毎年、卒業式間近になると、街の恒例となっている町民の慰労会を兼ねて卒業生を見送る音楽祭の行事がやって来た。
近隣の中・高生による合同吹奏楽演奏会の日は、あいにく朝からの時雨模様の肌寒い日であり、健太郎も体調を考慮して、遠慮しようと考えていたところ、相変わらず元気で明るく、常にマイペースな秋子さんの娘である理恵子が、玄関に顔をのぞかせて、大声で
「小父さ~ん!。音楽担当のK先生がどうしてもお爺ちゃんに出席して欲しいと、私にお願いに言って来なさい。と、言われたので・・」
と、無理やり誘いにきてくれ、その際、最後にみんなで練習した、小父さんの好きな行進曲「旧友」と「泳げタイヤキ君」を指揮してくれと頼みこまれ、この日のために全員で音合わせした練習風景をこまごまと説明するので、彼の教え子であるK先生の思いやりのある心情と子供達の熱心さに、心を打たれ出席する旨返事をしたところ、彼女も責任を果たせた満足感から、片目で悪戯っぽくウインクして飛び出すように、会場となる自分の通う中学校に帰って行った。
演奏会は、みんなが練習した甲斐があり、例年以上に出来栄えがよく、特に地方大会に出た高校生の演奏は流石に上手で、彼は音楽教育の向上がたまらなく嬉しく思った。
女性教師のK先生の指揮・指導された技術の高さにも感心させられた。
勿論、中学生の演奏も、聴衆の年齢に合わせた童謡などの選曲もよく、大きな拍手を得ていた。
健太郎も、雰囲気にのみこまれ、体調・年齢を忘れて、請われるままに音楽好きの心がうずき、最後の2曲を一生懸命に指揮棒を振り、気分よく会場を後にした。
けれども、30名近い演奏者の中で、男子生徒が5名ほどと少なく妙に寂しく思えた。
やはり、サッカーや野球に興味を惹かれているためかと思うと、生徒を理解できても寂しくおもった。
それから数日後。 健太郎は音楽祭で歳甲斐もなく張り切りすぎて、肩に違和感を感じてベットで休んでいたところ、秋子さん親子が美容院の人達と作ったのでと言って餅菓子を携えてやつて来てた。
秋子さんは彼の様子を見るなり深刻な顔つきで
「もう、大病を患った貴方が一人での暮らすのは健康管理の面からも無理ね」
と、面倒見の良い性格をあらわに出して言うと、娘の理恵子も母親に同調して
「この際、お母さんと一緒になればいいのよ・・」「わたしも、この家で過ごしたいゎ」
と、亡くなった律子を母親の妹と思い込んでいる純真な考えから言葉を挟むと、秋子さんはビックリして
「お前が余計なことを言はないの。なにも判らないで・・」
と赤面して遮り、慌てて深い考えもなく咄嗟の思いつきで
「そうだわ。 節子さんはお似合いと思うけれど。彼女も一人身と聞いているし、どうかしら・・」
「彼女が、ここの家にお嫁に来てくれれば、わたしも隣り近所の人達の目を気にすることもなく気兼ねなく、お邪魔することができるわ」
と言って互いに笑いあった。
彼女も、度々訪れては掃除や料理等の家事をしているうちに、かっては自分の恩師でもあった縁と、彼の亡き妻律子さんとも生前親しく交際していていた関係から、自然と心の片隅で健太郎に秘かに好意をよせる様になっていた。
そんな本気とも冗談ともつかない話のあと、例によってお茶を飲みながら何時もの様に世間話や最近の愚痴をこぼしていたが、理恵子はCDを聴きながら亡妻愛用のピアノを調子よさそうに引いていたが、突然、電話が鳴り、秋子さんが応対に出たあと
「先生、これから中学のK先生がお邪魔にあがるとのことです」
「用件は、なんでも部活の顧問をしている貴方に是非相談したいと言っておりましたが・・」
と説明するや、理恵子は母親の説明を補足するように用件がわかっているらしく
「部員が増え、また楽器も古くもなり、学校の予算では賄えきれないので、OBや一部の保護者のところに、寄付のお願いにあがるのだそうょ」
と説明してくれた。
健太郎も事情が判るだけに無理も無いことだと瞬間思って、さてどうしようかなと思案しているところに、車でK先生と部活の顧問が見えられた。
理恵子は、それに気付くや、素早く隣の部屋に隠れこみ、応対は秋子さんがそつなくしてくれ、部活の様子を説明して30分ほどで帰えられた。
秋子さんは、K先生の印象について、娘の話と大分異なり、静かな話し振りに感心するとともに、立派に教師としての品格を備えていたのに感心したと漏らした。
確かに、K先生は痩身であまり化粧はしていないが、仕事に充実感を覚えているのか、目に輝きがあり、色白でもあり、40歳前半の女性としては、落ち着いた性格から上品な美しさを漂わせていた。
K先生が帰られた後、秋子さんと寄付の額について話し込んでいると、いつの間にか理恵子が部屋から出てきて、健太郎達の話をミカン・ジュースをストローでかき混ぜながら飲むともなく聞いていたが、健太郎達の話に結論らしきものが出ないのに業を煮やしたのか、突然
「小父さん、K先生は綺麗でしょう」
「わたしも大好きなので、ここは大先輩として3万円位はどうなの?。綺麗な先生とお話できた分もふくめて・・」
と話し出し、秋子さんが
「ま~、この子ったら・・。大人の話にわりこんで~」
と半ば呆れて声を出すと、理恵子は母親の言葉にお構いなく、甘えた声で
「ね~、小父さん。1万円を、10円、100円と下から勘定すると大きな額と思うけど、逆に上から、100万、10万、1万と数えてくれば、そんなに驚かなくてもいいと思うけどな~!」
と、健太郎や母親を煙に巻いたように最もらしく話し、健太郎が色々考えながらコップを手にしストローに口をつけたところコップから外れていたのを見て笑いながら悪戯っぽく
「小父さん、空気を吸っているの~」
と、益々話しに勢いを増して、たたみ掛けてくるのには、秋子さんと大笑いした。
秋子さんはその場を繕うように
「この子ったら、変に大人びいて、K先生にゴマをすつて・・」
と、ため息をついていたが、健太郎は理恵子に同調するわけではないが、3万円寄付することを二人に返事をした。
その日の夕飯は、日頃、訪ねて来てはキッチンを知り尽くしている秋子さんが用意してくれ、何時も一人で食事することに慣れているのとは違い、3人で楽しく和気合い合いと話が弾み、健太郎が理恵子に
「銚子をもう一本つけてくれ」
と頼むと、秋子さんが
「理恵子、ダメょ!」
と少し不機嫌な顔をして遮ったが、理恵子は
「お母さん、そんな顔をしてなにょ」
と言って取り合わず、さっさと台所に行き燗をして一本運んできて、飯台に置くと
「飲みすぎて具合悪くなっても、わたしのせいにしないでょ」
と言って、自分の箸を余念なく運んでいた。
健太郎は、そんな理恵子を見ていて、理恵子が日増しに成長してゆくのが微笑ましく思え、この子は、何時ころ、どの様な人と初恋をするのかなぁ~。と、勝手に想像しながら秋子さんと、時折、目を合わせて話合いながら笑いあっていた。