たかが親子されど親子、そして兄弟そして夫婦そして自分

いづみかほるの様々な想い(世のファミリーをテーマにエッセイ風に綴っています)

父の命日

2007-08-31 08:41:33 | エッセイ風
今日は父の命日。

私はおとうさんっ子でした。
この世では8年間という短い父と娘との関わりでしたが、死後も父は私の中でしっかり生き続けているからふしぎです。
危機に直面した時に空を見上げて父に念じると、何かしらのヒントや解決の糸口に導いてくれます。

3年前に兄が亡くなってからは、空に出てくる父の右隣に兄も加わりました。
照れ屋の兄らしくいつも何も言わず微笑んでいるのです
父や兄があの世からパワーを送ってくれてることをしっかり実感しています。

”たかが親子されど親子そして兄弟”ですね。

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父の他界した日

2007-08-16 19:35:12 | エッセイ風
41年前の8月16日父は倒れその2週間後に他界しました。
下記は、8歳だった当時の自分の目線で思いをつづったものです。
その前後も含め88枚の中の一部です。
10年位前に書いたものですが、勇気を出して短期間掲載しようと思います。
編集前の原稿のままです、ご了承ください。

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お父さんの死
 お父さんが倒れてからちょうど二週間たった夜中のことでした。
「ひろちゃん、ひろちゃん、起きて」   
 床屋のおばさんの、やけにやさしい声で目をさましました。
「お父さんがね、少し悪いらしいから今から病院に行こうね」
(こんな夜中にどうして……? )
 目をこすりながら、おばさんに言われるままに起き上がりました。
夜中なので静かなのですが、床屋のおじさん
や病院に行ってるはずのお母さんがてきぱきと動きまわっています。たまにふたりで何やらぼそぼそと話したりしていて、ひろみには何だか気になるふんいきです。
やっと着替えおわって外にでると、床屋のおじさんがせっせと自転車に空気を入れていました。
「お母さんは?」
「お母さんは家に…毛布をね…取りにいったよ…」
 おじさんはひろみの顔を見てくれません。
「ふ~ん……」             
(どうして?…毛布なんか? )  
 と不思議に思いながら店のガラスによりかかっていました。すると突然おじさんが大きなせきばらいをひとつし、思いっきり空気を吸った感じで
「お父ちゃん死んでしまった!…ハハハ」
 びっくりするような言葉を、やっぱりさっきと同じように顔をいっさい見ないで言いました。
「うそうそ!何言ってるの?」
 あまりにもおじさんが明るいのでひろみはもちろん信じていませんでした。
おじさんは、それきり何も言わなくなりました。
そこへ、毛布を抱えてお母さんが帰ってきました。
ひろみはすぐに 
「お母さん!おじさんったらねえ、お父さんが死んだなんて言うんだよ!まったく! 」
 っと、とんでもないことを言うおじさんだとばかりに笑いながらいいつけました。ところがお母さんはちっとも笑いません。
「うそだと思った?さあ、この毛布持ってお母さんのうしろに乗りなさい」
 ひろみは黙って、渡された毛布を抱えて自転車のうしろにまたがりました。     
自転車は、静かな町をゆっくりと走り始めました。ひろみは、お母さんの背中に顔をくっつけてボ―ッとしていました。
「お兄ちゃんは先に行ってるからね…その毛布…お父さんにかけてあげてね…」
「いや…!」
「かけてあげな…ね!…」
(本当…!? お父さんが…死んだ…? )
自転車の電気の音が“ジージー”っと気味悪く聞こえています。      
生暖かい風も気持ち悪く感じられました。
病室の前までくると、ひろみは急にドキドキしてきました。
(このへやに死んでいるお父さんがいる?)
お母さんがドアをあけてくれました。お父さんの足がすぐに目に入りました。     
ひろみは、みんなにわからないようにそっとお父さんの足をさわってみました。
(つめたい…! )
「ひろちゃん…こっちへ来てごらん」  
 枕元にいるお母さんが呼びました。   
ひろみは毛布を抱えたまま、ゆっくりと枕元にすすみました。
そこにはお父さんの真っ白い顔がありました。
(死んでいる顔?もう動かない!? )
 ひろみは、じい―っと見つめていました。
「その毛布、貸してごらん」
 お母さんはひろみの抱えている毛布を受け取り、お父さんにそっとかけてあげました。    
おじさんやおばさん達のすすり泣く声が聞こえてきました。
「ひろみ、眠いだろう?そのベッドに横になりなさい」
 栄町のおばさんが目にハンカチをあてながら言いました。
他のおじさんやおばさん達もみんなそれがいいそれがいいと言うので、ひろみは窓ぎわのベッドに横になりました。
 その時、床屋のおばさんとおじさんが病室に入ってきました。おばさんは様子を見るなり枕元に走ってゆき
「おおちゃああああ! 」
 と大きな声で叫び、泣き始めました。
(しんだ…お父さんはやっぱり死んだ……)
 ひろみは、うつぶせでじっとお父さんをながめ続けました。
窓の外からは、あいかわらず虫達の騒がしい鳴声が聞こえています。
「あの虫の声がねえ……」
 お母さんはそこまで言うと、目からほろっと涙をこぼし
「あの鳴声が…さぞかしうるさかったろうねえ…」
「……」
「何度もおいはらいに草むらに行ったけど…私が草むらにいる時は静かだけど離れればまたすぐにうるさくなってしまい…私がずっと草むらの中にいれればいいがそういうわけにもいかなくてね…」
 そう言うとお母さんは、お父さんの髪の毛をそうっとなでました。         
「……」
 そこへガチャっと激しいドアの音をたてて人が入ってきました。白い服を着ているので看護婦さんのようにも見えますが、何をする人なのかさっぱりわかりません。その人は手に何かを持ってお父さんにツッツッツッと近づいてきました。  
(なんだろう……!?)
「脱脂綿入れますので! 」
 その人はそっけなくそう言うと、お母さんのやさしくかけた毛布をサッとはぎ、お父さんの右手と左手の指を乱暴に、そしてものすごい早さで組ませました。
(お母さんがやさしくかけてあげた毛布を!……脱脂綿って?あの人これからいったい何をするつもりなんだろう……??)
 ひろみはドキドキしていました。
「すぐ終わりますから」
 その人はあいかわらず無愛想に言うと脱脂綿を何とお父さんの耳の中につめ始めました
(あ!お父さん!)
 心の中で叫びました。
(早く起きないと!どんどんつめられちゃう
!……! )
 ひろみは泣きたくなっていました。
その人はとにかくすごい乱暴でした。耳がおわると鼻、そして口の中までどんどんつめこんでいってしまいました。
(あんなことして、もし本当に死んでなかったら生き返ることができない…本当に死んでしまう! )
その人は顔色も変えず、まるでお父さんを物のようにあつかい、タッタカタッタカと脱脂綿を奥のほうまでつめこんでいってしまうのです。
(お父さんは人形じゃない!もっとやさしくしてあげて! )
 心の中で叫びました。         
そしてその人をぐっとにらみつけました。 
でも、その人はどんどん続け、最後にはおしりの穴にまでぐいぐいつめて、さっさと出ていってしまいました。
 お母さんは、乱れたお父さんの寝巻をていねいに直してあげ、毛布をゆっくりとかけ直しました。急にひろみはジュワ―ッと体が熱くなり、目の中は涙でいっぱいになってゆきました。
窓のほうに寝返りをして、みんなにみられないようにかくれて涙をふきました。
「しんだ…もうお父さんはいない……あしたも…あさっても……! 」
 ひろみは、声には出さないで口の中でそうつぶやきました。
 おそうしきには、遠くからしんせきがいっぱい来ました。お経が始まるとひろみは、おばさんやおじさんの顔をはしからずっとながめてゆきました。途中でせきばらいをして鼻をすするおじさん、何度も何度もハンカチを目にあてているおばさん、隣では目を真っ赤にさせているお母さんが、鼻の穴をぷかぷかさせて涙をこらえています。それを見てひろみは急にたまらなくなり、座布団のすみずみについているヒモをつかんで涙をこらえていました。
 目の前の大きなお父さんの写真がやさしくみつめていました。
『ひろちゃん、そう泣くなよ』      
 そう言っているようにみえました。
(お父さんともう話すことができない…畑にももう行けない…いっしょに何もできない……)
そう思ったら目にどっと涙があふれ、もうどうしようもありませんでした。           
お経もおわり、お父さんを火葬場に運ぶという時、お母さんは鏡台の前で座り込んでいました。
「みんなといっしょに行かないの?」
 ひろみが小さな声で聞きました。
「ひろちゃん行きたいかい?」
「お母さんが行かないなら行かない」
「お父さんが焼かれるのは悲しいから…お母さん行かないよ」
「じゃあ、わたしも…」
「じゃあ…ふたりでまってよう…」
 そう言うとお母さんは、鏡台の引き出しからほほべにを出し、ひろみの青白い顔にそっとぬってくれました。
 骨になったお父さんが帰ってくると、もっと悲しい気持ちになりました。おじさんやおばさん達は、お酒やご飯を食べながらお父さんの話しをあれこれとしていました。
「いい人をなくしたねえ」
「本当に…」
「あんなにいい人はめったにいない」
「穏やかなお人だった」  
へやのすみのテープレコーダーからは、お父さんのうたう浪曲が繰り返し流れていました。
柱時計が力なくボーンボーン……と八回なりました。庭のほうからはカエルの声がゲロゲロと悲しく聞こえていました。

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父の倒れた日

2007-08-16 19:23:59 | エッセイ風
41年前の8月16日父は倒れその2週間後に他界しました。
下記は、8歳だった当時の自分の目線で思いをつづったものです。
その前後も含め88枚の中の一部です。
10年位前に書いたものですが、勇気を出して短期間掲載しようと思います。
編集前の原稿のままです、ご了承ください。

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虫の声
 騒々しい音や悲鳴で、ひろみは目をさましました。
真夜中のこと、夏休みの真っただ中でした。まだまだ暑くて蚊もいっぱい出る頃で、ひろみの家では蚊やを吊ってねていました。
家族みんなが入る位大きな蚊やですが、ひろみが目をさました時には、布団一枚分がどうやら入る位の小さな蚊やがひろみの布団だけにかかっていて、いつもの大きな蚊やは半分位取り外されベロンと垂れ下がっていました
。ひろみはねぼけてもいましたし、蚊やの外もみえにくかったのですが、何かあったんだということはすぐにわかりました。
(お母さんは?お父さんは?)      
 不安でした。          
 その時です!
「ギャー!ギャー!」          
 悲鳴をあげて隣のへやからとびはねるように走ってくる人がいます。
よく見てみると、びっくりしたことにお父さんです。    
布団の上にドカドカ乗ったり、グルグルまわってあばれたりしては           
「ギャー!痛い!痛い!」        
 と目をつりあげて叫んでいるのです。  
ひろみはあまりの驚きで起き上がることも出来ず、横になったまま呆然としていました。            
お父さんはそのあともへやじゅう動きまわってあばれ、縁側に行っては“ゲーッ”とおそろしいくらい勢いよく吐いてはぐったりし、またその行動を繰り返しているのです。         
 少し体を起こしてよく見てみると、静雄にいちゃんが泣きそうな顔をして
「お父ちゃん!…父ちゃん!…」
っと震えながら叫び、どうしたらいいかわからないらしくウロウロとお父さんのうしろを追って歩いていました。
(お父さんが、どうかしちゃった!お父さんが……)
 こわくてこわくて心臓がドキドキドキドキとものすごい音をたてていました。
 その時です!
“キューッ! ”っと車のブレーキの音が外から聞こえてきました。そしてザワザワと大勢の人が入ってきた気配がします。ひろみは、お母さんもいるに違いないと思ったので、勇気を出して起き上がり入り口のほうまでかけよっていきました。すると、お母さんがくちびるをブルブルふるわせていちばん前のほうにいました。そのうしろに山崎さんという近所のお医者さん、それからすぐ近くで床屋をやっているしんせきのおじさんとおばさん、そして一番うしろからは、なぜかひろみの家とは少し離れた、そしてしんせきでもない電気屋のおじさんが続いて入ってきました。                 
 あいかわらずお父さんは「痛い!痛い!ギャー!」と叫びながら家中を走りまわっています。ひろみはお母さんのそばにすぐに行きたかったのですが、とてもそういうふんいきではありませんでした。お母さんのほうも、ひろみに何か言おうとしているようでしたができないでいました。              
とにかくみんなが、お父さんを車に運び込むのに一生懸命になっていました。男の人が中心になってひとりは頭、ひとりは体、ひとりは足、というふうに抱きかかえようとしていました。
「痛い!痛い!頭が割れそうに痛い!ああ! 痛い!痛い!死にそうだ!」
 お父さんはそう叫んでおじさん達の手をふりはらってしまうので、みんな押さえつけるのに必死のようでした。それでも悲鳴をあげあばれ続けていましたが、やっとの思いで電気屋さんの家の車に乗せることができました
「ひろちゃん!お父ちゃんね、死にそうだっ
て言うから……床屋のおばさんの家へ行ってなさいね、お兄ちゃんもね!いいね!お父ちゃん死にそうだっていうから!」
 お母さんは、目も鼻も口も飛び散りそうな位ピクピク動かしてそう叫ぶと車に乗り込み
“バ~ンッ! ”とドアを閉めました。そして車は大きな音をたてて、いっきに行ってしまいました。       
急に静かになりました。ひろみも静雄にいちゃんも動けず、そのままじっとしていました。
生ぬるい風がひろみの顔にあたっていました。
「さあ、おばちゃんの家においで、何にも心配することはないよ」
 床屋のおばさんはそう言って、ひろみの体を抱えるようにしてくれました。おばさんはいつもやさしくしてくれ、ひろみには大好きなおばさんでした。でもその時のひろみには、驚きと恐ろしさと不安がいっぱいで、おばさんのことばをちゃんと聞くことすらできませんでした。        
三人は真夜中の道を、床屋の家までゆっくり歩いて行きました。静雄にいちゃんを見るとまだ泣きそうな顔のままでした。
 床屋の家に着くと、ふたりは二階にねました。ひろみは目をつぶってねようとするのですが「お父さん死にそうだって! 」というお母さんの言葉や、気が狂ったように家じゅうを叫びながら暴れまわるお父さんの姿や声がどうしても頭から離れません。ひろみの知っているお父さんはとてもがまん強いのです。
おっちょこちょいのお母さんが、棚から大きな物を落としてお父さんの頭にぶつかった時も、けして大騒ぎなどしないでじっと痛みをがまんしてましたし、体の具合が悪い時でも、いつでも何があっても変わらないお父さんでした。だから、今夜のことが信じられなくてなおさら恐ろしく感じていたのです。           
「こうすると、気持ちが落ちつくからね」
 ねむれないでいるひろみにおばさんはそう言いながら、うでをやさしくさすってくれました。すると不思議と気持ちが落ちついて、ウトウトしてきました。
 どの位たったでしょうか?       
“キーッ! ”という急ブレーキの音で目がさめました。
(お父さんが死んじゃった!?)
 ひろみはドキドキしていました。    
車のドアを閉める音がし、何人かの足音とお店のガラス戸のあく音がしました。     
ひろみは布団に耳をくっつけて、話し声を聞き逃すまいと一生懸命でした。
「やっぱり尿毒症みたいだねえ、そりゃあびっくりした、おおちゃんがあんなに力があったとは思わんかった…大の男が三人も四人もで押さえつけたってだめさね! 」
 電気屋のおじさんの声のようです。   
お父さんは名前が雄一郎といい、雄という字が<お>とも読むことから、近所のみんなから「おおちゃん」と呼ばれていました。
ひろみは、おじさんの話しの内容からどうやらお父さんが死んだなどとは言ってなかったので、ひとまずほっとしました。
「一応、注射をうって落ちつかせようとしているらしいんだけどね…とりあえず報告にきたさ、もう一回行ってくるから…」
「悪いねえ本当に…車までかしてくれて、こんな夜中に…面倒かけちゃって」
 床屋のおばさんの声です。
「なあに、お互い様だよ」
 という電気屋のおじさんの声がかえってきました。そのあと、おばさんとのちょっとしたあいさつみたいな声やガラス戸があく音、そして車の発車する音がすると、あとは何も聞こえなくなりました。 
ひろみは、電気屋のおじさんの話しで安心し目をつぶりました。でも、そうはしたものの今度は、病院のベットの上でたくさんの人達に押さえつけられながら、すごい顔で暴れまくっているお父さんの姿が何度も目に浮び、また眠れなくなっていました。
ひろみがうとうとしたり、はっと目がさめたりを何度も繰り返しているとまた、車の音がし、誰かが中に入ってきて話しているようです。
「大丈夫だよ! やっと注射がきいてきたみたいでねたよ!あのおおちゃんがあれだけ暴れて痛がっていたんだから、よっぽど苦しかったんだねえ」     
 また、電気屋のおじさんの声でした。  
おじさんの声はさっきとは違って、少し落ちついているようにひろみには感じました。
(お父さんが…やっとねてくれた、もう痛くないかな?…よかった…)    
ひろみは、全身の力がぬけてゆくようなほっとした気持ちで眠くなってゆきました。
目がさめると朝になっていました。いつのまにかお母さも帰ってきていたのでひろみも静雄にいちゃんも自分の家にもどりました。
お母さんが帰ってきたのは、けしてお父さんの状態がよくなったわけではなく、何百羽ものカナリヤにエサをやらなくてはならなかったからです。お母さんには、それを無視することは許されないことでした。         
 いつもは鼻歌まじりにエサをやるお母さんでしたが、今日は黙ってひたすらせっせとやっていました。ゆうべのあの時と同じようにあいかわらずくちびるをブルブル震わせたままです。とても話しかけられるようなふんいきではありません。
エサをやりおえるとお母さんは、縁側でぼーっとしているひろみと静雄にいちゃんのそばに来て話し始めました。
「昨夜のお父ちゃんね、尿毒症という、じんぞう病の人が起こす症状だったんだよ、オシッコがでなくなって…その毒素が体じゅうまわってしまったんだよ…お父ちゃんがあんなに痛がっていたんだからよっぽど痛かったんだろうねえ…」
 お母さんは、少し涙を浮かべています。 
「お父ちゃんまだ、暴れてるのか?」
 静雄にいちゃんが聞きました。
「もう暴れてないよ、注射してから落ちついてね、普通のお父ちゃんにもどってるよ」
「本当!? 早く病院にいこう! 」
 ひろみはうれしくて、早くお父さんに会いたいと思いました。
「うん、三人で行こうね」
 お母さんは少しだけ笑い顔で言いました。
病院は自転車で三十分位の場所で、お父さんのいる病棟はその裏側にあり、まるで特別な病人の入る所のようでした。人にうつる病気なのかとお母さんに聞いてみましたがそうではないと言いました。     
その病棟の入口でくつをぬいでスリッパにはきかえると、うすぐらくて汚い廊下をペタペタと行きました。
(何てうすきみの悪いところなんだろう…)
 くねくねと曲がった廊下を通ってお父さんのいるへやの前に着きました。
「さあ、入りなさい」          
 お母さんがドアをあけてくれました。
何だか恐ろしいような気がして、おどおどしながら少しずつ足をふみいれました。
入ってみるとへやの中は以外と広く、ベッドがふたつおいてありました。でもそのベッドには床屋のおじさんと、それから栄町というところに住んでいるしんせきのおじさんのふたりが腰をかけているだけで誰もいません。         
「ひろちゃん…何をキョロキョロしてる?こっちへ来な…静雄もな」
 びっくりしたことに、お父さんのいつものやさしい声がしました。
お父さんは、ベッドの隣のゆかに敷いてある布団にねていました。あとで聞いたのですがゆうべのお父さんは暴れて落ちてしまいとてもベッドに寝かせられる状況ではなかったのだそうです。          
 お父さんはお母さんが言った通り、普通のお父さんにもどっていました。元気なはなしかたではありませんでしたが、いつものようにムクムク笑っているようにひろみには見え、ゆうべの姿なんてまるでうそのようでした。
でもひろみには、病院にいるお父さんに近づくのが照れくさくてたまりませんでした。  
「お父さん、頭が痛くてなあ」
 お父さんが小さな声で言うと、お母さんがそばに行って頭をもんであげました。   
“ギュッギュッ”ともむたびに、頭の下の水枕から“チャプチャプ”と水の音が聞こえてきました。
 お母さんが言いました。
「お父ちゃんねえ、頭が痛くてたまらんって さ……ひろちゃんももんでやって」
 ひろみは照れくさくてとてもそんな気にはなれませんでした。
 今度は静雄にいちゃんに言いました。
「静坊…やってやんな」
「おお…」
 静雄にいちゃんはまじめな顔をしてそう言うと、頭をもみ始めました。
「わたしも……もむ」
 ひろみは虫のなくような声で言いました。
「うん、やってやんな」
「ひろみがやってやれば、お父さんの頭、すぐによくなるよ」
 床屋のおじさんと栄町のおじさんが言いました。
ひろみはお父さんの頭をもみながら、みんなの顔をじっと見まわしました。ひとりひとりが、まじめな顔をしていました。
「水枕変えてこようか?」
 お母さんが聞くと
「ああ頼む」
 っと、目をつぶったままお父さんは答えました。
 その日からお母さんは、ほとんど病院に泊り込みになりました。たまに、ひろみや静雄にいちゃんの世話とカナリヤのエサをやりに帰ってきてはいましたが、それでもどうしても帰れない時は、ひろみや静雄にいちゃんが床屋の家に住む高校生のいとこのみきこちゃんと一緒にエサあげをしたりしました。そんなわけで、ひろみはその日から床屋の家でねることになりました。静雄にいちゃんはもう六年生で大きいし、自分でもいやだというのでひとりで家でねることになりました。
 それから一週間位たった夜、いつものように二階でねていると、何やら笑い声でひろみは目をさましました。           
よく聞いてみると、お母さんと床屋のおじさんとおばさんの声です。
「そりゃあ、みごとなもんだ! 」
 おじさんの声です。
「本当に飲ませてみてよかった! こんなに早くきくとは思ってなかったけどね」
 っとお母さんの声です。 
「とにかくなあ、片手でひょいひょいっと起き上がって、しょんべんをしびんにな、誰の力もかりずにいれるんだぜ」
「ほお! そりゃあよかった! 」
 おばさんの声です。
 どうやら、おじさんとお母さんがおばさんに、お父さんの具合の説明をしているようでした。
「頭の痛みを何とかしてとる方法はないものかと思って…あんなに聞くもんかねえ…」
「本当によかったねえ」
「わたしがしびんをもってやったって、自分ひとりでやるって聞かないんだよ」
 お母さんはそう言いながら笑ってるようでした。                 
ひろみは、お父さんの具合いのいい話しをもっともっと聞きたかったのですがどうしても眠けには勝てず、そこまで聞いて眠ってしまいました。
 次の日お母さんに聞いてみると、スグテンとかいう薬を飲ませたら見違えるほどよくなったというのです。
ひろみと静雄にいちゃんは、その元気になったというお父さんの姿を見にすぐ病院に急ぎました。病室の前までくると、中から笑い声が聞こえてきました。そっとあけてみると、みんなに囲まれたお父さんが、布団の上に座ってひろみ達を笑って迎えてくれています。みんなうれしそうに笑っていました。ひろみはお父さんのそばにそっと近づきました。
「もう頭、痛くないの?」
「痛くないよ、お父さんはもう元気になったからね」
 お父さんはむっくり笑って、静かにそう答えました。
お父さんの具合が急によくなったという話しは本当だったのです。
(これでお父さんはもう大丈夫なんだ…)
 病院から出るとひろみは、前からお母さんに言われていた歯医者さんに、明日から通うことにしようと考えていました。
お父さんがよくなってきてからお母さんは、今まで以上にがんばっているように見えました。病院と家の、自転車で三十分はかかる距離を一日に何往復もしていたようでした。
そんな日が何日か過ぎたある夕方、ひろみが歯医者さんからまっすぐ家に帰ってくると珍しくお母さんがいました。
「あんたを捜していた…歯医者にも行ったけどいないし……」
 お母さんはとてもぐったりしていました。
「お父さんがあんたに会いたがってる……連れてきてくれって言うからお母さん……学校行ったり…歯医者行ったり……」
 お母さんは力が抜けてしまったような言い方で続けました。
「お父さんねえ…右半分がきかなくなった…ねがえりもできない…言葉もしゃべれない……お母さんね、あいうえお、かきくけこって紙に書いてね、言いたいことある時はお父さん一生懸命その文字を左指でさしてるんだよ」
「え?! 」
(……どうして?……あんなによくなっていたのに右半分きかなくてしゃべれないなんて……信じられない……)
 すぐにひろみはお母さんと病院に向かいました。
病室に入ると、このあいだとは全然違ってシーンと静まりきっています。ひろみがそばに
行くとお父さんはうれしそうにうなづきました。                  
こおろぎや鈴虫の声が、とてもうるさく聞こえていました。
「本当にうるさい虫達だ…ねえお父さん…頭が余計に痛くなっちまうねえ…わたしが今おっぱらってくるからね」
 お母さんはそんなふうに言いながら、外に出て、窓の下の草むらに入ってゆきました。  
お母さんがガサガサ音をたてると虫達はすぐに静かになり、病室も静かになりました。
 突然、床屋のおじさんがひろみに文字版を渡してきました。            
ひろみは黙ってそれをお父さんに近づけてあげました。
『こ・も・り・う・た』
 っとお父さんは左指だけで、ひともじひともじ一生懸命にさしました。
「おおちゃん、ひろちゃんにうたってもらいたいかい?そういうことかい?」
 床屋のおじさんがそう聞くとお父さんは、目をつぶって大きくうなづきました。 (恥ずかしい……)
 ひろみはモジモジしていました。
「うたってやれ…お父ちゃんはひろみにうたってもらいたいだって……」
 床屋のおじさんが、無理に笑ったように言いました。  
まわりのおばさんやおじさん達みんなも、ひろみを見てほほえんでくれていました。
ひろみはしかたなくゆっくりと子守歌をうたい始めました。いつも途中で寝てしまう例のお父さんの子守歌です。
  ♪ねんねん・・・
 蚊のなくような小さな声しかでません。 
恥ずかしさで、何度も途中で照れ笑いになってしまいます。ですがお父さんは、満足そうな顔で目をつぶって聞いていました。              
ひろみはうたいながらみんなを順番にながめてゆきました。                
床屋のおじさんは腕をくんで、自分のスリッパばかり見つめていました。栄町のおじさんは窓の外をじっと見つめていましたし、おばさんは蛍光灯を見上げ、目をパチパチさせていました。窓の外からは、ボ―ッとしているお母さんの影も見えています。             
病室は、ひろみの唄声だけがかすかに響いていました。

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ふしぎな日

2007-08-16 07:36:33 | エッセイ風

8/16は我夫婦の結婚記念日~っというか式をしてないので籍が入った日というのが正解

当時我夫婦は猛烈な忙しさで「この日しか行けない」って感じで8/16になったという単純なことであった

しかしbutしかし
この8/16という日は

父が倒れた日(2週間後に他界)

祖父が他界した日
母が死にかけた日(川でおぼれ一度息を引き取り葬式の準備までした)
祖母が早産した日(母の件のショックにより)

っであった。

あとで気がついたり聞いたりしてびっくり

でも実家の母がこんなことを言ってくれた。
「悪い日の8/16をあんた達が良い日に変えたんだよ

なるほどね~

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大切なこと

2007-08-11 08:03:29 | エッセイ風


カミキリムシがツッ!ツツツツツ!っと必死で自分の歩くべき道を探し歩いているようだ

自分がどこを歩いてるのかわからないのであろう

たまに落ち着いて自分の歩いている道を確認すること、それが大切なようですね。

ちなみにここはの上で~っす

ポエムはこちら

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