彦中三八ブログ 

彦島中学校を昭和38年3月に卒業した同期生のためのブログ。 掲示板「彦中昭和38年卒同期会」にもお立ち寄りください。

しものせき海峡祭り

2013年05月06日 15時19分32秒 | お祭り

5月3日金曜日、
先帝祭で行われる上臈道中を初めて見物しました。

特にそれが目当てで下関に立ち寄ったのではないし、
むしろ、渋滞を考慮してその時間帯とかち合わないうちに
下関を発とうと思っていたのですが、
2日に下関漁港の一角に結集している赤白の旗をなびかせた
漁船の群を見ると、昔々下関駅近くの国鉄桟橋付近から
源平船合戦を見たのを懐かしく思い出し、
ホテルのロビーにおいてあったパンフレットを見ると、
源平船合戦と上臈道中とが近接した時間帯で見物できることが
分かったので、
急遽予定を変更して見物していこうと思い立ったのです。

http://www.city.shimonoseki.yamaguchi.jp/kanko/time_l/kaikyo_fes/
http://www.city.shimonoseki.yamaguchi.jp/kanko/time_l/kaikyo_fes/img/panfu28_2.pdf

早速、上臈道中のスタート地点である
伊崎町の公民館脇の道路に向かいました。
自衛隊の車が何台も置いてあり、
一体何事かと思ったら、市長さんとか、関係部門のお偉いさん方が
行列のとき乗って一緒に回るのに
適当な車両が他には無いからということだそうです。
近くにいた親切な方が教えてくれました。

そうこうしているうちに道中行列に参加する人たちが集まってきました。
5人の太夫を上臈とする5組の列が一列に並んで準備です。


一列に並ぶと結構な長さになります。


次第に見物客も増えてきました。
しかし、予定の9時半になっても始まりません。
なにか不都合でもあったのでしょうか。
太夫も落ち着かない様子です。
スタートが遅れると、あとのスケジュールが厳しいし、
赤間神宮参拝だけは遅れるわけにはいかないのでしょうね。


それでも数分の遅れでスタートです。
いきなりドン・・・バーンとノロシがあがりました。
一気に雰囲気がお祭りモードに変わります。
上臈道中を見物したのは初めてです。
高い3本歯の下駄のようなものを履いて、さぞや大変なことでしょう。


しかし、道中は、行列の全てが目の前を通過するのではなく、
少し進んだだけで、その場所での「披露」は終わり、
次の地点に移動でした。

次の地点のグリーンモールはパスして、豊前田商店街に移動がてら、
途中、同時間帯に並行して行われている武者行列の最後に行われる
大歳神社階段下で行われると言う「勝どき」を見ました。
う~ん、なかなかキビシイものが。
市を挙げてのお祭りの行列にしては、チョットという感じですね。
まあ付け足しなのかもしれませんが、もう少し工夫されたほうが・・・と思いました。



そして豊前田商店街でも上臈道中を見ました。
ここでも、最初の公民館脇と同じ要領でしたね。


上臈道中見物はこの辺で切り上げて、
今度は源平船合戦です。
上臈道中が行われている間に、赤白の漁船群は彦島をグルッと
竹の子島沖を通って関門海峡の細江沖に結集です。

急いで細江から三百目の海岸に移動すると、
既に何艘かの船が集結していました。


その中に、ひときわ目を惹く御座船がいます。


そして、海岸の桟橋から次々と
武者や女官等に扮した人たちが乗り込んで
沖へ出ます・・・もとい・・・出陣していきます。

平家の武者の出陣です。


平家の御座船も出陣です。


中には二位の尼や鎧甲冑に身を固めた武者がいます。


一方、源氏方も準備怠りありません。


中には、こんな若い現代女性も乗り込んでいました。

先ほどの親切な人が
『合戦の船にはお金を払えば乗れるとか聞いた』と仰ってましたが、
そのような「関係者」なのでしょうかね。

そして源氏も旗艦の出陣です。
服装から武蔵坊弁慶と思われる人も乗っています。


そして源平両軍の旗艦同士が対峙する形で、
船合戦(パレード)の開始です。

写真はもっともっと撮ったのですが、
際限が無いので一部だけの紹介となりました。

船合戦で一つ残念なのは、船に乗っている人物が
誰であるかが陸上からはわからないのです。
単に僕の目が悪いだけかもしれませんが。

乗船している歴史上の人物名を大きなノボリ旗で掲げれば、
見物客の関心も高まるような気がするのですが・・・

全部を見物したわけではないので早とちりな点もあるだろうと思いますが、
他にも工夫すればもっと興味深いお祭りになっただろうに思った点も
いくつかありました。

機会があれば、今度は全体を鑑賞してみたいな、と思いました。

byW

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