米海洋大気局(NOAA)は2019年7月の世界の平均気温が16.7℃で、観測史上最も暑い月だったと発表しました。NOAAによると20世紀の7月の平均気温よりも0.95℃高く、観測が始まった1880年以降でこれまで最高だった2016年7月を0.03℃上回りました。
欧州ではフランス、ドイツ、オランダなど広い範囲で気温が40℃を超えましたが、7月25日は暑さの記録ラッシュで、パリでは42.6℃まで上昇しこれまで7月の最高記録だった1947年の40.4℃を70年ぶりに更新しました。
ドイツも各地で40℃超えの記録的な暑さに見舞われ北西部ニーダーザクセン州リンゲンでは過去最高の42℃を記録し、オランダで初めて40℃を突破、ベルギーでは1833年の観測開始以来もっとも暑い40.6℃になりました。
スイスでもシオンで4年ぶりに最高気温を更新して38.0℃を記録するなど、4か所で観測史上最高を更新しています。北極海では7月中に1日当たり10万6千km²の氷が解け、1981年~2010年平均の1.2倍の速度で氷が失われました。
世界気象機関によるとこの夏熱波が欧州を襲ったのは2回で、6月も欧州全体の最高気温が標準より2℃高い観測史上最も暑い6月でした。下旬にはフランスの南部で46℃と記録を更新しましたが、原子炉の冷却に使用する水の温度が基準値を超えたため一部の原発が稼働を停止しました。
最新鋭の気候分析システム「ERA5」による2019年6月25日~29日の5日間の平均気温を示すマップには、1981年から2010年までの同じ期間の平均気温よりも高かった地域が赤く、低かった地域が青く表示されていますが、フランス中央部やスイス南部、スペイン北部で例年よりも6℃~10℃も高かったことが分かります。
2003年にもヨーロッパでは多数の死者を出した熱波がありました。最初に死亡したのは屋根職人など肉体労働者です。次の犠牲者は空調のないパリのアパートに住む高齢者たちでした。猛暑が2週間近く続きフランスでは1万5千人、欧州全体で7万人が死亡しました。2010年にもロシア西部で暑さのため5万人が死亡した事例があります。
2019年の猛暑は4日間でしたが、フランスでは2003年の酷暑が教訓として活かされ、今回は猛暑の予報とともに冷房の効いた公共施設などのクールスポットの利用を事前に呼びかけ、ミスト発生装置などの熱中症予防策を実施したため深刻な事態は避けられたようです。
我が国で最高気温35℃以上の日を猛暑日にしてから10年が過ぎましたが、2019年の夏は猛暑が日本各地を襲い、北海道佐呂間町では5月の気温として全国史上最高の39.5℃を記録しました。8月15日は全国926か所の観測地点のうち78地点で猛暑日となりました。新潟県長岡市で40.6℃、山形県鶴岡市で40.4℃、石川県志賀町で40.1℃を観測し、いずれも観測史上最高値を更新しました。
日本海側はこれまでも台風や発達した低気圧によるフェーン現象で気温が突出して高くなることがありましたが、さらに拍車を掛けているのが日本近海の海面水温の上昇です。この100年間で1.12℃高くなり世界の海の平均の0.54℃と比べ著しい上昇です。
新潟県糸魚川市では8月15日の最低気温が31.3℃を記録し、日本の歴代最低気温を30年ぶりに塗り替えました。夜が暑かったのは糸魚川市だけではありません。8月16日の東京の朝の最低気温は28.0℃とこの夏最も高くなり、25℃以上の熱帯夜は25日連続しました。
原因の一つとして考えられるのが台風の相次ぐ発生です。今年は6月末まで台風が少なく7月後半以降立て続けに台風が発生しましたが、フィリピン付近で台風が発達すると夏の高気圧が強まることが知られています。
2019年は南アジアも過去最大の熱波に見舞われました。インドはほぼ全域で5月の中旬から例年ではあり得ない高温が続き、特に北部と中部では1か月以上50℃近くの極端な高温で200名以上が死亡しています。死者が増えている背景には、北部や中部に雨をもたらすモンスーンが今年は来ないための深刻な水不足があります。
インド南部タミルナドゥ州の州都チェンナイでも大規模な干ばつで、数百万人が深刻な水不足に直面しています。6月20日には今年に入って初めて本降りの雨が降りましたが水不足は解消されそうになく、貯水池を満たす雨は11月まで期待できないと云う状況です。
人間の身体には体温を正常に保つメカニズムがあり、気温が上昇すると体温調節プロセスが始まります。体熱の放散様式は2つあって、1つは体表面から伝導や放射・対流を通じて熱を放散する非蒸散性熱放散です。暑熱環境では皮膚の血管が拡張し、皮膚血流の増加が体熱の放散を促進します。
もう1つは体表面の水分が蒸発する際に、気化熱として体熱を奪う蒸散性熱放散です。汗をかいていなくても皮膚や気道粘膜から常時水分が蒸発しているのが不感蒸散ですが、暑熱環境では皮膚の汗腺から汗を積極的に分泌し、汗を蒸発させて熱放散を促進します。
汗が気化するかしないかは気温と湿度で決まります。頻発する猛暑日の35℃は湿度に関わらずかいた汗の気化が期待できる限界の温度です。我が国でしばしば観測されるようになった40℃では湿度が70%以上だと汗は気化しないため体温調節プロセスでは対応できず、外部から積極的に体を冷やす手段が必要になります。気温45℃では湿度が40%以下、気温50℃では湿度30%以下でなければ汗の気化は出来ません。
大量の汗をかくと汗となって失われた水分を補う必要があります。水分を補う目安は汗をかいた後の体重減少分です。汗で塩分も同時に失われるので補給が必要ですが、スポーツドリンクは水分も塩分も補給出来ます。
熱中症では脱水と電解質の不均衡が同時におこり、けいれんや、大量の発汗、速脈などの症状が突然現れ、血圧が低下してめまいを感じる場合もあります。対応策として冷たいシャワーが有効で、頭部のほか動脈が皮膚の表面近くを通っている首筋や腋の下、鼠経部などを冷やすのが役立ちます。
冷すのが間に合わないと体温が40℃以上に上昇して自己の体温調節機能では対応できず、外部から体を冷却し、点滴による水分補給などの救急処置を緊急に行わないと、生命が危険なレべルに達します。
1979年から2019年までの6月の平均気温を示すグラフでは、全世界の6月の平均気温が年々高くなる傾向にありますが、ヨーロッパでは2019年6月に極端に高い平均気温を記録しました。
1880年からの140年間を見ても全世界の平均気温が上昇傾向にあるのは明らかで、ヨーロッパの2019年6月の暑さは過去140年の中で突出したレベルです。
日本でこのところ頻発している35℃を超える猛暑日は、世界の人口の8割が体験している暑さですが、それを超える極端な猛暑として2019年フランスで観測された46℃があり、インドで50℃に達しましたが、2017年のパキスタンと2016年のクウェートでは54℃が観測されています。
温暖化が進んで世界の平均気温が4℃上昇すると、数十億人もの人々が人体の対応できる限界を超える暑さに見舞われると警告されていますが、こうした異常な暑さに対して我々にできるのは、体を冷やすことだけです。万が一猛暑の最中に大規模な停電が起きたらどうなるでしょう。プエルトリコで数か月に及ぶ停電の原因となったハリケーン・マリアなど、実際に猛暑の中で大停電が起きた事例があります。
我が国でも2019年の台風15号は9月9日千葉県に上陸した猛烈な風台風で、57.5を記録し、送電塔2本を始め2,000本の電柱が倒れて北西の一部を除くほぼ千葉県全域に広範囲の停電が起こり、3日を過ぎても42万戸の停電が解消されず、35℃の高温の中でエアコンが使えず熱中症による死者まで出ています。
将来に向けてのグローバルの温暖化対策はもちろん大切ですが、その前にすでに現実に起きている猛暑から人々を護るために、即刻行うべき個別の対応が必要で、居住域の冷房の設置、屋外での行動の制限、熱中症発生時の救急対応などです。
地域の停電の発生に対しては電柱の強度が40 m/sにしか対応しておらず、今回は倒木が大きな災いをもたらしたようですが、インフラの整備が緊急に求められるでしょう。戸建て住宅では車をEVかPHVにして自宅で充電するようにしておけば停電時には大容量の蓄電池として活躍し、部屋の照明を限定すれば冷蔵庫も冷房も使えて役に立つでしょう。
我が国のテレビはこの夏、熱中症への注意、こまめな水分補給、エアコンの適宜使用を繰り返しましたが、エアコンが普及していると思われている我が国で学校の教室のエアコンが整備されていないのも、個人では対応できない事例です。
47都道府県の学校の教室のエアコン設置率は最も低い北海道が0.3%、設置率が50%を超えているのは17都府県に過ぎません。東京都の設置率は99.99%ですが、気温のほとんど変わらない隣の千葉県は44.55%です。
2019年の猛暑で教室に冷房のない学校が夏季休暇を10日間前倒しして対応しましたが、教員室にだけエアコンがあって教室にないのが実状です。父兄の負担で設置した学校もあるそうですが、教育の無償化よりも教室のエアコン設置が先でしょう。
アジア、アフリカ、南米などの52か国を調査した結果、冷房がない生活を強いられている人口は11億人で、インド、ナイジェリア、ブラジルなど9か国に集中しています。4億7千万人は貧しい農村部、残りの6億3千万人は都市のスラムで熱波を防ぐことのできない環境で暮らしています。温暖化が進めば、暑さで死亡する高齢者が世界で年間4万人近くに増加するとの予測も紹介されています。
2020年の東京オリンピックは、開催時期の7月、8月の東京の気候は温暖であると偽って招致したものです。我が国では毎年酷暑の中の夏の甲子園に熱狂していると云っても、野球には攻守の別があり、攻めている時は日陰にいることができ、守っている時もバッテリーは別として、野手は立っているだけの時間がほとんどです。
陸上競技の大部分は常に全力で走り回るのです。夏の甲子園が開催出来るからと云ってオリンピックも大丈夫とはいきません。東京での開催が決まった当初に、7月、8月にオリンピック開催が求められる理由はTV業界の都合だと取りざたされましたが、2019年の酷暑を体験してみると、なお一層、7月の終わりから8月の初めに東京で陸上競技を開催することの無謀さは明らかです。
温暖な気候であるとすでに世界中を騙してきたのですから、これからでも秋に時期をずらすとか、ずらせなければ開催は出来ないと頭を下げても恥の上塗りにはなりません。オリンピックのメダルをちらつかせて、世界中のアスリートに玉砕覚悟の万歳突撃を強いることは許されないでしょう。