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多摩丘陵林住記

徒然なるままに山歩き、散歩、読書、仏教などを書いています

インド仏跡巡拝(続き)

2010年10月21日 14時28分40秒 | インド仏跡巡拝

前回の続きです。

平成20年12月13日土曜日

バスでブッダが成道の前に乳粥をいただいたというスジャータ村へ。


ブッダが成道の前に修行をした前正覚山がかすんで見える。

村の子供たちが何人もついてり金品をねだる。
学生だという若者が日本人が作った子供達のための学校に寄付をしてくれと言ってついて廻る。

・その後バスでラージギル(王舎城)へ。この地からブッダ最期の旅が始まる。

王舎城の城壁

ブッダが説法をされ、法華経の舞台にもなった霊鷲山へは、リフトで隣のチャタギリ山に登りそれから下って行った。

霊鷲山へ登る途中にあるアーナンダが瞑想をしたという洞窟


霊鷲山の頂上近くの鷲の岩(これから霊鷲山:鷲の峰の名前となる)

霊鷲山の頂上で花を捧げる。スリランカ、タイ等からの巡礼が多い。この日は日本からの
人は見かけなかった。

その後ナーランダ大学跡の見学に行く。ブッダの時代はまだ大学はなかった。



龍樹が講義をし、その後玄奘三蔵も学んだというナーランダ大学跡

その後パトナへ行き宿泊

平成20年12月14日日曜日
朝から、パータリ村へ


古都パータリプトラ跡

午後から自由行動となり、我々はブッダが最期の旅でガンジス川を渡った場所を探してパトナの街を歩き回る。
ホテルで聞いたり、町の人に聞いたり、オートリキシャの運転手に聞いたりするが誰もわからない。とにかく川の流れの方向に街中を歩いて行きやっと街の人がゴータマの渡しとよんでいるそれらしき所に着く。今は誰も見かけないさびしげな所である。それでもここがブッダが最期に渡られた所だと思うと感慨ひとしおである。
ブッダ最期の旅で渡ったゴータマの渡し(と思われる)

帰りはパトナの雑踏の中を牛の糞をよけながら4,5kmをホテルまで歩いて帰る。無事、帰えれてほっとする。
パトナ連泊。

平成20年12月15日月曜日
600出発。パトナ市街を通り、7kmあるマハトマガンジー橋を渡り、でヴァイシャリー(ヴェーサーリー)へ。ここでブッダは身、受、心、法の大念住経の教えを修行僧たちに告げられたと大パリニッパーナ経(中村元訳)に出ている。

その後、世界最大の仏塔があるケサリアへ。仏像の首が取れているものが沢山ある。イスラムによる破壊とか。

平成20年12月16日火曜日

600出発でクシナガルへ。涅槃像、涅槃堂を見るが霧が深い。天候的には2月が一番良いとのこと。荼毘塚、沐浴のヒラニヤバスティー川を見る。物乞いの子供たちが多い。


クシナガル涅槃像

・菩提樹で作った数珠を6本で1ドルで買う。立派な数珠なのにこんなに安くてよいのだろうか。

ここまでがブッダ最期の旅の行程。

陸路ネパールに入りブッダ誕生の地ルンビニに向かう。霧が深く、遠景が見えない。


一通りの入国審査がある。1時間ほど待たされる。
ネパールの兵隊さんが警戒している。


ブッダ誕生の地にある五戒の偈

不殺生戒、不偸盗戒、不邪淫戒、不妄後戒、不飲酒戒のことであるが写真が見えづらいので英文を写して書くと
I observe ,refraining from killing any living beings.
I observe ,refraining from taking what does the owner not give.
I observe ,refraining from committing sexual misconduct.
I observe ,refraining from telling lies.
I observe ,refraining from taking any intoxicant or drug.とある。
興味があるのは文頭が全部I observeで始まっていることである。やはりブッダの最初の教えは観察すること(気づいていること)から始まるということであろう。

ネパールは政情不安定で海外安全情報でも要注意の土地であるのでルンビニ見学の後、宿泊せずにインド側に戻る。

この日はインドの昔マハラジャの別荘であったホテルに泊まる。
夕食にユーラシア旅行者の平元さんが作ったソーメンが出る。久しぶりの日本食に皆感動する。夜、ガイドのアローラさん主催のキャンプファイヤがある。酒も入り、インドの田舎の夜、マハラジャの別荘で幻想的な炎の光の中、この世のものでないような雰囲気に酔いしれたひと時であった。

平成20年12月17日水曜日
ブッダが育ったカビラ城が有ったとされるピプラハワ見学。カビラ城の候補はもう一つネパール側(カビラバットゥ)にもあるがどちらが本当かまだ結論は出ていないようである。どちらもブッダゆかりの地らしい。

カビラ城(ピプラハワ)

平成20年12月18日(木曜日)
昔のコーサラ国の祇園精舎(サヘート)、舎衛城(マヘート)に行く。ブッダはこの地で一番多く滞在され説法されたという。



サヘートで儀式をしているスリランカ?からと思われる僧。


祇園精舎の鐘。この鐘は日本から送られたもの。ブッダの時代に鐘はなかった。

この後、午後から、ラクノーに行き宿泊
ラクノーは人口250万、UP州の州都。アンベートガルさんの銅像あり。

平成20年12月19日金曜日
サーンカーシャへ。
アグラ泊

平成20年12月20日土曜日
アグラ城、マトゥーラ博物館見学
デリー空港より19:50 JL472で成田へ。

平成20年12月21日日曜日
・少し遅れて日本時間7時に成田に到着する。帰りは7時間位のフライトで行きより2時間ほど所要時間が短い。


インド仏跡巡拝

2010年10月16日 16時06分04秒 | インド仏跡巡拝

2年ほど前にブッダの最後の旅を辿るインド・ネパールの旅をしたので記憶が薄れないうちに書いておこうと思う。

旅行はユーラシア旅行社が企画した”インド八大仏跡と3大美術館13日間”というツアーで、参加者はわれわれ夫婦二人を含め合計7名で、お互いに初対面の人たちであった。

平成20年12月9日火曜日
・予定通りのJL471便11:00成田発でインドのデリーに向かう。
・東京とデリーの時差は3時間半。17:50デリー着。シーク教徒で髭を生やし立派なターバンを巻いたガイドのアローラさんと会う。ヒンディー後、英語、日本語が出来る。この人に最後まで案内と説明をしてもらう。空港で6000円をルピーに交換する。1ルピー2円。ミネラルウオーターを買うくらいでほとんどお金は要らないらしくこれだけで13日分として十分だそうである。ただし、現地の水は厳禁なので一日一本のミネラルウオーターがユーラシア旅行者から出るのでほとんどお金は使わない。
この日はそのままアショカカントリーリゾートホテルにバスで行き一泊。
平成20年12月10日水曜日
・6:55発のIT601(インドのキングフィッシャー航空)でコルカタへ。
着後コルカタ観光。ジャイナ教寺院とマザーテレサの家、ヴィクトリア記念館、インド博物館等を見る。

マザーテレサの家では建物の中にあるマザーテレサのお墓の前で尼さんたちが熱心にお祈りを捧げていた。

 コルカタの町の雑踏には圧倒される。リキシャが多い、埃ぽい、騒音、排気ガス、汚れて見える服装、何をとってもびっくりする。野良牛、野良豚、野良ヤギなんでもいて道路を歩いている。道路に糞が落ちているので注意して歩かないと大変な目にあう。

ムンバイのテロの後だったのでコルカタ市内のチョロンギ通りの爆弾テロが予告されていて気になったが何事もなくほっとする。

・19:40コルカタのハウラー駅から夜行列車に乗りベナレスに向かう。
定刻発車。2等寝台車で日本のブルートレインとよく似ているが整備が悪く壊れているところが多い。
社内のトイレは西洋式とインド式があるが意外とインド式は清潔である。和式と似ているが向きが反対になる。

窓には鉄格子がついていてさらに外は照明が全くなく、真っ暗で何も見えない。
車内では食べ物を売って廻っていたが、日本人の感覚から言うとちょっと衛生上食べる気がしない。

平成20年12月11日木曜日
・7時、1時間遅れでベナレスのダラムサライ駅に到着する。ポーターがスーツケース2個を頭に載せて運ぶ。30kg以上は有るだろうにたいしたものだ。

真ん中の髭の人がガイドのアローラさん。

・バスでサールナートに向かうが霧が濃い。この地方の12月は乾季ではあるが霧が多いそうである。仏跡巡拝のベストシーズンは2月ということらしい。サールナート見学を午後に廻す。
ホテルで朝食。10時半からリキシャでベナレスの町を見学する。

午後14時半からサールナートへ。ダメークストゥーパ、ムルガンダクティーストゥーパ等を見る。ここでブッダ、初転法輪を行い阿若憍陳如(アニャキョージンニョ)を度される。


ブッダ説法の地;サールナート鹿野苑

平成20年12月12日金曜日

・早朝ガンジス川へ。ボートの上から沐浴を見る。


ガンジス川に朝日が上がっているのが見える。

・帰りがけにヒンドゥーとイスラムが係争している寺院を遠くから見学。警戒が厳重で入り口で持ち物をすべて預けさせられる。

・ホテルに帰ってから朝食。その後、バスでブッダガヤへ。途中昼食はホテルからの弁当をバスの休憩所のような所で食べる。
量が多くて食べきれない。チャイを飲む。
日本人が珍しいらしく、子供たちが集まってきて遠巻きに見ている。ニコニコしてかわいらしい。

一人分残したのがもったいないので失礼だが現地の子供たちにあげて良いかとガイドさんに聞くと、喜ぶのであげてくれということであった。

ブッダガヤについて一旦ホテルに入り、夕方からマハーボディー寺院を見学する。
金剛宝座と菩提樹の木を確認する。

この菩提樹の下でブッダは悟りを開かれたという。今は金剛宝座として飾られていて近づけない。遠くから写真を撮る。

優食後、激しい下痢になる。何が悪かったのか判らないが、多分、昼食の弁当であろう。夕食は少なめにする。子供たち大丈夫だろうか。聞くと現地の人は大丈夫らしい。

続きは次回に書きます。