一貫清水で喉を潤した後、再度武蔵の生家の方に戻ってきました。そして
次に訪ねたのが、生家の近くにある讃甘神社です。
元々は実近山に在ったのですが兵火に遭い現在の位置に下ろしたそうで、
お宮の麓の集落という意味から「大字宮本」の村名が誕生したそうです。
嘉永3年(1850)に改築されて現代に至っております。
代々十手術の達人の家に生まれた武蔵は幼少の砌より相当厳しく十手術を
叩き込まれたようです。
そして武蔵は幼い頃からよくこの境内で遊びました。ある時二本の撥で太鼓を
叩く有り様を視て、左右の音が均しく聞こえることを感得しました。そこで馴れた
十手を二刀に替えるアイデアを得たとのことです。
ですからこの神社が武蔵にとって剣豪としての出発点になったともいえるのでは
ないでしょうか。
瞑目すると子供達の元気一杯の叫び声や歓声、そして剣戟の音などが聞こえて
くるようなきがします。
この神社は宮本川の畔に建っていますが、直ぐ近くに水車小屋が有りましたので
写真に撮っています。ご覧になって下さい。
以上讃甘神社のリポートでした。