答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

心優しきいごっそう ~いごっそラーメンは2月4日まで臨時休業~

2017年01月31日 | 北川村

先週の土曜日、にわかツアーコンダクターのわたしが、ICTのトップランナーたちの昼餉にと選んだのは、もちろん「いごっそラーメン店長」。

少食のわたしは、そのボリュームに及び腰になり、普段は足が遠のきがちな「いごっそラーメン」。だが、わたしの事情など斟酌する余地はないし、なんたって人口1,300人余りの過疎の村にある「行列のできる」ラーメン屋だ。町内会的に、外すわけにはいかない。

ということで、皆さんの了承を得て、勢い込んで乗り込んだはいいが、ナント、肝心の店が臨時休業。

「カテーテル検査じゃ仕方ないよね」

泣く泣くあきらめて、代替店をどこにしようかと思案しながら車を走らすわたしに、誰かがそう言う。わたしは見てなかったが、貼り紙に「カテーテル検査で入院する」と理由を書いていたのだという。

3日後の今日、現場から会社への帰路、「あれ、どんな貼り紙だったんだろう」と思いついて、少し寄り道。店はまだ閉まったままだった。

本文は、

カテーテル検査も終り処置もして頂きましたが、退院が2/2日になりましたので、申し訳ありませんが4日土曜日からの営業になります。大変申し訳ありません。よろしくお願い致します。

その後ろに、書き加えたような字で、

何回も足を運んで頂いたお客様、すみません。又お知り合いの方に再度お伝えくださいませ。

 

「らしいな」と独り言ち、その下の小さな貼り紙を見ると・・・

 

 

わざわざ来てもらったのにほんとうにすみませんごめんなさい

元気になったらよろこんでもらえるラーメンをいっしょうけんめいつくります

 

律儀な人だ。 

おっちゃんが「いっしょうけんめいつくります」という「よろこんでもらえるラーメン」は、いつにも増して旨いラーメンになるだろう。

ぜひ、北川村まで足を運んでほしい。そして「心優しきいごっそう」が誠心誠意を込めてつくる「いごっそラーメン」を食してほしい。

もちろんわたしも、少食だのなんだのと面倒くさいことを言わず、食べに行くつもりだ。



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「そびえ立つ道」(手結港可動橋)の先端に土木技術者のこだわりを見た

2017年01月30日 | 土木の仕事

 

 

 

近ごろでは「そびえ立つ道」なんていう名前がついているという手結港可動橋。


TVCM キャストアクティバ「そびえ立つ道」篇(15秒) ダイハツ公式

 

今まで何度かお客さんを案内しているが、今回の客人たちはチト違った。

10時ちょっと過ぎ、現場に着くと橋は上がっていた。上がったばかりである。

「あ~あ残念、上がったばかりだわ。というか上がってないとタダの橋にしか見えんけどネ」

アテンダントするわたしは、ひとしきり見て次の目的地、魚梁瀬森林鉄道遺産へと案内するつもりだった。

だが、「見たい」と言う。可動するそのときを「見たい」と口をそろえて言う。1時間待ってもいいから「見たい」と言う。

そんな人たちは初めてだが、何、にわかツアーコンダクターが立てたゆるゆるの予定だ。成り行きまかせ。どおってことはない。

ということで、海を見てぼ~っと過ごす者、近くの道の駅「やす」で時間をつぶす者、皆それぞれにゆったりと時を過ごし、可動予定時間を待った。

 

  画像は道の駅「やす」ホームページより拝借

 

で、ふたたび「そびえ立つ道」に集合。参加者のひとりがあることに気づく。

「あれ?先っぽにRが入ってる」

 

 

本当だ。向かって右側の先端だけがカーブしている。向こう岸を見ると、右回りのカーブにつづいて左回り、いわゆるS字カーブへとこの橋がつづくようだ。

一同、これに萌えた。

俄然、ヒートアップした。

ああでもない、こうでもないと和気あいあいと言いたい放題。

間もなく橋が降り始めた。

ほどなくすると、ドッキング完了。

 

 

さすが皆さん、餅は餅屋だ。目の付けどころが違う。全体も見つつ細部も見逃さない。

「神は細部に宿る」とまで言うと、さすが大仰に過ぎるが、ディテールへのこだわりがなければ技術者として一人前とは言えない。

木も見る森も見る。

その輪に加わり、ともにワイワイ言いながら、

「いいなあ土木屋 (^^)/」

とニンマリするわたしだった。


 


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古きを知り新しきを知る ~高知県東部の土木構造物めぐり~

2017年01月29日 | 高知県

高知飛行場掩体壕

 

手結港可動橋

 

魚梁瀬森林鉄道遺産立岡二号桟道橋

 

日本の土木の最先端を行くCIMもしくはICT関係者御一行さま来高。

きのうのハムの人たちを交えての勉強会に引きつづき、今日は高知県東部の海山川&土木構造物&近代土木遺産めぐり。皆さん楽しんでくれたようで、案内したこちらもうれしくなる一日。

なかでもっとも盛り上がったのが、




全国に1,300点しかない電子基準点を北川村小島で見つけたこと(02型)。

「古きを知り新しきを知る」。

さすがである。

あれを単なるモニュメントとしか思ってなかった地元民、辺境の土木屋59歳は、

「知らんかったわ~ ^^;」と白状しつつ、みんなの萌えっぷりをニコニコして見ていた。

冬日可愛(とうじつあいすべし)。

ふだんはそれぞれにファイトする日常を送っているであろう人たちを、どこまでも温和であたたかくさせてくれる南国高知の冬の太陽が、いつもに増してありがたく、やる気と元気がわいてくる一日だった。



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踏み出せば、そのひと足がCIMである。

2017年01月28日 | オヤジの「ゆる~いCIM」修業

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以上は、昨日某所で披露したプレゼンの一部。

”施工シミュレーション”を”施工シュミレーション”と書いて失笑を買ったのはご愛嬌。道理で、”シュミレーション”と何度キーを叩いても”趣味レーション”と出てきたはずだ。

「ぜんぜんゆるくないじゃん」

参加者のひとりから、そう声をかけてもらう。

いや、やはりどう考えても「ゆる~い」。

(卑下でも謙虚でもなく、「ゆる~い」から良いのですが。)

だが、全国津々浦々から集まった有志の発表を聞いて、方向性が間違ってないことは確信した。

踏み出せば、そのひと足がCIMである。

ぼちぼち行こう。


 

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「コイツひねくれてるなあ」と苦笑しつつ『いつだって大変な時代』(堀井憲一郎)を読む

2017年01月27日 | 読む(たまに)観る

 

いつだって大変な時代 (講談社現代新書)
堀井憲一郎
講談社

 

『いつだって大変な時代』を読む。

「コイツひねくれてるなあ」と苦笑しつつ読む。

堀井さんの著作は初読。1958年生まれというからわたしより1歳下。完璧バリバリの同年代だ。だから、というわけでもないだろうが、いちいちごもっともと同意しつつ読んだ。

この場合、わたしが言うところの「ひねくれてる」というのは褒め言葉のニュアンスが大きい。「正論(だとわたしが感じる)=ひねくれてる」ということは、ママあることだ。というかしょっちゅうある。

「ひねくれてる」か「正論」か。「ただのひねくれ」か「ひねくれてるけど正論」か。本文から、ごくごくかいつまんでいくつかのセンテンスを引いてみる(ホントはもっとおもしろいのがたくさんあるんです)。

 

「科学の発達によって我々は最先端の世界を生きている」というのは、大いなる妄想である可能性があるということだ。1000年後、「科学、という考えにとらわれ、我々は長いあいだ、非常に間違った生活をしていました」と教えられてないともかぎらない。というか、たぶんそうなるんじゃないか。(No.424)

 

まだ、われわれは「未来はよくなっていくのではないか」といううっすらとした期待を抱いている。人間であるのだから、どの時代であれ、この先よくなっていく、と信じて生きていくのは、元気のもとになるからいいのであるが、社会全体が信じているのはどうだろう。(No.768)

 

生活は便利になる。でもそれはべつに人類が発展しているわけではない。そもそも、便利にさえなってないものも出てきて、あまりにいっぱい出てくるものだから判断できなくなって、ひたすら便利という言葉と引き替えに、消費生活を送るばかりである。(No.829)

 

ただ、発展してるつもりで停滞している社会は、きちんと没落する。歴史を見るかぎりはそうである。循環する社会は、最初から循環してるという意識を強く持っている。そこでは若者には発言権はありませんな。若者の機嫌を取るような商品も発売されない。そういう点で、いまの日本は、危うく脆い地平に立っている。(No.1006)

 

機械文明的な便利さと、細かく刻んだ情報をたやすく手に入れられるという部分において、われわれはとても進んだ世界に生きているように錯覚してしまう。しかし、落ち着いて考えると、べつにふつうの世界にしか住んでいない、ということがわかる。

べつにわれわれは選ばれてはいない。

ということは、とくに大変な時代に生きてるわけでもなければ、すごく素晴らしい世界に生きているわけでもない。(No.2072)

 

「いまは大変な時代だ」と考える力は、どうも、社会を前に進める力になっているようなのだ。だから私はそこに参加していないのだろう。

日常生活は、ふつう、自分やその周辺のことだけで手一杯になってしまう。でも、社会とつながっていたくない、と言うわけにはいかず、自分も社会の一員だということを示そうとするとき、手っ取り早いのが「いまは大変な時代ですね」という言葉なのだ。日常を維持して、毎日を過ごしていくためには、いまは大変な時代だ、と考えていたほうがラクなのである。それは生きて行く活力としてとても必要なものなのだ。

ただ、それを「じっくりとものを考えるとき」にスライドしないほうがいい、という話でもある。(No.2175)

 

如何だろうか。

わたしは好きである。

堀井憲一郎、もういくつか読んでみたい。

 

 

 

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身体性を伴った行為としての「三方良しの公共事業」

2017年01月26日 | 三方良しの公共事業

ちょっとした気づきがあったので備忘録として書き留めておく。

昨年11月25日、『「接待」というマインドから「三方良しの公共事業」を考える』というお題でテクストを書いた。わたしにしては、かなり長文のテクストだが、意味がつながらないので全文に近いものを引く。再掲、と表現してもいいようなものになるが読んでほしい。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

我々は、公共事業を通じて国民の安心と国土の安全を守り、より良い社会を築くことに貢献するという重責を、改めて強く心に刻む。

発注者と施工者が、社会に最大の利益をもたらすために、「良いもの」を「より早く」提供することを目指して、一致協力し、全力を挙げて公共事業に取り組む。これによって、住民、発注者、施工者の三方に利益をもたらし、ひいては財政の健全化にも貢献する。

我々は、この「三方良しの公共事業」を力強く推進していくことを、ここに宣言する。

 

2007年、「三方良しの公共事業改革フォーラム」で以上の宣言が出された(じつはわたし自身も事例発表者として末席におりました)。これだけでは、なぜ「財政の健全化にも貢献する」のかわからない。

岸良裕司氏の『新版三方良しの公共事業改革』(日刊建設通信新聞社)に、Future Reality Tree の手法を用いて分析したその因果関係ロジックが書かれているので引用する。やや長いが我慢して読んでほしい。

 

新版・三方良しの公共事業改革

岸良裕司

三方良しの公共事業推進研究会

日刊建設通信新聞社

 

もしも、One Day Response プロジェクトを行い、発注者が迅速に建設業者に対して問題解決策を実行するなら、公共事業の成果物がより早く完成する。また、建設業者も無駄な手待ちがなくなり、厳しいなかでもより利益を出せる方向になる。さらには、1日で返事するためには、発注者の担当の監督官が迅速に対応しなければならず、これが行政に携わるものとしての実務能力向上につながる。さらに、より早く成果物としてのインフラが完成すれば、納税者・住民も喜ぶ。納税者・住民が喜べば、建設業者も喜び、行政マンとしてのやりがい・はりあいが増す。さらにより早くインフラが完成すれば、経済効果が早くあらわれ、地場の経済も活性化する。One Day Response プロジェクトによって発注者と建設業者の連携が強くなれば、成果物の品質が高まり、また建設業者の施工品質が上がる。建設業者の施工品質が上がれば、質の高い工事を行うことによって、実績が積み重ねられ、『公共工事の品質確保の促進に関する法律』(略称『品確法』)時代の新しい入札方法に対応できるようになる。建設業者が新しい入札方法への対応について問題がなくなれば、提案力と実績で発注者が建設業者を選択できるようになる。良質なインフラがより早く提供され、より早く経済効果を発現し、かつ建設業者が利益を上げられるようになれば、税収が増え、良質なインフラを提供しながら、財政再建が実現されるということになる。(P.106~108)

 

ふ~っ。

ちなみに2007年にわたしが初読したときの感想は「そんなウマイ話はないやろ~」だったが、ともあれこれが「三方良しの公共事業」の、いわば原点である。つまり、その成立時点で「三方良しの公共事業」と近江商人の「三方よし」との関連性は直接その理念で結びついたわけではなく、このロジックを、近江商人の「売り手よし買い手よし世間よし」に習い「住民よし企業よし行政よし」と呼び「三方良しの公共事業」と名づけたということだろう。

いずれにせよ画期的なことには違いない。

何より、発注者と受注者という二項対立的関係に「住民」を登場させたことは特筆すべきだ。

だが、いささかこのロジックは我田引水的だ。「望ましい未来」なのだからそれでも構わないのかもしれないが、それではわかりにくい。

ということでわたしが一貫して引用してきたのはこっち。

 

工事目標をしっかりと「すり合わせ」をして、

「住民の安心・安全」のために、

みんなの知恵を使って「段取り八分」の工程表をつくり、

「責任感」を共有し、

発注者と建設業者が「チームワーク」で、

手遅れになる前に、早めはやめに手を打つ「先手管理」で、

「お互いに助け合い」ながら、

「良いモノをより早く」つくっていく。

(同、P.129)

 

「住民よし行政よし企業よし」の三方の最上位に公共事業の真の発注者たる住民を位置づけている。その上でわたしは、「わたしたちのお客さんは住民です」と宣言することによって、「何のため誰のため」という対象を明確にして公共工事をしていこうと呼びかけてきた。

だが、具体的に落とし込んだつもりでも、まだまだそれは理念にすぎない。理念はたいせつだが、このわたしでさえが、日々それを意識しつづけて公共土木という仕事をしているわけではない。三方良しの公共事業をさらに広く展開していくためには、もっとくだけた具体的な落とし込みが必要だ。

「どうしたもんじゃろの~」とぼんやり考えていたとき、こんな話を聴いた。「三方良しの公共事業推進カンファレンスin四国2016」での寿建設森崎社長の発表だ。当時、わたしが当ブログに記した見聞記の一部を引っ張り出してみる。

 

 

森崎さんいわく、

発注者や住民のみなさんを「喜ばせる」という考え方が結果的に「三方良し」につながる。

わたしは、この言葉に「凄み」を感じたのだ。

そしてその社内展開としては、たとえば毎月実施する幹部パトロールで現場の取り組みを喜んであげる、それをイントラネット上の掲示板にアップして社内で共有する、その繰り返しが習慣となり訓練となり、「発注者や住民のみなさんを喜ばせる発想を養う」。

もちろんそういうわたしとて、

 

 

こんなふうなことを繰り返し言ってきた。

だがこれはあくまでも、本業であるモノづくりを通じて「たくさんの人に喜んでもらう」であって、「泣かす笑かすびっくりさせる」挙句に「喜んでもらう」などという発想は毛の先ほどもない(毛もない)。

ご本人はそのキャラクターそのままに、笑みを浮かべながらひょうひょうとそれを語るが、聴いているわたしは背筋にぞくぞくっという感覚が走るのを感じていた。

 

 

そしてこの発想をもっと具体的にさせるのが、きのうの話。

「接待」である。

 

「ない仕事」の作り方
みうらじゅん
文藝春秋


文中何度か「接待」について書かれている。

いわく、

 

雑誌の仕事の場合、編集者に気に入らなければ、仕事はきません。

最初に単発の仕事を頼んでくれた編集者がいたとします。当然、自分の何かを面白がってくれたから依頼がくるわけです。だとしたら、自分のやりたいことはとりあえずさておき、その編集者が喜ぶような仕事をしなければなりません。

仕事は読者や大衆のためにやると思う人もいるかもしれませんが、前述した通りそれでは、逆に仕事の本質がぼやけます。

そして編集者が最初の仕事を面白がってくれれば、やがてそれが連載へと繋がるかもしれません。

そのためにも必要なのが接待なのです。(P.85~86) 

 

みうらさん言うところの「接待」は、飲ませる食わせるを含んだ実際の行為であると同時に、「接待」という概念でもあるとわたしは読む。

それは例えば、こういうセンテンスに表れている。


余談ですが、このとき、面接は「接待」だと思い、面接官を気持ちよくさせることを考えながらしゃべったことを、覚えています。もしこれから就職や転職の面接を受けるという方は、「面接=接待」だと思って挑んでみてください。(P.154) 

 

現場監督の山岸さんは、現場の近所の森崎さんや◯◯土木事務所監督職員の阿部さんを喜ばせる(気持ちよくさせる)。

◯◯土木事務所監督職員の阿部さんは、現場の近所の森崎さんや現場監督の山岸さんを喜ばせる(気持ちよくさせる)。

「なんでわざわざそんな面倒くさいことを考えて仕事をしなきゃいかんのよ」とお思いのそこのアナタ。日々の業務多忙のおり、ご腹立ちはごもっともだが、それが君やアナタや彼や彼女の仕事をうまく進めていく基となる。

まずは、他人を喜ばせることを考える。他人とは姿かたちを持った個人としての森崎さんや阿部さんや山岸さんだ。そしてそのことによって自分もよくなる。

「誰のため」と問われたら「自分のため」

「何のため」と問われても「自分のため」

と答えても何らかまわない。


もちろんわたし自身はこうありたい。

近江商人の「三方よし」も、まさに「まず、人を喜ばせよう」なのです。初めての土地で商売をさせてもらうときに、まず、自分の利益を優先していたら信用してもらうことはできません。それより、“先に”お客様を、世間を喜ばせることを考え、実行する。これが大事なのです。(『他助論』清水克衛、Kindle版位置No.1218)

 

他助論
清水克衛
サンマーク出版

 

だが、「自分のため?うん、そんなんもアリですよ」という鷹揚な問題提起も、三方良しの公共事業に広がりを持たせていくためには重要なことなのではないだろうか。

まずは具体的な姿かたちと具体的な名前をもった目の前の人に気持ちよくなってもらう(喜んでもらう)。その先に「住民のため」があり、「住民よし行政よし企業よし」がある。

 

きのうの最後、

「接待」という言葉の含意を読み解いて行き、自分自身の行動に落とし込む。

その先に新たな展開が開けてくる(かもしれない)。

と書いたその「新たな展開」を書き留めておこうと、朝もはよから起きて勢い込んで書き、夕方になってまた書き、けっこう力を込めて書いたつもりが、結局ごくごく当たり前の結論になってしまったような気もする。すでに到達していた考え方でもある。似たようなことは今までも言ってきたし書いてきた。今までと異なるのは、

現場監督の山岸さん

現場の近所の森崎さん

◯◯土木事務所監督職員の阿部さん

という具体的な姿かたちを伴った人を喜ばせる(気持ちよくさせる)。

というところだ。そこがわたしの考え方に欠けていた部分だということに気がついたのだ。

繰り返すが、ごくごく当たり前の結論なのかもしれない。だが、ない頭で考え、それを出力し、ときには堂々めぐりをしながらそれを何年も繰り返してきた上での、今現在のこの結論がわたしにとっては有用だ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

具体的に落とし込んだつもりでも、まだまだそれは理念にすぎない。理念はたいせつだが、このわたしでさえが、日々それを意識しつづけて公共土木という仕事をしているわけではない。三方良しの公共事業をさらに広く展開していくためには、もっとくだけた具体的な落とし込みが必要だ。

とわたしが言う場合の「理念」は、身体性を伴っていないものだ。「理念」、というもののすべてが身体性を失っているとまでは言わないが、身体性を失いがちになるものだ。そして、身体性を失った理念は広がりも説得力も持ち得ない。平たく言えば「ピンとこない」のである。

それに対して、「具体的な落とし込み」という言葉で表現しようとしたものは、身体性を伴った行為である。

その具現化が、現場監督の山岸さん、現場の近所の森崎さん、◯◯土木事務所監督職員の阿部さん、という具体的な姿かたちと具体的な名前をもった目の前の人であり、その人たちに気持ちよくなってもらう(喜んでもらう)その先に「住民のため」があり、「住民よし行政よし企業よし」がある。

 

う~ん・・・

「ちょっとした気づき」とは、「身体性を伴う(失う)」という言葉の発見だった。あることがキッカケで降りてきたこの言葉に、喜び勇んで書いてみたはいいが、別にあってもなくてもイイような、ないほうがより平易でいいような、そんな気もしてきた。

だがこれもまた、ない頭で考え、それを出力し、ときには堂々めぐりをしながらそれを何年も繰り返してきた上での、ただ今現在の到達点。一日一歩三日で三歩、三歩進んで二歩下がる。堂々めぐりで終わってしまっては何にもならないが、俯瞰すればきっと螺旋で上がっているのだろうとオジさんは信じている。

以上、ちょっとした気づきがあったので備忘録として書き留めておいた、の巻。



 

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コクヨ測量野帳

2017年01月25日 | ちょっと考えたこと(仕事編)

メモ帳を持つという習慣がない。

かといって、メモをしないわけではない。会議とか協議とかのメモは、基本的にはしっかりととる。日常のちょっとしたことをメモるという習慣がないのだ。ということはしたがって、メモ帳を持つという習慣もない。(小さな)メモ帳を持たない人であるわたしはしかし、記憶力の低下をひしひしと感じていたりもする。

「メモしてりゃどおってことないのに・・・」

そう思うことも多くなった。

そんな折も折、きのう桃知さんが、無印良品の「手のひらサイズポケットノート」を使っていると書いていた。

 

これはメモ帳としては最強のものだ(と思う)。そっくりな物にグリーンの表紙のコクヨの「測量野帳」があるが、それに勝とも劣らない。それがファミリーマートだけで売っているという(今はサークルKサンクスもかな)「無印良品」の本物の良品なのだ。

(momo's blog4『「手のひらサイズポケットノート」を使っていること。(無印良品:ファミリーマート限定)』より)


あ、それ欲しい。

もよりのファミリーマートがどこにあるかを思い浮かべてみるが、高知市内の店しか浮かばない。サークルKサンクスならたしか、安芸市にあったような・・・。

ん?だが待てよ。

そこにはたしかに、「コクヨの測量野帳に勝るとも劣らない」と書いているではないか。 

「コクヨの測量野帳」なら、たんとストックがあるはずだ(会社に)。

 

 

 

 

「コクヨの測量野帳」、かつてどれだけコイツのお世話になったことか。 

現在の職務柄、とんとご無沙汰してはいるが、これなしには過ごせない過去があった。

ん?待てよ。

コイツを持って現場をかけずり回っていたころは、たしかコイツになんでもかでもをメモしていたはず。してみると、メモをする習慣がずっとなかったわけではない。少なくとも、いっときあったことは間違いない。(メモ帳兼任の)「測量野帳」を持たなくなったころから、メモをすることがなくなったのだ。

であれば、答えはひとつ。

測量野帳を持とう。

メモ帳として持とう。

 

ということで本日より、「コクヨの測量野帳」を作業服のポケットにしのばせている。

だが・・・、いかんせん付け焼き刃だ。今日メモったのはわずか3行だけ。

単なる思いつきで終わるのか、それとも首尾よく習慣づくか。

はてさていかが相成りますことやら。

 

 

コクヨ 測量野帳 レベル 白上質紙 40枚 セ-Y1
 
コクヨ KOKUYO



 

コクヨ 測量野帳レベル白上質40枚 お徳用10冊パック セ-Y1

 
コクヨ KOKUYO

 

 

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世の中は澄むと濁るで・・・

2017年01月24日 | ちょっと考えたこと

 

月に一度の社内安全パトロール中、ふと現場横の欄干に目がとまる。

ハケ谷川(本当は八ケ谷川なんですケド)・・・・

「世の中は澄むと濁るで大違い、ハケに毛がありハゲに毛がなし。」

なんて狂歌が浮かび、思わずつるりと頭をなでる。

ん?

毛がなし?

怪我なし?

折しも安全パトロール実施中。

こいつァ春から縁起がいいわいと独りご満悦。

オヤジ、のん気なもんである ^^;



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サイテー

2017年01月23日 | ちょっと考えたこと

身内の年配者に「あんたサイテーやねえ」と笑いながら言うと、「サイテーっておまえ」と一瞬気色ばんだ。しかし、冗談だということはすぐわかったのだろう、笑ってその場は終わった。

ちょっとばかり度が過ぎた言葉使いだったと反省するわたし。少し昔なら、人が人にサイテーという言葉を使うなぞ、めったなことでするもんではなかった。

それなのに・・・、である。


「アタシ、前の男にサイテーって言われたの」

わたしにそう言って身の上話を始めたのは、広島市のとあるスナックのおねえさん。

その言葉の持つ語感に驚いたわたしは、

「サイテーって・・・そんな酷い言葉、使うたらいかんわ・・・かわいそうに」

とかナントカいうふうに言葉を返したあと、ふむふむそうかそうかと身の上話を聴くことになる。

30年ほど前のことだ。

それなのに・・・、である。


いくらドギツイ言葉が一般的に使われるようになったとしても、若いものに調子を合わせて同じように使ってはオジさんのオジさんたる値打ちはない。そこには自制があってしかるべきだ。

もそっと言葉をたいせつにしなければ、それこそサイテーのオヤジ・・・・

あゝ・・・

イカンイカンとまた反省。

 

 

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『果し合い』を観る、すぐさま読む。

2017年01月22日 | 読む(たまに)観る

録画していた『果し合い』を観る。

藤沢周平原作、杉田成道監督、仲代達矢主演だ。

とはいえわたし、未読の時代劇をTVで観るのが好きではない。

小説を読むとき、演じている役者の顔がちらついてしまうと、想像力が削がれ、本を読む楽しみが半減するからだ。まして藤沢周平作品となるとなおさらだ。

観終わったあと、ふと思い立ち、Amazonで検索する。『時雨のあと』、 『果し合い』を収めている短編集だ。

都合よくKindle版があった。さっそく注文する。

こんなことは初体験だ。Amazonユーザーのわたしですら、この便利さは少々気味が悪い。

とかナントカ思いつつすぐさま読む。

 

時雨のあと (新潮文庫)
藤沢周平
新潮社

 

「お掃除が終ったら、大叔父にお話があります。いいですか」

 と美也が言った。

「なんだね」

「あとで・・・」

 と言って、美也ははたきをつかいはじめた。はたきを使いながら、美也はちらちらと大叔父をみる。

 ー 年をとった。

 と思う。大叔父は、狭い濡れ縁に蹲って、菊をみている。三日ほど前、美也が結ってやった髪が白く、もうほつれが首筋にかぶさっている。菊は大叔父が丹精しているものだった。白と黄の、ただの野菊が一坪ほどの地面に敷きつめたようにびっしり咲いている。花は咲きはじめたばかりだった。

 - 私がいなくなったら、大叔父はどうするだろうか。

 美也は、自分の心の中に塊りつつある決心を確かめながらそう思った。私がいなくなったら、誰が大叔父の面倒をみるだろうか。

 

美しい書き出しに引きずり込まれる。今観たばかりの物語と比べながら読んでしまうのは、さすがに仕方のないところだ。

あらすじは同じだが、構成がまるっきり違う。

そうか・・・ここであのエピソードを出すのか(ここまで出さないのか)・・・

登場人物の描き方も違う。

ん~・・・主役は仲代達矢か?もっと弱々しい役者がよかったんじゃないか?(仲代達也はあいも変わらず達者なのだが)・・・

一気に読み終わった。

 

時雨のあと (新潮文庫)
藤沢周平
新潮社

 

『果し合い』を観たあと、すぐさま『果し合い』を読む。

たまにはこんなのも悪くない。


 

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