庭の銀杏の葉が黄色に色ずんだ初冬の日曜日の昼前。
大助は暖かい陽の差し込む部屋で期末試験の準備に追われていたところ、姉の珠子が廊下に続く物干場で洗濯物を干しながら機嫌よく独り言で
「大ちゃん 朝から勉強するなんて珍しいわネ。何時もその調子で勉強してくれればいいんだけれども・・」
「折角、洗濯物を干したのに、大ちゃんの気紛れで、お天気が崩れなければよいが・・」
と廊下の窓越しに空を見上げて心配そうにブツブツ言っていたが干し物を終わると、いきなり彼の部屋の襖戸をあけたので、彼は不機嫌そうな顔つきで
「姉ちゃん 勝手に部屋に入らないでくれよ」「僕、入院中に遅れた勉強をしているんだから」
「試験の成績が落ちたら姉ちゃんのせいだぞ。後で、僕を怒らないでくれよ」
と不機嫌そうに答えて教科書とノートを閉じてしまった。
珠子は彼の傍らに座り
「大ちゃん そんなにムキになって反抗しないでョ」
と言って、彼に
「アノネ~ わたし、母さんから頼まれたのだけれども、この間、美代子さんから来たお手紙、どんなことが書いてあったの?。あとで教えてくれると約束したでしよう」
と、珠子にしてみれば普段話しかけるよりも優しく聞いたところ、彼は
「普通の内容で殊更教えることもないさぁ~」
と、素っ気無い返事をしたが、珠子はなおも執拗に
「そんなに、機嫌を悪くしなでョ」
「母さんは、この前、病院でお見舞いに来られた美代子さんの母親にお逢いしたとき、以前から聞いていたことでもあり当たり前のことかもしれないが、彼女の母親が外人さんで容姿といい話し方などに気品を漂わせいたことにビックリしてしまい、あなた達の関係がどの程度なのかよく聞いておいて。と、頼まれたので・・」
「わたしが、ヤキモチで聞くのではないヮ。誤解しないでョ」
「母さんにしてみれば、親として子供に対する観護責任の手前、当然のことと思うゎ」
「お天気も良いし、近くの多摩川に散歩に行きながら教えてョ」
と誘い出そうとすると、彼は
「また、母さんにかずけて、観護責任なんて・・、そんな難しい言葉を使って」
「なんか、僕達の付き合いを疑っている様で気が進まないなぁ~」
と、欠伸をしながら返事をしたが、珠子も粘り強く説得して
「お昼に、大ちゃんの好きなカツ丼をおごるヮ」
と口説いて、なんとか散歩に出かけることを承知させたが、彼は手紙のことが気になり、珠子に対し
「姉ちゃん 条件があるんだ。若し、内容が気に食わぬといって、僕に当たり散らさないでくれよ」
「ケチをつけて拳骨で殴られては嫌だからなぁ」
「一応、平和的に話す証人として、タマコちゃんを連れて行ってもいいだろう」
と注文をつけて、遊び仲間のミツワ靴店の娘で小学生のタマコちゃんを誘い出して揃って出かけた。
電話で誘いを受けて退屈していたタマコちゃんは意味もわからず、久し振りに大ちゃん達と揃って散歩に行けるのが嬉しく、愛用の布袋にお菓子を入れて終始機嫌よく付いてきた。
ご丁寧にも彼女になついている隣家の黒猫のタマを抱えて・・
初冬の河原には、柔らかい日差しが一杯に漲っていた。
水涸れのした流れは川底の地形に従って、或るところでは流れが幾筋にも別れ、ある所ではそれが一つになって溶け合って、太く細く銀色の帯を曳きながら、はてしもなく流れくだっていった。
冬一番の吹き去ったあとの、温もりを感じる晴れた日とはいえ、浅瀬の砂利は日差しがほの白く怪しげに淡く照り映えており、ススキの穂も色あせて、やがて寒風が肌をさす厳しい冬の訪れることを暗示しているかの様であった。
三人は草原を見つけると腰を降ろし、互いに気持ちを推し量って少しの間語ることもなく景色に見とれれていた。
一直線にはしってる堤の歩道上には人がまばらに通っており、河を隔てた対岸の堤防越しには、遠く濃い緑の樹木に包まれた中に川崎市郊外の住宅街の屋根が黒や赤色に眺望でき、風も感じられない、のどかで静かな風景であった。
ころあいをみはからって、珠子が「お手紙見せてぇ」と手を差し伸べたので、大助はおもむろに
「美代子さんが内緒にしておいてと書き添えてあるのに、幾ら姉でも見せるのは少し罪悪感を感じるなぁ~」
と呟きながらポケットから渋々と封書を出して渡すと、彼女は気持ちがはやって素早く便箋をだして読み始め
「綺麗な文字で文章も凄く上手だヮ」
と感心しながら読んでいたが、一通り読み終えると
「大ちゃんのことで、美代子さんの家では大騒ぎになったみたいだわネ」
「それと、”クライマックス” と言う場面は具体的にどんなことなの?」
と目を合わせることもなく聞いたので、彼は
「美代ちゃんは、性格的に忍耐強く、それに外人特有の少しオーバーに話したり表現するところがあるので、改めて説明することもないさ」
「それに、相部屋の患者さんもいたことだし、変に頭を回さないでくれよ」
と、タマコちゃんからシャムネコを抱き寄せて頭をなでて遊びながら答えたが、珠子が
「ウ~ン 大ちゃんの言うことも信用できるが、わたしの勘から、一寸、信じられないところもあるヮ」
「本当は、隣の患者さんの隙を盗んで、キス くらいしたのではないの?」
「キスしたからと言って、姉ちゃんは悪いとは言わないけれど、あの子を本当に好きなの」
と、疑い深い目で彼の顔を覗き見して、なおもしつこく聞くので、彼は
「ほれ!始まった。姉ちゃんじゃあるまいし、自分の体験に照らして同じように考えないでくれよ」
と反論すると、珠子は少し顔を赤らめて
「わたしを、巻き込んだ話をしないでョ。いまの大ちゃんの様子から、私の勘が外れているとは思えないヮ」
「母さんには言はないが、わたしや母さんが心配するのは、仲良くすることはお互いに良いことだと思うが、もしもよ、仮に恋愛にすすんだとき、あなた達はどちらも跡継ぎの長男長女だし、それと、どう考えても経済的にも釣り合いが取れないし、いずれは将来お互いに心に深い傷を残して泣いて別れる破目になることが判りきっているので・・」
と言いながら
「それに、文章も文字も上手で、お前より頭がよほどいいし・・。なんか釣り合いが取れないと思うが・・。まぁ、今のうちはいいかも」
と呟いて再度読みなおしていたが、彼にしてみれば姉としては物分りのよいことを言ってくれたので、一難去った思ってホット深く溜め息をついた。
彼等の会話を聞いていたタマコちゃんが、興味深々と小声で
「ラブレターって、どの様に書くのかなぁ?」
と言って、手提げ袋からチョコレートを出して大助に渡し、眩しそうに彼の顔を見て呟いていた。
大助は、タマコちゃんに
「お姉ちゃんが昼飯を奢ってくれるので、お前何が食べたい?」
と、姉と平穏に会話が出来た証人になってくれたこと。と、何時も遊びに来るとお菓子を持って来て呉れるので、そのお礼をかねて機嫌よく話掛けて彼女を嬉しがらせていた。