ヒルネボウ

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腐った林檎の匂いのする異星人と一緒 18 後ろの正面

2021-06-08 21:37:43 | 小説

   腐った林檎の匂いのする異星人と一緒

       18 後ろの正面

空き缶を蹴飛ばすスニーカー。あるいは、携帯砲弾の薬莢を転がす軍靴。

金属音。

静かにしろ。

聞こえやしないのに。遠いし、そもそも、やつらには頭がない。だから、耳がない。

でも、見えてるんだよね、こちらが。

こちらとはどちらか。あちらではない。黒々とした深みを挟んで、こちらは下、あちらは上。ずっと上。

うそ恥ずかしい真昼。こちらは萎びている。山麓。あるいは、川岸。岩。砂。ぼそぼそと草。じりじりする。いらいらする。無暗に体を動かしたい、きりきりと。

踊りたい? 

何のことだ。

踊りが忘れられて久しい。踊りという言葉は失われていないが、誰も踊れない。踊りがどういう作業だったか、誰にも説明できない。

舞うことなら、できるよ。毎日、やってるね。蛇のように這って転がる。支給された非効率起案銃は手放さない。

じわじわと忍び寄る黄緑色幸福軍と闘うために、兵士は前線に放置された。だから、踊れないのだろう。ふん。ただの伝説さ。

触角を、あるいは若葉をちぎって張り付けた銃を構え、照準を合わせる。対岸の丘の上の側転挽回塔の脇から、やつらの一人が、あるいは一頭が肩を見せた。そいつを狙う。そいつは隣にある悋気拘引店に入ろうとしている。入る前に倒さねばならない。ところが、狙う恰好をしただけで、あの一頭、あるいは一匹は、消えていた。

こちらは見られている。ずっと見られている。その仕掛けは、まったくわからない。

いつか来るはずの疑似開錠隊が来ない。どうなってんだ! 兄貴たちが怒鳴る。第二金属州からの銀色花冠は、それを支えるための強烈軸が届かないから、まったく役に立たず、そこらに放ってある。そのばらけた様子が痛いほど笑える。

笑うな。

へいへい。

丸一日、愛すべき大地に寝転がってはいられない。多くの時間は、面取り済みの木切れや便器の欠片などを用いた超越博打に費やされる。比較級大過去を賭けた勝負さえ、見られているのだろう。やつらは物見高い。闘うために見るのではなく、見るために戦場をこさえたらしい。ただし、戦いの始まりについては諸説ある。

見られているという証拠は、まだ得られていない。いつ得られるのか、予想もできない。いつの日か得られるという仮説や理論などもない。だから、対処法は一つしかない。見られていないふりをすること。これこそが試練だ。

ふう。

疲れたら限定的躁鬱帯を外そう。偶感帰休兵はすぐに忘れてしまう、この重さを。あるいは、軽さを。

抒情生乳を買いにやらされた帰り、弟は拉致された。出かけるとき、和平香水をたっぷりと振り掛けてやったんだけど。狡くて惨いやつらだよな。あちらで生きているとしたら、やがて十だ。あるいは十二。だぶだぶの妄執迷彩服を着せられ、こちらを観察していることだろう。殺すために? 戻るために? 戻るためには殺さねばならない? 

また、また。弟なんか、いないよ。いたら? いても、いない。

仮眠する装甲給仕、つまり兄貴たちは、まるで水防猿人の長たらしい尻尾のように横たわる。薄笑いを浮かべた。何を笑う。夢を? 夢の中のあちらを? こちらを? 

夢の中で、兄貴たちは自律的に投降する。そして、こちらを撃つ。あちらの濃厚血酒が甘いからだな。あるいは、公的未亡人が、あるいは、あるいは……。いずれにせよ、分譲機密。

起きなよ。やつらだよ。ほら、あの喚起倉庫の前。浅瀬の緋鯉のように腰を揺らして。虚仮にしやがる。ざっと百年前の中傷未開学説あるいは漆黒動揺論によれば、尻振りは誤った踊りの炎症だとか。いや、疑似近代瓦礫を跨ごうとしているだけさ。

寝言は沢山だ。撃て。撃て。撃ちまくれ。当たらなくたって構わない。とにかく、撃て。

へいへい。

だが、やつらは敵兵ではないのかもしれない。虚楽大門の聳える断崖から張り出した凋落単板を撓らせて、やつらが次々に落下するのを見た。そんな報告がある。

嘘だ。

本当の敵はやつらの背後に控えていて、姿を見せないのかもしれない。

本当の敵? 敵って何? 

慨嘆砂漠を高層囲繞するやつらさ。

爪のない親指のような茫漠昆虫の吐く息が凝結して竹藪のようになった煙幕、あるいは煙幕のようになった竹藪のせいで、いつからか、旧桟道は通れない。突発的強風のせいで定期功労気球は通れない。砂時計は割れた。こちらでやれることは、そう、あるいは、そう、あるいは、あるいは……

生まれる前から決まっている無前提の義務を果たすかのように、今朝も同期の潤沢歩兵が死んだ。蟷螂頑迷光線を浴びて口から青い血を吐きながら。あるいは、饐えた匂いの充満する遡行共栄洞窟で内臓を大暴露し、数本の微光の射す出口に向かって痩せた手を伸ばしながら。あるいは、いい色に焦げた列柱だけの、壁も天井もない曲想調査室跡の病床をがたがたと震わせながら。あるいは、静かに。県別天幕に入れてもらえずに夜を明かし、露が日の出とともに乾くときのように、静かに。あるいは……

うるさい。

へいへい。

突然、いつものように銃声が止む。あるいは、聴覚を失う。

携帯砲弾の薬莢を転がす軍靴。あるいは、空き缶を蹴飛ばすスニーカー。

無音。

(終)

 


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