日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

蒼い影(35)

2024年07月14日 03時17分34秒 | Weblog

 健太郎も、理恵子にそう言われてみれば、節子がなんとなく冴えない顔つきで元気がない様に見え、PTAの会合で何か予期しないことでもあったのかなと思い、車を途中から引き返して街場の中程にある行きつけの蕎麦屋に向かった。

 座敷に通されて、お茶を一服飲んだ後、理恵子が「わたし へぎ蕎麦と天麩羅がたべたいわ」と言うので、健太郎夫婦も彼女の希望にあわせて注文し、運ばれて来るまでの間、健太郎は茶碗をいじりながら節子に
 「なんだか大分気落ちしているみたいだが、無理に出てもらい悪かったなぁ。一体なにがあったのかね」
 「まぁ~ 地方のPTAなんて都会と違い、名士と称される人達の自慢話しと懇親会が主で、未だに古い因習が残っていて、生徒のことなどは二の次だからなぁ~」
と、慰めにも似たことを言ったら、節子は
  
 「お父さん その様な雰囲気は私なりに承知致しておりましたが、大学病院の丸山先生に偶然お会いして、驚いてしまいましたわ。あとでお話致しますが・・」
と、宮下女史のことは理恵子の手前言葉を伏せておいた。 節子は、沈んだ雰囲気を変えようと
 「理恵ちゃん たまに外食もいいけれど、お父さんが運転だし、晩酌が出来なくて可哀想だわ」
と言うや、すかさず理恵子は「あっ そう~だわね」と箸をいじくり廻しながら少し考えこんだあと
 「そ~だ いい考えがあるわ」「美容院のお姉さん達もお呼びして御馳走してあげましょうよ」
 「お父さん 大勢のほうが美味しいし、そうしましょうよ」
と言い出し、早速店に電話をして事情を手みじかに話して、車二台で来るように頼んでいた。

 理恵子の亡母が経営していた美容院で、現在は実質的に健太郎が経営などで面倒をみている店の美容師達が来るや、丁度、”へぎ蕎麦”がお膳に用意され、店の状況やお客さん達の世間話しなどをしながら、皆が美味しそうに食べている最中に、節子さんが誰に言うともなく、理恵子の顔を覗きながら
  「この子もなんだか急に大人びいてきて、嬉しいやら心配やらで大変だわ」
  「今日も、学校で開催したPTAの帰り際に、会に出席していて偶然お逢いした病院の若い先生の、服装が派手だとか、お世辞が大袈裟だとかで、むくれてしまい、この年頃の娘は現代風と言うのかしら、私も面食らってしまったわ」
と話すと、お姉さん達も
  「わかるわ~、それにしても理恵ちゃん 少し見ない間にどんどん成長しているのね」
  「ねぇ~ 理恵ちゃん、誰か好きな人でもいるの?」
と、笑いながら冗談ぽくきくと、理恵子は「う~ん さあ~ どうでしゃう」とニヤット含み笑いをして答え無かった。

  
 節子は、帰宅後入浴中にも、思い当る原因もないのに、いきなり面識のない宮下女史に言われたことに少なからずショックを受け色々と思い巡らしていたが、その中で唯一心あたりを思いだした。それは
 大学病院に就職間近のころ、何故自分を話し相手に選んだのかわからなが、昼の散歩中に、先輩である年配の婦長さんから
 「丸山先生は、新婚まもないが奥様は病身でひ弱なところから、先生のあの立派な体格では夫婦生活が満足に行われないと察しられるわ。 なんといっても夫婦の生活では、その問題が大切でしょうからね」
と話されたことを思いだし、そのとき返事代わりに意味もなく思いついたままに「あのぅ~ 奥様は、綺麗な人なのでしょうね」と声をひそめて尋ねたところ、婦長さんは
 「それは もぅ~ あの先生のことですので器量好みで、細面の美しい方ですわ」
 「だけれども、若くてあの素晴らしい体格の先生の旺盛な性力には、病弱な奥様では勤まらないと思いますわ。貴女なら容易に想像出来ると思いますが・・」
と、流石に羞恥心からか薄笑いしながらも真面目くさって彼の家庭事情を話し、更に
 「まぁ~ 私としても先生に御同情出来る点もありますが、貴女は先生好みの美しい容姿で、年齢的にも女性として一番輝いていらっしゃるので、御用心なされたほうが宜しいございますわ」
 「火がついてからでは手遅れですので・・。余計なことを話して気を悪くしないでくださいね」
と、若い娘達ならエゲツないこの様な話題は、毛虫を嫌う様に避けるのだが、性生活を知り尽くした、ましてや、職務上、時には男性性器に触れることのある看護師長なら、当たり前の様に男女の性について具体的に肯定する様に話した。
 節子は彼女の話振りに、内心では、この人は丸山先生の奥様の容姿や健康などについて何故そこまで詳しいことを知っているのかしら。と、懐疑的に思いつつ、この場から早く去りたい気持ちにかられ
 「まぁ~その様なこと・・」「それに、わたしは人妻ですわ」
と答えるのが精一杯で、ただ、うつむいて聞いいていたことがあった。

 
 その夜、節子は心の動揺を抑えながら、自分にはなんの落ち度もないことだが、偶然にも宮下女史の話と看護師長の話が符合することに気持ちが沈み、健太郎に話をすれば倫理観に厳しい彼だけに、具体的な人間関係が理解出来ないために不機嫌になるだけで、それが原因で平穏で幸せな家庭生活が乱れてしまいかねない。と、散々思案した結果、自分の胸に秘めておいたほうが良いと思い、また、健太郎も丸山先生のことで理恵子が機嫌を損ねたことに、自分が落ち込んでいると思っているらしいので、語ることもなく、何時ものように健太郎の側に静かに入って眠りについた。

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