耳を洗う

世俗の汚れたことを聞いた耳を洗い清める。~『史記索隠』

“ミミズ”の話~優れた薬効と土壌改良・生物濃縮の働きも

2009-06-03 12:25:30 | Weblog
 “お釈迦さま”には出家にまつわる二つの話がある。「生類憐れみ」と「四門出遊」のことだが、前者は幼い頃の体験である。父王とともに春の農耕祭に出かけられた折、鋤き返された土の上でうごめいている虫を鳥がついばんで行くのをご覧になって、「生類は互いに食(は)みあっている」とつぶやき、深く思い沈んでおられたという話。

 畑仕事で耕耘(こううん)作業はもっともつらいものだが、私はたいがいスコップで土を耕す。収穫あとの肥えた土壌には多くのミミズが棲んでいる。正確にはミミズが多い土壌は肥えているというべきで、昔から、ミミズが土壌を肥沃にすることはよく知られていることだ。勢いよくスコップを踏んで土を返すと、しばしばミミズが二つに切れて飛び跳ねる。そんな時、つい“お釈迦さま”の話が頭に浮かんできて、「ごめん、ごめん」と心で手を合わせる。ミミズは益虫で手を合わせたくなるが、野菜を食い荒らす害虫は容赦なくひねりつぶす。まことに勝手な仏心だが、殺生をせずには生きられない自分に気付くのが畑仕事でもあるわけだ。“涅槃経”の「一切衆生悉有仏性」が出自らしいが、「山川草木悉皆成仏」という言葉があり、無機物を含めこの世を構成するすべてのものに仏性が宿るというのだから、罪深いこの自己の生命は“生かされている”としか言いようがないのである。


 さて、話はミミズにもどるが、現存する中国最古の本草書『神農本草経』(365種の薬物を記載、上品(じょうぼん)120種、中品120種、下品125種に分類)には下品に「白頸蚯蚓(はっけいきゅういん)」としてミミズの記載がある。これはミミズを乾燥させたもので、今では血栓溶解に効果が認められ西洋医も使っているらしい。蚯蚓は別名を土竜とも称し、わが国では地竜(ちりゅう)と呼んでいる。

 三浦三郎著『江戸時代・川柳にみる くすりの民俗学』(健友館・1980年刊)は薬草・薬物に関するエピソードを交えた貴重な資料が満載されているが、「地竜(ミミズ)―解熱のくすり―」という一項があるので参照する。(以下<>は同書から)

 <…運悪く炎天で熱せられた砂場にでも転がりこもうものなら、
  
  夏の野路哀れ蚯蚓のミイラ出来  (柳多留 108編19丁)
 
 と、からからに乾いてミイラになってしまう。このミミズのミイラこそ、漢薬・地竜である。>

 雨上がりの暑い日に、道に出ているミミズをよく見かける。雨で土中の酸素が不足して出てくるらしいが、なかには舗装道路でカラカラに干上がったのもいる。これが薬とはおおかたの人は気付かないだろう。

 <地竜はむかし、紀州有田郡の名産であった。有田はミカンの地であり、果樹の根元の水分の蒸散を防ぐために地面にしきつめているムシロの下に、ミミズが棲息している。そのミミズを掻き集め、一方、有田川の岸辺の川原に砂をまき、真夏の太陽で灼けついたその砂場にミミズをばら撒く。すると、2~3日にして干上がり、ミイラのようになる。このようにしてよく乾燥した地竜を密閉して容器に入れ、防腐剤として二硫化炭素を小壜につめて容器の中に入れ、保存する。…>

 中国ではミミズを縦に裂いて、、腹中の腐植土を除いてよく洗うか、ミミズの体の中央部をつまみ前方と後方にしごいて土を出して洗い、それから乾燥するらしい。

 <さて、地竜にはルンブロフェブリン、ルンブチン、ショリン、酸素のリパーゼ、その他の各種アミノ酸などを含んでいる。ルンブロフェリンは体温調節中枢の鎮静による解熱作用があり、その他の成分に体表面血管拡張、血圧効果作用などのあることが知られている。西洋の民間ではLumbricus terrestris L.から調整した地竜を用い、利尿、後産催進、三日熱の解熱などを目的に内服し、また、腱裁断、耳や歯の痛み、リンパ腺腫などに外用する。
 わが国の民間では、感冒時、解熱の目的で地竜を5~8とり、これを150mlの水を加えて半量になるまで煮つめ、これを頓用するものとしている。地竜には異臭があるが、その解熱作用は的確なものであるから、戦時中の医薬品欠乏時代には、近代医学の医師の間でも賞用されていた。>

 『神農本草経』には下品(げぼん=病気を治し、毒があるので必要なときのみ用いる薬)とされているミミズだが、その薬効にはすばらしいものがある。また、ミミズは土壌改良に貢献していると言ったが、そのほか土中の重金属や農薬などの薬剤を生物濃縮することでも知られ、有効活用が進められている。ミミズさま様なのだ。


 ところで、田舎育ちの古い世代には心当たりがあるだろうが、幼少の頃「ミミズに小便をかけるとチンポが腫れる」と聞かされ、小便はミミズがいそうな所ではしないと心がけていた。『Wikipedia』の記事は「近年刺激を受けたミミズが刺激性の防御液をかなり遠くまで噴出することが知られるようになり、その防御液の刺激により亀頭粘膜の急性炎症なのではないか」と書いている。(『ミミズ』:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%9F%E3%82%BA)あながち迷信ではなかったわけだが、三浦三郎著はこんなことを言っている。

 <誰が言い出したか知らないが、ミミズに小便をかけると罰があたり、ちんぽこが腫れるという。

  小便を蚯蚓にしかけかくの態   (万句合 宝暦12年智4)
  蚯蚓の怨霊ちんぽうへ取付キ   (柳多留 28篇24丁)
  ちんぽうへ毒気を残し蚯蚓死に  (柳多留 49篇23丁)
  蚯蚓に小便弓削跡でびっくりし  (逸)

 腫れあがったちんぽこを治すには、そのミミズを水で洗い清めて放してやればよいという。あるいは、女の人にお願いし、火吹き竹で吹いて貰ってもよいという。これについて道学者たちは「おそらく地の神の信仰があって、場所もわきまえずに矢鱈に放尿して地の神を汚すと神罰を受けるという戒めから生れた迷信であろう」などと、語り澄ましている。
 しかし、この俗言の源は日本で自然発生した庶民信仰ではなく、本草綱目の記事に基づいている。すなわち、李時珍は「いまは小児の陰腫に、この虫(ミミズ)に吹冒されたためだというものが多い」という記述内容に尾鰭をつけて、このような俗言に改作し、面白半分に巷間に流布したものであろう。昔の漢方医仲間には、トンダ罪作りをするのがいたものだ。>


 先だってコンポストの生ゴミを処理していたら、2センチほどの大量のミミズが発生していた。一体どこから湧き出したのかと驚いたが、大事に畑へ入れておいた。ミミズさまがお棲みになっている畑でとれた野菜に、感謝、感謝である。


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