「長州の怜悧、薩摩の重厚、土佐の与太というのは面白い。もし一男子にしてこの三つの特質を兼ねている物があれば、それは必ず大事を成す物だ。」(わしはどうかな)竜馬は、子供っぽく自分をふりかえってみた。(いかん、与太だけはたっぷりあるが、あまり怜悧でも重厚でもなさそうじゃ)
『竜馬がゆく』(立志編、P.122)に出てくる文章だ。
与太とは、
愚かで役に立たないこと。また、そのさまや、そのような人。
いいかげんなこと。でたらめなこと。また、そのさまや、そのような言葉。
素行のよくない人。
(『デジタル大辞泉』より)
どこをどう読んでもよろしくはない言葉だが、司馬遼太郎が書いた文脈に悪意はない。前後を読むと理解できる。たとえば、前はこうだ。
が、桂小五郎は、自分を魅了するような議論や思想を竜馬がもっていないからといって軽蔑しなかった。
「あんたには、英雄の風貌がある」
といった。
「事をなすのは、その人間の弁舌や才智ではない。人間の魅力なのだ。私にはそれがとぼしい。しかしあなたにはそれがある、と私はみた。人どころか、山でさえ、あなたの一声で動きそうな思いがする」
「山は動かぬ」
「これは譬えだ」
「安心した」
「どうも土佐衆は冗談が多くてこまる」
「土佐の与太、と江戸の者さえいうからな」
「そうだ。江戸では、長州の怜悧、薩摩の重厚、土佐の与太」
「どうも土佐はぶがわるい」
「なに、その与太がかえって人の警戒を解かせるから、大事が出来る。そこへ行くと長州の怜悧は人に警戒されてしまって手も足も出ぬことがあるし、それにもともとは怜悧は人に好かれぬ。ところで薩摩の重厚は、よくない。ときに鈍重になる」
締めくくりを読むと、いっそうそれが明らかになる。
しかし桂小五郎は、その竜馬の天性の与太を珍重すべきものと見た。しかも、この男は学問はさほどなくても、天性の怜悧さと重厚さを兼ねているめずらしい人物だと見た。
悪意どころか、むしろ好意的である。
ところでつい最近、これを引用した人がいる。
こんなふうにである。
「司馬遼太郎の『竜馬がゆく』に『長州の怜悧、薩摩の重厚、土佐の与太』という表現がある。私の不明の致すところで、おわびのしようがない。深刻な時に重厚さや怜悧さがなかったかもしれない。間違いなく撤回し、反省している。農業の輸出拡大は何より大切。TPP承認時の農相として、私がやるべきは輸出や成長に思い切りかじを切ることだ」
(高知新聞2016.12.16第2面より)
「土佐の与太」
この喩え、使用上の注意が必要だろう。
司馬遼太郎が何を表現したかったかは別。与太は与太である。
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