耳を洗う

世俗の汚れたことを聞いた耳を洗い清める。~『史記索隠』

『大地といのちの会』~三角養鶏場の視察に参加

2009-06-09 09:48:09 | Weblog
 NPO法人『大地といのちの会』の役員の方々が、30年来の友人が経営する“三角養鶏場”を視察されるというので、会員の立場で参加させてもらった。一週間ほど前、三角さんが家に見え誘いを受けたので、久しぶりに訪問することにしたわけだ。“三角養鶏場”は三つの小さな山を越えて45分ほど北へ行った松浦市の山中にある。

 三角さんは私より一回り若い64歳、頑固一徹で「卵」にこだわってきた。いまは時勢が時勢(本物志向)で、三角さんの「卵」はひっぱりだこだが、一時期、安売り卵に圧倒され生協からさえ敬遠されることがあった。消費者の目線で、健康な鶏しか健康で安心な卵は産めないとの信念で、その前提となる「飼料作り」に随分試行錯誤を重ねてきた。どうやら努力が実って、ようやく安定操業にこぎつけたようだ。言うまでもなく、奥さんの協力なしにはとてもここまでやれなかったろう。

 松浦市では「体験型旅行協議会」が“ほんなもん体験”と称する「民泊」を、認定を受けた家庭が中学・高校の生徒一グループ四名ずつ受け入れているが、三角家も認定ホームで、すでに数組を受け入れ、明後日また、四人やってくるという。これまでステイした生徒からたくさんの感謝状が来ているのを見せてもらったが、「また行きたい」という泣かせる便りが何通もあった。これで米寿のおばあちゃんと三角夫妻一家の人柄がよくわかる。それにしても、2800羽の鶏の世話をしながら、都会の子どもたちの相手をしているとは驚きである。築150年の広くて開放的な谷あいの旧家が、都会の子には珍しくもあり、ストレス解放になるのだろう。

 今回の訪問で最大の収穫は、鶏糞の肥料をいただいたことだ。これまではホームセンターで買った発酵鶏糞を底肥に使っていたが、工場式養鶏場で加工した製品の安全性に危惧があった。三角さんの鶏糞を手にとって匂いをかいでみるとぜんぜん違って、少し香ばしい匂いがする。これまでの鶏糞は積んだ車の中に独特な臭いが充満したが、いただいた米袋三俵の鶏糞に臭いがほとんどしないのだ。本人は「この鶏糞肥料作りの仕事が一番こたえる」といっていたが、ビニールハウスの中でアンモニアが発生するらしく、「時々ハウスから顔ば出して外の空気ば吸うとる」と言っていた。

 
 「養鶏場の内部」:
           

 衛生上入り口からの観察で、「知らない人が入ってきたら鶏が騒ぎ出す」と奥さんの説明。烏が卵を盗んだり、テンが鶏を襲ったりするという。

 
 「養鶏全般の概要を奥さんが説明」:
           


 「三角さん手作りの野草粉砕機」:
           

 三角さんによれば、「旬の山野草を食べさせるのがいちばんいい」そうで、粉末にするこの装置はすべて廃品利用の手作り。一ヵ所に溜まらないよう一分間に数センチ移動しながら粉砕させている。

 
 「三角さんによる廃鶏の処理実習」:
           

 十数年前、国際経済大学(現長崎経済大学)の中国語講師で赴任してきた張軍建さんを連れて三角養鶏場を訪問したことがある。三角さんから「廃鶏の料理利用法はないものだろうか」と相談を受けていたので、料理が上手な張さんに依頼したのだ。その時の廃鶏は肉が硬くて処理が難しかったが、昨日の鶏は炭火で鉄板焼きにしていただいたが、柔らかくておいしかった。これも餌の影響なのだろう。


 「事務所で総括」:
           

 正面が三角さん、右から二人目腕組みをしているのが「大地といのちの会」の吉田俊道代表。吉田さんは講演で全国を飛び回っている。

“志ん生”落語の「秘中の秘」~艶ばなし『甚五郎の作』

2009-06-07 09:50:01 | Weblog
 落語といえばまず、“古今亭志ん生”(1890~1973)の名が浮かぶ。直に聴いたことはないが、生放送には幾度か接した。私の父よりは四歳若かった志ん生だが、語り口や人柄からずっと年寄りの人と思えたものだ。あの飄々ととぼけた語りは絶品で、息子の“志ん朝”がその芸を継ぐものと思われていたが早死にして“志ん生”襲名は絶えている。著書『なめくじ艦隊』(ちくま文庫)には世ばなれした破天荒な生き様が語られている。そのひとつ。

 <あたしは、芸名を十六ぺんもかえました。朝太、円菊、馬太郎、武生、馬きん、志ん馬、馬生、芦風、ぎん馬、東三楼、甚語楼、馬生、甚語楼、志ん馬、馬生、志ん生とね。よくもこんなにも変えたものだと、今さら感心していますよ。
 それがすべて、襲名したんじゃなくて、名前をかえちまわないと、借金とりがやってきてしようがないということもあったし、そのほかいろいろのわけがあって、そういうことをしたんですが、たしかに驚異的な記録なんですよ。>

 自分で言うのだから間違いない。酒の話ではこんなことを語っている。
 戦争中、待合の座敷に呼ばれて行くと、全盛期の双葉山が弟子の名寄岩らを引き連れて来ていた。奥のほうをみるとコモかぶりの酒がデーンとおいてある。向こうでは「とりてき」がチャンコ鍋をつくっている。一席やって帰ろうとするところを双葉山が、
「師匠、酒があるが飲んで行かないかね」
 と誘う。志ん生がうきうきして鍋をつつきながら飲んでいると、
「どうだい師匠、おれと飲みっこしようか?」
 と双葉山がいう。弟子たちが、御大はあまりつよくないというんで、その気になって、
「じゃ、一つやりましょう。お相撲はあんたにかなわないが、酒ならば……」 
 結果はいうまでもない、とんだ目にあって逃げ帰ったという。

 
 脱線の多かった人生から、志ん生の噺は深みを生んだ。人情物、滑稽物、艶笑物、どれもが志ん生の“ほろ苦い人生”の味がする。ここに『志ん生の噺2』「志ん生艶ばなし」(ちくま文庫)から、「秘中の秘」とされる『鈴ふり』の枕「甚五郎の作」をみてみよう。
  

 <…昔はッてェと、どこの家のこういういい娘がいるというと、お大名がヒョイとお目にでも止めるッてェと、“あすこの家のあの娘を……”なンてナことになりましてナ、すぐにお役人が行って、
役人「あー、そのほうの娘は、お上(かみ)のお目に止まったから、ご奉公にあげなさい」
 ということになります。
 そいでもってご奉公にあがる……行儀見習にあがるんです。二年なら二年……そこのお邸(やしき)ィ奉公にあげる。二年たって、そのうちィ年ごろになって、えー、嫁(かた)づけますからッてことがわかりゃァ帰してくれる。二年間のあいだは、
大名「よいナ、彼女(あれ)は……。そのほうは、なんという?」
 なンてことォいってナ、その……側女(そばめ)に使うんですナ。きれいな女の子ォみんな集めて……贅沢なもンですナ。ええ、てめェ勝手にできンだ、あたしも大名になってりゃよかった、と思うくらいのもンで……。
 で、大名屋敷にご奉公にあがる。その代わりそういうとこはネ、男は駄目……野郎はネ。女の子ばかし……十七からまず、十九、二十ってところですナ。それが奉公に、みなあがっている。
 だけども、十七、十八……とそういうような年齢(とし)の女ばかりで、男というものがない。すると、十九なンというような年齢になってくると……ウン、どうしても、自分はつつしんでいようと思うけれども、体が承知しないですナ。ええ、さわれば落ちなん藤の花……なンてナことになってくるんですナ。そんなのが、大勢いるんだ。こりゃどうするわけにもいかない。屋敷(むこう)でお暇(ひま)が出なくっちゃァね。
 だから、こうやって(と、ムズかしい顔をして見せる)カタくして、“男なンぞは見るのも汚らわしい”なンてナ顔ォしているけど体が承知しない。ええ、(体をムズムズさせる)こうなる……、ねえ。
 すると、体ァ悪くなってきますナ、あんまし、そういうことォ我慢するッてェと……。我慢なンてネ、いいかげんにしやがれなンて言いたくなってくる。
 そうするってェと、その時分に、両国(日本橋側)に、“四ツ目屋”という店がございます。えー、なんでしょうネ、こりゃァ……。つまり、その、張形(はりがた)でございますナ。えー、その……男の、えー、つまり、アレにそっくり似た物を売ってたんですナ。
 えェ、それで、間に合わせるんだ。なんのことはない、タバコを吸うのを我慢して、ハッカパイプ吸って間に合わせるみたいなもンで、その張形で我慢するんですな。
 そいでもって、その四ツ目屋へは、威張(えば)ってそれを買いに行くことができた。自分で行って“それを見せてください”と言うことができるンです。おおッぴらに売ってるんですナ、ええ。どういうわけだってェと、それを我慢をしてご奉公を勤める間には、体を悪くしちゃう。張形(それ)があれば、それでもって補いにして、えー、体は健全でいられますから、いばって商売ができたんですナ。
 そこィ買いに行く……。
客「ちょっと、アレを……」  
 てナことォ言って、
四ツ目屋「このへんではいかがでしょう?」
客「あの……もう少し大きいのを……」なンぞいって、それをみんな、買っております。
 えー、そうやっているってェと、もう年ごろになったから、お暇が出た。実家(うち)ィ帰ってくる。家へ戻って来るってェと、どうもこのお嬢さんの体のぐあいが、変だ。すぐに医者を呼んで見せるてェと、
医者「お娘御は、ご妊娠をなさっております」
 おッ母(か)さんやなンかが驚いた、一人娘が妊娠をしているてンですからナ。母「おまいさんは、行儀見習がために、お屋敷にご奉公にあがって、なンです、それは!? どういうわけでそういうことになったんですか? エッ、お言いなさい!」
 といわれたときに、その娘、下ァ向いて、顔ォ赤らめ、畳に“の”の字を書きながら、
娘「あたくしは、決して男なンぞは存じません!」
 ……年ごろになるってェと、どんないいところの娘でも、やっぱし、その……お色気てェものが出て参ります。人を見て、“あァ、いい男だナ”と思って、人に言えないので、病(わずら)うのを、これを“恋病(こいわずら)い”てェますナ。けれど、いい男を見て“恋病い”するのと、中には、いい男もなンも、相手を見ないで病(わずら)っちまうのがある。こういう娘さんに会うと、おッ母さんも苦労ですナ。
母「相手は誰です?」
娘「あの……べつに……」
母「うそォ言いなさい。相手はどなたですゥ?」
娘「あの……おッ母さんがいいと思うかた……」
母「そんな話がありますか。重二郎様ですか、金之助様ですか? それとも花之丞様……」
娘「いいえ……」
母「相手はだァれ?」
娘「だれでもいいの……」
 誰でもいいのってェのは“恋病い”じゃない。ただ、男が恋しくなっちゃうんですナ……。
 だが、この娘さんは、なんしろ妊娠をしてるッてンですから、誰でもいいってェわけにはいかない。
母「おまえ、赤ちゃんができたんじゃないか。相手をお言い、相手を……」
 ッてんで、いくらたずねても、どうしても言わない。
母「相手がなくって、おまえ……赤ちゃんができるわけがないじゃないか」
 といって、娘の手文庫を調べてみたら、その例の……張形が出て来た。
母「これで赤ちゃんができンですか。えッ、おまえこれで赤ちゃんができるとでもいうのかい?」>
 といいながら、おッ母さんが、その張形をヒョイッとうらがえしたら、“左甚五郎作”と書いてあった――。>

国家の“うそ”~政府・役人は「魚の釜中に遊ぶが如し」

2009-06-05 09:01:59 | Weblog
 “嘘は泥棒のはじまり”という。この国の役所には“泥棒”が横行しているらしい。

 去る6月2日、参議院外交防衛委員会で共産党の井上哲士(さとし)議員が、核兵器を積んだ米軍軍艦・航空機の日本立ち寄りを黙認してきた「核密約」を4人の元外務次官が認めたとする共同通信の報道について、「半世紀にわたって国会も国民も世界も欺いてきた重大な問題だ。国会に真相を明らかにせよ」と、歴代次官が保管してきたとされる秘密文書の提出を要求した。

 これに対し、中曽根外相も外務省の鶴岡公二国際法局長も「密約は存在しない」と従来の政府の立場を繰り返した。井上議員はまた、元次官が密約に関する文書が存在すると証言しているとして「日本共産党が2000年の国会で米政府が公開した密約文書を示し、同じものが外務省にあるはずと追求したことを裏付けるもの。調査し、国会に提出すべきだ」と要求したが、中曽根外相は「調査することは考えていない」と拒否した、という。政府・役人はまるで『後漢書』でいう<魚の釜中に遊ぶが如し>(魚が煮られるのも知らず、釜の中で泳いでいるように、災難が迫っているのも知らずにのんきにかまえていることのたとえ)である。

 
 本ブログ2008年12月23日の記事(『“佐藤栄作”の「ノーベル平和賞」~“遠きは花の香近きは糞の香”』:http://blog.goo.ne.jp/inemotoyama/d/20081223)でもふれたが、公開された米外交文書で明らかにされたことを政府はいつまで隠し続け、“うそ”を言い張るのだろう。『東京新聞』コラム「筆洗」は、キケロの「うそつきは真実を語りても信じられず」という言葉を引いて、外務省当局をきびしく批判している。

 <不快や不満の意思表示をするとき、世間には理屈を必要としない都合のいい言葉がある。「私は聞いていない」である。トップが強い口調で使えば使うほど、部下の顔色は変わる▼一昨日の朝刊一面を読み、歴代の首相や外相で一人くらいは「私は聞いていない」と、怒りだしたのだろうか。外務省の中枢官僚が核持ち込みに関する日米の「密約」を独断で管理し、選別した首相と外相だけに報告していたと、四人の事務次官経験者が証言した▼証言要旨を読むと「形式論」としては全員に報告すべき事項だが「大きな問題」なので、自分たちが主導したという。重大性を分かっていてトップに知らせないのだから、世間的にはそれこそ大問題だ▼聞いていたか否かにかかわらず、歴代首相らは結果として、国民にうそをついてきたことになる。民主主義国家においては、何よりも大きな罪である▼それでも現職の事務次官は「そういう密約は存在しない。私自身、それ以外一切承知していない」と、先輩たちの証言を否定した。米側で開示された公文書では既に「密約」の中身が明らかになっており、もはやうそを重ねているとしか思えない▼いまこそ真相を自ら明らかにしていく時期だろう。ローマの雄弁家キケロの言葉に<うそつきは真実を語りても信じられず>とある。政府にとっては本来、何よりも怖いことである。>


 『漢書』に<腐木は柱と為す可からず卑人は主と為す可からず>(腐った木が柱にはならないように、いつ災いを招くかわからないから、品性の卑しい人を主人としてはならない)と言っている。選んだ覚えのない“卑人”(品性下劣な人物)を主人とする国民は憐れというしかあるまい。

“ミミズ”の話~優れた薬効と土壌改良・生物濃縮の働きも

2009-06-03 12:25:30 | Weblog
 “お釈迦さま”には出家にまつわる二つの話がある。「生類憐れみ」と「四門出遊」のことだが、前者は幼い頃の体験である。父王とともに春の農耕祭に出かけられた折、鋤き返された土の上でうごめいている虫を鳥がついばんで行くのをご覧になって、「生類は互いに食(は)みあっている」とつぶやき、深く思い沈んでおられたという話。

 畑仕事で耕耘(こううん)作業はもっともつらいものだが、私はたいがいスコップで土を耕す。収穫あとの肥えた土壌には多くのミミズが棲んでいる。正確にはミミズが多い土壌は肥えているというべきで、昔から、ミミズが土壌を肥沃にすることはよく知られていることだ。勢いよくスコップを踏んで土を返すと、しばしばミミズが二つに切れて飛び跳ねる。そんな時、つい“お釈迦さま”の話が頭に浮かんできて、「ごめん、ごめん」と心で手を合わせる。ミミズは益虫で手を合わせたくなるが、野菜を食い荒らす害虫は容赦なくひねりつぶす。まことに勝手な仏心だが、殺生をせずには生きられない自分に気付くのが畑仕事でもあるわけだ。“涅槃経”の「一切衆生悉有仏性」が出自らしいが、「山川草木悉皆成仏」という言葉があり、無機物を含めこの世を構成するすべてのものに仏性が宿るというのだから、罪深いこの自己の生命は“生かされている”としか言いようがないのである。


 さて、話はミミズにもどるが、現存する中国最古の本草書『神農本草経』(365種の薬物を記載、上品(じょうぼん)120種、中品120種、下品125種に分類)には下品に「白頸蚯蚓(はっけいきゅういん)」としてミミズの記載がある。これはミミズを乾燥させたもので、今では血栓溶解に効果が認められ西洋医も使っているらしい。蚯蚓は別名を土竜とも称し、わが国では地竜(ちりゅう)と呼んでいる。

 三浦三郎著『江戸時代・川柳にみる くすりの民俗学』(健友館・1980年刊)は薬草・薬物に関するエピソードを交えた貴重な資料が満載されているが、「地竜(ミミズ)―解熱のくすり―」という一項があるので参照する。(以下<>は同書から)

 <…運悪く炎天で熱せられた砂場にでも転がりこもうものなら、
  
  夏の野路哀れ蚯蚓のミイラ出来  (柳多留 108編19丁)
 
 と、からからに乾いてミイラになってしまう。このミミズのミイラこそ、漢薬・地竜である。>

 雨上がりの暑い日に、道に出ているミミズをよく見かける。雨で土中の酸素が不足して出てくるらしいが、なかには舗装道路でカラカラに干上がったのもいる。これが薬とはおおかたの人は気付かないだろう。

 <地竜はむかし、紀州有田郡の名産であった。有田はミカンの地であり、果樹の根元の水分の蒸散を防ぐために地面にしきつめているムシロの下に、ミミズが棲息している。そのミミズを掻き集め、一方、有田川の岸辺の川原に砂をまき、真夏の太陽で灼けついたその砂場にミミズをばら撒く。すると、2~3日にして干上がり、ミイラのようになる。このようにしてよく乾燥した地竜を密閉して容器に入れ、防腐剤として二硫化炭素を小壜につめて容器の中に入れ、保存する。…>

 中国ではミミズを縦に裂いて、、腹中の腐植土を除いてよく洗うか、ミミズの体の中央部をつまみ前方と後方にしごいて土を出して洗い、それから乾燥するらしい。

 <さて、地竜にはルンブロフェブリン、ルンブチン、ショリン、酸素のリパーゼ、その他の各種アミノ酸などを含んでいる。ルンブロフェリンは体温調節中枢の鎮静による解熱作用があり、その他の成分に体表面血管拡張、血圧効果作用などのあることが知られている。西洋の民間ではLumbricus terrestris L.から調整した地竜を用い、利尿、後産催進、三日熱の解熱などを目的に内服し、また、腱裁断、耳や歯の痛み、リンパ腺腫などに外用する。
 わが国の民間では、感冒時、解熱の目的で地竜を5~8とり、これを150mlの水を加えて半量になるまで煮つめ、これを頓用するものとしている。地竜には異臭があるが、その解熱作用は的確なものであるから、戦時中の医薬品欠乏時代には、近代医学の医師の間でも賞用されていた。>

 『神農本草経』には下品(げぼん=病気を治し、毒があるので必要なときのみ用いる薬)とされているミミズだが、その薬効にはすばらしいものがある。また、ミミズは土壌改良に貢献していると言ったが、そのほか土中の重金属や農薬などの薬剤を生物濃縮することでも知られ、有効活用が進められている。ミミズさま様なのだ。


 ところで、田舎育ちの古い世代には心当たりがあるだろうが、幼少の頃「ミミズに小便をかけるとチンポが腫れる」と聞かされ、小便はミミズがいそうな所ではしないと心がけていた。『Wikipedia』の記事は「近年刺激を受けたミミズが刺激性の防御液をかなり遠くまで噴出することが知られるようになり、その防御液の刺激により亀頭粘膜の急性炎症なのではないか」と書いている。(『ミミズ』:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%9F%E3%82%BA)あながち迷信ではなかったわけだが、三浦三郎著はこんなことを言っている。

 <誰が言い出したか知らないが、ミミズに小便をかけると罰があたり、ちんぽこが腫れるという。

  小便を蚯蚓にしかけかくの態   (万句合 宝暦12年智4)
  蚯蚓の怨霊ちんぽうへ取付キ   (柳多留 28篇24丁)
  ちんぽうへ毒気を残し蚯蚓死に  (柳多留 49篇23丁)
  蚯蚓に小便弓削跡でびっくりし  (逸)

 腫れあがったちんぽこを治すには、そのミミズを水で洗い清めて放してやればよいという。あるいは、女の人にお願いし、火吹き竹で吹いて貰ってもよいという。これについて道学者たちは「おそらく地の神の信仰があって、場所もわきまえずに矢鱈に放尿して地の神を汚すと神罰を受けるという戒めから生れた迷信であろう」などと、語り澄ましている。
 しかし、この俗言の源は日本で自然発生した庶民信仰ではなく、本草綱目の記事に基づいている。すなわち、李時珍は「いまは小児の陰腫に、この虫(ミミズ)に吹冒されたためだというものが多い」という記述内容に尾鰭をつけて、このような俗言に改作し、面白半分に巷間に流布したものであろう。昔の漢方医仲間には、トンダ罪作りをするのがいたものだ。>


 先だってコンポストの生ゴミを処理していたら、2センチほどの大量のミミズが発生していた。一体どこから湧き出したのかと驚いたが、大事に畑へ入れておいた。ミミズさまがお棲みになっている畑でとれた野菜に、感謝、感謝である。

資本主義に代わる世界システム~「民衆運動」がカギ!

2009-06-01 12:03:49 | Weblog
 世界は「不安な時代」を迎え、打開の処方箋は見当たらず人びとの焦燥感は募るばかりである。朝日新聞出版の『一冊の本』6月号に連載されている「ニューヨークから」(筆者・高祖岩三郎)には「いま政治の穴から垣間見えるもの」と題し、興味深いレポートが書かれている。

 オバマ大統領就任以降、アメリカ各地で右翼の活動が活発化し、なかには「政府からの独立(第二の独立宣言)」を呼びかけるものもあるらしい。FBIの調査では、昨年11月から今年2月までに、軍産複合国家にふさわしく銃器購入量は全米で約1200万件増加したそうだ。これも「不安な時代」を裏づける現象で、信用失墜のはなはだしい米“帝国”の終焉を物語る動きと言えなくもない。

 その反面、中南米の「脱米社会主義化」の動きが急で、ドル離れ地域通貨の枠組みがほぼできつつある。その中南米で象徴的なことは“民衆運動”である。「高祖リポート」は、信用を失った国家と“民衆運動”の関わりを説くイマニュエル・ウォーラーステイン(世界システム論を提唱、確立したアメリカの社会学者・1930~)の論文を取り上げ、「不安の時代」に続く動きを展望している。

 
 <…世界システム理論で高名なイマニュエル・ウォーラーステインは、『Nation』誌の「社会主義を再想像する」(2009年3月23日)という特集で、以下のことを強調している。現在、左の立場から(民衆の不安の元である)危機的状況を見るに、二つの射程がある。まず短期的な目下の問題は、民衆の生活に直に関わる危機、つまり失業、賃下げ、ホームレスの増加である。そして中期の問題は、来る20~40年間に考えられる資本主義自体の構造的崩壊可能性である。そこで彼が強調するのは、まさにこの契機にこそ、この双方の射程/領域において、明確なプロジェクトを提起しえなければ、世界をよりよく変革する運動が形成されることはない、ということだ。簡単に言って、短期の射程においては、リアルポリティックス(改良)が、そして長期の射程において、資本主義に変わる世界システム(革命)が課題となっている。
 
 短期の視点における戦略的焦点は、南米の事例のような現今政権と民衆運動の関係である。たとえば北米では、先の大統領選挙において中道から左派の幅広い人口が、オバマに投票した。だがその趨勢は、彼が大統領に選ばれた後、終わらせるべきものではない。左は、彼にプレッシャーをかけ続け、彼の政策を民主化し反軍事化させねばならない。ここでウォーラーステインが取り上げるのは、ボリビアのエボ・モラレスやベネズエラのウゴ・チャベスではなく、よりオバマに近い中道の「ブラジル労働者党(PT)」のルラ政権、そしてそれと強力な民衆運動「土地なき農民運動(MST)]の関係である。MSTは、2002年の大統領選にルラを支持した。そしてさらに、彼の数々の公約破りにもかかわらず、次の2006年においても彼を支持した。だがそれは、MSTがルラを変革の主体として信用しているためではない。MSTは、ルラを批判し、かつプレッシャーをかけることで、一定の戦略的効果をあげて来ている。ウォーラーステインは、北米において、、民衆運動がオバマ政権に同じようなプレッシャーをかけることで、政治を改革しえないかと示唆している。
 
 だが国家の影響力と暴力性において、合衆国とブラジルは違う。オバマよりは、ルラのほうが革新的である。北米には、MSTに相当するほど、強力な民衆運動は存在していない。それらの意味では、この案はあまりに楽天的である。だがここでは重要なことが示唆されている。それは世界の政治が、国家だけに頼る時代は過ぎ去ったということである。長期的視点から見れば、信用を失った国家の影響力は、民衆運動に対して少しずつ弱体化しつつあるように思われる。したがって今後ますます重要になってくるのは、世界各地で生起している民衆運動の間の関係である。「間運動的政治」の時代が台頭しつつある。そして長期の射程においては、国家もまた――その強制力=武装力の故、ことさら厄介な――運動の一種とみなしえるかもしれない。>


 さてわが国はどうか。かつて「民衆運動の旗手」だった労働組合は、資本・経営による“労使運命共同体”論で飼育され、学生は未来図を描けないまま足踏みを続ける。一方、公安権力は戦前並みの暴力装置として民衆弾圧を強め、法治主義を唱導する政府は憲法空洞化に余念がない。極端な富の偏在のなかで「格差社会」というが、実態は男女、年代、地域、企業・産業、国など多面的かつ重層的で、メディアが伝えるのは皮相なその一面に過ぎない。この国の「民衆」は“運動体”として機能しえない装置にはめ込まれているのだ。ウォーラーステインがいう「世界をよりよくする変革運動」を可能にする徴候を、はたしてこの国に発見できるのだろうか。