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いづみかほるの様々な想い(世のファミリーをテーマにエッセイ風に綴っています)

父の他界した日

2007-08-16 19:35:12 | エッセイ風
41年前の8月16日父は倒れその2週間後に他界しました。
下記は、8歳だった当時の自分の目線で思いをつづったものです。
その前後も含め88枚の中の一部です。
10年位前に書いたものですが、勇気を出して短期間掲載しようと思います。
編集前の原稿のままです、ご了承ください。

***************************************   



お父さんの死
 お父さんが倒れてからちょうど二週間たった夜中のことでした。
「ひろちゃん、ひろちゃん、起きて」   
 床屋のおばさんの、やけにやさしい声で目をさましました。
「お父さんがね、少し悪いらしいから今から病院に行こうね」
(こんな夜中にどうして……? )
 目をこすりながら、おばさんに言われるままに起き上がりました。
夜中なので静かなのですが、床屋のおじさん
や病院に行ってるはずのお母さんがてきぱきと動きまわっています。たまにふたりで何やらぼそぼそと話したりしていて、ひろみには何だか気になるふんいきです。
やっと着替えおわって外にでると、床屋のおじさんがせっせと自転車に空気を入れていました。
「お母さんは?」
「お母さんは家に…毛布をね…取りにいったよ…」
 おじさんはひろみの顔を見てくれません。
「ふ~ん……」             
(どうして?…毛布なんか? )  
 と不思議に思いながら店のガラスによりかかっていました。すると突然おじさんが大きなせきばらいをひとつし、思いっきり空気を吸った感じで
「お父ちゃん死んでしまった!…ハハハ」
 びっくりするような言葉を、やっぱりさっきと同じように顔をいっさい見ないで言いました。
「うそうそ!何言ってるの?」
 あまりにもおじさんが明るいのでひろみはもちろん信じていませんでした。
おじさんは、それきり何も言わなくなりました。
そこへ、毛布を抱えてお母さんが帰ってきました。
ひろみはすぐに 
「お母さん!おじさんったらねえ、お父さんが死んだなんて言うんだよ!まったく! 」
 っと、とんでもないことを言うおじさんだとばかりに笑いながらいいつけました。ところがお母さんはちっとも笑いません。
「うそだと思った?さあ、この毛布持ってお母さんのうしろに乗りなさい」
 ひろみは黙って、渡された毛布を抱えて自転車のうしろにまたがりました。     
自転車は、静かな町をゆっくりと走り始めました。ひろみは、お母さんの背中に顔をくっつけてボ―ッとしていました。
「お兄ちゃんは先に行ってるからね…その毛布…お父さんにかけてあげてね…」
「いや…!」
「かけてあげな…ね!…」
(本当…!? お父さんが…死んだ…? )
自転車の電気の音が“ジージー”っと気味悪く聞こえています。      
生暖かい風も気持ち悪く感じられました。
病室の前までくると、ひろみは急にドキドキしてきました。
(このへやに死んでいるお父さんがいる?)
お母さんがドアをあけてくれました。お父さんの足がすぐに目に入りました。     
ひろみは、みんなにわからないようにそっとお父さんの足をさわってみました。
(つめたい…! )
「ひろちゃん…こっちへ来てごらん」  
 枕元にいるお母さんが呼びました。   
ひろみは毛布を抱えたまま、ゆっくりと枕元にすすみました。
そこにはお父さんの真っ白い顔がありました。
(死んでいる顔?もう動かない!? )
 ひろみは、じい―っと見つめていました。
「その毛布、貸してごらん」
 お母さんはひろみの抱えている毛布を受け取り、お父さんにそっとかけてあげました。    
おじさんやおばさん達のすすり泣く声が聞こえてきました。
「ひろみ、眠いだろう?そのベッドに横になりなさい」
 栄町のおばさんが目にハンカチをあてながら言いました。
他のおじさんやおばさん達もみんなそれがいいそれがいいと言うので、ひろみは窓ぎわのベッドに横になりました。
 その時、床屋のおばさんとおじさんが病室に入ってきました。おばさんは様子を見るなり枕元に走ってゆき
「おおちゃああああ! 」
 と大きな声で叫び、泣き始めました。
(しんだ…お父さんはやっぱり死んだ……)
 ひろみは、うつぶせでじっとお父さんをながめ続けました。
窓の外からは、あいかわらず虫達の騒がしい鳴声が聞こえています。
「あの虫の声がねえ……」
 お母さんはそこまで言うと、目からほろっと涙をこぼし
「あの鳴声が…さぞかしうるさかったろうねえ…」
「……」
「何度もおいはらいに草むらに行ったけど…私が草むらにいる時は静かだけど離れればまたすぐにうるさくなってしまい…私がずっと草むらの中にいれればいいがそういうわけにもいかなくてね…」
 そう言うとお母さんは、お父さんの髪の毛をそうっとなでました。         
「……」
 そこへガチャっと激しいドアの音をたてて人が入ってきました。白い服を着ているので看護婦さんのようにも見えますが、何をする人なのかさっぱりわかりません。その人は手に何かを持ってお父さんにツッツッツッと近づいてきました。  
(なんだろう……!?)
「脱脂綿入れますので! 」
 その人はそっけなくそう言うと、お母さんのやさしくかけた毛布をサッとはぎ、お父さんの右手と左手の指を乱暴に、そしてものすごい早さで組ませました。
(お母さんがやさしくかけてあげた毛布を!……脱脂綿って?あの人これからいったい何をするつもりなんだろう……??)
 ひろみはドキドキしていました。
「すぐ終わりますから」
 その人はあいかわらず無愛想に言うと脱脂綿を何とお父さんの耳の中につめ始めました
(あ!お父さん!)
 心の中で叫びました。
(早く起きないと!どんどんつめられちゃう
!……! )
 ひろみは泣きたくなっていました。
その人はとにかくすごい乱暴でした。耳がおわると鼻、そして口の中までどんどんつめこんでいってしまいました。
(あんなことして、もし本当に死んでなかったら生き返ることができない…本当に死んでしまう! )
その人は顔色も変えず、まるでお父さんを物のようにあつかい、タッタカタッタカと脱脂綿を奥のほうまでつめこんでいってしまうのです。
(お父さんは人形じゃない!もっとやさしくしてあげて! )
 心の中で叫びました。         
そしてその人をぐっとにらみつけました。 
でも、その人はどんどん続け、最後にはおしりの穴にまでぐいぐいつめて、さっさと出ていってしまいました。
 お母さんは、乱れたお父さんの寝巻をていねいに直してあげ、毛布をゆっくりとかけ直しました。急にひろみはジュワ―ッと体が熱くなり、目の中は涙でいっぱいになってゆきました。
窓のほうに寝返りをして、みんなにみられないようにかくれて涙をふきました。
「しんだ…もうお父さんはいない……あしたも…あさっても……! 」
 ひろみは、声には出さないで口の中でそうつぶやきました。
 おそうしきには、遠くからしんせきがいっぱい来ました。お経が始まるとひろみは、おばさんやおじさんの顔をはしからずっとながめてゆきました。途中でせきばらいをして鼻をすするおじさん、何度も何度もハンカチを目にあてているおばさん、隣では目を真っ赤にさせているお母さんが、鼻の穴をぷかぷかさせて涙をこらえています。それを見てひろみは急にたまらなくなり、座布団のすみずみについているヒモをつかんで涙をこらえていました。
 目の前の大きなお父さんの写真がやさしくみつめていました。
『ひろちゃん、そう泣くなよ』      
 そう言っているようにみえました。
(お父さんともう話すことができない…畑にももう行けない…いっしょに何もできない……)
そう思ったら目にどっと涙があふれ、もうどうしようもありませんでした。           
お経もおわり、お父さんを火葬場に運ぶという時、お母さんは鏡台の前で座り込んでいました。
「みんなといっしょに行かないの?」
 ひろみが小さな声で聞きました。
「ひろちゃん行きたいかい?」
「お母さんが行かないなら行かない」
「お父さんが焼かれるのは悲しいから…お母さん行かないよ」
「じゃあ、わたしも…」
「じゃあ…ふたりでまってよう…」
 そう言うとお母さんは、鏡台の引き出しからほほべにを出し、ひろみの青白い顔にそっとぬってくれました。
 骨になったお父さんが帰ってくると、もっと悲しい気持ちになりました。おじさんやおばさん達は、お酒やご飯を食べながらお父さんの話しをあれこれとしていました。
「いい人をなくしたねえ」
「本当に…」
「あんなにいい人はめったにいない」
「穏やかなお人だった」  
へやのすみのテープレコーダーからは、お父さんのうたう浪曲が繰り返し流れていました。
柱時計が力なくボーンボーン……と八回なりました。庭のほうからはカエルの声がゲロゲロと悲しく聞こえていました。

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公式HPはこちら いづみかほるのひとりごとサイトです。


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