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多摩丘陵林住記

徒然なるままに山歩き、散歩、読書、仏教などを書いています

正法眼蔵 生死4

2011年09月22日 08時25分33秒 | 正法眼蔵

前回にひき続き正法眼蔵生死の4回目です。

                

「佛となるにいとやすきみちあり。

もろもろの悪をつくらず、生死に著するこころなく、一切衆生のために、あはれみふかくして、かみをうやまひ、しもをあはれみ、よろづをいとふこころなく、ねがふこころなくて、心におもふことなく、うれうることなき、これを佛となづく。またほかにたづぬることなかれ。」

  

ここのところは非常にやさしい文章で書かれていますので現代文に直す必要もないかもしれませんが、あえて書いてみますと、仏になるのに非常にやさしい道がある。もろもろの悪をつくらず、生死に執着する心がなく、一切の生きとし生けるものに慈悲深くし、上位の人を敬い、下位のひとを慈しみ、全てのことを嫌うことなく、願う事もなく、心に思うことなく、憂うることがないこと、これを仏と名づける。又ほかに尋ねてはならない。

  

即ち、仏になるのには哲学的な難解な事を思考することが必要なのではなく、日常の行いにおいて、悪いことをせず、全てに執着せず、慈悲深く、人を敬い、嫌わず、願わず、頭で考えず、心配しないこと、これらの事で仏になるのです。

 

そんなはずはない、仏とはもっと高尚な何かがあるはずだなどと決して思ってはならない。とこのように道元禅師は言われております。

  

まことに、仏とはこのような日常の行いにより自ずと現れるものであり、哲学的思考の結果得られるものでは決してないものであります。

 

しかしここで、坐禅を一途に指導された道元禅師の教えにしては少しばかり腑に落ちないのは上記の“いとやすきみち”中に坐禅がはいっていないことであります。

 

この理由を考えてみますと、この正法眼蔵生死が出家者ではなくて在家者もしくは宗旨の違う出家者を対象に書かれたことにあるのでしょう。もしくは道元禅師としては、坐禅は当然のこと、言うまでもない事だからかもしれません。

又坐禅そのものが仏の現れた姿でありますから、上記の“いとやすきみち”を行えば坐禅と同じことですよと言われているのかもしれません。

 

いずれにしても“いとたやすきみち”とは言っても、この一つ一つを実際にはどのようにすればよいのか、簡単なことではないでしょう。寝転んでいて出来ることではありません。

 

そこでやはり、坐禅等の仏道修行をベースにして生活をすることにより、日常生活全体を整え、身と心で無常を感じ、現在の瞬間の一瞬一瞬を肯定出来るようになれば、結果として自ずと“いとやすきみち”のすべてが完成してくるものではないでしょうか。即ち、“いとたやすきみち”といっても“修せざるにはあらわれず”(正法眼蔵弁道話)という事であり、そしてこの事は単に生死に対してのみならず、人生の四苦八苦のすべに対して言えることだと思います。 

正法眼蔵生死終わり

年号不記

                    

 

願わくは此の功徳を以て普く一切に及ぼし、我等と衆生と皆共に佛道を成ぜんことを。

十方三世一切佛

諸尊菩薩摩訶薩

摩訶般若波羅密

 

 

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正法眼蔵 生死1

正法眼蔵 生死2

正法眼蔵 生死3

正法眼蔵 生死4

正法眼蔵 生死全文 

 

 

 


正法眼蔵 生死3

2011年09月21日 09時21分11秒 | 正法眼蔵

前回にひき続き正法眼蔵生死の3回目です。

 

  

 

もし人、生死のほかにほとけをもとむれば、ながえをきたにして越にむかひ、おもてをみなみにして北斗をみんとするがごとし。いよいよ生死の因をあつめて、さらに解脱(げだつ)のみちをうしなヘり。」

  

もし人が、生死という現実とは別に何か仏という素晴らしいものがあって、それを求めてあれこれ考え、思い悩み、努力をするというような事であれば、それは牛車の引棒を北に向けて南方の越に向かったり、顔を南にして北極星を見ようとするような見当違いのものである。

 

そのような事をすれば、ますます生死に拘るという悪い原因を集めて、返って悟りの道を失ってしまうのである。

 

「ただ生死すなわち涅槃(ねはん)とこころえて、生死としていとふべきもなく、涅槃としてねがふべきもなし。このときはじめて、生死をはなるる分あり。」

 

ただ、生きる時は生きることのみ、死ぬ時は死ぬことのみ、即ち、現在の瞬間、瞬間に生きることのみに徹する事、その事こそが悟りであると心得て、生死を忌み嫌って遠ざけようとしてみたり、逆に、生死を渇望したりするべきではない。この時初めて生死の悩みから離れられるのである。

 

「生より死にうつるとこころうるは、これあやまりなり。生はひとときのくらゐにて、すでにさきありのちあり、かるがゆゑに、仏法のなかには、生すなはち不生といふ。

滅もひとときのくらゐにて、またさきありのちあり、これによりて滅すなはち不滅といふ。」

 

普通、我々は時間というものは書いた矢印のように連続的に流れるていると考えていますが、仏教では時間は瞬間、瞬間の繰り返しのもので、前の瞬間と次の瞬間は独立していてそれらが連なっていると考えます。丁度、映画のフィルムの一コマ、一コマのようにです。

 

従って生きている状態から死んでいる状態に移っていくと考えるのは間違いであって、生きていることは一つの時点における瞬間の状態であり、その前の瞬間の状態もあれば、その後の瞬間の状態もある。それ故に、仏教では、生は生限りであり、何かから生が発生したり、生が死に変わっていくのではない。そういう意味で、生すなわち不生というのである。

 

又、死ぬことも一つの時点における瞬間の状態であり、その前の瞬間の状態もあれば、その後の瞬間の状態もある。ゆえに滅は滅かぎりであり、生から滅に変化していったりするわけではないという意味で不滅という。

 

「生といふときには、生よりほかにものなく滅といふときは、滅のほかにものなし。

かるがゆゑに生きたらば、ただこれ生、滅きたらばこれ滅にむかひてつかふべしといふことなかれ、ねがふことなかれ。」

 

生というときには、生に徹しその他に何も考えることはない。死というときには死に徹していればよい。故に、生が来たならば、ただひたすら生きるのみ、死が来たならば、ただひたすら死に没頭すればよいのであって、死に向かって何かをしようとか、死を願ったりしてはいけない。

 

「この生死は、すなはち佛の御いのちなり、これをいとひすてんとすれば、すなはち佛の御いのちをうしなはんとするなり。

これにとどまりて、生死に著すれば、これも佛のいのちをうしなふなり。佛のありさまをとどむるなり。」

 

この生死、即ち生きたり、死んだりする事が仏そのものです。それなのに、生き、死にから解放された所に仏があるはずだと思いこんで他に何かを探し求め、現実の生死を嫌いて捨てるような事をしようとするならば、それは仏の命を捨てることになる。

 

また逆に、仏という抽象概念に留まっていつまでも生死に拘っているならば、これも仏の命を失うことになる。要するに、仏のあり様即ち無常を感得し、現在の瞬間の一瞬・一瞬を肯定し受け入れる事が大切である。

 

           

 

「いとうことなく、したふことなき、このときはじめて、佛のこころにいる。ただし心をもてはかることなかれ、ことばをもていふことなかれ。」

 

厭い嫌うことながなく、渇愛することがないならば、このとき初めて仏の心にはいります。ただし、心で思い計り、言葉で言う事をしてはいけない。

 

「ただわが身をも心をも、はなちわすれて、佛のいへになげいれて、佛のかたよりおこなはれて、これにしたがひもてゆくとき、ちからをもいれず、こころをもつひやさずして、生死をはなれ佛となる。たれの人か、こころにとどこほるべき。」

 

普通は禅は自力、念仏は他力と言われたりしますが、ここの文章は禅の道元禅師のものとは思われないくらい他力的な表現になっています。

 

確かに道元禅師は本当の坐禅を初めて中国から日本にもたらされた方で坐禅以外は仏教ではないというような事も言われています。

 

例えば、若いころ書かれた正法眼蔵弁道話では念仏について「おろかに千万誦の口業をしきりにして、仏道にいたらんとするは、なほこれながえをきたにして、越にむかわんとおもわんがごとし。又、口声を暇なくせる、春の田のかへるの、昼夜になくがごとし、ついに又益なし。」と書かれ強烈に批判されています。

 

しかしながら、この生死の巻ではまさに浄土真宗の親鸞聖人の言葉のような文章になっています。自力、他力というと全く方向の違うお互いに相容れない考え方のように思われますが、少なくとも道元禅師の晩年の思想としては自力、他力を超えた大いなる仏のいのちについて親鸞聖人と共通の境地におられたのであろうと思います。

 

蛇足になりますが、道元禅師(1200-1253)と親鸞聖人(1173-1262)は同じ時代を生きられた方なので二人の出会いはあったのかというのが興味のあるところです。

 

一般的には自力の道元禅師と他力の親鸞聖人は、水と油で会ったことなどはないという事になっていますが、実はこの正法眼蔵の生死の巻は、道元禅師が白子の浜(浜子)で親鸞聖人に法を説いたことがあり、その時に書かれたものだという説もあります(正法眼蔵啓迪、西有穆山)。この白子の浜(浜子)が現在のどこかは解りません。三重県と千葉県に白子の浜という所があるのですが。

 

又、道元禅師は秦野義重の寄進により越前に永平寺を開かれますが、秦野義重の嫡男、秦野親性は始め道元禅師に師事しましたが、後に親鸞聖人の教えに出会い帰依し永平寺の近くに精舎を構え本覚寺と称し広く念仏を称揚した事もあるとのことで、この縁により道元禅師と親鸞聖人との出会いもあったのではないかとの話もあります。いずれにしても確かな資料は現存していないみたいです。

 

本文に戻って、自分の体の事も心の事も考えることを止め、心配事があっても楽しいことがあっても、厭だとか、良いとか思わずに、すべて仏の家に投げ入れて仏にすべてお任せする。

 

すべての事について仏の方から働きがあり、それに従って生活するとき、力をも入れず心を煩わすことなく、生死を離れて仏となることができる。誰が、頭で考えて抽象的、概念的な仏というものに執着して良かろうか。

 

           

次回に続きます。

 

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正法眼蔵 生死1

正法眼蔵 生死2

正法眼蔵 生死3

正法眼蔵 生死4


正法眼蔵 生死2

2011年09月20日 08時50分11秒 | 正法眼蔵

前回に引き続き正法眼蔵 生死の2回目です。

「生死の中に佛あれば、生死なし」

まず、この最初の文だけでは、たいていの人は何を言っているのか分からないのではないでしょうか。

 

「生死」とは何か、「仏」とは何かということでしょう。

生死とは、生まれること、生きること、死ぬことであるのは当たり前のことですが、解らないのは仏あれば生死なしですね。仏があれば生まれること、生きること、死ぬことがないとは一体何を言っているのか。

 

それで、問題は仏とは何かです。日本では亡くなった人のことを仏という事がありますが、ここでは、そういう事ではなく悟りということでしょう。

 

では、悟りとは何か。ここが仏教の一番大事なところですが、仏教の長い歴史の中でいろいろのお祖師様達がそれぞれご自分が長い時間をかけ苦労して感じ取られた悟りの内容を自分の言葉で表現されていますが、そもそも悟りなどというものは言葉で表現できるものではない、即ち、言葉で表現した途端に悟りから離れるというような性格のものですから、最初は言葉を拠り所としないわけにはいかないのですが、最後には言葉を離れて体全体で感じ取るしかないものなのだと思います。

 

しかしながら敢えて簡単に言ってしまえば、道元禅師も学道用心集や正法眼蔵随聞記などで述べられているように、悟りとは無常を身心で観じ取る事と言っても良いのではと思います。

 

次に「生死なし」ですが、ここの生死は文頭の生死とは違って生の苦しみ、楽しみ、死の苦しみ、死の恐怖、死の渇望、などの事と思えばよいでしょう。このように同じ文章の中の同じ言葉が違った意味で使われるのは道元禅師の書物の中ではよくあることです。

 

そこで、「生死の中に佛あれば、生死なし」とは、人が生まれ、生き、死ぬ中で、この世の中の全てが移り変わるものであり、変化しないものなど何もない、即ち全てが無常ということを体と心全体で本当に納得出来れば、生の苦しみ、楽しみ、死の苦しみ、死の恐怖、死の渇望から解放されるということでしょう。

 

さらに言えば、死の恐怖、死の苦しみの中にあっても、無常を感じ、全てのことが移り変わりゆくものであり執着するほどのものは何もないと思う事が出来、今ある現実をすべて肯定出来るのであれば、苦しみから解放されるということではないでしょうか。

 

尚、「あれば」という単語は古文では已然形ですので、仮定の意味で使うならば「あらば」ではないかと考える人もあるかと思いますが、鎌倉時代の已然形は仮定の意味でも使われますので「あれば」を「あったなら」と解釈してよいと思います。

   

次に、「またいわく、生死の中に佛なければ、生死にまどわず」ですが、前の文の「生死の中に佛あれば生死なし」との比較でいえば、「生死の中に佛なければ」生死ありとなってしまい、生の苦しみ、死の苦しみから解放されない、即ち生死にまどうのではないかと思うのが普通ではないでしょうか。

 

この文では「生死にまどわず」となっていますから全く逆の事を言っているように思えます。前者が夾山(かっさん)、後者が定山(じょうさん)という人が言った言葉ですから、二人の考え方が逆だったということでしょうか。

 

しかし、それは違います。この「佛なければ」の佛は「佛あれば」の佛と違った意味でつかわれています。「佛あれば」の方は先にも書いたように、悟り即ち無常を体と心で完全に納得出来た人の意味ですが、「佛なければ」の佛は、佛とは何か、悟りとは何かというような事を頭で概念的に捉えようとああでもない、こうでもないと考え、思い煩い、なんとか悟りを得たいと執着していることを言っています。

 

即ち二つの佛は違った意味で使われていて、前者は無常を体と心で完全に納得した人の意味で、後者は頭で概念的に悟りとは何かを考え、探求している人の意味で使っています。

 

従って、「佛なければ生死にまどわず」とは頭で言葉を使って抽象的・概念的に佛を理解しようと努力するようなことを止めれば、生は楽しい、死は恐ろしいと思う事から脱却して穏やかな気持ちで生死を受け入れることが出来ると言われているわけです。

 

「こころは夾山(かっさん)・定山(じょうさん)といはれし、ふたりの禅師のことばなり。

得道の人のことばなれば、さだめてむなしくまうけじ。生死をはなれんとおもはむ人、まさにこの旨をあきらむべし。」

 

この言葉は夾山(かっさん)定山(じょうさん)と言われた二人の禅師のことばで、道を得たひとの言葉なのでけしていい加減な言葉ではない。従って、生死という事から離れようと願う人は、この言葉の意味を明らかにしなければならない。

 

尚、夾山(かっさん)は中国広州の禅師、881年死去、77歳、定山(じょうさん)は同時代の禅師で伝記不詳。

 

結局、このお二人の言われていることは一見逆のように見えますが、使われている佛の意味が異なっている事、即ち一方は本当の佛の事、もう一方は佛を抽象的・概念的に頭で考える事ということなので、その事を考慮すると二人の言葉は全く同じことになります。

次回に続きます。

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正法眼蔵 生死1

正法眼蔵 生死2

正法眼蔵 生死3

正法眼蔵 生死4

 


正法眼蔵 生死1

2011年09月19日 10時40分53秒 | 正法眼蔵

道元禅師によって書かれた正法眼蔵生死を解りやすく注釈を付けながら読んでみたいと思います。

  

この生死の巻は、95巻本正法眼蔵の92番目に当たるもので道元禅師の比較的晩年に近い時期に書かれたものと思われます。

 

ひらがなを多く使い、もちろん古文ですが、難解な正法眼蔵の中では比較的やさしい文章になっています。

しかし内容は仏教における生死とは何か、さらには悟りとは何かを示す大変重要な巻であると思います。

  

それでは、まず原文をそのまま通して以下に書きます。

尚、原文は分かり易いように「青字」で記入いたしました。

 

 

    

 

 

「生死の中に佛あれば、生死なし。

またいはく、生死の中に佛なければ、生死にまどはず。

 

こころは夾山(かっさん)・定山(じょうさん)といはれし、ふたりの禅師のことばなり。

得道の人のことばなれば、さだめてむなしくまうけじ。

生死をはなれんとおもはむ人、まさにこの旨をあきらむべし。

 

もし人、生死のほかにほとけをもとむれば、ながえをきたにして越にむかひ、おもてをみなみにして北斗をみんとするがごとし。

いよいよ生死の因をあつめて、さらに解脱(げだつ)のみちをうしなヘり。

 

ただ生死すなわち涅槃(ねはん)とこころえて、生死としていとふべきもなく、涅槃としてねがふべきもなし。

このときはじめて、生死をはなるる分あり。

 

生より死にうつるとこころうるは、これあやまりなり。

生はひとときのくらゐにて、すでにさきありのちあり、かるがゆゑに、仏法のなかには、生すなはち不生といふ。

滅もひとときのくらゐにて、またさきありのちあり、これによりて滅すなはち不滅といふ。

 

生といふときには、生よりほかにものなく滅といふときは、滅のほかにものなし。かるがゆゑに生きたらば、ただこれ生、滅きたらばこれ滅にむかひてつかふべしといふことなかれ、ねがふことなかれ。

 

この生死は、すなはち佛の御いのちなり、これをいとひすてんとすれば、すなはち佛の御いのちをうしなはんとするなり。

これにとどまりて、生死に著すれば、これも佛のいのちをうしなふなり。

佛のありさまをとどむるなり。

 

いとうことなく、したふことなき、このときはじめて、佛のこころにいる。ただし心をもてはかることなかれ、ことばをもていふことなかれ。

 

ただわが身をも心をも、はなちわすれて、佛のいへになげいれて、佛のかたよりおこなはれて、これにしたがひもてゆくとき、ちからをもいれず、こころをもつひやさずして、生死をはなれ佛となる。たれの人か、こころにとどこほるべき。

 

佛となるにいとやすきみちあり。もろもろの悪をつくらず、生死に著するこころなく、一切衆生のために、あはれみふかくして、かみをうやまひ、しもをあはれみ、よろづをいとふこころなく、ねがふこころなくて、心におもふことなく、うれふることなき、これを佛となづく。

またほかにたづぬることなかれ。

 

正法眼蔵生死

年号不記」

 

                     

以上が正法眼蔵生死の原文です。

 

以下注釈を付けながら読んでみたいと思います。

正法眼蔵は古来難解な書物として有名ですが、なぜ難解なのか。

 

理由は二つあると思います。一つは道元禅師の言葉の使い方が、一般人が使う言葉の意味から離れている場合があったり、同じ言葉を違う意味で使ったりしておられるからだと思います。これは別に奇をてらってそうされているわけではなく、悟りの境地を表現するにはこのようにするしかないという事でしょう。

 

もう一つは、仏教でいう悟りの内容が、世俗の人が頭で考えている事と全く違うので、悟りの内容を経験した人でなければ単に書かれた文字を見ただけではなかなか実感として感じることが出来ないという事でしょうか。

 

そのような理由で正法眼蔵は難解であり、又一方で、仏教は頭を使って理解したり、理屈をこねるというようなものではなく直観で感じるものだとも言われますが、読んでみなければさっぱり進まないので、取りあえず、頭を十分使って理屈を駆使して解釈をしてみます。

                               

 

次回に続きます。

 

 

 

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正法眼蔵 生死1

正法眼蔵 生死2

正法眼蔵 生死3

正法眼蔵 生死4

正法眼蔵 生死全文