goo blog サービス終了のお知らせ 

日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

蒼い影(9)

2024年03月18日 03時57分43秒 | Weblog

 健太郎の家は、先々代から受け継がれ、床柱や梁それに唐紙戸などに欅材を豊富に用いて建てられている。 
  茅葺で間数も多く居間の天井も高く造られた、今では村でも古い骨董品のような家であるが、どことなく重厚で威厳の趣きがある。
  周囲は防風雪の杉木立に囲まれ、裏庭は小高い丘に向かって杉や楢の木に柿や栗の木が数本混じって、あまり手入れされることもなく少々荒れて繁茂しているが、片隅には小川から流れ落ちる水を利用した人工池があり、飯豊山脈を遠くに望む東向きの玄関脇は50坪ほどの芝生の庭や畑となっている。
 
 家を出ると道に沿って農業用の狭い小川が流れており、両側の田圃の畦には昔ながらに稲をはさ架けするハンの木が5本くらいずつ適当な間隔をおいて植えられ、整備された土の農道を3百米位東に行くと、街の中心部に通ずる舗装された県道が一本はしり、その先は幅員の広い県都に続く国道に出る。
 この県道の脇にも道に沿って幅3m位の川が流れ、冬季には消雪に活用され、川下の市街地に向かって勢いよく流れている。
 
 この時季。 玄関脇には秋から冬にかけて咲き誇った真紅の椿の花が少し残り代わりに水仙が元気良く我が物顔に咲いている。
 街の周辺の林檎や桃畑には、小枝に淡い桃色の蕾が芽吹きはじめており、間もなく白い花が咲いて畑一面を飾るころになると、村中が華やいで、初夏の香りを運んでくれる。
 
 山合いの農村の晩春は日暮れも早く、山の端に日が沈む頃には歩く人も少なくなり、健太郎の家では川のせせらぎの音以外 は水田を渡って来るそよ風の音だけで閑静である。
 廊下のガラス戸を開けると、小川の浅瀬を流れる水音が高ずんだ響きを伝え、珍しく晴れている晩は、月の光が川面に反射して細かく砕けて飛び散る水が金色にふるえている。

 ポチに引きずられて先を行く理恵ちゃんが、♪ 十五夜お月様 一人ぽち 桜吹雪の 花かげに・・。と、歩きながら気持ちよさそうに歌っていたが、静寂に包まれた春の夜道は、昼の雑音からのがれたロマンチックな気分にさせてくれる。
 健太郎は、難しいことは判らないが、欧州の財政危機に端を発して世界中に信用不安をもたらし、対岸の火事と思っていた経済混乱が日本にも及び、この経済の悪化は、いったい何時まで続くのかと思うと、確かに秋子さんが言うように、老後の生活を真剣に考えなければ。と、思うと、理恵ちゃんとは反対に途端に心が重くなった。
 月の光を浮かべた川の水が、よどんだりと或いは激しく流れたりしながら、いずれは悠久の海に押し流されて行くように、人の世もいろいろな問題を咀嚼しながら風にそよぐ葦の様に、大きな流れの中で因縁に導かれて静かに押し流されて行くのか。と、とりとめもないことを考えながら歩いていたら前を行く秋子さん親子に大分遅れてしまった。

 そんなとき、健太郎の左横を影の様に連れ添って歩いていた節子さんが、彼のコートの左ポケットに入れていた彼の手指に絡ませる様に忍ばせて軽く握りしめてきた。
 健太郎も、それに答える様に握り返し彼女の横顔を覗いたら、月の光に映えるその顔には、理恵ちゃん同様に、今晩の出来事に満足しているらしく、軽く微笑みかえし言葉もなく指先に一層力を込めた。
 その手の温もりと柔らかさに、秋子さんの説得を納得して、彼女が共に生きてゆく決意を固めた意思の強さを確かに感じとれた。

 やがて、鎮守様の前にさしかかると、理恵ちゃんが引き返してきて、節子さんに
 「小母ちゃん。母さんは先に行き部屋をかたずけて小母さんに泊まっていただけるように準備するので、先生とお話しをして来なさいと言っていたゎ」
 「わたし、また、迎えにきますから・・」
と、なにか意味ありげな顔で用件を告げると、再び、ポチを促して駆け足で母親を追い駆けていつた。

 節子さんは、前もつて秋子さんと話しあつていたらしく、「はい、有難うね」と返事をして、どちらともなく鎮守様の境内にある木製の腰掛に腰をおろし、健太郎は煙草に火をつけて燻らすと辺りを見回し、大木の隙間から漏れる帯状の月光が照らす周辺の光景が、閑静と相俟って、まるで水墨画のように美しい光景に見とれていたあと、健太郎は数日熟慮して決意した考えを、教え子である彼女に歳甲斐もなく遠慮気味に小声で
 「節子さん、秋子さんが話された様に、宜しかったら私の家を利用されませんか」
 「急ぐ訳では有りませんが、出来うれば生活を共にしていただければ大変有り難いですが・・」
と言葉少なくプロポーズしたら、彼女はいきなり健太郎の両腕を握り、胸に顔をうずめて囁く様な細い静かな声だが、一語一語、自分にも言い聞かせる様に、明瞭に
 「わたしが、健さんを好きでたまらないと正直に申し上げることは、いけないことかしら?」
 「わたし。健さんを、どうしても忘れられず、本当に好きなのです」 
 「どのような困難にも耐えても、貴方に生涯を通じて尽くしますので、おそばにおかせてください」
 「わたし、喜んでお受けいたしますわ」
と小声で答えて、それまでの心の中の葛藤を整理して話して、彼に対する愛を告白した。

 彼女が話すには、それまでに辿った心の道のりは
 健太郎と枝折峠を散歩したあと、秋田の家に帰り母親と妹夫婦に自分で考え堅く決心したことを話したところ、母親は
 「あんたも、薄々感じていたかもしれないが、亡くなった父さんも元気なころは口癖のように、下宿していた健太郎さんと、ゆくゆくは、あんた達が結婚してくれれば、男手のない私達には、この上もないことだ。と、楽しみにしていたが、いかんせん、どちらも、歳が若く、そのうちにと思っているうちに、あの方は転任し、あんたは東京に行き、その機会が消えてしまい、当時は凄く落胆したわ」
 「その後、悦子(妹)に泣き泣き頼んで家に直ってもらったが、あんたも、今日まで頑張り通してきて、いま、健太郎さんと偶然再会し、秋子さんの尽力もあり、その機会に恵まれたとゆうことは、きっと、父さんが天国から、あんたを心配して下さったお陰様だ。と、つくずく思うよ」
 「あなたが、自分で、色々考えて心にきめたのなら、母さんは大賛成だよ」
 「悦子も、幸い良い婿さんを迎え、仲良くして家業に励んでおり、この話には大賛成だよ」
と、家族一同が非常に喜んでいること。
 更に、現在誘われている大学病院での仕事や、長く辛抱した甲斐があって思いを遂げられる女の幸せを手に出来ること。
 また、秋子さんからは、女性としての生活の在り方などを、再三にわたり聞かされ、最後には秋子さんから念を押す様に
 「あなたが、今、決心しないのであれば、先生を何時までも一人にしておけず、 私が面倒をみてもよいのよ」
 「亡くなった奥さんからも、死の間際に、涙を流して懇願されてるし・・」
と、健太郎の生活振りを細かく説明されたこと等を混じえて、熟女らしく遠慮気味ながらも冷静な口調で、これまでの経緯を話した。
 
 そのあと続けて、秋子さんのことについて
 「わたしが、人様から強気だと言われているが、今の世の中、自分を励ます意味でも女世帯は強気を装はなければ生きて行けないのよ」
と、口をすっぱくして言われたこと、更に彼女に対する感想として、人から後ろ指を指されずに生活し、娘さんを女手で育てている彼女の生活力の旺盛さが羨ましく、また、この人が自分の側にいてくれるのは頼もしく思い、彼女に対し
 「わたし、健さんと共に生きる覚悟をしたゎ」 「先輩の貴女には、本当に感謝しています」
と、お礼の返事をしておいたとも話した。
 そのとき、秋子さんが、寂しいのか、或いは先輩としての使命感を達成した安堵感からか、目に薄く涙を浮かべていたので、わたしも、意味がよくわからずに誘われて泣けてしまったこと等、秋子さんのお陰で、今晩に至るまでの経緯を正確に話してくれた。

 節子さんは、一通り話し終えると、心の中の悩みを吐き出した安堵感からか、彼の胸から顔を離し、力強く輝いた瞳で、健太郎の顔を見つめていた目を閉じて、月の明かりに照らされた白い顔を寄せてきたので、健太郎も秋子さんの話から薄々と察していたことなので
 「よく決心してくれたね」「わたしも、貴女がより一層幸せになれるように日々努力いたしますので・・」
 「私達には少し遅れた春かも知れないが、急がずに、静かな家庭を築きましょう」
と答えて、そっと口ずけをして抱きしめた。
 健太郎には、そのときの彼女の黒髪から漂う移り香が、久しく感じなかった異性に対する感覚を甦らせ悩ましく感じられた。
 離れ際に、節子さんは、健太郎の顔を再度見つめて、
 「健さん、貴方覚えていらっしゃるかしら?。私、高校卒業の春、淡い雪の残るお宮様の境内で貴方と二人だけでお別れの話をしたとき、悲しくて泣いてしまったことを。あの時、以来、わたし心の奥深くで、いつも貴方を慕い続けていたのょ」
 「今、やっとその夢が叶いましたゎ」
 「これまでに何度か思いを断ち切ろうとしたこともありましたが、果てしない夢を懲りもせず追い求めてきて良かったゎ」
と、俯きながら感激で振るえ気味に小声で心境を話した。

 話が終わったころ、遠くの方から、理恵ちゃんとポチが駆けてきて
 「小母ちゃん、部屋の用意が出来たので、お迎えにきました~」
と、健太郎達の顔を覗きみながら笑って話し
 「ね~、小母ちゃん、楽しかった~」「わたしも、こんな月夜の晩に、好きな人とデートしてみたいなぁ~」
と、笑いながら話した。

 健太郎は、ポチに「ほら、今度はお家に帰るんだよ」と声をかけて、理恵ちゃんから手綱をとり家路についた。
 別れた後、ポチが時々後ろを振り返るので、健太郎も攣られて振り返って見ると、節子さんと理恵ちゃんの姿が蒼い影となつて闇に消えて行った。
    ♪ 夢に 見てたの  愛する人と  いつか この道 通る その日を
         

 
 

 


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする