東大阪親睦会

個人的な観点からの意見、情報、感想、思い等の記述です。

郵政民営化

2009-06-30 10:12:25 | Weblog
 郵政民営化のゴタゴタが尾を引いている。「日本郵政」の西川善文社長の進退問題から、民営化反対勢力が復活、勢いを増している。
しかしこの問題、どうもしっくりしない。しっかりと数字を出し、論理的で筋の通った議論がないからだ。

 大きな問題となったのが、「かんぽの宿」全国72施設の土地・建物代約2400億円を、オリックスへ一括譲渡額約109億円で売却するという話、その前提条件は、従業員約3240人の雇用継続を保証するというもの。なお、かんぽの宿は年間50億円規模の赤字をだしているとのこと。

 この経緯については、第三者委員会でも指摘されているように、ルールの上での西川社長の非はないとのこと。一方、鳩山前総務大臣は「2400億もの国民の財産を109億円で売却するとはどういうことか」とモラルの問題(?)として怒りをあらわにした。

 もし問題にするのであれば、政治家、専門家そしてメディアは、この査定が妥当か否かを検証し、冷静に、事実と数字、そして過去の譲渡事例を参考として議論すべきではないかと強く思う。

 過去の譲渡事例として、例えば宮崎シーガイアの場合、2000億を投資を開設されたものの、経営不振で倒産。その後、投資額のわずか8%の160億位で外資系会社に売却された。外資系会社は75億円の追加投資をし、操業再開。しかし、営業利益が黒になったのは、6年後。しかも、金融危機で再度赤字。現在、累積赤字80億円を抱えて悪戦苦闘中とのこと。
この例からもわかるように、「2400億もの国民の財産を109億円で売却するとはどういうことか」との批判は的を得ていない。何千円とする高価な書籍だって、ブックオフに売れば100円以下ってことは普通だと思うのだが。

分裂から統一へ

2009-06-24 21:04:25 | Weblog
 「混乱の時代」と言えば、いつの世にも当てはまる枕詞となりうる。国の次元で考えれば、国境の数だけ争いがあったがゆえに、現在のように世界に200もの国家に分裂したとも言える。

 「分裂から統一へ」との願いは万民が願う概念と思いきや、頑なに反対する勢力がいる。統一を警戒する一派‥‥他ならぬ多くのクリスチャン達。「神は、統一を推奨、奨励を全くしていません。聖書を一読すればわかることですが、神は「汚れたものに触れるな」と言い、アモン、モアブ等の異邦の民、また偶像崇拝の北イスラエル等との連盟、合一をユダに禁じています。」等と聖書を引用して反対する。

 彼らの最大の願いである再臨主が来られる前に、偽メシアが世界を統一し、暫くの間は「この方こそ真のメシア」であると誰も疑わない艱難の時代を通過すると考えており、今「統一」を主張する者は偽メシアに通じていると見なされる。

 聖書に記述されている混乱と闘争の終末期を、何か待ち望んでいるような雰囲気さえ感じる。本来、「分裂から統一へ」の努力に人事を尽くしてこそ、天からの導きがあると考えるのだが‥‥

グリーンニューディール

2009-06-20 13:58:32 | Weblog
 オバマ大統領の就任演説で最も注目された政策、それは米国再生の切り札として高らかに打ち出した「グリーンニューディール」である。10年間で1500億ドルのグリーンエネルギー投資を行い、500万人の雇用を生み出すというもの。
多くの評論家が絶賛し、メディアもこぞって賛同、日本でも「日本版グリーンニューディール」が必要と騒ぎ立てる。

  この政策の中核の一つにCO2の排出権取引きがあるという。CO2削減という大義名分をかざして、単に金融商品を導入するように思えてならない。
確かにこの政策によって環境バブルが到来するかもしれない。ITバブルそして住宅バブル、そして次は環境バブルを誘発させることで、この危機を脱しようと企てているのではないか。しかし、所詮はバブルであって、それが弾けた時の問題は深刻である。

 日本がこのような排出権取引きへ関与することは極力避けるべきだと考える。
またGDPあたりのCO2排出量をみると、日本を1とした場合、EU1.8、アメリカ2.2、ロシア6.0、中国10以上で、省エネは圧倒的に日本が進んでいる。
このような大きな差がある中で各国が低減目標を定め、排出権取引きを行った場合、日本が一方的に購入側に置かれるのは目に見えている。

 真にCO2低減を目指すのであれば、日本の技術を世界に展開することで、世界が日本並みの省エネ水準になることが近道ではないか。排出権取引きは、環境版サブプライムローンといっては言い過ぎだろうか。

百匹目のサル

2009-06-16 10:39:59 | Weblog
 「百匹目のサル」と呼ばれる現象が広く伝えられている。これは、宮崎県のある島にいた1匹のサルが、イモを食べる際にたまたま海水で洗い食べたところ、適度の塩味がおいしいことに気づいた。その行動を周囲のサルがたちも真似をするようになり、その数が徐々に増え、あるレベル(100匹目)に達したとき、驚くべきことにその行動は海を渡って、他の地域のサルたちも大規模的に伝播したとの現象。
概して言えば、ある文化を持つ個体の数が一定数(ここでは100匹)を超えると、その文化は繋がりのない遠くの地でも自然発生するというもの。 

 この話が、新製品やファッションの普及、イデオロギーや思想、宗教、習慣などを定着させる方法等々への教訓として引用されることが多い。

 しかしながら、このサルの逸話は全くの創造の産物で、実際に観察してみると、芋を海水で洗って食べる事を覚えた個体が出現し、長期間おこなっていたために、群れでそれを真似するものが数頭現れたという程度とのこと。

 同じような話が、「水に言葉をかけると、結晶の形がその言葉に影響される」との内容が写真と並行して語られている「水からの伝言」(江本勝 著)というベスセラーとなった書物。人の思いや心情がものにも影響を与えるとのことだが、こちらも第三者が客観的に実験をしたものの、再現することはなかった。ついに、著者も「この本は「ファンタジー」もしくは「ポエム」であり、科学ではない」と語ったとか。

 これら2つのエピソードは、「こうあってほしい」との潜在的な思いに沿った話であったがゆえに、多くの人が信用したのではないかと推測する。しかしながら、客観的観察や、現在の科学からは否定されてはいるものの、日々の生活において、ある種の教訓を得ることができたという意味で卓越したエピソードではないか。

「未納が増えると年金が破綻する」って誰が言った?

2009-06-11 22:57:04 | Weblog

 年金問題が相変わらず話題になることが多い。そんな中、「「未納が増えると年金が破綻する」って誰が言った?」と題する本が話題となり、かなり売れていると言う。
著者は経済や年金の専門家ではなく、かつて200万部超の大ベストセラーとなった大学受験用の数学参考書の著者で、若者からは絶大な支持を得ているとのこと。

 年金が破綻しない理由は次の2点である。
・国民年金保険料の未納率が40%にもなるとの数字が常にクローズアップされるが、これは保険料を直接納める農業、自営業などの第1号被保険者を母数とした割合であって、給与天引きで納めている第2号被保険者等を含めた、実際に保険料を納める対象全体からすれば、約4.8%の未納率であり、制度を揺るがすものではない。
・そもそも、「保険料を未納した人=将来年金を受けられない人=将来の年金給付に影響しない」のであり、未納率が年金制度の財政には影響しない。

 上記2点は、調査事実、および年金制度そのものを直視すれば論理的に出てくる当たり前の結論である。この当たり前のことが、ことあるごとに「年金は破綻する」と騒ぎ立ててきたマスコミの論調の異常さに今更ながら驚きを覚える。

 先の日曜朝の某報道番組でこの本が紹介され、上記2点の内容を「‥‥とこの本の著者は語っている」とあたかも著者の考えであるかのように紹介していた。考えでも何でもなく、事実および制度そのものであると思うのだが。

 さらに、この2点に真正面からは反論できないとなると、「破綻の定義があいまいだったのでは」、「制度は破綻しなくても、受け取る年金で生活できなければ、それも破綻と言って差し支えない」と論点のズレた主張が‥‥そもそも、この本の題名の如く、「破綻」を言い出したのはそちらではなかったか。


なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?

2009-06-09 15:46:36 | Weblog
 トヨタの経営哲学に“「なぜ」を5回繰り返せ”と言われるものがある。これは問題に対し、原因を5段階で追究せよとのこと。例えば、間違った部品取付け不良が発生した場合、原因を単に「人為的ミス」で済ますのではなく、さらになぜミスが起こったのか、さらにその原因は‥‥‥と5回なぜなぜ問答を繰り返すと、真の原因が明確となり、有効的な対策ができると言うもの。
このように表面的な改善に甘んずることなく、真の徹底した改善があってこそ、世界一の自動車メーカーになりえたのだろう。

 そんなトヨタも、世界的な経済危機の中で苦悩の色が隠せない。より一層の改善活動を強化していくものと思われるが、今までの延長上の改善だけではうまくいかないのではないだろうか。
「なぜ」の問いかけも、従来のように原因に対するではなく、目的を追求する方向への問い掛けが求められている。「なぜその事が問題なのか?」と問う一方で、先の例で言うならば、「何もその部品がなくても、いいのでは」「その機能は真にお客が望んでいるのか」「別の部品で機能を兼用したら」さらに進んで、「車は本当に必要なのか」「未来永劫、継続可能な車とは」等々、本質的な問い掛けに真剣に向き合う時代だと感じる。

未来は決まっている?

2009-06-04 11:04:30 | Weblog
 ここにボールが一つあり、広大な平面上に投げたとする。投げ付け角度および初速度等が分れば、このボールの1分後、1時間後さらにその以後の状態はニュートン力学にて計算可能である。
人間を含めて森羅万象は、分子、原子、素粒子という、言わばボールのようなものから構成されている。 … ならば、全ては計算でそれらの未来を言い当てることができるのではないか。もちろん、計り知れないほどのボールの数なので、その計算はどんな高性能のコンピューターでも不可能である。
しかし、それは能力が足りないだけのことで、未来は決定しているのではないか‥‥このような仮説が真剣に論ぜられる時代があったという。

 現在では、小さな世界においては、ニュートン力学が成立せず(量子力学という物理法則が適用される)、物事は確率的にしか断定できないことが判明しており、この仮説は現代物理学的には否定されている。

 ここで確率的であるということは、未来は「偶然たまたま」決まるのだろうか?「神様は決してサイコロ遊びをしない」とはアインシュタイン博士の有名な言葉である。このような信念故に、博士は最後まで量子力学を受け入れることができなかったという。

 アインシュタイン博士のこの信念は間違っていないと私も思う。量子力学でいう「確率」は「偶然たまたま」を意味するのではなく、実は神様の意思および人間の意志が、未来を決定する際に介入できることを表していると考えられないだろうか。