サニテラの仲間達

退職を機に、自分は残りの人生で何をしたいのか心の声に耳をかたむけ山小屋生活を楽しみ、世界を歩く夢を実現したいと考えてます

第二の人生 全国旅行割で沖縄ー3

2022-12-17 19:01:00 | 旅行
沖縄旅行の最終回です。
旅行詳細は以下の通りです。

1日目曇り 那覇空港着後、レンタカー会社に連絡ピックアップしてもらいレンタカー契約。レンタカーでアメリカンビレッジのホテルまで移動。チェックイン後は夕方だった事もありビレッジ内の夕食に出かける。帰りに部屋での2次会用のビールとつまみ、明日の朝食用にパン等をコンビニで購入。この日はレンタカー会社で保険契約の事で少し不安がよぎりました。レンタカーの契約者は私ですが運転するのは神さんもいるので、その旨を話すのですが契約書内には私の名前しか登録ありません。再度、これで万が一の場合も保険適用は大丈夫なのか聞きましたが「保険は車に掛けているから問題ない」との回答です。これまで本土で何回もレンタカーは借りていますが、いつも運転の可能性がある人は全て登録してくださいと言われていたので不安が残りました。どっちが正しいのでしょう。



最初の夜の食事は軽く。




2日目晴れ 朝から北部一周の調査!ホテルの受付の女性から勧められた古宇利島で海の中の道路を初めて通りました。更に西海岸沿いにR58を進みながら途中に昼食のため偶然寄ったお店「笑味の店」、残念ながらお休みだったがそこにいた地元の人から、ちゅらさんのモデルの店だと教えてもらい記念写真をパチリ!その後少し進んだ国頭港食堂で昼食、庭の芝生の先は大海原。とても気持ち良い場所で食事も美味しく私達の後には待つ人も出るほど人気でした。最北端の辺戸岬は大東亜戦争時に米軍が沖縄戦で最北まで追い詰めた民間人、最北の辺戸岬の先も米軍の軍艦で埋め尽くされ、もう助からないとの思いから女性達が集団自決でその身を投げた断崖絶壁。いざ訪れてみるとその先には多分与論島だと思うが遠くに望み、そこまで何とか逃げようとこの地まで来た民間の人達、しかし海には敵艦隊、背後には迫る敵兵隊、その無念さを思うと胸に来るものがありました。戻りは東海岸沿いに南下して帰路につきました。東海岸は海岸線というよりもやんばるの森の中を通る道でした。途中急に開けてきたと思ったら、例のひろゆきさんのつぶやきで注目を浴びた辺野古のキャンプシュワブの工事現場前でした。今日は座り込みしているのかと興味津々でその場所を通ると、幹線道路の緑地にテントをいくつも張って椅子まで沢山準備(多分100脚以上)していましたが、2人のおじいさんが世間話でもしている様子で腰かけていました。この様子から、私は多分中国寄りの極左政治家が何かのパフォーマンスで訪れた時や、マスコミがニュースを作りに来るときに駆り出された連中が大勢押し寄せるだけのパフォーマンスの場に利用しているに過ぎないと感じました。






ちゃらさんのモデルだそうです。


辺戸岬



やんばるくいなには会えませんでした。




3日目終日雨 友人との昼食を約束していたので、その前に焼き物を見に壼屋やちむん通りに向かいました。気に入った皿を見つけ値段をみるとびっくりするような値段。とても買えそうにないので、聞いてみると人間国宝の金城次郎さんの息子さん敏夫さんの作品との事、息子さんでもこんなに高いのか?と聞くとその敏夫さんも数年前に亡くなっており、今は沢山のお孫さんがその作風を継いでおられるとのこと。勉強になりました。それならば次はその窯にでも見に行ってみようと思ったのでした。その後、友人夫婦宅を訪れ久しぶりの再会を喜んで、お互いの近況などの話で盛り上がりました。昼食にお店を予約しておいてくれ沖縄料理のフルコースを頂きました。どの料理も非常に手が込んでいてとても美味しく沖縄=ステーキのイメージがすっかり変わり大好きな料理の一つになりました。その後ベタではありますが観光にと首里城を訪れました。既に本殿は火災により焼失してしまっていますが、雰囲気は十分に味わえます。本土の大きな城と比較するとこじんまりしていますが石垣がとても美しく欧州の城が頭に浮かびました。日本の戦うための城ではなく、統治するために業容を美しく威厳をもって作っているように感じました。夕食は昼食が豪華だったこともあり軽く済ませようとビレッジ内のラーメンショップMARIMAROへ。外人向けなのか思ったよりもかなりボリュームあり更にお腹ぱんぱんに!


とても美味しくいただきました。

首里城






4日目晴れ 朝はゆっくり起きてモーニングを食べに30分ほど歩き。市内の住宅街をうろうろしながら沖縄を体感。ここのコーヒーショップは人気なのか客も多い。観光客よりも地元の日本人や米軍関係者がほとんどで、その店の雰囲気と客層から外国にでも旅行に来ている気分になりました。モーニングは1300円で飲み物付きで一人では食べきれないほどのボリューム。でも横を見るとごつい白人カップルは一人で2プレートをガツガツと食べている。すごいなあと感心しちゃいました。朝食でお腹いっぱいになり、ゆっくりと住宅地の庭をを眺めながら帰りは北谷ハーバーで大型ヨットをうらやましく横目に見ながら帰りましたが、既にお昼前。すぐに那覇市内の観光に公設市場と国際通りに、何かお土産をと向かいました。公設市場では新鮮な魚介類やエビやカニが売られていますが、既にお腹いっぱいの私たちはもうこれ以上は食べれないので、塩モズクとジーマーミ豆腐を、国際通りではオリオンビールのカップややむちん(焼き物)をいくつか、沖縄塩にしんすこうを沢山、iPhoneケースまで。。。神さんまだまだ欲しそうでしたがとっとと帰りました。今日はアメリカンビレッジで花火が上がると聞いていたので間に合うように。部屋のベランダから見ようとピザを2枚にビールを沢山、つまみもいろいろ準備して夜遅くまで飲んで食べました。



モーニング食べに















5日目晴れ 次の日は朝から帰り始めるので実質最終日となります。朝は近くのカフェから珈琲を買ってきて部屋で朝食。どうしても嘉手納基地から飛び立つ戦闘機を見たかったのと、18歳の時に嘉手納基地の小山から見た景色と現在がどう変わっているのか知りたかったからです。今は「道の駅かでな」という場所の屋上からよく見えるのですが、たぶん昔みたと思う場所が偶然にも目の前にある丘じゃないかと思い、調べてみると今はあんぽの丘と名前を変えてそこにありました。嘉手納基地から東海岸経由で更にその先の島まで行ってみることにしました。案外時間もかからず東海岸まで到着。地図で見ると嘉手納基地の長さの2倍くらいしか島の東西距離がなくて、そうすると多分島の東西幅が10㎞も無いんだろうと思います。海岸に到着すると本島から橋で行き来できる宮城島経由で小さな浜比嘉島へ。アマミチューとシルミチューの墓があり離島の人達の信仰対象になっているようです。私達もさらにさらに島といえないような島にあるアマミチューの墓を見に行きましたが、ひっきりなしに地元の人達がお参りに来られてて、私もその伝説の人のことを調べてみると沖縄を作った最初の女神で、旦那様がシルミチューとの事。何も知らずにあちこちふらふらしてても、偶然訪ねるわけだから、これも何かの縁なのか導きなのかと考えてしまいます。海もきれいなので帰る途中に、海の見える喫茶店で休憩してまだ時間もあまり、やちむんの里まで寄って例の金城さんの窯元も覗いて色んな作品を見せてもらいました。沖縄の焼物はどっしり重くて私好みのデザインも多く買いたいのですが、お金を使いすぎていて見るだけになってしまったのが残念でしたが、終日のんびりとしたドライブでした。晩御飯は残りの地域クーポンを使い切るために沖縄民謡ライブを聞ける居酒屋でついつい飲みすぎてしまいました。























6日目晴れ とうとう最終日です。やっと沖縄にも慣れてきてこれからって感じですが朝から帰りしたく。レンタカーを返して空港に送ってもらい、途中で那覇空港内にある自衛隊の宿舎が見えるのですが、米軍と比べると貧相に見えてしまいます。今、中国の軍用機が頻繁に国境に近づくので日本一のスクランブルしている基地と言います。那覇空港に到着後、搭乗手続きした後にまたまたお土産を追加で買って、搭乗口に向かっていると、日本の戦闘機がスクランブルでちょうど爆音轟かせながら離陸していきました。米軍はスクランブル対応しないので、航空自衛隊は民間空港と共同利用している那覇空港の一部しか使えておらず、また狭い敷地に宿舎に暮らしながら日本の防衛を命がけで守ってくれていると思うと本当に頭が下がります。心の中でありがとうと言いながら戦闘機を見送りました。


有難う、沖縄!

こうしてサンゴ礁と南国フルーツと沖縄文化と歴史に、アメリカの空気と国境の緊張感を微妙なバランスで保っている素敵な沖縄の旅が終わりました。
とっても良い思い出になりました。

今回の旅行費用は以下の通りでした。
総額:121876円
・交通費羽田→那覇 往復×2名、」ホテル代金5泊×2名 61200円
(102000円-40800円(全国旅行支援))
・レンタカー6日間24000+5280円(保険)=29280円
・地域クーポン ▲26000円+サービス券▲1000円=▲27000円
・ガソリン代4369円
食事、喫茶、飲酒代 35703円 
お土産代16947円
観光地駐車場、入場料等 2350円

第二の人生 全国旅行割で沖縄ー2

2022-12-15 09:02:00 | 旅行
沖縄の旅のその2

沖縄本島の島のサイズを今回の旅で初めて実感しました。思っていたよりも小さいなと感じました。(沖縄県の面積は全国都道府県で香川県、大阪府、東京都に次いで小さい県から4番目の44位で2276㎢、本島の面積は1199㎢で東京都23区の約2倍)北谷のホテルから起点に最北端の辺戸岬まで途中に古宇利島を経由してもたったの2.5時間程でした。また東西では西から東の浜比嘉島まで行っても1時間弱の感じでした。つまりあっという間に車で一周出来てしまう大きさですね。

私は、米軍は日本の防衛には必要不可欠だと思っています。沖縄に巨大な基地がある事も地政学的にも必要でやむを得ないと思っていますが、今回の旅で案外小さいと思った沖縄本島内にある米軍の基地の占める割合の大きさと有利な立地、軍人達の豊かな生活やリッチさが(短時間しか見てないので見当はずれかもしれませんが)沖縄県の人達にとっては、ずっと見せられ続くわけなので気持ちいいとは言えないだろうと改めてわかりました。でも軍人さんの名誉のためにも書いておきますが、若人や中年おっさんでも、話してみるとみんなとても礼儀正しく、自分達だけの時は楽しんではいるものの荒れた人は一人も見ませんでした。多分、日本に駐留させてもらっている身分なのだから礼儀正しく振舞うことを強く指導されているんだろうと思いました。(大体の海外で会うアメリカ人旅行者は悪い意味で目立っているので沖縄の軍人関係者はそれらの一般人とは全然違うなと思ったものでした)理想なのは、沖縄に基地がなくなり平和な美しい景色が取り戻され、落ち着いた街並みや美しい海岸線とサンゴ礁の海と深いやんばるの森、沖縄独特の文化を目当てに世界中からの観光客が訪れ人々に笑顔が絶えない島になればよいと思いますが、その為には先ずは中国の覇権思想がなくなり、地球人類がもっと色んな意味で賢くならないと訪れないでしょうが、私は案外そのタイミングは早く訪れるのではないかと思っています。

 

本島の半分近くをしめる北部のやんばるの森にある村々は、思ってた以上に田舎で私たちが長期に滞在してゆっくり出来そうな宿泊施設は無い事もわかりましたが、人が居ないと自然は豊かになる典型で、森も深くそして海の色も透明度も南部のそれとは全く変わってきて素晴らしい環境だとも思いました。やはり長期滞在するなら大自然には目をつむって街に住むのか、離島まで行くべきなのか、それとも東南アジアまで足を延ばすのか。ますます楽しくなってきました。



沖縄そばの店


こま屋そばの大

週末限定のゆし豆腐そば



歌う居酒屋






アメリカンビレッジのラーメン屋さん



住宅地内のカフェ


モーニング

モーニング

沖縄の料理は、これまでソーキそばくらいしか食べたこともありませんでしたが、今回は色んなものを食べました。大学時代の友人に昼食をごちそうになったんですが、一つ一つの出される料理について材料や作り方等を説明してもらいながら食しました。どの料理も初めて食べたのですが、とても美味しく気に入りました。その後も滞在中は沖縄料理を堪能したのでした。どれも甲乙つけがたいのですが特に気に入ったのはジーマーミで店で見つけたら買ってましたが、作り手によっても味や粘りも異なり不思議な豆腐でした。その彼女から教えてもらった事ですが、沖縄では毎年35名の高校生を、渡航費、生活費含め全て県の負担で海外留学させる制度があったり、逆に世界に散らばって生活している沖縄をルーツに持つ人達を招待する制度もあるそうです。そんな事もあり沖縄県民の団結力があるのだと思います。そしてその団結力があるから、もし世界中のどこで生活したいと思っても現地に沖縄県人会があれば全く心配する必要が無いとも教えてくれました。そう言えば前回の朝ドラの「ちゅらさん」でも沖縄県人会がありましたが、あれは今でも世界規模に拡大しているんですね。私の出身県もそのような制度があるのかないのか知りませんが、もし無ければこの制度については是非沖縄県を見習って欲しいと思います。

















沖縄のお墓は、とても大きくて一つのお墓には先祖代々何百もの霊人が眠っておられるそうで、なので今生きてる人たちはそのお墓の前でご先祖様たちが楽しめるように飲んだり食べたりしているそうです。そう言えばうちの墓は、本家や分家の墓とありますが、だんだんと小分かれして私も父の代から新しく墓を作りましたから、今は1人だけの墓になります。でも最近の寺の共同墓地では2つまでの骨壺しか納められず、それよりも昔のお骨はみんな一緒にされてしまうのに、寺の坊主も檀家には何かにつけて高額な金額を求めてくるので、最近の都会に住居を移した人達は、この際にそんなお寺さんから逃げ出すために墓じまいや公共の墓地に墓を移す家も多いと聞きます。かく言う私もその1人ですが。(笑)宗教も善し悪しで何とも言えませんが、今の日本の宗教界もかなりおかしな事になっているような気がします。今生きている人達の心を幸せにする事が宗教の目的だと思うのですが、その逆の事が起こり始めていると感じるからです。


第二の人生 全国旅行割で沖縄ー1

2022-12-14 13:39:15 | 旅行

久しぶりに書き込んでいます。 全国旅行割を使って5泊6日で沖縄本島に行っていました。

とても刺激的で様々なことを感じたとても素晴らしい旅でした。

何回かに分けて記録しておこうと思います。 私は、たぶん前世では沖縄に関係していた人生をおくったと感じていて、今生もいずれは沖縄に住む事になるだろうみたいと思っていましたが、今の時点では残念ながら様々考えてみて移住は無理だろうと思っています。でも冬の間だけでも生活する事が出来ないか?候補の場所や費用も概算を知ろうとの調査目的の旅をしてきました。 気候、町の雰囲気、米軍基地、沖縄料理、アパートと気になる事もちゃんと見てきました。その結果、やっぱり沖縄は冬を過ごすには私には天国ものだと感じました。

気候について、私たちが行っていた期間の天気予報はずっと雨と曇りだったんですが、実際は3日目が終日雨だった以外は朝から晴れて、夕方に少し雲が出てくるような天気に変わってくれました。気温は最低気温は19度、最高気温は24度でしたが体感温度はもっと暖かい感じでした。街路樹は九州や関東では見たこともない南国の木だったり、特に住宅街の庭にはバナナが実をならしていたり、ブーゲンビリアやハイビスカスの花が南国ムードをこみ上げさせてくれます。1月、2月は寒くなるとの事でしたがそれでも最低気温は10度くらいだと聞きました。

今回、レンタカーを借りていて沖縄本島をほぼ一周しましたが、中部のリゾート地、北部や西部の観光地でも沢山の観光客であふれていました。ほとんどが日本人でしたが私達が今回滞在した北谷にあるアメリカンビレッジという新しい形のリゾート(ディズニーランドがそのまま街になったようなディズニー好きにはたまらない場所だと思いました)では、嘉手納基地が近くにあるせいか、米軍関係だと思われる若い逞しい白人、黒人、ラテン系の人々、観光客であろう韓国人、タイ人に中国人も見かけ欧州系の人は(すれ違う時の言葉で判断)全く見かけませんでした。そして日本人も内地からや地元の若いカップルや家族連れも多く見かけました。



通りかかりの道で看板あったので行ってみましたがどうって事ないとこでした







アメリカンビレッジでのスナップ





国際通り


公設市場近くにて


市場内で美味しそうな魚介類がたくさん売っていました。
2階は食堂で1階で買った食材を500円で料理してくれます。

ヤシガニも食材として売ってました。


東端の島、浜比嘉島の七竜宮浜にて


野バナナ


焼き物の里


今も使われている登り窯

街中は日本というよりアメリカに近いような気もしました。幹線道路沿いの店の看板は英語の看板がとても多くていかに経済も米軍関係者に依存が大きいのかと思いました。車はレンタカーの「わ」や「れ」、軍関係車両は「A」や「Y」のナンバープレートが多く観光客と軍関係者が半分は占めるのではないかと思えました。さすがに国際通りは日本人観光客がメインでしたが少しは海外の方もいたようです。壼屋やむちん通りのある店のオーナーは、コロナで誰も来ない日が続いたので数か月間店を閉めていたし、何軒もお店がつぶれたと言っていましたが、やはり沖縄県自体の経済は観光客が大きな収入なのだろうと改めて感じた次第でした。

沖縄の街はとても国際色豊かで、そのガタイが良くて羽振りも良い軍関係者、内地からの日本人観光客、現地の純沖縄県人、そして多分ハーフと思われるハッとするようなモデルみたいな子、それにアジアからの観光客も交じっているんですが、どうしても軍関係者が王様みたいに感じちゃうんです。なぜ?と考えてみると沖縄の島のど真ん中に巨大な基地があって、金網の中には古いし決して米国本土の普通の家と比べても広くもないんですが、広々とした芝生の中に家が立ち並んでいるんです。基地の外はいわゆる普通の日本の住宅街やマンションにアパートがひしめき合っていて、その大きな現実。更に奇麗だろう海岸線もあちこち基地があって、我々はそこには入れないし見えない事や、金網の内側の芝生をガタイの良い軍人さんがジョギングしててとても絵にはなるんですが、そんな場面を見せつけられて、さらに強いドルで経済も助けられていると思うからだろうと分析した訳です。

 

PS.今頃ですが、ワールドカップの日本代表のベスト8進出は片手が届きながら残念でしたが、日本代表も今までの「参加する」から「決勝リーグ進出」を経て、目標をベスト8とかではなくて、優勝に掲げても大丈夫だと思いました。トルシエ元日本代表監督がインタビューで「今の日本代表はすべて持っているが、不足してるものといえば経験のみだ。今回の日本代表レベルが戦ったようなレベルの高い試合をEUでは日常の戦いで行っている。日本はアジアの国なのでどうしてもアジアの国との試合が多いので、いかに欧州の強豪国との試合の数を増やせるか、また次の若手もどんどん欧州リーグに出てレベルアップをするべきだ。」と言うような発言されてましたが、まったくもって同意しました。


第二の人生 祝決勝トーナメント進出 車のオイルとバッテリー

2022-12-03 09:45:14 | スポーツ

ワールドカップの日本、いよいよ決勝トーナメント進出しますね。

本当に良かった。amebaで毎日観戦しているのに昼間も起きています。なので昨日はとうとう夜の8時に寝落ちしてしまいました。24時からの韓国vsポルトガル戦、4時からのブラジルvsカメルーン戦は見れませんでした。私の戦前予想ではGグループはブラジルとスイスでその通りになりましたが、Hグループはポルトガルとウルグアイ、若しくはガーナかなと思っていたのに韓国が頑張りました。本当に何が起こるかわかりませんね。

日本の次の相手はクロアチア。前回大会の準優勝チームなのでなめては挑めませんが、ここは頑張って打ち破ってほしいものです。そしてその次の相手はブラジル(韓国には悪いですが)でしょうが、ブラジルも撃破したらアルゼンチンでしょうか。そして決勝戦はフランスかイングランドになるんでしょうか。これからの対戦相手はどの国も世界のサッカー界では超超超一流の相手、もうしばらくは夢を見続けさせてもらいたいと思います。

しばらくは、昼夜逆転の生活が続くのでブログ更新もあまり出来ませんが楽しい生活しています。amebaTV本当にありがとう!

車のエンジンオイルについてですが、私はメーカー推奨や一般的に言われているタイミングよりも長く使っています。私の車はマツダのCX3です。ディーゼルターボ車でエンジンオイルは5000㎞若しくは半年で交換を推奨されています。今までの車のエンジンオイルはあまり走行距離もなかったので車検毎に交換しかしていませんでした。でも最近の車は設定距離を走ると案内が出るんですよね。これが気になってしょうがない。もちろん案内は消すようにしていますが、頭に残ってしまうんです。そこでエンジンオイルの色を自分でチェックするんですが、今のマツダのディーゼルエンジンは排ガスの煤をエンジンオイルに戻す様な方法をとっていて、エンジンオイルは減るんじゃなくて増えるそうです。そのせいもあると思うんですが確認するオイルは想像以上に真っ黒。さすがの私もエンジンが壊れたら元も子も無いので、12000キロ超えたところでオイル(5L)とフィルターも交換をしてきました。少し良いオイルを選定したので交換費用含めて1万円弱の費用がかかりました。必要経費とはいえちょっとショック。

この経験から、オイル交換も次回からは大きめの容器の買って自分で早めに7000km程度で交換しようかとも思うようになりました。

その時にサービスでバッテリーチェックをしてもらったんですが、なんと63%しか充電してないんですよね。かなり走った後だったので今のバッテリーの能力なんでしょう。バッテリーはこの中古車を買って交換していないので少なくとも2年半以上です。買った時もたしか新品にはしていないので何年使っているかは分かりません。交換を勧められましたが今の能力が「95」なんで次は1つ能力あげて「115」にしようと思いますが、なんと4.9万円とか言うじゃないですか。値段にびっくりしてそこでは交換せずに確認のお礼を言って帰ってきました。

早速、ネットサーフィンすると同じ商品がなんと2.3万円で販売してて、そんなに値差があるなら自分で交換しようと、早速ポチッと注文しました。バッテリー交換時にデータが初期化しないようにメモリーキーパーなる商品も購入これは0.15万円程度でした。そんな訳でなんやかんやで必要経費ではあるんですが約3.5万円の費用がかかってしまいました。まあしょうがないですね。