆虫などからワタ自身を守るために分泌している忌避物質なので、そのようにして作られた改良品種は病気や害虫に非常に弱く市場で成功することはありませんでした。


 テキサスA&M大学のチームは今回ワタの品種 Gossypium hirsutum にRNA干渉を利用して、種子のみに組織特異的に毒素の生産を止めることに成功しました。その他の器官では通常通り毒素が産生されるため、病害虫に弱くなるということはないということです。標的にしたのはゴシポールなど種々のテルペノイド類の生合成系に関与する酵素δ-cadien synthaseの遺伝子です。この遺伝子の相同配列をもつ hairpin-loop RNAを種子特異的なプローモーター下で発現するコンストラクトを作成し、ワタに形質転換した結果、種子のみにおいて毒素の含有量が1%程度に減少されたそうです。この含有量はFAOやWHOが設定している安全基準を十分満たすようです。当初懸念されていた、種子から別の組織へのサイレンシングの「漏れ」もありませんでした。

 
 今後食品としての安全性を確かめていく段階に入っていくのでしょうが、この研究を率いたRathore氏曰く「炒めて塩をまぶして食べると非常においしい」ということです。

<参考>
Making Cottonseeds Edible--if You Want to Eat Them(Scientific American)

Engineering cottonseed for use in human nutrition by tissue-specific reduction of toxic gossypol,Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 10.1073/pnas.0605389103

イルカ漁

2006-11-15 19:03:30 | 食料
 日本では年間2万頭程のイルカが捕獲され食用などで流通している、ということを初めて知りました。知ったからと言って別にどうとも思わないわけですが、そんな漁が日本にあったということを海外メディアの記事をみるまで知らなかったということを少し恥ずかしく思ったわけです。昨日付けの National Geographic の記事では日本のイルカ漁についてかなり批判的な立場で書かれています。掲載されている血の色に染まった海の写真は一瞬合成かと思いました。「知的な動物であるから」というおきまりの論拠は相変わらず辟易してしまいますが、イルカ食文化を知らなかった同じ日本人としては「我々の食文化を!!」的な反応をするのもなんとなく空虚です。ざっとインターネットで調べてみると、魚網などを破壊するイルカを間引くという意味合いもあるようですが。 普通に知られていることなのだろうか?

 先日第4のヒレ(陸上生活時代の後ろ足の名残?)を持つバンドウイルカが日本で捕獲されたというニュースがAsahi.com などの日本メディアで取り上げられていましたが、そのイルカも和歌山県のイルカ漁で捕獲されたものであるということを今回のNational Geographicの記事で初めて知りました。日本のメディアの記事では「漁で捕獲された」というニュアンスがほとんど無かったような気がします。後ろめたさがあるからか、はっきりと書くことに何か問題があるのか、書くほどのことでもないだけなのかは分かりませんが。


<参考>
Captured Dolphin With Four Fins Spotlights Controversial Hunt(National Geographic)
第4のひれ持つイルカ発見 退化したはずの後ろ脚?(Asahi.com)

寿司ゲノムプロジェクト

2006-11-13 19:05:48 | 分子生物学・生理学
 棘皮動物門はウニの他にヒトデやナマコなどの仲間を含んでいますが、意外にも彼らは我々脊椎動物に近く、同じ新口動物(Deuterostomia)というグループで括られているようです。今回ムラサキウニ(Strongylocentrotus purpuratus)というウニの仲間がこの門としては初めて、また寿司ネタとしてはフグに次いで二例目としてゲノム解読されました。

 ウニのゲノム解読の重要性としては、この動物が発生生物学の分野で非常によく研究されてきているということのようです。そういえば、生物の教科書に載っていた胚発生の写真などはウニの受精卵だった気がします。また今まで解読されてきた昆虫や線虫などよりも脊椎動物に比較的近いことから、それらとのギャップを埋めるという点でも意味深いようです。


<参考>
The sushi genome project(News@Nature)
Sea Urchin Genome Confirms Kinship to Humans and Other Vertebrates(Science)

クロロキン感受性の復活

2006-11-11 20:11:50 | 医療・衛生
 クロロキンは安価で比較的副作用が少ないことなどから、60年ほど前から世界中で広く使われている抗マラリア薬です。しかし1980年代頃からクロロキン抵抗性のマラリア原虫が各地で報告されるようになり、サブサハラアフリカでは最初にマラウィという国が1993年にその使用を中止し、サルファドキシン・ピリメタンという混合薬治療に切り替えました。

 このクロロキンの使用を中断して以降、マラウィにおけるマラリア原虫のクロロキン感受性遺伝子の割合が徐々に増えてきて2001年には抵抗性遺伝が消失してしまったという報告があったようですが、今回米の科学者が実際にクロロキンによって80人の患者のうち99%がこの地域では治療できたと報告しました。一方現在第一選択薬として使用されているサルファドキシン・ピリメタンでは87人中71人の治療が失敗したそうです。

 マラウィの周辺地域においては依然クロロキン抵抗性のマラリア原虫が存在しているため、すぐに治療薬をクロロキンに切り替えるということはあまり意味が無い(すぐに抵抗性に置き換わってしまう)ようですが、他の地域においても一定期間クロロキンの使用を中止すれば感受性が復活する可能性があるということです。

<参考>
Chloroquine Makes a Comeback(Science)

<関連>
DDTの価値


無毒化しているドクガエル

2006-11-09 21:34:47 | 生態学・環境
 マダガスカルにいるドクガエルには毒のある昆虫を食べることで体内にある種のアルカロイドを蓄積するものがいるそうです。米コーネル大の大学院生 Valerie C. Clark の調査によると、人為的開発によってパッチ状に隔離されてしまった森に生息しているドクガエルでは、そうでない場所に住むドクガエルに比べ含まれるアルカロイドの種類が優位に少ないことが分かりました。その様な森林では毒物質を獲得するための餌昆虫の多様性が少ないからでしょうか。今後のさらなる調査が必要であると言うことです。

<参考>
Poison Frogs Losing Their Toxicity, Study Suggests (National Geographic)

二重鎖RNAは転写を促進する?

2006-11-07 13:01:29 | 分子生物学・生理学
 今年度のノーベル医学・生理学賞にはRNA干渉(RNAi)の発見者の米の研究者が選ばれました。RNA干渉は短い二重鎖RNAが引き起こす相補的配列を持ったmRNAの特異的分解反応ですが、特定の遺伝子発現を抑制する簡便な手法として発見からまだ8年ほどですが多くの研究者に利用されてきています。
 RNAiの分子機構はいろいろと研究されているようですが、私の知る限りでは細胞内に導入された二重鎖RNAが21ntの短い断片(siRNA)に切断され、siRNAはいくつかのタンパクと複合体(RISC:RNA-induced silencing complex)をつくり、RISCが標的RNAを捕捉して分解するというプロセスのようです。

 通常特定のRNAに相補的なsiRNAを細胞内に導入するとRNAi機構によりその遺伝子発現は抑制されますが、カリフォルニア大学のLiらのグループは、遺伝子上流のプロモーター配列をターゲットにしたsiRNAを導入すると逆に転写が促進され、遺伝子発現が活性化するという現象 (RNAa:dsRNA-induced gene activation) を見つけました。どのような経緯で彼らがその様な実験をするに至ったか私の知識では分かりませんが、いくつかのヒトの癌培養細胞でE-cadherin,P21,vascular endothelial growth factor (VEGF)という遺伝子を活性化することに成功しています。

 どのような機構で二重鎖RNAが転写を促進するのかは全く謎のようですが、論文を読むといくつか面白いことが書いてありました。まず、RNAaを引き起こす部位はある程度限定されているようで、CpGアイランドをターゲットにした場合逆に転写が抑制されたようです(これは別の研究者によって以前にも示されていたようです)。またCpGアイランドがすでにメチル化されている場合、RNAaは起きなかったようです。
 
 興味深いのはRNAaのメカニズムはRNAiの機構を共通しているようだというところです。まず、RNAaを引き起こす二重鎖RNAのサイズはRNAiと同様に21ntが望ましく、26ntでも16ntでも駄目なようです。またRISCを構成するArgonaute2 (Ago2)タンパクを必要とすることも分かりました。

 最後にRNAaの転写活性化機構の手がかりとして、ヒストンの脱メチル化が調べられています。クロマチン免疫沈降法によりRNAaの標的部位を調べたところ、どうやら二重鎖RNAの導入細胞では標的部位のヒストンタンパク質の脱メチル化が起こっていいるようです。
 
 RNAiの発見は遺伝子の抑制実験を容易にする技術を生みましたが、もしこのRNAaと呼ばれる現象が今回用いられたヒトの培養細胞以外にも広範囲の生物に普遍的に存在し、あらゆる遺伝子に対して効果があれば、我々はRNAiとはまた別の強力な実験ツールを手にすることになるでしょう。しかし現段階では、どの遺伝子でも成功しているわけではなさそうです。遺伝子間でかかるかからないの差があったり、標的部位が非常に限定されていたりするせいなのかもしれません。

<参考>
Small dsRNAs induce transcriptional activation in human cells Long-Cheng Li, Steven T. Okino, Hong Zhao, Deepa Pookot, Robert F. Place, Shinji Urakami, Hideki Enokida, and Rajvir Dahiya,PNAS published November 3, 2006, 10.1073/pnas.0607015103 ( Genetics )

ミツバチゲノム

2006-11-01 20:32:12 | その他
 ミツバチは人間にとって蜂蜜の提供者というだけでなく、様々な植物の花粉を媒介しそれらの生殖を手助けするポリネーターとしても自然界の中で非常に重要な役割を担っています。また数少ない神経細胞から構成された脳を持ちながら社会性やダンスによる高度なコミュニケーションを成し遂げるなど、多くの生物学者にとって興味を刺激する存在です。

 セイヨウミツバチ (Apis mellifera) の国際ゲノムプロジェクトの完了が先月26日に宣言されました。昆虫の全ゲノム解読は5例目だそうです(今までにキイロショウジョウバエ、ハマダラカ、カイコ、あと一個は何か知りません…)。4年がかりだったこのプロジェクトからは、今までのモデル昆虫だったショウジョウバエやカイコなどからは分からなかった様々な興味深い情報が得られているそうです。

  まず、DNAのメチル化や概日時計(24時間のリズムを刻む体内時計)に関与する遺伝子らはショウジョウバエ(Drosophila)よりもむしろ脊椎動物との共通性が高いようです。概日時計のメカニズムに関してはよく研究されているショウジョウバエが昆虫のモデルとされてきましたが、そうしたショウジョウバエの地位はどうやら失墜しそうです。また、膜翅目(ハチ・アリの仲間)は完全変態昆虫の中でもこれまで考えられていたよりもずっと早く分岐した可能性が高く、甲虫類よりも早いのではないかと言うことです。

  これまで昆虫の分子生物学はDrosophilaという単一のモデル生物で語られる傾向がありましたが、最近の研究で分かってきたのは彼らは実は昆虫の中でもかなりユニークな存在であるということです。そもそもこれだけ多様化している生物群に対してして「昆虫は」という主語は意味が無いのかも知れません。現在進行中の不完全変態昆虫であるエンドウヒゲナガアブラムシのゲノムプロジェクトの完了で何が分かるのか楽しみです。  

<参考>
Honey Bee Genome Illuminates Insect Evolution and Social Behavior(Sience)
Molecular and phylogenetic analyses reveal mammalian-like clockwork in the honey bee (Apis mellifera) and shed new light on the molecular evolution of the circadian clock
Genome Res. Published October 25, 2006, 10.1101/gr.5094806 Free access