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歳を取らないと分からないことが人生には沢山あります。若い方にも知っていただきたいことを書いています。

アスベスト

2016-01-27 06:22:48 | 日記

石綿耐熱性絶縁性、保温性に優れていて、断熱材、絶縁材などに用いられ、「奇跡の鉱物」として重宝されてきました。しかしこの奇跡の鉱物が塵肺肺線維症肺癌、悪性中皮腫(ちゅうひしゅ)など、人体への健康被害を起こすことが分かったのです。

石綿(いしわた、せきめん、アスベスト)は、蛇紋石角閃石繊維状に変形した天然の鉱石で無機繊維状鉱物の総称です。古代エジプトではミイラを包むとして、古代ローマではランプとして使われていました。中国では、の時代に西戎からの貢ぎ物として石綿の布が入ってきて、火に投じると汚れだけが燃えてきれいなることから火浣布(火で洗える布)と呼ばれ、珍重されていました。

日本では1764年明和元年)に平賀源内秩父山中で石綿を発見し、これを布にしたものを「火浣布」と名付けて幕府に献上しました。この源内の火浣布は京都大学図書館に保存されているそうです。

石綿の産地としてはカナダ南アフリカが有名ですが、我が国にも産地は多く第二次世界大戦直前から各地で石綿資源の開発が始まり、北海道富良野市山部地区は国産石綿産地として大規模なクリソタイル鉱山が操業していましたが、1969年に採掘が中止されました。

アスベストの繊維1本は髪の毛の5,000分の1程度の直径0.02-0.35 μmで、耐久性、耐熱性、耐薬品性、電気絶縁性などに非常に優れ、安価であるため重宝されて建設資材電気製品自動車、家庭用品等、様々な用途に広く使用されてきました。

1938年ドイツでアスベストが肺癌の原因となる可能性が新聞に載り、ドイツ政府はすぐにアスベスト工場への換気装置の導入、労働者に対する補償を義務づけました。1964年には空気中の大量のアスベストが、人体に有害であると指摘した論文が発表されました。

世界で最初にアスベストの製造物責任を追及されたのは、世界最大のメーカーであったアメリカジョンズ・マンビル社です。1973年に同社の製造者責任が認定されると、1981年の段階で被害者への補償金額が3,500万ドルを超え、最終的な賠償金の総額が20億ドルに達すると推定され、1982年倒産しました。類似の訴訟1985年までに3万件に達し、世界的にアスベストの使用が削減、禁止される方向に向かいます。

空中に飛散した石綿繊維を長期間大量に吸入すると、肺癌中皮腫の誘因になりますが、アスベストへの曝露から発病までは30年から40年と云われます。アスベストの被曝は職業上のものが圧倒的ですが、アスベストを取り扱う事業所の近隣住民や、アスベストを取り扱う労働者の家族にも患者が出ます。

中皮腫の主な発生部位は胸膜(70%)と腹膜(20%)です。初発症状に乏しいことが多く、症状としては胸水の貯留による呼吸困難が多く現れます。浸潤は瀰漫(びまん)性で横隔膜を伝う形で腹膜に浸潤したり、縦隔を通って心膜に腫瘍を形成することもあります。腹膜中皮腫は進行すると腹部膨満、腹痛悪心嘔吐腹水などの症状を示し、末期には腫瘍が腸管に癒着し腹腔内臓器が一塊となります。

多くの場合胸部X線C Tで胸膜外兆候や胸水貯留を認め、通常は片側性です。生検はきわめて重要で確定診断の根拠になります。手術適応症例は胸膜肺全摘術、放射線治療化学療法が行われますが、診断時にすでに根治手術が不可能なことが多く、化学療法はある程度の効果を挙げていますが、予後はきわめて不良で1年生存率は50%、2年生存率が20%です。

我が国では1970年代に、胸膜中皮腫が稀な症例の出現として注目を惹き、アスベストとの関連が分かると、学校を始め公共の建築物にアスベストが広範に使用されていたため、どれ程の範囲に患者層が広がるのか大変心配されたものです。

1975年9月に吹き付けアスベストの使用が、まず、禁止され、その後、労働安全衛生法で作業環境での濃度基準が決められ、大気汚染防止法特定粉じんとして工場・事業場からの排出基準が定められます。廃棄物の処理及び清掃に関する法律でアスベストの飛散防止を図りました。

肺胞の入口は直径数十μmと小さいため、一旦気管支から肺胞に入ったアスベスト繊維は排出されません。肺胞に入った生物由来の繊維状物質の綿、羊毛、紙などは、白血球の一種マクロファージによって分解されます。しかし鉱物であるアスベストはマクロファージが分解出来ず、鉱物繊維の周囲を取り囲んだマクロファージが死滅し、肺がんや中皮腫発生の誘因になるとされます。

 アスベストは繊維なので、空気中のアスベスト濃度は本数で表されます。アスベスト工場で500本/リットルの環境で50年間労働すると、肺がんリスクが2倍になるとされます。喫煙の相乗作用もあります。

1989年に行われた大気汚染防止法の改正で、労働安全衛生法に基づく工場内石綿粉塵管理濃度は150本/リットル、大気中アスベスト敷地境界基準は10本/リットル以下と定められました。2004年までにはアスベストを1 % 以上含む製品の出荷が原則禁止され、2005年には関係労働者の健康障害防止対策の充実を図るため、石綿障害予防規則が施行されました。水道水中には多量のアスベストが含まれていますが危険性はないとされています。

2005年6月にクボタ旧神崎工場(兵庫県尼崎市)の周辺の一般住民に被害が及んだことが伝えられ、1999年度から2004年度の間に石綿による肺癌や中皮腫の労災認定を受けた労働者のいた事業場の一覧が、2005年7月29日付けで厚生労働省から公表されています。

2006年2月3日「石綿による健康被害の救済に関する法律」と被害防止のため石綿の除去を進める関連3法が成立しました。アスベストによる健康被害で死亡した被害者の遺族には、特別弔慰金280万円と葬祭料約20万円、治療中の被害者には、医療費の自己負担分と月額約10万円の療養費が給付されることになりました。

この法律は、中皮腫と肺癌を救済の対象にしていて対象の範囲が狭く、石綿肺や瀰漫性胸膜肥厚については、2010年7月1日に著しい呼吸機能障害を伴うものに限り対象に追加しました。

2012年には我が国で、1,400名の中皮腫による死亡が発生しています。過去の石綿汚染の健康被害が本格的に顕在化し始めたとみられますが、アスベストが原因の死亡者の大半はアスベスト製造工場の粉塵の中で長い年月労働した人たちで、アスベストの製造が例外なく禁止されている現在、アスベストの環境への排出量はゼロとなり、あらたな粉塵吸引の問題はなくなりました。

残された大きな問題は現存する建物の中に大量にアスベストが使われていることで、学校病院等の公共建造物ではアスベストの撤去作業を進めていますが、建物を解体しない限り危険性はないと云われ、解体工事時にはアスベストが飛散する恐れがあるので、撤去するかどうかは意見が分かれます。

環境省では既存の建築物の解体によるアスベストの排出量を2020年から2040年頃をピークに、年間10万トン前後と予測しています。アスベストを無害化する研究は盛んに行われていて、建築物の壁などに断熱材などとして吹きつけられた繊維状の飛散性アスベストについては、壁から剥離しない状態で赤外線によって短時間加熱し溶融無害化する技術が、2008年に産業技術総合研究所から発表されています。 

専門業者による建物の解体作業は、解体業者や廃棄業者の暴露防止対策として労働安全衛生法に基づく石綿障害予防規則が定められ、解体時の大気への飛散防止対策も大気汚染防止法に基づく措置、廃棄時も廃棄物処理法で溶融処理等の無害化対策が規定されています。したがって計画的な既存建築物の解体作業は問題がないと見做されます。

一方自然災害では一挙に多くの建物が破壊されますから、飛散防止の対策なしに大量のアスベストが空中へ散布されることが想定されます。しかし高濃度のアスベストの粉塵に長期間暴露されない限りアスベストの公害病は発生しませんので、頭の痛い問題ではあっても、近い将来におこることが想定される東南海、南海地震では、あまり心配する必要はないと思われます。

 


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