耳を洗う

世俗の汚れたことを聞いた耳を洗い清める。~『史記索隠』

資本主義に代わる世界システム~「民衆運動」がカギ!

2009-06-01 12:03:49 | Weblog
 世界は「不安な時代」を迎え、打開の処方箋は見当たらず人びとの焦燥感は募るばかりである。朝日新聞出版の『一冊の本』6月号に連載されている「ニューヨークから」(筆者・高祖岩三郎)には「いま政治の穴から垣間見えるもの」と題し、興味深いレポートが書かれている。

 オバマ大統領就任以降、アメリカ各地で右翼の活動が活発化し、なかには「政府からの独立(第二の独立宣言)」を呼びかけるものもあるらしい。FBIの調査では、昨年11月から今年2月までに、軍産複合国家にふさわしく銃器購入量は全米で約1200万件増加したそうだ。これも「不安な時代」を裏づける現象で、信用失墜のはなはだしい米“帝国”の終焉を物語る動きと言えなくもない。

 その反面、中南米の「脱米社会主義化」の動きが急で、ドル離れ地域通貨の枠組みがほぼできつつある。その中南米で象徴的なことは“民衆運動”である。「高祖リポート」は、信用を失った国家と“民衆運動”の関わりを説くイマニュエル・ウォーラーステイン(世界システム論を提唱、確立したアメリカの社会学者・1930~)の論文を取り上げ、「不安の時代」に続く動きを展望している。

 
 <…世界システム理論で高名なイマニュエル・ウォーラーステインは、『Nation』誌の「社会主義を再想像する」(2009年3月23日)という特集で、以下のことを強調している。現在、左の立場から(民衆の不安の元である)危機的状況を見るに、二つの射程がある。まず短期的な目下の問題は、民衆の生活に直に関わる危機、つまり失業、賃下げ、ホームレスの増加である。そして中期の問題は、来る20~40年間に考えられる資本主義自体の構造的崩壊可能性である。そこで彼が強調するのは、まさにこの契機にこそ、この双方の射程/領域において、明確なプロジェクトを提起しえなければ、世界をよりよく変革する運動が形成されることはない、ということだ。簡単に言って、短期の射程においては、リアルポリティックス(改良)が、そして長期の射程において、資本主義に変わる世界システム(革命)が課題となっている。
 
 短期の視点における戦略的焦点は、南米の事例のような現今政権と民衆運動の関係である。たとえば北米では、先の大統領選挙において中道から左派の幅広い人口が、オバマに投票した。だがその趨勢は、彼が大統領に選ばれた後、終わらせるべきものではない。左は、彼にプレッシャーをかけ続け、彼の政策を民主化し反軍事化させねばならない。ここでウォーラーステインが取り上げるのは、ボリビアのエボ・モラレスやベネズエラのウゴ・チャベスではなく、よりオバマに近い中道の「ブラジル労働者党(PT)」のルラ政権、そしてそれと強力な民衆運動「土地なき農民運動(MST)]の関係である。MSTは、2002年の大統領選にルラを支持した。そしてさらに、彼の数々の公約破りにもかかわらず、次の2006年においても彼を支持した。だがそれは、MSTがルラを変革の主体として信用しているためではない。MSTは、ルラを批判し、かつプレッシャーをかけることで、一定の戦略的効果をあげて来ている。ウォーラーステインは、北米において、、民衆運動がオバマ政権に同じようなプレッシャーをかけることで、政治を改革しえないかと示唆している。
 
 だが国家の影響力と暴力性において、合衆国とブラジルは違う。オバマよりは、ルラのほうが革新的である。北米には、MSTに相当するほど、強力な民衆運動は存在していない。それらの意味では、この案はあまりに楽天的である。だがここでは重要なことが示唆されている。それは世界の政治が、国家だけに頼る時代は過ぎ去ったということである。長期的視点から見れば、信用を失った国家の影響力は、民衆運動に対して少しずつ弱体化しつつあるように思われる。したがって今後ますます重要になってくるのは、世界各地で生起している民衆運動の間の関係である。「間運動的政治」の時代が台頭しつつある。そして長期の射程においては、国家もまた――その強制力=武装力の故、ことさら厄介な――運動の一種とみなしえるかもしれない。>


 さてわが国はどうか。かつて「民衆運動の旗手」だった労働組合は、資本・経営による“労使運命共同体”論で飼育され、学生は未来図を描けないまま足踏みを続ける。一方、公安権力は戦前並みの暴力装置として民衆弾圧を強め、法治主義を唱導する政府は憲法空洞化に余念がない。極端な富の偏在のなかで「格差社会」というが、実態は男女、年代、地域、企業・産業、国など多面的かつ重層的で、メディアが伝えるのは皮相なその一面に過ぎない。この国の「民衆」は“運動体”として機能しえない装置にはめ込まれているのだ。ウォーラーステインがいう「世界をよりよくする変革運動」を可能にする徴候を、はたしてこの国に発見できるのだろうか。