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ドン・ロドリゴ漂着~日墨交流400周年記念ドラマ 第二話

2009年06月03日 | 本多忠勝 本多忠朝(大多喜城)

話題はコロコロ変わりますが、優秀な子供さんを育てた親御さん達の特徴は、本を読んでいることだと、つい最近の調査でわかりました。(新聞に書いてありました~)  あなたも優秀なお子さんを育てるチャンスです☆ぎゃはは・・・!!(^Q^)/^

 

 いすみ鉄道沿線小説家である久我原さんの 

ドン・ロドリゴ漂着~日墨交流400周年記念ドラマ 第二話

 第一話はこちら
「サキー、サキー!」
 伊三は浜に降りてサキを呼んだ。
「サキ、おれが戻るまで待ってろって言ったのに、何で言うこと聞かねんだ。」
「だってよ、おとう、こんなたくさんの人たちが溺れてるんだ。助けねえわけにはいかねえべ。」
「まあ、いい。名主の茂平さんを連れてきたが、茂平さんはみんなを助けてやれって言ってくれた。とにかくおぼれた人たちをたすけるべえ。」


 時間がたつにつれて村人たちも続々と浜に集まり、異国人の救済を始めた。浜の様子を見に集まってきた村人たちは誰に言われたわけでもなく、見慣れない異国人たちの救出を始めていた。しかし浜に流されてくる異国人たちの数は知れず、次から次へと浜は遭難者であふれかえった。最初は村人たちはバラバラに動いていたが、茂平が浜に降りて支持を始めるとだんだんと役割分担ができてきたようだ。
 この日は九月三十日で水にぬれた体に当たる風が冷たく感じる季節である。浜に打ち上げられる遭難者たちは意識があるもの、浜で力尽きたもの、けがをしているものと様子は様々だが、みな歯の根も合わないほどにがたがたと震えている。
「みんな寒そうだな。サキ、茂平さんがサキチ達に着るものと食べ物を持ってくるように言ったが、とりあえず火をおこしてあっためてやろう。」
 伊三は浜にいる村人たちと枯れ木を集めて火をおこし始めた。サキは海女の仲間たちを集めて何やら相談を始めた。伊三は何を話しているのだろうと思ったが、何やらもめているようだ。「仕方がねえ、そうするべえ。」「そんなことはいやだ。」という声が聞こえてくる。しばらく話し合いがなされていたが、相談がまとまったようだとおもったら、なんと海女たちは裸になり始めた。伊三は何事かと思ったら、海女たちは裸で遭難者たちに抱きつき始めた。火をおこす時間がもどかしいと、海女たちは自分の体で遭難者たちを温め始めたのである。
 伊三は唖然とした。まさか女たちが裸でアカ天狗たちに抱きつくとは思っていなかった。海女たちは普段の漁の知恵でお互いの体温で寒さをしのぐ知恵を持っていたのだ。

 茂平の指示でさらに村人たちが集まり、遭難者の救助は続いた。次から次へと浜に打ち上げられる遭難者の数はおよそ三百人におよんだ。三百人と言えばこの村の人口とほぼ同じ人数だ。それでも助けても、助けても果てしのない仕事に村人たちは献身的な救助を続けた。
 とりあえず、助けられた遭難者は大宮寺に運ばれた。十六名の死者を含めて、約三百人の遭難者を収容した時はすでに夕方近くになっていた。

 意識があり、比較的元気な遭難者たちは村人の手伝いを始めた。遭難者たちはこの村がどこだかわからず不安を抱いていたが、村人たちが自分たちを献身的に救助しようとしてくれる態度に感動し、言葉がわからないながらも協力的だった。しかし、元気な異国人はわずかでほとんどはけがをしたり気を失っているものばかりで、村人とほぼ同じ数の遭難者の世話は気の遠くなるほど大変なことだった。

サキが介抱していた船乗りが目覚めた。
「Donde estoy? Donde esta Don Rodorigo? Don Rodorigo, el capitan de nuestro barco.(ここはどこだ?ロドリゴ総督はどこだ?ドン・ロドリゴ、ロドリゴ総督は?)」
「え、なんだって?何言ってんだべ?茂平さん、こっちの人、気がついただけど、何言ってんだかわかんねえ。」
 サキが名主に声をかけると気がついた船乗りはサキの手をつかみ、
「Usted me ayuda? Grasias, gracias.(助けてくれたのか、ありがとう、ありがとう)」
といった。
「すまんねえ、おらあ、あんたの言葉がわからねえんだ。」
 サキには何を言っているのか分からなかったが、その表情から助けてもらって喜んでいるのか、あるいはお礼でも言っているのかと思った。そこへ名主の茂平がやってきた。
「おお、サキ、この人も気がついたか。せっかく助けたのは良いが、お互いの言葉が分からずみんな苦労しとるわ。言っていることは分からんが、顔の表情からは助けてもらって喜んでいるようにも見える者もあれば、不安そうに脅えている者もいる。それでとりあえず、何か食わせれば安心すると思って、今握りめしをこしらえさせているところだ。」
「そうか。でもこれからどうなるんだ?助けたのはいいけど、これだけの大勢の人たちをどうやって世話するんだ?」
「さっき、大多喜の殿さまに使いを出したところだ。きっと、そっちからも人が来るだろうから、それまでわしらでがんばらにゃ。」
「それならちょっと安心だな。それはそうと、この人、さっきからるろどりご、るろどりごって言ってるんだけど、何の事だろう。」
「さて、なんだろうな。」
 茂平もサキも想像もつかないことだが、ロドリゴとは当時スペイン領だったフィリピンの臨時総督のロドリゴ・デ・ビベロのことだ。ロドリゴはフィリピンでの任期が終わりヌエバ・エスパーニャ(現在のメキシコ)に帰る途中で嵐に遭い、この村に漂着したのであった。
「Me llamo Jorge, como se llama?(私の名前はホルヘだ。あなたは?)」
 船乗りがサキに話しかけた。サキはわからない表情をした。
「Jorge, Jorge.」
 船乗りは自分の胸を親指でさし、ホルヘ、ホルヘと繰り返し言った。
「ああ、自分の名前のことかな?ホリベエ?おらあサキだ。サキ。」
「Yo Jorge, tu Saki. Gracias, gracias.(私はホルヘ、あなたはサキ。ありがとう、ありがとう)」
 船乗りはお互いの名前だけでも通じたのが安心したのかまた意識を失ってしまった。
 サキと茂平が話をしているところに伊三が一人の男を連れてあらわれた。異人のような格好をしているが、顔は日本人のようだ。
「茂平さん、この人はあの船に乗っていたんだが、日本人のようだ。ケンというんだが、鳴門って所の生まれらしいくて、どうも変なしゃべり方するんで言葉がちょっとわからねえとこもあるんだが。」
 このケンという日本人の船乗りはケンノスケと言い、鳴門出身の漁師で関ヶ原の合戦で西軍に従軍したが、敗北しフィリピンに逃げたのだという。もう日本には帰れないと思っていたが、嵐に遭い思いがけなく再び日本の地を踏んだそうだ。当時は現在のような通信手段も無く、標準語のようなものも無かったので武士以外は違う地方の言葉はなかなか通じづらかったらしい。
「あんた、名主さんかい?うち、ケンいうて、鳴門の生まれなんですわ。たまさかこの船に乗り合わせたんですが、これもなんかの御縁ですさかい、協力しまひょ。」
 茂平とサキは顔を見合わせた。確かに異人たちと違い、言っていることは分かったが、聞きなれない言葉が聞きづらかった。
「不思議そうな顔してまんなあ。そない、うちの顔がおかしいですか?」
 そのひょうきんな口ぶりにサキは思わず噴き出した。ケンは明るい性格だとわかり、サキも茂平もつらい救助活動で疲れていたが、何となくほっとした気持ちになった。

 ケンのおかげで不十分ながらも遭難者と村人たちの意思も少しづつ通じ合うようになってきた。難破船の責任者であるドン・ロドリゴもケンの仲介で茂平と話すことができた。ケンを通じてドン・ロドリゴは茂平に感謝の意を示し、この村に漂着した過程もわかってきた。

サキはホルヘにつきっきりで介抱をしていた。陽が沈むころにホルヘはもう一度目覚めた。
「Sa, Saki,,,,,」
「ホリベエさん、気がついたか?ちょうど良かった。今、握り飯ができたから食べるといいよ。腹減ったろ。」
「??」
 サキは村の百姓たちが用意した握り飯をホルヘに見せていった。
「さあ、食べろ。元気がでっぞ。」
 味噌がちょこっと塗ってある握り飯を見て、ホルヘはためらった。
「異人さんは米食わねえのかな?うめえから食ってみろ。これは米でできた握り飯だ。コメ、コメ。」
 当然、言葉は通じないながらサキはとにかくホルヘに握り飯を食べさせようと話し続けた。ホルヘはサキが何を言っているのか分からないので躊躇しているように見えたが、サキがコメと言った時にホルヘはうなずいて、握り飯を食べ始めた。
「なんだ、コメって言ったら食べ始めたぞ。ホリベエさん、コメはわかるのかな。」
 サキはホルヘが食べている握り飯を指さしてもう一度、
「コメ、コメ。」
と言った。すると握り飯を食べながら、ホルヘはサキに笑いかけ、
シィ、コメ、コメ。」
と、サキの言ったこと繰り返した。その時ホルヘはこう思っていた。
この娘が持ってきた玉みたいなものは米のように見えるが、あの茶色く塗ってあるのはなんだろう?臭いにおいがするが、まさかどろじゃあるまいな。助けてくれたのはありがたいが、何を言っているんだかさっぱりわからん。え?今、食べろと言ったな?この娘はスペイン語がわかるのか?)
 当然サキはスペイン語など分からない。偶然だが、コメ(come)はスペイン語で「食べろ」という意味だった。ホルヘは握り飯を食べ終わるとサキに言った。
「Muy rico, gracias.(おいしかった。ありがとう。)」
「どういたしまして、よかったらもっと食べろ。」
 どうやら言葉は通じないが、二人の気持は少しずつ通じ合うようになってきたようだ。
 それでも、言っていることが分からないのには変わりがない。ケンの話でるろどりごがあの船の頭、ロドリゴだと言うことは分かったので、ホルヘがロドリゴに会いたがっているように思えるが、サキはホルヘに何と言っていいか分からず困っているところにちょうどケンがやってきた。
「ホリベエさんの具合はどないですか?」
「あ、ケンさん、ホリベエさんが気がついたんだけど、お頭さんに会いたがってるようだ。おらあ、言葉がわかんねえから話してやってくれねえか?」
「さいですか。ドン・ロドリゴも心配してはったわ。」
 ケンはホルヘにここは日本の岩和田というところで住民は親切だということ、領主にも知らせが行っているので直に応援が来るだろうこと、数人の死者が出たが、ドン・ロドリゴ始めほとんどの人が救助されたことを伝えた。
「ホルヘはサキさんが親切やったんで、おおきにと礼を言ってはる。」
「おおきに?」
「こちらじゃおおきにと言わへんのか?ありがとうって意味ですわ。」
 サキはため息をついた。
(異人の言葉もわからんけど、ケンも変な言葉をつかうなあ。)
 サキはホルヘの顔を見て、ぺこりと頭をさげた。ホルヘはうなずきながらサキに笑いかけた。サキがホルヘの手をにぎり、
「がんばるんだよ。きっとお国に帰れるから。」
と言うと、ホルヘの目から一筋の涙がこぼれた。サキはそれは助けられたことの喜びの涙だろうと思ったが、ホルヘには別の感情が芽生えていた。

 

お知らせ

メキシコ海軍練習船「クアウテモック号」が来します 

http://www.onjuku-kankou.com/event/cuauhtemoc.html
日 程 : 6月12日(金)~13日(土)
時 間 : 6月12日6:00来航  6月13日10:00出航
場 所 : 御宿網代湾沖
内 容 : 来航にともなうセレモニーや船の見学(御宿、大多喜町の一般・小中学生800人)
お問い合わせ先:御宿町総務課・企画財政課
電話番号:0470-68-2511


 


いすみ鉄道新社長(内定) 鳥塚様おめでとう♪ のりクエスト

2009年06月03日 | いすみ鉄道社長・鳥塚亮

いすみ鉄道の社長さん内定のお知らせには、皆胸が躍りましたね。

 鳥塚さんが、皆さんからいただきましたメッセージを読んでくださるといいなぁと思います  

 

そんな喜ばしいお知らせの上に、更新をするのも、もったいない気がしますが、「鳥塚様☆よろしく」という気持ちを込めて、たんちんぽんさんからのリクエスト↓にお応えいたします

新しい社長さんの撮影した風景でしたね。 こういう方なら、安心です。
「特別なこともない風景だけど、ただ乗る楽しさを教えてくれるね」と、みんなで話しましたよね。  お祝いに写真をもう一度UP リクエストします  (by たんちんぽん)


 

5月20日掲載 「い鉄な時間をありがとう」の写真です。

皆で見ているテレビの映像は

DVD パシナコレクション336 『いすみ鉄道』

■企画・構成/ 鳥塚亮 原澤富雄  ■撮影・編集/ 鳥塚亮 

 

実は、白状しますと、、、、私 (白状する日が来るとは夢にも思いませんでしたが)

いすみ鉄道コマーシャル作成時のコメントや、他の方のブログで、いすみ鉄道のことを説明する時には、このDVDのケースの裏面にある説明文を参考に知ったかぶりをさせていただいておりました・・・(*o☆)\バキッ! ずっと前から、鳥塚亮様の「お知恵拝借」でした~~ これからも頑張りますので、お許しください

 

また、「■ご注意・・・・制作のポリシー上、ノーカットでそのまま収録しています」 と書かれている姿勢に神々しささえ感じておりました。 なんでもペタペタ入れる私とは大違いでして。。。  

 そんなこんなのいすみ鉄道ファンですが、

  鳥塚様 よろしく お願いします。