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コロナ禍の東京五輪は祝福しない」天皇陛下の開会宣言に込められた異例のご覚悟

2022年02月03日 00時15分49秒 | 皇室のこと

■「祝う」ではなく「記念する」と宣言した陛下  私は、ここに、第32回近代オリンピアードを記念する、東京大会の開会を宣言します――。天皇陛下の東京五輪開会宣言が話題だ。 

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一つには、その簡潔さ。直前にあった橋本聖子組織委員会会長、IOCのトーマス・バッハ会長のあいさつがとにかく長かったから、際立った形だ。最初の橋本会長が7分、バッハ会長はさらに上を行く13分。「会議における発言の長さ」を論じて辞任した、森喜朗前組織委員会会長の感想を聞きたいところだ。


  とはいえ、国家元首による開会宣言は五輪憲章で定められていて、陛下の宣言もそれにのっとったものだ。一方で陛下は、五輪憲章に書かれた「和訳」と異なった言葉を使用した。それが、二つ目の話題だ。陛下が変えたのは、celebratingの訳。最新の「五輪憲章2020年版・英和対訳」に「オリンピアードを祝い」とあるのを、「記念する」にしたのだ。

 ■天皇は一切の政治的行為が許されない「象徴」  


7/29/2021

「記念する」への道は、1カ月前から見えていたように思う。6月24日、宮内庁の西村泰彦長官が定例会見で「五輪開催が感染拡大につながらないか、(陛下が)ご懸念されていると拝察している」と発言した。

「陛下は五輪に反対」と読み替えることもできなくはない。だからこそ「拝察」というオブラートに包んだに違いないが、「象徴天皇」としての矩を踏み越えたと批判も招いた。

  憲法第1章には「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」とある。だから長官発言を受け、一橋大学の渡辺治名誉教授(政治学)はこう語った。

「天皇の命令で戦争を招いた反省から、政治的な決断は国民とその代表である議員が行い、天皇に一切の政治的行為を許さない『象徴』とするのが憲法の『国民主権』」。だから、長官の発言は「国民主権を侵害する危険性」があるという指摘だった(朝日新聞6月25日朝刊)。 

 このような指摘は他にもあった。だが、「祝う」を使っては陛下が「コロナ禍の五輪」を祝福していると取られかねないという懸念が宮内庁から伝えられ、政府や大会組織委員会が検討、和訳のみの変更ということでIOCの承認も得られたという。世界中でコロナ禍による死者が拡大、収束が一向に見えない状況だ。「祝っている場合だろうか」という気持ちは誰もが持っているものだろう。とはいえ、宣言するのは陛下であり、「象徴天皇」としてはかなり踏み込むことになる。

以下はリンクで


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昭和天皇は質実を叩き込まれ、華やかな方を望むのは“享楽的贅沢”と考えられていたふしがある」 磯田道史が“皇族や華族の頭の中に踏み込んで描ききった”と評した物語とは

2022年01月11日 19時00分46秒 | 皇室のこと

昭和天皇は質実を叩き込まれ、華やかな方を望むのは“享楽的贅沢”と考えられていたふしがある」 磯田道史が“皇族や華族の頭の中に踏み込んで描ききった”と評した物語とは


梨本宮伊都子妃が娘の嫁ぎ先を早く決めねばと焦ったのもよく分かる」 

1/5(水) 6:12配信

林真理子がふりかえる“皇族の縁談”と“身分制”  から続く 【写真】この記事の写真を見る(19枚) 

 新刊 『李王家の縁談』 で日本の皇族と朝鮮の王太子との縁談を描いた林真理子さん。本作の主人公は、長女・方子(まさこ)を朝鮮王家に嫁がせるなど、家柄を重んじた縁談を次々に進め国に尽くした、梨本宮伊都子(いつこ)だ。林真理子さんと歴史学者の磯田道史さんが、「やんごとなき」方々の結婚について語り合った。(全3回の2回目。 #1 、 #3 を読む。初出: オール讀物2021年12月号 。年齢、肩書等は掲載時のまま)

 ◆◆◆

貞明皇后はオールジャパンで

エリザベス女王来日時の、昭和天皇と香淳皇后 ©文藝春秋

磯田 良子女王は何事にも動じない、落ち着いた方だったようですね。 林 お写真を見ると、本当に日本人形のようで、ああいう顔立ちが昔の美女とされていたのですか? 磯田 そのようにも考えられますが、昭和天皇は幼時から質実を叩き込まれ、地味で実直な感じの方がお好きだったのではないかと思います。目鼻が大きくて目立つ華やかな方を望むのは“享楽的贅沢”と考えられていたふしがあります。 

林 続いて貞明皇后の次男の秩父宮の妃となった、松平勢津子(せつこ)さんは会津の松平容保(かたもり)の孫ですから、これはすごい。かつての朝敵の子孫を皇室に迎え入れるという発想もなかなかできません。 

磯田 維新に功績のあった薩長との力関係も含めて、貞明皇后は「オールジャパン・ノーサイド」を考えられた。政治方面の男性方とも相談をされた上でしょう。久邇宮家と梨本宮家の父である中川宮(朝彦親王)は、実は明治元年に徳川慶喜に使いを出して維新政府の転覆を企てたとして、一時、親王位をはく奪されて広島に幽閉された皇族です。要するに、朝敵にされたり、けん責されたりした一族にも不満を持たせぬよう、名誉回復して体制に取り込む機能を、皇族の縁談はもっていたわけです。 


林 伊都子さんから見れば、勢津子さんは平民の外交官に嫁いだ妹の子です。身分としては自分の次女・規子の方が高いにもかかわらず、ここでも選ばれなかったという悲憤があったでしょうね。縁談の話がきた時、勢津子さんのご両親も、「地味で不器用で普通の子です」と何度もご辞退したそうですが、勢津子さんも決して派手な雰囲気はなくとも、本当に品よくまとまっていらっしゃって、貞明皇后にも可愛がられたそうですね。



上流階級の女の子たち

磯田 世間からの注目度が高いぶん、上流階級のお嬢様たちは、縁談に際して色々な悩みを抱えていらっしゃったと思います。そのひとつは嫡出子と非嫡出子の問題です。つまり、母親が正妻かどうかで縁談にも如実に差が出る時代でした。 

林 学習院はそういうことで差別はしない建前だったということですが、華族の庶子、柳原白蓮も最終的には東洋英和女学校に通いましたし、実践女学校を出ている方がいるのも、母親の出自によるところが大きかったようですね。

 磯田 もうひとつ差別の問題があって、それは容姿です。現代は世の中の女性たちは美しい女優さんに憧れを抱きますが、当時、女優は地位が低くイメージが今ほどよくない。皇族華族の令嬢こそが憧れの的でした。肖像写真が雑誌や新聞に載り、大衆の注目を集めたわけです。  この小説のなかでも、貞明皇后が、色黒であることから「黒姫さん」というあだ名をつけられていて、ご本人も内心気にされていたことは有名な話です。さらに林さんの小説の中では、夫の大正天皇が新婚にもかかわらず、若く美しい伊都子さんに懸想気味だったというエピソードが出てきますね。 

林 大正天皇が皇太子時代、日光の田母沢御用邸に滞在されていた折、鍋島家別邸にいた伊都子さんにダックスフントを押し付けていかれ、鍋島家が大層困惑したというのは本当の話です。ただ、伊都子さんは大名の娘ですから、皇太子に嫁げる身分になく、貞明皇后のライバルだったわけではないんですけどね。 

磯田 明治天皇の時代までは側室を置きましたが、条約改正もあって、欧米のキリスト教国に野蛮の王とされぬよう表向きは一夫一妻制にする必要が生じます。大正天皇は皇后のある身で有力な侯爵の令嬢を後宮に入れることはできません。西欧化のせいで伊都子が手の届かない、高嶺の花になっていたのが面白い。 


林 結局、伊都子さんは梨本宮家に嫁ぎ、娘の方子さんは皇太子に嫁げる身分を手に入れたわけですが、嫁ぎ先は朝鮮の皇太子の李垠ということになりました。この縁談が調ったとき、方子さんは学習院に通われていましたが、嫁ぐ前日荷飾りに同級生たちがわらわらと方子さんのところに集まってきたそうなんですね。「よその王子に嫁ぐあの人を見に行きましょう」という、上流階級の女の子たちの残酷さが表れていると思いました。


悲劇の王妃は真実か

磯田 もっとも母親の伊都子さんは考えが違う。今は異文化との縁組でも、いずれは朝鮮も「もうひとつの日本になる」とみた。方子さんの縁談は国のためにもなると本当に信じていました。さらに、李垠が皇太子として扱われるのであれば、宮中席次、位階の高さの点でも申し分ないとも考えていたでしょう。幕末の鍋島閑叟の血をひくだけあって、まったく先見第一の合理主義者です。

  よく「薩長土肥」と言われますが、実は佐賀(肥前)藩は鳥羽伏見の戦いには加わっておらず、戦ったのは薩長土と因幡・伯耆の鳥取藩でした。後から倒幕に加わった肥前は自慢の海軍力とアームストロング砲を提供。上野の彰義隊と会津若松城をその火力で制圧し、維新のお手柄順位で四番目に滑り込んだわけです。薩摩の島津家に連なる良子さんが日本の皇太子の妃に内定し、鍋島系の方子さんが朝鮮王世子の元に嫁げば、序列的にも座りが良いと思われたこともあるでしょう。

 林 当時の日本には、朝鮮人は3000人しかいなかったそうです。ですから、李垠と方子さんの結婚は、日朝結婚の第一号のようなものだと言われています。伊都子さんの朝鮮に対する偏見のなさは、もっと評価されるべきだと思います。

 磯田 日本と韓国についてはあまりにも複雑な問題が横たわっていますが、もともとは日本の天皇が「王」ではなく、「帝」を名乗ろうとしたことが根本にあり、この小説の通奏低音としても流れていると思います。帝と王の違いは、帝は王に王たるもの。つまり、帝は子分にあたる王国を下にもつのが条件なんです。中国は人口も多く、周王朝は天子が、秦から皇帝が周辺の王の国を従えてきた。  

しかし日本は中国との対抗上、ひとりぼっちでも帝を名乗り続け、ようやく明治の時代になって琉球王国を自分たちの版図の中に入れた。さらに日韓併合でふたりの王を従えた状態になり、さらに清朝最後の皇帝であった溥儀(ふぎ)を連れてきて満州帝国を作り、これを傀儡状態におきます。2人ないし、3人の王を従える、あるいは連携している状態の帝国を一時的に作っていったのが、明治から戦前にかけてで、帝国の実態を作る作業も同時に行われました。そのひとつが日本の皇族と朝鮮王朝との縁組に関する法律規定であり、方子さんと李垠皇太子の婚約前にそれが作られています。( #3 に続く)

 「心の綺麗な人ばかりが皇室に接近して縁組が成り立つイメージは、絵空事の気がする」 なぜ皇室には“野心家”たちが近付くのか  へ続く


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伊吹元衆院議長が小室圭さんに異例の苦言「国民にしっかり説明を

2022年01月05日 00時15分30秒 | 皇室のこと

自民党の伊吹元衆議院議長が秋篠宮家の長女・眞子さまとの婚約が延期されてきた小室圭さんに対し、国民への説明責任を果たすよう異例の苦言を呈した。


12/2/2020

 伊吹氏は最高顧問を務める自民党二階派の会合で、秋篠宮さまが誕生日に際しての会見で、眞子さまと小室さんの結婚を認める発言をされたことについて、「父親としての娘に対する愛情と、皇嗣という者のお子様である者にかかってくるノブレス・オブリージュ(高貴な者の義務)としての行動と両方の間の、相剋のようなつらい立場に皇嗣殿下はあられるんだなと思った」と感想を述べた。

 そのうえで伊吹氏は「小室さんは週刊誌にいろいろ書かれる前に、やはり皇嗣殿下がおっしゃってるようなご説明を国民にしっかりとされて、そして国民の祝福の上に、ご結婚にならないといけないんじゃないか」として、母親の元婚約者との金銭トラブルをめぐる小室圭さんの姿勢に異例の苦言を呈した。

 また、伊吹氏は「国民の要件を定めている法律からすると、皇族方は、人間であられて、そして、大和民族・日本民族の1人であられて、さらに、日本国と日本国民の統合の象徴というお立場であるが、法律的には日本国民ではあられない」と説明し、

「眞子さまと小室圭さんの結婚等について、結婚は両性の合意であるとか、幸福の追求は基本的な権利であるとかいうことをマスコミがいろいろ書いているが、法的にはちょっと違う」と指摘した。


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ついに天皇陛下が最後通牒」小室圭さんはすべてを記者会見で説明すべきだ

2021年12月09日 00時25分05秒 | 皇室のこと


青天の霹靂ともいえる厳しい発言だった  2月23日の誕生日を前に行われた記者会見(2月19日)での天皇発言が波紋を呼んでいる。

2021

 【この記事の画像を見る】  


事前に宮内庁記者会から提出されていた「眞子さんの結婚問題」について、こう答えたのだ。 

 「眞子内親王の結婚については、国民の間でさまざまな意見があることは私も承知しております。このことについては、眞子内親王がご両親とよく話し合い、秋篠宮が言ったように、多くの人が納得し喜んでくれる状況になることを願っております」 

 眞子さんに対する“最後通牒”とも取れる内容に、記者たちの間に衝撃が走った。 

 眞子さんは愛子さんの姉代わりの存在でもあり、可愛い姪でもある。記者たちが予想していた答えは、「本人たちの意志に任せ、静かに見守りたい」というものだった。  

記者から「多くの人が納得し喜んでくれる状況になるには何が必要とお考えか」という追加質問には、 

 「先程申し上げたこと以上のことは、今はお答えは差し控えさせていただきたい」と、それ以上は語らなかった。  

この発言について週刊文春(3/4日号)は、「現状のままではお二人の結婚に『NO』を突き付けざるを得ないという“裁断”を、天皇が公の場で示されたのだ」と報じた。  青天の霹靂とでもいえる厳しい発言の背景には何があったのだろう。 


■「私の気持ちを尊重してくださっている」はずが…  質問は1カ月前に提出された。

「陛下はその間、推敲を重ねられてご回答を練ってこられました」(宮内庁担当記者=週刊新潮3/4日号) 

 「その内容は、ご結婚に重大な懸念を持たれていることがわかる手厳しいもの。陛下は事前に秋篠宮ご夫妻だけでなく、上皇ご夫妻にも内容を伝えられたでしょうから、相当な危機感とご覚悟の上での発言だったと思います」(宮内庁関係者=女性セブン3/11日号)  

眞子さんは昨年11月中旬に自分の結婚についての「お気持ち」を公表した。その中で、私と小室圭との結婚が、生きていくために必要な選択だといい切り、そのことを「天皇皇后両陛下と上皇上皇后両陛下が私の気持ちを尊重して静かにお見守り下さっていることに、深く感謝申し上げております」と書いていたのだ。  

小室圭との結婚は皇室全体の了解事項であるかのように記し、世間に訴えかけていた。

  ところが、「会見での陛下は、その想いに応えるどころか、ご回答は実に現実的で、かつシビアなものでした」(宮内庁担当記者=同)


■平成時代の裁可を根本から覆すに等しい  第一、天皇が“他家”について言及することが異例中の異例なのだ。 

 その上、この結婚については、上皇が天皇時代に「裁可」しているのだ。  「天皇が認めることで初めて、内親王の婚約内定は成立するものなのです。天皇陛下は裁可をされたご本人ではないとはいえ、“もう一度両親とよく話し合って”と取れる発言をされた。それは裁可を根本から覆すに等しい、非常に厳しい注文ではないでしょうか」(皇室ジャーナリスト=同)  


父親の秋篠宮が昨年の誕生日会見で、

「娘の結婚は許す」といった後で、「結婚と婚約は別だから納采の儀は行えない」「国民の多くが納得し、祝福してくれる状況にはない」と付け加えたことで、結婚問題の行方は不透明になってしまった。

  さらに宮内庁の西村泰彦長官が記者たちに、「小室圭さん側に説明する必要がある」といい出した。この発言の裏には、この結婚に懐疑的な上皇后の考えがあるのではないかと、一部の週刊誌で報じられた。 

 宮内庁はあわてて打ち消したが、それはどうやら事実だったようだ。  また報道によると、秋篠宮は眞子さんの結婚問題についての悩みを、兄である天皇に相談していたようだ。 

 天皇は深い苦悩に打ちひしがれた秋篠宮の姿に同情し、何とか力になれないかと考え抜いた末にたどり着いたのが、この言葉だったのではないか。


 ■バラバラになった家族を再生させてほしいという表れか  

天皇は家族を大事にすることで知られている。今回の会見でも、今年20歳になる愛子さんについて聞かれ、「将来のことも含め、私たちで相談に乗れることは、できる限りしてあげたい」「結婚のことも含めて、いろいろ将来のことも話し合う機会というものがあるかと思います」と、親子で話し合うことの必要性を語っている。 

 長女・次女と母親との確執、存在感を失いつつある父親、そんな秋篠宮家の現状を憂い、家族で話し合い、もう一度再生させるべく努力するべきだというメッセージが、今回の発言にはあるように思う。

  この天皇の発言で、秋篠宮眞子さんと小室圭の結婚問題は、秋篠宮家だけの問題ではなく、皇室全体の問題に格上げされたことは間違いない。  


小室圭母子はこれまで同様、だんまりを決め込んでいるわけにはいかないはずだ。小室圭が何らかのリアクションをしない限り、眞子さんが皇籍離脱してニューヨークへ駆け落ちするという選択肢しか、2人が結婚するためには残されなくなってしまった。


■小室圭に起死回生策はあるのか 


 私は、眞子&圭の結婚を応援する1人ではあるが、今回の天皇の発言は想定外だった。  

今回も小室圭が動かないとすれば、「小室圭は眞子さんと結婚するにふさわしい人間ではない」という国民の声が圧倒的になり、流れは「結婚解消」へと向かうのではないかと心配している。 

 追い詰められた小室圭に起死回生策はあるのか。私なりに考えてみたい。  婚約延期後に、小室圭が「金銭トラブル」について自分の考えを表明したのはただ1度だけだ。  

2019年1月22日に小室圭は母親佳代の「金銭トラブル」について文書を公表し、こう説明した。 


 まず、母親と元婚約者は2010年9月に婚約し、「母の再婚については私も嬉しく思いましたし、私自身も元婚約者の方とはとても親しくさせていただきました。婚約期間中、元婚約者の方から金銭的な支援を受けたこともあります」と、金銭援助を受けたことを認めている。 

 だがその2年後、突然、元婚約者のほうから婚約を解消したいという申し入れがあり、母親は憔悴したが、最終的には申し入れを受け入れた。 

 元婚約者のいい分では、佳代の金銭的な要求が度々なので、嫌気がさしたといっている。 

■「返してもらうつもりはない」という説明が一転  

問題になっているのは、次の行だ。  

「母が婚約期間中に受けた支援については清算させていただきたいとお伝えしたところ、元婚約者の方から、『返してもらうつもりはなかった』という明確なご説明がありました。支援や慰謝料の点を含めて金銭的な問題はすべて解決済みであることを二人は確認したのです」 

 ところが、婚約を解消してから1年ほどたった平成25年(2013年)8月頃に、元婚約者から、「交際していた期間に負担した費用の返済を求める手紙を受け取りました」。

驚いた母親は、「専門家に相談してアドバイスを受けるとともに、元婚約者の方と直接お目にかかって、ご要望には応じかねることとその理由をお伝えしました」  

それ以来、向こうから連絡が入ることもなく、「元婚約者の方と自宅周辺で偶然お会いすることもありましたが、金銭の話題が出たことはありませんでした」 

 小室母子側は解決済みだと理解していたのに、秋篠宮眞子さんと婚約することになってから、元婚約者のコメントが連日報道されることになり、元婚約者の意向を測りかねて困惑したと書いている。 

 そして、「私も母も元婚約者の方からご支援を受けたことには今も感謝しておりますので、今後は元婚約者の方からご理解を得ることができるよう努めたいと考えております」としている。

■カネの亡者、守銭奴というイメージが貼り付けられた  

当初、批判の声が巻き起こったのは、小室の母親がもらった金銭が借りたものか、贈与されたものかという「金銭トラブル」についてであった。 

 だが、これは私も何度か言及しているように、元婚約者の一方的ないい分である。小室圭もいっているように、一度は“解決”したかに見えたのに、小室圭が秋篠宮眞子さんと結婚内定会見が行われた後、元婚約者が、小室圭の母親との間に金銭トラブルがあると週刊女性にタレ込んだのである。 

 私は、皇室と結婚する人間はスキャンダルを嫌がるはずだ、カネを払うに違いないと目論んだための売り込みだと、ここでも何度か書いてきた。

  その目論見が外れると、小室家のプライバシーを暴きたて、週刊誌は話の裏も取らないまま、垂れ流し続けたのである。 

 息子の入学金や授業料、留学費用まで元婚約者にせびったカネの亡者、借りたものを返さない守銭奴というイメージが、小室母子に張り付けられたのである。 

 そのメディアで作り上げられたイメージがひとり歩きして今日まで来ている。秋篠宮夫妻、上皇夫妻、天皇夫妻も、少なからずその色眼鏡で小室母子を見ているのだ。  

小室圭はこの文書で、そうしたイメージは作り上げられたもので、本当の自分と母は、そのような人間ではないことを訴えなければいけなかったのだ。  

だが、この文面からは、そうした意図は汲み取れない。ただ自分たちの“正統性”をいい立てているだけである。

 ■母子の人間性が、皇室全体から問われている 

 私がこれを読み返して一番気になったのは、小室母子が、一時は共に家庭を営もうと考えた相手、それも相当な資金援助を受けた相手にもかかわらず、感謝の気持ちが少しも感じ取れないことであった。

  婚約解消後も、近くに住んでいたそうだから、世話になったことを感謝することはもちろん、秋篠宮眞子さんとの婚約内定会見の前に、今回こういうことになりましたといいに行くぐらいはするべきだった。たとえ、金銭トラブルがあってもだ。  

また、秋篠宮から「多くの国民に理解され、祝福されるようにしろ」という忠告も聞き流し、何のリアクションも起こさなかった。  厳しいいい方をするが、今問われているのは金銭問題ではない。この母子の人間性が、秋篠宮夫妻、上皇上皇后、天皇皇后から問われているのである。


■秋篠宮夫妻と話し合い、会見を開くべきだ  

天皇は小室圭の名前は出さなかったが、眞子さんに父親と相談しろといったのは、本当に結婚する気があるのなら、小室圭よ、すぐに秋篠宮夫妻と話し合い、多くの国民の理解を得るために、何らかの形で説明する機会をつくれと申し渡したのだ。  

文書ではだめだ。小室圭という人間が眞子さんにふさわしいかどうか、会見を開いて語るべきだ。

  自分の言葉で眞子さんへの愛情を語れ。小室圭がどんな人間か、すべてをさらけ出し、ありったけの言葉を繰り出して、国民に理解してもらうのだ。  会見に弁護士はいらない。眞子さんには出てもらったほうがいい。小室圭1人では、手ぐすね引いている記者たちの餌食になる。眞子さんがいれば、記者たちの突っ込みも少しは和らぐはずだ。 


 2人が本当に愛し合っていること、将来の生活設計をどう考えているのかを、口さがない記者たちに、わけもわからずにこの結婚に異を唱えている国民に分かってもらうのだ。

 ■小室圭の“本気度”が問われている 

 一世一代の大勝負だが、これをしない限り、2人で駆け落ち婚をしてニューヨークで暮らしていくにしても、一生、世間の好奇の目から逃れることはできないと知るべきだ。  

週刊新潮に、ノルウェー王室のメッテマリット王太子妃のケースが参考になるとある。 

 2000年末にホーコン王太子との婚約が決まったのだが、彼女が3歳の子どもを持つ未婚の母であること、子どもの父親は麻薬取引で逮捕歴があり、彼女自身も夜ごとのディスコ通いやドラッグパーティーに参加していたことが報じられた。  

当然ながら、この結婚に国民が猛反対して、ノルウェー王室の支持率が9割から5割近くまで下落してしまった。 

 「民間人として臨んだ記者会見でメッテマリット妃は自らをさらけ出し、“私の過去を受け入れるのは難しいという人がいることは理解できます。でもこれからの私を見守ってほしい”と懺悔し、涙ながらに訴えたのです。ここからメディアは“悔い改めたシンデレラ”と報じ、7割の国民が結婚を支持するに至りました」(名古屋大学大学院の河西秀哉准教授)  

これに比べれば、眞子さんと小室圭の結婚のハードルはそう高くはない。小室圭の“本気度”が問われている。(文中敬称略)




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天皇陛下のご発言に眞子さま動揺 怒りの矛先は何もせぬ小室さんに?

2021年11月20日 00時01分43秒 | 皇室のこと

これまで“結婚強行”を貫かれてきた眞子さまですが、今回の陛下のご発言には“ご迷惑をかけてしまった”と動揺されているようです。皇族方にとって、陛下のおことばは何より重い。これまで祝福くださっていると思われていたのですから、その衝撃はなおさら大きいでしょう。 

【写真】チェキを両手で高く持つ、ニット姿の佳子さまと、顔をピタりと寄せる眞子さま。真横からのショット

 責任感のお強い眞子さまですから、ここまで事態が大きくなったことに、いらだちすら覚えておられるそうです。その怒りの矛先は、事ここに至って何ら動きを見せない小室さんにも向かおうとしているようです」(皇室関係者)  
3・4・2021

天皇陛下のご発言の余波はいまだ広がり続けている。陛下は2月19日、ご自身の誕生日会見で、秋篠宮家長女の眞子さまのご結婚について《ご両親とよく話し合い、秋篠宮が言ったように、多くの人が納得し喜んでくれる状況になることを願っております》と発言された。 

 眞子さまは昨年11月、ご結婚は《生きていくために必要な選択》で、《天皇皇后両陛下と上皇上皇后両陛下が私の気持ちを尊重して静かにお見守りくださっている》とした文書を発表。まるで、眞子さまの強い思いに天皇皇后両陛下が“お墨付き”を与えたかのような内容だったが、今回の陛下のご発言は、それを根底から覆すようなものだ。 

「眞子さまの文書にあった『尊重』『見守る』といった言葉も使われず、陛下のスタンスが眞子さまの文書とは違ったものだと示されました。眞子さまを否定したといえるのでは。“もう一度両親とよく話し合うように”という痛烈な注文だったように感じます」(宮内庁関係者)

  そのおことばを聞かれた眞子さまは、ようやく事の重大さに気づかれただろう。では、結婚のためには誰が動くべきなのか──それは「将来の夫」に違いない。

抗議の電話が1日200件も

 陛下のおことばに、秋篠宮家側の反応は鈍い。

 「秋篠宮さまは沈黙を貫かれているそうです。事前に陛下からご発言内容を聞かれていたとされるとはいえ、複雑な思いもおありなのでしょう」(皇室記者)  

次のような声もある。 「もともと皇室の中には、小室さんが“親族”となることを懸念される声も少なくなかった。そのため、“これで眞子さまが冷静になってくださればいい”と期待されるかたもいるそうです」(別の皇室関係者) 

 そうした声が上がるのは、ひとえに小室さんが「責任」を果たしていないことにある。眞子さまが文書を発表された1か月後の昨年12月、西村泰彦宮内庁長官は、小室さん側の「説明責任」を求めた。その発言の直前には、小室さんの代理人弁護士を宮内庁に呼び出していた。


西村氏は厳しく代理人に対応を促したそうです。皇室の新年行事の締めくくりとなる1月中旬の『歌会始の儀』のあとには、小室さんから何か動きがあるとみられていました」(皇室ジャーナリスト) 

 しかし、1月7日の緊急事態宣言発出を受け、歌会始の儀は延期に。国民は厳しい自粛期間へと突入した。

 「国民が苦しんでいる中で、小室さんが“金銭トラブルは解決済み”などと表明したら、まさに火に油。いまは発言を控えているのでしょう。ですが、秋篠宮さまや宮内庁長官だけでなく、陛下までもが言及され、事態はこれまでになく大きくなった。小室さんはこれ以上“無視”し続けることはできないでしょう。  両陛下は3月11日、東日本大震災の追悼式に臨席されます。小室さん側が対応に二の足を踏んでいる間にも、皇室は動き始めている。宣言が明けたら、すぐにでも動かざるを得ない状況にあるのです」(別の皇室ジャーナリスト)  


結婚には「国民の祝福」が必須。だが、「宮内庁への抗議の電話は多いときには1日に200件近い」(別の宮内庁関係者)というから、いまのままでは祝福とは程遠い。

 「小室さんは2019年1月、“借金問題は解決済み”とした文書を発表。しかし、事態は収束に向かうどころか、さらに悪化した。つまり、文書では意味がなく、残された手段は会見を開くことだけです。眞子さまはいま、とにかく焦っておられる。小室さんが陛下の注文を無視し続けるのであれば、いよいよ眞子さまも小室さんに詰め寄るほかありません」(前出・皇室関係者) 

 小室さんの次のアクションはいつか。代理人に尋ねたが、〆切までに回答はなかった。 ※女性セブン2021年3月18日号


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