「命を削り合うのは楽しみではない」…藤井聡太との「運命のリベンジマッチ」に臨む永瀬拓矢が明かした「本音」(大川 慎太郎) | マネー現代 | 講談社 (gendai.media)
昨秋の王座戦で手痛い逆転負けを喫した永瀬は、藤井に屈辱の全冠制覇を許した。「藤井さんとの違いは何か」。調子を崩し、人知れず思い悩んだ一年を振り返りながら、9月4日から再び始まる王座戦に懸ける意気込みを明かした――。
前編記事『藤井聡太の八冠達成から1年…「運命のリベンジマッチ」に挑む永瀬拓矢がはじめて明かした「藤井さんとの違い」と、最強棋士に感じていた「異変」』につづき、永瀬の証言を紹介する。(取材・文/大川慎太郎)
藤井聡太の強み
永瀬は、藤井のメンタルの強さをどういうところから感じるのだろうか。
「メンタルってブレずに一定なのが最強ですけど、藤井さんはまさにそれなんです。結果に一喜一憂せずに、プロセスを重視しているところでしょうか。野球のイチロー選手が、ヒットを打っても喜ばないというのと似ています」
棋士は負けず嫌いの性格が多い。そうでなければ少年時代からの激烈な競争を勝ち抜くことはできない。永瀬は自身が極端な負けず嫌いなところが影響しているかもしれないという。
2019年11月、竜王戦7番勝負の控え室で検討を重ねる永瀬王座と藤井七段(筆者撮影)
「自分は席上対局(イベントでの非公式戦)でも絶対に負けたくありません。そういう人間は公式戦への執着がすさまじいことになってしまう。これだけ大事な将棋で負けているのは、力みすぎている部分が間違いなくある。
だから一歩も二歩も引いた視点で公式戦に臨まなきゃいけないのかもしれません。よく『練習は本番のように、本番は練習のように』って言うじゃないですか。自分は前者はできているけど、後者ができていない」
それを実行するにはどうすればいいのだろう。まさか適当な気分で対局に臨むわけにもいくまい。メンタル面を総合的に伸ばすにはどうすればいいのか。永瀬に尋ねると、「うーん」と黙った。
「滝行(滝に打たれて精神を鍛える修行)ですか?」と軽口をたたくと、「(昨年の王座戦後は)滝に打たれるのよりはつらい思いをしてきたと思います」と苦笑しながら語った。
前編記事『藤井聡太の八冠達成から1年…「運命のリベンジマッチ」に挑む永瀬拓矢がはじめて明かした「藤井さんとの違い」と、最強棋士に感じていた「異変」』につづき、永瀬の証言を紹介する。(取材・文/大川慎太郎)
藤井聡太の強み
永瀬は、藤井のメンタルの強さをどういうところから感じるのだろうか。
「メンタルってブレずに一定なのが最強ですけど、藤井さんはまさにそれなんです。結果に一喜一憂せずに、プロセスを重視しているところでしょうか。野球のイチロー選手が、ヒットを打っても喜ばないというのと似ています」
棋士は負けず嫌いの性格が多い。そうでなければ少年時代からの激烈な競争を勝ち抜くことはできない。永瀬は自身が極端な負けず嫌いなところが影響しているかもしれないという。
2019年11月、竜王戦7番勝負の控え室で検討を重ねる永瀬王座と藤井七段(筆者撮影)
「自分は席上対局(イベントでの非公式戦)でも絶対に負けたくありません。そういう人間は公式戦への執着がすさまじいことになってしまう。これだけ大事な将棋で負けているのは、力みすぎている部分が間違いなくある。
だから一歩も二歩も引いた視点で公式戦に臨まなきゃいけないのかもしれません。よく『練習は本番のように、本番は練習のように』って言うじゃないですか。自分は前者はできているけど、後者ができていない」
それを実行するにはどうすればいいのだろう。まさか適当な気分で対局に臨むわけにもいくまい。メンタル面を総合的に伸ばすにはどうすればいいのか。永瀬に尋ねると、「うーん」と黙った。
「滝行(滝に打たれて精神を鍛える修行)ですか?」と軽口をたたくと、「(昨年の王座戦後は)滝に打たれるのよりはつらい思いをしてきたと思います」と苦笑しながら語った。
いま大事にしていること
「自分と向き合うことでしょうか。例えば将棋の勉強を1日に10時間しているとして、それ以外の時間、例えばお風呂に入ったり食事をしていたりする時にも自分のことを考えたり、問いかけたりすることが大事だと思います。それをしていないと、カギが開かないというか、大事なことを発見できないんですよね。藤井さんが自分自身に向き合っていることは、見ていてよくわかるので」
少し抽象的で難しいようだが、「100%努力して突き詰めたことがないと伝わりにくいかもしれません」と永瀬は申し訳なさそうに話した。取材というよりも、高僧の法話を聞いている気分になりつつあった。
跳ね返されていた挑戦者決定戦の壁を、昨年衝撃的な決着で敗れた王座戦で破った。まさか丸1年もタイトル戦に出られないとは永瀬自身も思っておらず、だから前編記事の冒頭の「運命」という言葉になった。なんであろうと壁を乗り越えたのだから、メンタル改善の効果は出てきているのではないか。
「前よりはよくなったような気はします。ただ去年の王座戦の開幕前よりレーティングが50点くらい低い気がするので、上げていく必要がある」
レーティングは棋士の強さを数値で表したものだ。8月中旬で藤井は2080点、永瀬は1900点くらい。「藤井さんとの実力差の指標にしています。藤井さんだけを見ていて、なんというか太陽を見上げている感じですかね」と言って永瀬はハハハと笑った。
「自分と向き合うことでしょうか。例えば将棋の勉強を1日に10時間しているとして、それ以外の時間、例えばお風呂に入ったり食事をしていたりする時にも自分のことを考えたり、問いかけたりすることが大事だと思います。それをしていないと、カギが開かないというか、大事なことを発見できないんですよね。藤井さんが自分自身に向き合っていることは、見ていてよくわかるので」
少し抽象的で難しいようだが、「100%努力して突き詰めたことがないと伝わりにくいかもしれません」と永瀬は申し訳なさそうに話した。取材というよりも、高僧の法話を聞いている気分になりつつあった。
跳ね返されていた挑戦者決定戦の壁を、昨年衝撃的な決着で敗れた王座戦で破った。まさか丸1年もタイトル戦に出られないとは永瀬自身も思っておらず、だから前編記事の冒頭の「運命」という言葉になった。なんであろうと壁を乗り越えたのだから、メンタル改善の効果は出てきているのではないか。
「前よりはよくなったような気はします。ただ去年の王座戦の開幕前よりレーティングが50点くらい低い気がするので、上げていく必要がある」
レーティングは棋士の強さを数値で表したものだ。8月中旬で藤井は2080点、永瀬は1900点くらい。「藤井さんとの実力差の指標にしています。藤井さんだけを見ていて、なんというか太陽を見上げている感じですかね」と言って永瀬はハハハと笑った。
VSの成績に見られる変化
決戦が近づいているが、二人のVSはどうなるのか。作戦面への影響などで本番前は味が悪いとされているが。
「藤井さんからは、『2週間前からはちょっと』と言われているので、それまではやる予定です」と永瀬は言う。藤井の地元である名古屋では月に1度くらいの割合で行っており、永瀬の地元の東京での頻度は「内緒です」とのことだ。このVSの成績が最近、変わってきているのだという。
「以前は藤井さんが圧倒的に勝ち越すか、こちらが少し勝ち越すかくらいでしたが、最近は五分五分です。自分のパフォーマンスがそれほどよくないにもかかわらず互角なんですよね」
それはやはり藤井の状態が芳しくないということになる。永瀬もまだ完調とは言えないが、精神面の気づきもある。去年の五番勝負と比べて自信はあるのか。
「うーん、それはやってみないとわかりません。これから自分の実力をどれだけ引き上げられるかにかかっています。今の(調子が悪い)藤井さんじゃなくて、自分がよく知っている藤井さんを想定して対策を練ります」
五番勝負はどこに勝機を見出していくのか。
決戦が近づいているが、二人のVSはどうなるのか。作戦面への影響などで本番前は味が悪いとされているが。
「藤井さんからは、『2週間前からはちょっと』と言われているので、それまではやる予定です」と永瀬は言う。藤井の地元である名古屋では月に1度くらいの割合で行っており、永瀬の地元の東京での頻度は「内緒です」とのことだ。このVSの成績が最近、変わってきているのだという。
「以前は藤井さんが圧倒的に勝ち越すか、こちらが少し勝ち越すかくらいでしたが、最近は五分五分です。自分のパフォーマンスがそれほどよくないにもかかわらず互角なんですよね」
それはやはり藤井の状態が芳しくないということになる。永瀬もまだ完調とは言えないが、精神面の気づきもある。去年の五番勝負と比べて自信はあるのか。
「うーん、それはやってみないとわかりません。これから自分の実力をどれだけ引き上げられるかにかかっています。今の(調子が悪い)藤井さんじゃなくて、自分がよく知っている藤井さんを想定して対策を練ります」
五番勝負はどこに勝機を見出していくのか。
VSの成績に見られる変化
決戦が近づいているが、二人のVSはどうなるのか。作戦面への影響などで本番前は味が悪いとされているが。
「藤井さんからは、『2週間前からはちょっと』と言われているので、それまではやる予定です」と永瀬は言う。藤井の地元である名古屋では月に1度くらいの割合で行っており、永瀬の地元の東京での頻度は「内緒です」とのことだ。このVSの成績が最近、変わってきているのだという。
「以前は藤井さんが圧倒的に勝ち越すか、こちらが少し勝ち越すかくらいでしたが、最近は五分五分です。自分のパフォーマンスがそれほどよくないにもかかわらず互角なんですよね」
それはやはり藤井の状態が芳しくないということになる。永瀬もまだ完調とは言えないが、精神面の気づきもある。去年の五番勝負と比べて自信はあるのか。
「うーん、それはやってみないとわかりません。これから自分の実力をどれだけ引き上げられるかにかかっています。今の(調子が悪い)藤井さんじゃなくて、自分がよく知っている藤井さんを想定して対策を練ります」
五番勝負はどこに勝機を見出していくのか。
決戦が近づいているが、二人のVSはどうなるのか。作戦面への影響などで本番前は味が悪いとされているが。
「藤井さんからは、『2週間前からはちょっと』と言われているので、それまではやる予定です」と永瀬は言う。藤井の地元である名古屋では月に1度くらいの割合で行っており、永瀬の地元の東京での頻度は「内緒です」とのことだ。このVSの成績が最近、変わってきているのだという。
「以前は藤井さんが圧倒的に勝ち越すか、こちらが少し勝ち越すかくらいでしたが、最近は五分五分です。自分のパフォーマンスがそれほどよくないにもかかわらず互角なんですよね」
それはやはり藤井の状態が芳しくないということになる。永瀬もまだ完調とは言えないが、精神面の気づきもある。去年の五番勝負と比べて自信はあるのか。
「うーん、それはやってみないとわかりません。これから自分の実力をどれだけ引き上げられるかにかかっています。今の(調子が悪い)藤井さんじゃなくて、自分がよく知っている藤井さんを想定して対策を練ります」
五番勝負はどこに勝機を見出していくのか。
やりがいはあるが…
「自分は今まで総合力で相手にぶつかっていました。長所がないと思っていたんです。でも今回の王座戦の挑戦権を獲得した本戦の4局で、自分にも長所があることがわかりました。具体的には言えませんが、それも精神面の改善によって気づいたんです。
だからそこをぶつけていこうと思います。藤井さんも長所を生かしてきます。得意の終盤で詰む詰まないの勝負にしてきますからね」
以前、永瀬に「藤井との対局は楽しみか?」と尋ねたことがある。答えは「ノー」だった。それは今も変わらないのか。
「やりがいはありますが、楽しみではない。命を削り合うのは楽しみではありません」と永瀬はきっぱりした口調で答えた。
すべてを将棋に捧げている二人は全身全霊で対局に臨んでいる。私は昨年の王座戦第2局を盤側で観戦し、将棋盤に没入する藤井と永瀬を見ていて大きな感銘と衝撃を受けた。畏怖すら感じた。絶対に手が届かない何かに向かって、二人は必死に手を伸ばしているかのようだった。勝敗を超越しており、これが将棋の真理の追究なのかと思わされた。
その凄味はモニター越しにも伝わるはず。今年も王座戦は全局、動画中継される。開幕戦は9月4日。瞬きすらしてはならない運命の五番勝負だ。
「週刊現代」2024年9月7日号より
「自分は今まで総合力で相手にぶつかっていました。長所がないと思っていたんです。でも今回の王座戦の挑戦権を獲得した本戦の4局で、自分にも長所があることがわかりました。具体的には言えませんが、それも精神面の改善によって気づいたんです。
だからそこをぶつけていこうと思います。藤井さんも長所を生かしてきます。得意の終盤で詰む詰まないの勝負にしてきますからね」
以前、永瀬に「藤井との対局は楽しみか?」と尋ねたことがある。答えは「ノー」だった。それは今も変わらないのか。
「やりがいはありますが、楽しみではない。命を削り合うのは楽しみではありません」と永瀬はきっぱりした口調で答えた。
すべてを将棋に捧げている二人は全身全霊で対局に臨んでいる。私は昨年の王座戦第2局を盤側で観戦し、将棋盤に没入する藤井と永瀬を見ていて大きな感銘と衝撃を受けた。畏怖すら感じた。絶対に手が届かない何かに向かって、二人は必死に手を伸ばしているかのようだった。勝敗を超越しており、これが将棋の真理の追究なのかと思わされた。
その凄味はモニター越しにも伝わるはず。今年も王座戦は全局、動画中継される。開幕戦は9月4日。瞬きすらしてはならない運命の五番勝負だ。
「週刊現代」2024年9月7日号より