寅太は、校舎裏の丘陵に綺麗に咲いている赤茶色のカキノモトの畑を通り過ぎて、眼下に駅舎が望める杉の下に僅かばかり広がる野原につくと、自転車を横に倒して腰を降ろし
「ここが人目につかずいいや。美代ちゃんも座れょ」
と言ったとき、繁茂するススキの中から三郎が大声で
「オ~イ 何処に隠れた~」
と叫んだので、寅太は苦々しく
「あの野郎 辺りをはばからず無神経で大声を出すので、これだから嫌になっちゃうんだよなぁ~」
と、眉間に皺を寄せて不機嫌そうにムッとして
「此処だよ もっと小さい声で静かにいえッ!」
と、愚痴ったことも忘れて、三郎に負けず劣らず大声で返事をして場所を教えた。
裏山に誘われて来るときは、ご機嫌で明るかった寅太が急に不機嫌になったことに対し、美代子は
「寅太君。そんなに怒ることないわ」
「私達、中学生時代の同級生で普段仲良しにしており、村の人達に見られても怪しまれることはないでしょ・・」
と言って三郎を庇うと、寅太は
「美代ちゃん、そうでないんだよ。美代ちゃんには恋人の大助君がいるだろう。村の人達は、皆、将来、大助君が美代ちゃんのお婿さんになると思いこんでいるんだよ」
「それを、俺達が美代ちゃんを裏山に引張り出したと、爺さんに知れたら鉄拳制裁ではすまんわ。俺の気持ちをモット真面目に考えてくれよ」
と語気を強めて返事をした。
美代子は呟くように
「大助君とは春に別れたっきり連絡も取れず、今頃、どうしているか全くわからないゎ」
と言って寂しそうな表情をしたところ、寅太は
「そんな顔をするなよ、心配ないさ」
とブッキラボウに答えた。
寅太は、美代子と一緒にいることを村の人に悟られない様に気遣っているのに、三郎に雰囲気を壊され不機嫌な顔をしていたが、三郎はそんな彼のことを気にせず、裏側の繁る熊笹を見回して感慨深げに
「あぁ 此処にくると思いだすんだよなぁ~」
「中学3年の秋、山崎センコウ~(先生)に嘘を言って昼休み前に、この藪の中で小使い室から大鍋を持ち出し、豚肉や豆腐それにキノコ等をゴチャゴチャに入れてトン汁を作って、5人位で弁当を食べたことがあったよなぁ」
「途中から女子に見つかり押し寄せられて、寅なんか気前良く振舞っていたが、美代ちゃんもそのときいたかなぁ」
「俺、覚えていないが、食後、寅の号令で女子全員が二列に並ばされ、一人が逆立ちすると向かい合った者が足を掴んで支えてやり、女の子の中にはスカートが下に垂れてパンテーが剥き出しになり、泣いたヤツもいたっけなぁ」
「美代ちゃんが、そのときいればよく拝んでおくんだったわぁ」
と、懐かしそうに話し出すと、美代子は
「そんなこと覚えていないゎ」
「あんたがたは、クラスでもオチャメで乱暴者だったから、皆が一目置いていたけど、たまには、奇抜なアイデアで生徒達を面白がせていたわネ」
と、素っ気無く答えると、寅太は三郎の頭をコツンと叩き
「コノ バカッ!そんな昔の御伽噺はどうでもよいわ」
「これから重要な話をするんで、静かにしていろ」
と言って、三郎の話を遮ってしまった。
寅太は、空を仰いで一息いれて少し間を置いたあと、横に座っている美代子に対し
「東京の大助君と、春に別れたあと、爺さんに内緒でラブレターの交換をしているんかい?」
と聞くと、美代子は俯いて周囲の草を少し摘まみ指先に絡めていじりながら、寂しそうな表情で
「ラブレターを出すどころか電話も一切していないゎ」
「最も、わたしがイギリスに居たせいもあるし、彼も規則の厳しい大学の寮生活で、外部との連絡は余程の用事がない限り、出来ないらしいの」
「だから、飯豊に帰ってきてからも、彼とは音信途絶だゎ。どうすれば連絡できるのか迷っているのよ」
「それに、お爺さんからも、大助君の勉強の邪魔になる様なことは一切するな。と、厳しく言われているので・・」
「遠距離恋愛より、音信途絶はもっとつらいゎ」
「まさか新しい恋人が出来ているとは思いたくないが・・」
と不安そうに答えたので、彼は信じられないような顔つきで
「フ~ン 頭のよい連中はそんなもんなのかなぁ~」「俺達の頭では全然わかんないやぁ」
「それでも、心は繋がっているんだろう。連絡がとれないってゆうくらいで、あまり後ろ向きに考えるなよ」
と、自分達では想像も出来ないことなので、不思議がって聞くと、彼女は
「私の面倒をみてくれている、お爺さんの言いつけだから仕方ないゎ」
「それは、イギリスに居たときも、帰って来てからも、なんとか電話くらいしたい気持ちは山々だけれども、兎に角、大助君に一生懸命勉強をしてもらうためには、わたしが我慢する以外に、今のわたしに出来ることがないし・・」
「でも、わたしは彼を絶対信じているし、彼も私を裏切る様なことはないと思うゎ」
と、言ったところ
三郎が拍子を合わせるように
「ほんと、うるせい爺さんだからなぁ」
「この前なんか、朝の忙しいときに施設の婆さんを病院に送り、入り口に車椅子から降ろして毛布でくるんだまま置いたところ婆さんが転がってしまい、運悪く爺さんが顔を出してそれを見て、若い看護師の見ているところで
「コラッ!患者を荷物扱いするな。と、怒鳴られて恥ずかしい思いをしたわ」
と言ったが、彼女は三郎のその時の様子を思い浮かべて苦笑したが、寅太の肩を軽く叩き
「君達、わたしが精一杯自分の気持ちを抑えて耐えているのに、急に不安がらせないでょ」
「春にお別れするとき、二人で永遠の愛を誓って、揃ってマリア様にお祈りしたのょ」
と、後の部分は一寸顔を赤らめ恥ずかしそうにして、小声で飾らずに心境を話した。
寅太は、彼女が敬虔なクリスチャンであることは知っているが、彼女の言う永遠の愛を誓うとゆうことが大袈裟に聞こえ、少し緊張気味の彼女の気持ちを和ませようと思って、彼なりに率直に
「ヘ~エ。美代ちゃんは上品な言葉で言うが、その永遠の愛を誓うって、神様や仏様に頭を下げて、お願いすればいいんかい」
「俺も、ラーメン店の真紀子と永遠の愛を誓いたくなったわ。方法を教えてくんないかい」
と聞き返すと、彼女は
「それは、人それぞれで、わたし達のことは詳しくお話できないわ」
「意地悪なことを聞かないでょ」
と言いながら、今度は、寅太の膝を叩いて話をやめてしまった。
三郎は、腹這いに寝そべって、両手の掌に顎を乗せて怪訝な顔つきで、時折、目を細めて美代子の顔を盗み見する様に覗きこんで黙って聞いていたが、彼女の言葉に心を揺すられたのか、同情する様に時々顎で頷いていた。
寅太は、美代子の返事を聞いた後、タバコを取り出して一本火をつけ深く吸い込んで、空に向かって紫煙の輪を噴出した。
美代子がその仕草を見て
「アラッ 寅ちゃん、まだ、未成年でしょ、いけないゎ」
と言うと、彼は真面目な顔つきで
「精神安定剤だよ。何時も吸っている訳でわないよ」
と答えたあと、吸いかけたタバコを、恨めしそうに見ていた三郎に渡し
「美代ちゃん達のことは聞いても、実際のところよく判らないが、お爺さん先生は頑固で厳格なことは、俺もよく叱られたこともあり承知しているが、それにしてもなぁ~」
「美代ちゃんのところの病院は、うちの店のお得意様で、これから俺が話すことは、お爺ちゃん先生は勿論、ほかの人には絶対に内緒にしてくれよ」
「俺は、美代ちゃんのことが心配で正直に話すので、若し、老先生に、この話がバレタら、寅のヤツ、余計なことを喋りやがってと、眉毛を逆立てて怒り、その結果、折角新しく出来た病院に出入り禁止、俺は店を首っ!、社長は倒産で夜逃げ。と、とんでもないことになるので、美代ちゃん約束してくれょ」
「サブ(三郎の愛称)、お前は口が軽いので、本当は聞かせたくないんだが、美代ちゃんと蜜会すについて、美代ちゃんに手を出さなかったと証明できるのは、俺の周りにはお前しか適当な人がおらず、やむなく高額な弁当を奢ってやるんだし判ったなっ!」
と注意していた。
美代子は、寅太の膝をつっき
「なにを大袈裟に言うのょ。どの様なお話か判らないが、わたし胸騒ぎがして、チョッピリ不安になってきたゎ」
と言うと、三郎は
「おい寅っ! お前まさか、身のほどに似合わず、美代ちゃんを愛してるなんて、一世一代の告白をするんでないだろうな?」
「どうせ、一発でノックアウトされるんだから、よしておけ。よしておけよ」
「それでも、永遠の愛を誓って、キスをするんなら、俺、藪の中に隠れるから、思いきってすればいいさ」
「俺もなんだか不安になってきたわ」
「真紀子はどうするんだ。お払い箱か?。カワイソウニ・・」
と、勝手なことを言ったあと、起き上がって胡坐をかき、真剣な顔つきで、寅太に対し
「ここまできたら、もう引きさがれないし、度胸を決めて、さっさと言ってしまえよ」
「腹も減ってきたし。さっさとかたずけてしまえよ」
「将来、美代ちゃんと結婚する場合は、俺が立派な証人になってやるわ」
と、相変わらず気楽な性分で言うと、寅太は、三郎の減らず口を無視して、一語一語言葉を選びながら語りはじめた。