理恵子達同級生三人は、進学や就職のため連れ立って一緒に上京した。
江梨子は東京駅で列車から降りた途端一瞬ドキッとし足がすくんた。
広い ホームの人混みの中ほどで、マイクで自分の名前を連呼しながら、”歓迎”の大文字の下に”二人の名前”を並べて墨書した、紙のプラカードを高だかと掲げて目をキョロキョロして辺りを見回している社員を見つけ、予想もしていなかったことにビックリするやら恥ずかしやらで、理恵子や奈津子の手前顔を曇らせてしまった。
江梨子は、列車から降りると内心怒りを覚え不機嫌な顔をして、迎えの若い社員と簡単な挨拶を交わしていたが、小島君は最初ひとごと思ってボヤットしていたが、そのうちに目をこらしてよく見ると間違いなく”達夫”と書かれているので、唖然として言葉も出なかった。
彼女達は生活に慣れたら日にちを見計らって後日再開することを約束し、互いに「頑張ろうね」と明るい顔でエールを交換して別れた。
小林江梨子と小島君は、一抹の不安を抱いて出迎えの社員に促されるままに、会社が手配した自動車に乗せられ蒲田駅近くのホテル前に到着して降りると、運転してきた若い社員の阿部さんが、広いロビーに彼女等を案内し、普段から大事な顧客を案内して慣れているのかカウンターで宿泊手続きをすますと戻ってきて、彼女に部屋の鍵を渡し
「お部屋はボーイがご案内します。夕食の6時30分にお迎えにあがります」
と言って爽やかな笑顔を残して帰っていった。
二人はボーイの案内で5階の部屋に行くや、部屋は隣どうしに2室用意されており、中に入ってみるや、TVは勿論、高級ベットに冷蔵庫等調度品が備えられた豪華な部屋に圧倒されてしまったが、ボーイが説明を終わって出てゆくや、彼等はお茶を飲みながら眺望の良い窓から景色を見ていたが、そのうちに彼女が
「面接試験に来たわたし達をこんなに接待すなんて、この会社は一体どうなっているんだろうね。チョット不気味だわ」
と呟くと、小島君も不安な表情で
「そうだよなぁ。江梨ッ 怒るなよ。僕の予想では明日は恐らく<ハイッ ご苦労様でした。御両親様に宜しく>と慰められ、一言でお払いだな」
「それにサァ~。アノプラカードを見て、俺達いくら親が認めている仲だといっても、果たして一緒になるかどうか確率的には極めて低いしなぁ」
とボソボソとした声で答えると、江梨子は少し肩をおとして元気なく頷いていたが、少し間をおいて気を取り直したのか沈んだ声で
「そんなぁ ~ ”林”と”島”の一字違いじゃない。いずれ”島”になるんだから、そんなこと、どうでもいいわ」
と突き放したあと、予め考えていたかの様に、落ち着いて
「でも、君が言う様になったら、わたし、社長に対してきっぱりと、<田舎者に対し、ご丁重なおもてなしをして頂きまして誠に有難う御座いました。母にも早速電話で御丁寧な接待をして頂きましたと報告したあと、入社は難しいようです>と、社長さんの前で電話を借りて言ってやるわ」
と、採用されない以上、社長が叔父でも、へりくだるのは嫌なので皮肉の一つでも言って、さっさと会社を出て、二人で大坂か名古屋にでも行って働きましょうよ。と、普段強気な彼女らしく小島君を励まし、うなだれている彼に対し、その次の行動について計画していることを力強く話すと共に、併せて抜け目なくあくまでも一緒になることを念を押していた。
彼女は、母親がどんなに心配しても、今更、田舎になんか帰る気がしないわ。と、語気鋭く言い出だし、それでも不安なのか冷蔵庫からビール瓶を出すとコップに注いで一気に飲むとベットに寝転んでしまった。
約束の時間に阿部さんが現れ、階上のレストランに案内してくれたが、窓際の眺めの良い席に座らされると、阿部さんが注文のためか席をはずした隙に、小島君がまたもや江梨子の耳元で小声で
「江梨ッ 洋食かな?」「俺 今晩くらい定食屋で思いっきりカツ丼を食べようと思っていたのにさぁ・・」
「田舎者の俺なんて、洋食なんて食べ方もマナーも判らんし嫌だなぁ~」
「もう、腹もペコペコだし、神経が クタクタ に疲れてしまったたよ」
と、言い出したので、江梨子も
「わたしだって、洋食の作法なんて判んないわ」
と返事をしたあと、部屋での不安な話しの尾を引いているのか、都会の夜景を見ながら不機嫌そうな顔で捨て鉢気味に
「いいのよ、こうなったら旅の恥は掻き捨て言うじゃない、そんなに心配することないわ」
「見渡したところ、お客さん達の中で若いのは私達だけだし、若者らしくマナーを気にすることなく、食べたいものから、ドンドン自由に食べるのよ」
「わたしも その様にするからさ。君もそうしてね。クヨクヨしてないで、しっかりしてよ」
と、ナプキンを胸に掛けて平気な顔をしていた。
阿部さんが戻ってくると、まもなく料理が運ばれてきたが、阿部さんは座るとすぐに
「いやぁ~ 僕までご馳走にあずかり申し訳ありません」
「僕は、結婚して3年目ですが、こんな綺麗なレストランに一度はワイフを連れて来たいと日頃思っていますが・・」
「なにしろ給料が安いので、今晩はお陰様で夢みたいですわ!」
と、ニコニコ笑いながら愛想よく気さくに話だしたので、二人は阿部さんの一言で気が楽になり、三人が気侭に食事を始めると、江梨子もやっと笑みを浮かべて
「そうなのですか、私達、こんな立派なお店に入ったことはないし・・」
「阿部さんも大変なのですね」 「奥様もお勤めなのですか?」
と、ワインを遠慮なく飲んだせいか饒舌になり、三人は会社の話などに感心がなく、専ら都会の生活の話をしながら、珍しい料理に目を奪われて夢中になって食べながら愉快に会話がはずんだ。
江梨子はその間に、どうせ会社のおごりならと考えたのかボーイを手招きして呼び「お土産にするので、いま戴いているワインを一本、綺麗な包装紙に包んで袋に入れておいてください」と注文した。
食後、別れ際に感謝の意を込めて、それを阿部さんに渡すと彼は遠慮したが、江梨子の強い勧めで恭しく受け取り、江梨子が
「奥様と二人で、お飲みになって下さい」
「なんと言っても、妻は御主人様のさりげない思いやりが、一番嬉しいものなのですよ」
と、大人びいて気分よさそうに話すと、阿部さんも嬉しそうに「明日は9時にお迎えに上がります」と言い残して深々と頭下げ明るい笑顔を残して帰って行った。
小島君は、江梨子の如才ない行動をみていて、部屋に戻るころになって、今日の出来事は全て彼女の母親の仕組んだことだ。と、やっと気ずき、それにしても、彼女も母親同様に勝気で機敏な態度に感心してしまった。