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夏目漱石を読むという虚栄 4310

2021-08-06 22:44:03 | 評論

  夏目漱石を読むという虚栄

4000 『吾輩は猫である』から『三四郎』の前まで

4300 臭い『草枕』

4310 ばらける知情意

4311 「智(ち)に働けば角(かど)が立つ」

 

Nに関して日本人が共有しているのは〈Nは文豪だ〉という伝説だけだろう。〈文豪〉とは「特に優れた作品を多く残した偉大な作家」(『類語例解辞典』616-49)のことで、その例として、日本人の作家では真っ先にNの名が挙がる。だから、〈Nは文豪ではない〉という文は無意味に近い。「優れた作品」の具体例は、勿論、Nの作品ということだ。堂々巡り。

Nの名文として最も有名なのは、『草枕』の冒頭だろう。だが、意味不明。

 

<智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情(じょう)に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。

(夏目漱石『草枕』一)>

 

「智(ち)に働けば角(かど)が立つ」というのは重複。「角が立つ」自体に、「智に働けば」といった意味が含まれているからだ。

 

<理屈っぽい言い方や堅苦しい態度をして、物事がおだやかでなくなる。

(『日本国語大辞典』「かどが立つ」)>

 

「智(ち)」の文に関する辞書の説明は、少しずつ違う。しかも、意味不明。

 

<「理知だけで割り切っていると他人と衝突する」(『大辞泉』)>

<「理知的に動こうとすれば人間関係がぎすぎすして穏やかに暮らしづらくなる」(『明鏡 ことわざ成句使い方辞典』)>

<「理知的に動けば他人との間に角が立って穏やかに暮らせなくなる」(『故事ことわざ・慣用句辞典』)>

<「世の中というものは、理知的な判断だけで動こうとすると他人と摩擦を起こすことになる」(『成語林』)>

<「あまり理知的に対応すると、人間関係はぎくしゃくしてしまうものだ」(『会話・スピーチで使える! 場面別ことわざ・名言・四字熟語』「智(ち)に働(はたら)けば角(かど)が立(た)つ」)>

 

『大辞泉』は処置なし。

『明鏡ことわざ』の「理知的に動こう」は意味不明。また、「動こうとすれば」だから、まだ動いていないわけで、その段階では何も起こりようがない。無意味だ。

『故事ことわざ』の「角が立って」は禁じ手を使っている。

『成語林』も「動こう」としている段階だから、無意味。

『会話・スピーチで』の「あまり」は「働けば」の先取りか。

「智(ち)に」について、これらの辞典は全部、〈「智(ち)」が〉と誤読している。『草枕』の語り手は〈「智(ち)」が〉のつもりかもしれないが、その場合、この文は悪文と判定すべきだ。

Nは悪文家なのだ。

 

 

4000 『吾輩は猫である』から『三四郎』の前まで

4300 臭い『草枕』

4310 ばらける知情意

4312 「情(じょう)に棹(さお)させば流される」

 

「情(じょう)」の文の「掉させば」は、わかりにくい。

 

<「掉さす」という語が本来は〈舟を流れと同じ方向に進める〉という意味であったのが、いまは〈流れに逆行ことわする〉という意味に使われていることは広く知られていて、国語辞典も『新明解国語辞典』と『三省堂国語辞典』はいちおう「誤って」とはしながらも記載している。『新潮現代国語辞典』では「誤って」とも書かず、単に「(近時の用法)流れに逆らう」となっている。この意味では漱石の『草枕』の冒頭の「情に棹させば流される」が正しく読めないではないかと息巻いてみても、時代の流れに抗するのは難しい。

(国広哲弥『日本語誤用・慣用小辞典』「第一部 意味の誤用」「棹さす」)>

 

『草枕』が「正しく読めない」から「時代の流れ」が生じたのではないか。

 

<「他人の感情を気遣っていると、自分の足元をすくわれる」(『大辞泉』)>

<「人情に従えばその場の状況に流されて足もとをすくわれる」(『明鏡 ことわざ成句使い方辞典』)>

<「感情に走って世間を渡れば思わぬところに行ってしまう」(『故事ことわざ・慣用句辞典』)>

<「人情だけを大切に考えると他人の気持ちに引きずられてしまう」(『成語林』)>

<「感情に身をゆだねると物事が流されてしまう」(『会話・スピーチで使える! 場面別ことわざ・名言・四字熟語』「智(ち)に働(はたら)けば角(かど)が立(た)つ」)>

 

『大辞泉』の「他人」は、どこから現れたのか。「足元をすくわれる」は、よくある間違い。〈「気遣っていると」~「すくわれる」〉は無意味。ひどい辞書だ。

『明鏡ことわざ』は日本語になっていない。

『故事ことわざ』の「感情に走って」が正しい。ただし、「思わぬところ」は曖昧。「思わぬ良い結果となった」(『自然科学系和英大辞典』「思わぬ」)という例がある。

『成語林』の「人情だけ」の「だけ」は変。この「他人」も、『大辞泉』と同様の誤り。

『会話・スピーチで』の「身をゆだねる」はいいが、「物事が流されしまう」が意味不明。

『故事ことわざ』と『会話・スピーチで』以外の辞書は、まったくの見当違いだ。なぜなら、「情(じょう)」は、「智(ち)」や「意地」と同じく、当人のものと解釈すべきだからだ。

ちなみに、『風雲! 大歴史実験!』(NHKBS)の「源平壇ノ浦の戦い」や『歴史科学捜査班』(BSイレブン)の「壇ノ浦の戦い」などで、〈「門司((も)じ)・赤間(あかま)・壇(だん)の浦(うら)はたぎ(ッ)ておつる塩(しほ)なれば、源氏(げんじ)の舟(ふね)は塩(しほ)にむかふて、心(こゝろ)ならずを((押))しお((落)と())さる。平家(へいけ)の船(ふね)は塩(しほ)にお((逢))うてぞい((出))でき((来))たる」(『平家物語』巻第十一)というのは嘘でした〉みたいな実験をやっていた。操船とは無関係の実験だ。海戦は、競艇ではない。〈流れに棹さすのは損でも得でもない〉というのなら、「逆櫓(さかろ)」(『平家物語』巻第十一)の工夫も無駄だったわけだ。「熟(ニキ)田津(タツ)に船乗(フナノリ)せむと月待てば 潮(シホ)も適(カナ)ひぬ今は漕(コ)ぎ出(イ)でな」(『万葉集』1・8)も空想の産物か。

*付記 参考 『歴史探偵』(NHK)「源平合戦 檀の浦の戦い」

 

 

 

 

4000 『吾輩は猫である』から『三四郎』の前まで

4300 臭い『草枕』

4310 ばらける知情意

4313 「意地を通(とお)せば窮屈(きゅうくつ)だ」

 

「意地」という言葉は突然出てくる。ここは〈意〉であるべきだ。語り手は怪しい。

「意地を通(とお)せば窮屈(きゅうくつ)だ」を「自分の意地を通せば何かと不自由する」(『故事ことわざ』)と言い換えて、どうにかなるのだろうか。ならない。ちなみに、「かたくなに自分の思いを押し通そうとする」(『明鏡国語辞典』「意地を通す」)というのは変。「通す」を「通そうとする」にすり替えている。〈意地〉は「その気持ちを潔しとして使われることが多い」(『明鏡ことわざ』「意地を通す」)という。「自分の信念を曲げまいと意地を通せば、がんじがらめになる」(『会話・スピーチで』)は意味不明。なお、「「意地を張る」はしばしばマイナスの評価が伴う」(『明鏡ことわざ』「意地を通す」)という。

 

<祖母は、九十を過ぎても人の世話にはならないと意地を通して一人暮らしを続けた。

(『故事ことわざ・慣用句辞典』「意地を通す」)>

 

好きでやっているのに、「窮屈(きゅうくつ)」とはどういうことか。

 

<狭かったり、堅苦しかったりして、思うように動けないこと。心身の自由を束縛されること。また、気づまりに感じること。また、そのさま。

(『日本国語大辞典』「窮屈」)>

 

この説明の例として『草枕』の三文が引用されている。だが、この説明で「意地」の文は理解できない。「束縛されること」だと、本文の場合、束縛する主体が不明。

 

<周囲や相手に気がねをして、心がのびのびしないこと。窮屈に感じること。

(『日本国語大辞典』「気詰」)>

 

〈「意地を通せば」「気がね」する〉なんて、無意味だろう。

「とかくに」は、〈と、このように〉という意味ではなく、「何にせよ」(『広辞苑』「とかく」)という意味だろう。前の三文は「人の世は住みにくい」という感慨の原因を語るのではない。

 

自画自賛 智(ち)に働けば角(かど)が立つ。 「私の論理(ロジック)」(下九) 〈屁理屈〉

自暴自棄 情(じょう)に棹(さお)させば流される。 「強烈な一念」(下三十二) 〈やけくそ〉

自縄自縛 意地を通せば窮屈だ。 「精神的に癇性」(上三十二) 〈やせ我慢〉

自業自得 とかくに人の世は住みにくい。 「ぐたり」(下五十五) 〈いじけ〉

 

四つに共通するのは自作自演だろう。足りないのは、自問自答と自由自在だろう。

知情意は心を三分割したものだ。ばらけたままなら、しくじるのは当然。「「智(ち)・情・意」の三者が各々権衡(けんこう)を保ち、平等に発達したものが完全の常識だろう」(渋沢栄一『論語と算盤』「常識と習慣」「常識とは如何なるものか」)という。「智(ち)」が作者には働かないようだ。

(4310終)

 

 


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