とっさに人の名前が思い出せない、物の名前が思い出せないのは、歳をとるにしたがって顕著になります。時には家族の名前すら、とっさには出なくなったりします。物の名前を「あの時の、あれ、あれ」で代用するのはしょっちゅうです。
人の名前が出ない度忘れは、私の場合、30歳台後半に始めておきました。電話をかけて相手の交換台が出たのに、繋いでもらう人の名前が、どうしても出てこないのです。ぼうぜんとして電話を切った後の、自分の慌てよう,情けなさは、今でも鮮明に覚えています。幸い、その後、この症状が急速に進行することはありませんでした。
度忘れのひどい伯父がいました。50歳になる前から、「なにが、なにが」を連発していて、これ以上歳を取ったら、どうなるのだろうと思っていたものです。しかし何と100歳を越えても、毛筆で年賀状が来るのには脱帽でした。これから考えると、度忘れは老化の一症状には違いないのですが、すぐに全面的な痴呆に向かう症状ではありません。
ある専門家の説明によると、歳を取ると、同じ名前に出会うチャンスが、若い時とは比較にならないほど減る。繰り返して脳に、同じ名前を刻み付けるチャンスが少なくなるから、思い出せるチャンスも減るというのです。
確かに社会から退いて毎日が日曜日になると、同じ人の名前を繰り返して脳に刻みつける機会は、まったくと云っていいほどなくなります。物の名前も同じです。そういう指摘は、確かに当っていると思うのですが、そう思う反面、あまり納得のいかないところもあります。
若い時には瞬時に何でも記憶できたし、すぐに抜けてしまうことはなかったし、当分は、忘れないという自負もあったのです。つまり、繰り返して脳に刻み付けなくても、1回で間に合ったのです。
こういうことから考えると、度忘れだと思っていることの内容は、日常繰り返し使っている言葉が、突然、出てこない、本当の意味の度忘れと、日頃はまったく縁のない過去の人や物の名前が出てこない、本当の意味での物忘れの2つが、混じっているのではないかと思われます。
本当の意味での物忘れという云い方は変ですが、度忘れではないこちらの方の物忘れは、他人との会話で人や物の名前が繰り返されたり、何かのきっかけである出来事が頻繁に思い出されたりすると、容易に改善されます。しばらくは記憶として維持ができて、学習効果が確かにあるようです。
しかし度忘れは、そうはいかないのです。学習効果とはまったく無縁で、ほんの少し前まで出ていた、しょっちゅう馴染んでいる人や物の名前が、突然、出てこないのです。その代わり、突然、また出てくるようにもなるのです。
記銘力も歳とともに、衰えてくるのは明らかです。今、聞いた名前が、次の瞬間、もう思い出せません。ちらりと見た他人の車のナンバーなど、まったく記憶に残りません。
歳をとってとっさにおこる不都合に、もう1つ勘違いがあります。勘違いも記銘力の低下が、とっさの判断に影響しているのだと思いますが、若い時には絶対に起こりえなかったような勘違いが、結構おこります。これも防ぎようがないのですが、直ぐに反応しなくてもよい日常生活上の勘違いは、是正するチャンスがありますから実害を生じません。
しかし直ぐに反応して行動しなければならないような、例えば、車の運転中の勘違いは、取り返しのつかないことになりかねません。私は幸い、自分から事故を起こすことなく、50年も運転してきましたが、勘違いで無事故の記録が破れない内に、運転免許証は返上することにしました。
歳をとって度忘れや勘違いが頻発するからと云って、昔の記憶が消えてしまったわけではありません。何かのきっかけがあると、過去の出来事もかなり鮮明に思い出すことができます。ことに、その時の印象が強烈だったものについては、内容がよく再現できます。
脳が記憶する仕組みや、思い出す仕組みがどうなっているのかは知りませんが、一旦刻み付けられた記憶はそのまま脳に保存されていて、記憶が蘇るかどうかは、しまい込まれた記憶を手繰りだす経路の問題、もしくは経路が動き出すための、きっかけの問題であるように思えます。
60歳を超えるころから、若い時ほど明確に記憶を保持することができなくなり、仕事上、メモを活用するようにしました。メモさえあれば、記憶が蘇り、記憶の内容が再現できれば、仕事はできるのです。
公式に記録の残る案件は除いて、いつ、だれと、どんな話をしたか、簡単なメモを残すようにして、仕事の落ちがなくなりました。メモをきっかけに思考を加えて、仕事を発展させるのにも繋がりましたし、若い人たちに頼んだ仕事もチェックできるので、頼みっぱなしがなくなる効果もありました。
いまでは社会の第一線から退きましたから、身近にはメモをとる仕事はなくなりました。社会一般の出来事のメモは、もっぱらインターネットのお世話になっています。自分でメモをとらなくても、インターネットが代わりに充分な記録を残してくれています。
近頃のインターネットの情報量は、まったくすごいものです。社会とのじかの接触がなくなって、情報収集の機会の減った老人にとっては、本当に有難い世の中になったものです。テレビが見るに堪えないほど質が劣化した今日、インターネットでの情報収集量は増えるばかりです。
度忘れとか、物忘れとか、勘違いと云った問題ではないのですが、もう一つ、歳とともに不便になってきたことに、同時に複数の音の内容が、聞き分けられなくなったことがあります。聖徳太子は、厩戸豊聡八耳命(うまやとのとよやつみみのみこと)と呼ばれて、同時に多数の人の訴えを聞くことができたと云われます。私にしても、昔は複数の音を聞いていても、それぞれの音の内容を把握できたように思うのですが、最近はできないのです。
耳が遠くなったのかなとも思っているのですが、単一の音の聞こえが悪くなったわけでもないのです。話している相手の言葉と、テレビの音声などの内容が、同時には把握できなくなっているのです。
どちらか片方の音に集中してしまえば、そちらの音は把握できます。もう一つの音が、例えば、雷が鳴ったような単純な音なら、当然、雷とは理解できますが、雷も音が小さい時には、聞き逃してしまうことがあります。
このことは、いくつかの動作を、同時に進められなくなったことにも通じます。若い時は、音楽を聴きながら文章を書き、他人の話を小耳にはさんでいて口を出すことは、苦もなく出来ました。若い時に複数の事柄に、同時に気を配ることが出来たのは、自分の職業の上で、大変良いことだったと思っているのですが、今では、同時並行が成り立たないのです。
なにをするにも1つのことに絞らないと、エラーが多くて仕事にならないのです。1つのことをやっている時には、他のことには、まったく、注意が向かなくなりました。若い時には1つのことに集中するのは、簡単にできることではなかったのですが、歳をとってみたら、他のことには気を配れなくなっていたのです。老化現象には違いないのですが、見方を変えれば、理想的な集中力を獲得したのかなと思ってもみるのです。
上に述べた歳をとってからの現象を、私はまだら呆けと名付けました。まだらに当たった時は、正に、呆けなのですが、まだらでない部分の方が、まだ、幸いにも多いようで、このまだらでない方の部分で老後の社会生活を送り、ブログを書いているわけです。まだらでない部分の客観的な評価は、世間様にお任せです。
人の名前が出ない度忘れは、私の場合、30歳台後半に始めておきました。電話をかけて相手の交換台が出たのに、繋いでもらう人の名前が、どうしても出てこないのです。ぼうぜんとして電話を切った後の、自分の慌てよう,情けなさは、今でも鮮明に覚えています。幸い、その後、この症状が急速に進行することはありませんでした。
度忘れのひどい伯父がいました。50歳になる前から、「なにが、なにが」を連発していて、これ以上歳を取ったら、どうなるのだろうと思っていたものです。しかし何と100歳を越えても、毛筆で年賀状が来るのには脱帽でした。これから考えると、度忘れは老化の一症状には違いないのですが、すぐに全面的な痴呆に向かう症状ではありません。
ある専門家の説明によると、歳を取ると、同じ名前に出会うチャンスが、若い時とは比較にならないほど減る。繰り返して脳に、同じ名前を刻み付けるチャンスが少なくなるから、思い出せるチャンスも減るというのです。
確かに社会から退いて毎日が日曜日になると、同じ人の名前を繰り返して脳に刻みつける機会は、まったくと云っていいほどなくなります。物の名前も同じです。そういう指摘は、確かに当っていると思うのですが、そう思う反面、あまり納得のいかないところもあります。
若い時には瞬時に何でも記憶できたし、すぐに抜けてしまうことはなかったし、当分は、忘れないという自負もあったのです。つまり、繰り返して脳に刻み付けなくても、1回で間に合ったのです。
こういうことから考えると、度忘れだと思っていることの内容は、日常繰り返し使っている言葉が、突然、出てこない、本当の意味の度忘れと、日頃はまったく縁のない過去の人や物の名前が出てこない、本当の意味での物忘れの2つが、混じっているのではないかと思われます。
本当の意味での物忘れという云い方は変ですが、度忘れではないこちらの方の物忘れは、他人との会話で人や物の名前が繰り返されたり、何かのきっかけである出来事が頻繁に思い出されたりすると、容易に改善されます。しばらくは記憶として維持ができて、学習効果が確かにあるようです。
しかし度忘れは、そうはいかないのです。学習効果とはまったく無縁で、ほんの少し前まで出ていた、しょっちゅう馴染んでいる人や物の名前が、突然、出てこないのです。その代わり、突然、また出てくるようにもなるのです。
記銘力も歳とともに、衰えてくるのは明らかです。今、聞いた名前が、次の瞬間、もう思い出せません。ちらりと見た他人の車のナンバーなど、まったく記憶に残りません。
歳をとってとっさにおこる不都合に、もう1つ勘違いがあります。勘違いも記銘力の低下が、とっさの判断に影響しているのだと思いますが、若い時には絶対に起こりえなかったような勘違いが、結構おこります。これも防ぎようがないのですが、直ぐに反応しなくてもよい日常生活上の勘違いは、是正するチャンスがありますから実害を生じません。
しかし直ぐに反応して行動しなければならないような、例えば、車の運転中の勘違いは、取り返しのつかないことになりかねません。私は幸い、自分から事故を起こすことなく、50年も運転してきましたが、勘違いで無事故の記録が破れない内に、運転免許証は返上することにしました。
歳をとって度忘れや勘違いが頻発するからと云って、昔の記憶が消えてしまったわけではありません。何かのきっかけがあると、過去の出来事もかなり鮮明に思い出すことができます。ことに、その時の印象が強烈だったものについては、内容がよく再現できます。
脳が記憶する仕組みや、思い出す仕組みがどうなっているのかは知りませんが、一旦刻み付けられた記憶はそのまま脳に保存されていて、記憶が蘇るかどうかは、しまい込まれた記憶を手繰りだす経路の問題、もしくは経路が動き出すための、きっかけの問題であるように思えます。
60歳を超えるころから、若い時ほど明確に記憶を保持することができなくなり、仕事上、メモを活用するようにしました。メモさえあれば、記憶が蘇り、記憶の内容が再現できれば、仕事はできるのです。
公式に記録の残る案件は除いて、いつ、だれと、どんな話をしたか、簡単なメモを残すようにして、仕事の落ちがなくなりました。メモをきっかけに思考を加えて、仕事を発展させるのにも繋がりましたし、若い人たちに頼んだ仕事もチェックできるので、頼みっぱなしがなくなる効果もありました。
いまでは社会の第一線から退きましたから、身近にはメモをとる仕事はなくなりました。社会一般の出来事のメモは、もっぱらインターネットのお世話になっています。自分でメモをとらなくても、インターネットが代わりに充分な記録を残してくれています。
近頃のインターネットの情報量は、まったくすごいものです。社会とのじかの接触がなくなって、情報収集の機会の減った老人にとっては、本当に有難い世の中になったものです。テレビが見るに堪えないほど質が劣化した今日、インターネットでの情報収集量は増えるばかりです。
度忘れとか、物忘れとか、勘違いと云った問題ではないのですが、もう一つ、歳とともに不便になってきたことに、同時に複数の音の内容が、聞き分けられなくなったことがあります。聖徳太子は、厩戸豊聡八耳命(うまやとのとよやつみみのみこと)と呼ばれて、同時に多数の人の訴えを聞くことができたと云われます。私にしても、昔は複数の音を聞いていても、それぞれの音の内容を把握できたように思うのですが、最近はできないのです。
耳が遠くなったのかなとも思っているのですが、単一の音の聞こえが悪くなったわけでもないのです。話している相手の言葉と、テレビの音声などの内容が、同時には把握できなくなっているのです。
どちらか片方の音に集中してしまえば、そちらの音は把握できます。もう一つの音が、例えば、雷が鳴ったような単純な音なら、当然、雷とは理解できますが、雷も音が小さい時には、聞き逃してしまうことがあります。
このことは、いくつかの動作を、同時に進められなくなったことにも通じます。若い時は、音楽を聴きながら文章を書き、他人の話を小耳にはさんでいて口を出すことは、苦もなく出来ました。若い時に複数の事柄に、同時に気を配ることが出来たのは、自分の職業の上で、大変良いことだったと思っているのですが、今では、同時並行が成り立たないのです。
なにをするにも1つのことに絞らないと、エラーが多くて仕事にならないのです。1つのことをやっている時には、他のことには、まったく、注意が向かなくなりました。若い時には1つのことに集中するのは、簡単にできることではなかったのですが、歳をとってみたら、他のことには気を配れなくなっていたのです。老化現象には違いないのですが、見方を変えれば、理想的な集中力を獲得したのかなと思ってもみるのです。
上に述べた歳をとってからの現象を、私はまだら呆けと名付けました。まだらに当たった時は、正に、呆けなのですが、まだらでない部分の方が、まだ、幸いにも多いようで、このまだらでない方の部分で老後の社会生活を送り、ブログを書いているわけです。まだらでない部分の客観的な評価は、世間様にお任せです。