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日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

蒼い影 (10)

2024年03月20日 15時14分36秒 | Weblog

 中春の晴れた日の昼下がり。
 健太郎は縁側に出ると、何時もの習慣で煙草をくゆらせながら辺りを漠然と見渡し、紺碧の青空のもとに白銀に輝く山脈の峰々を眺望していると、何時ものことながら神々しさを感じ、千古の昔から人々が山岳の神に畏敬の念をもち、先人達はあの山の彼方に幸せがあると信じて、日々の生活に希望をいだき苦難に耐えて励んできたこと。 さらには棚田や路傍の石碑を見るにつけ、名もない人々が積み重ねてきた故郷の歴史の重みを思い浮かばせた。
 富士山をはじめとして、全国の小高い山々にいたるまで、頂上に『権現様』が祀られているのは、その証しと思はれ、神が仮の姿で現れていると表現した、先人の生活の知恵に心を奪われた。

 そんなもの思いに耽っていたところ。 新任教師として初めて下宿でお世話になって以来10数年振りに逢う、節子さんの母親と妹夫婦が、結婚の日取りや様式などを相談に訪れてきた。
 彼は一同を歓迎して座敷に案内すると、母親は節子さんの再就職前に是非との強い希望で式の話を進めていたところ、玄関前のポチが急にうるさく吠え出した。
 健太郎は、また、見知らぬ訪問販売の人かと玄関に出てみたら、理恵ちゃんが自転車を走らせて来たせいか息を弾ませて、赤い顔に目を黒々と光らせて、健太郎の顔を見るなり興奮しながらも涙声で
 「小父さん、大変だ!」「ママが、お仕事中にお腹が痛いといって、寝込んでしまったの」 
 「お店の人が何時もと様子が違うので、早く山上先生に知らせてきなさい。と、言うので、わたしも、びっくりして飛んできたの」
と早口で告げた。
 その声に気ずいたのか、節子さんも驚いて顔を出し、理恵ちゃんから落ち着いた態度で様子を丁寧に聞いていたが、秋子さんが最近腹部の違和感を話ていたことを想起して看護師の勘で急を要すると判断し、健太郎に、小声で
 「診療所に連絡して入院の手続きをして下さい」「私、これから直ぐ彼女のところに行きますので・・」
と言い乍ら、健太郎に
 「貴方、救急車の手配をして下さいませんか。それと、付き添いその他の手配をお願い致しますわ」
と言うやいなや、身支度を整え、母親達に簡単に事情を説明して留守居を頼んで、理恵ちゃんと自転車で秋子さんの店に行ってしまつた。

 健太郎は出掛ける前に、若井さん(節子さんの母親)に、秋子さんが、これまでに色々と自分の世話をしてくれたことや、今後、節子さんがこの地に縁ずいてくれば、何かと相談相手になってくれる大切な人であることなど、これまでにそれとなく話していたことを纏めて話し、母親達から快諾を得て、秋子さん宅に向かった。
 秋子さんの店までは自転車で15分位かかるが、それにしても、こともあろうに大事な場面でえらいことになった。付き添いを誰に頼むか。留守中の店をどうするかなど、思案しながら広い農道を用心深く進んでゆくと、救急車のサイレンの音が聞こえたので、あぁ、いま診療所に行くのだな~。なにわともあれ秋子さんが診療所に行けば、後のことは落ち着いて考え様と自転車を懸命にこいだ。
 それにしても、節子さんが一緒に行ってくれて助かったと思うと気が楽になり、看護師とはいえ緊急時の判断と動作の機敏さに感心した。

 健太郎は店につくや、普段、秋子さんが仕事上頼りにしている年配の従業員達と善後策を相談したら、彼女達は付き添いには、理恵ちゃんが普段余り近ずかないらしいが、秋子さんの妹さんで、自分で食品店を経営していて、秋子さん同様に気性が強いその人に頼むことが良いと聞かされ、美容院は自分達でやり繰りすると進んで申し出てくれたので、その様にお願いすることにして、当面の段取りをつけて帰ってきた。
 帰宅後、出前の昼食をとり、節子さんの母親と妹夫婦達と、遥か昔の新任教師として下宿でお世話になったときの懐かしい四方山話しや、不幸にも亡くなられた御主人とアユ釣りに行ったこと等、それに最近の街の変わりよう等、義弟となる悦子さんの婿さんにも、若井家との関係を判って貰える様に懐旧談をして夕方まで和やかに過ごしていたところ、理恵ちゃんから電話がかかってきた。

 健太郎も、その後どうなったかと思っていた矢先なので、すぐに電話に出ると、理恵ちゃんが張りのある声で
 「小父さん、すべりこみセーフだってよ!」
と言うので、なんだ野球用語を使ってと、たしなめる様に答えると、彼女は
 「だって、看護師さんが、そういつて教えてくれたんだもの」「わかり易いでしょう!」
と言い、健太郎が付き添いの叔母さんに電話を変わってくれと言うや、理恵ちゃんは急に不機嫌な声になり、なかば怒るような言葉使いで
 「なんで、あの叔母さんをよこしたのよ」「わたし、前に、わたしのお父さんの居所を知っていたら、母さんに内緒で教えてょ。と、頼んだら目から火花が出るくらい怒られたことがあり、それ以来、逢わないことを覚悟していたのに・・」
 「叔母さんは、わたしの気持ちを全然理解してくれないんだから・・」
と愚痴ったあと、尚も不満が納まらないのか

 「あの叔母さん、診察した先生と担当の看護師さん、それに節子小母さんが、母さんのことについて、おそらく大学病院で手術することになるかもしれないが、その前に、検査で一週間位入院してもらう、手術はなるべく早くするように手配するが、その後は3週間くらい入院・安静が必要だ、などと説明を聞いて相談していたら、叔母さんは、急に冷や汗を流して青い顔をして卒倒してしまい、節子小母さんと看護師さん、それに、わたしも手伝い、空いている病室に運び、いま、点滴をうけて寝ているわ」
と、そのときの様子を口早に説明し
 「一番大事なときに、あの叔母さん、三振や~!」
 「小父さんも、ここ一番、大事なときに、とんでもない選手を起用したもんだわ~」
と、またもや、野球用語で言うので、健太郎も慌てしまい、こんなとき野球用語は使うなと再びたしなめたところ、理恵子は
 「だって、判りやすいでしょう~」「わたし、お金を余り持つてきていないので、電話料を節約するために、短く報告しているのに、小父さんまでも、そんな、わからずやなんだから~」
と、口答えした後、今度はからっと声を変えて
 「三振して、寝ている叔母さんに、お昼代をだして欲しいともいえず、空腹を我慢していたら、節子小母ちゃんが近所の食堂に連れていつてくれたので、チャーハンと餃子をヤケ食いしたわ」
と言うので、健太郎も陽気な理恵ちゃんに合わせて、からかい半分に、やけ食いとは?と呆れて聞くと
 「友達もそうだけど、こんなとき、女性は人に愚痴もいえないので、やけ食いしてウサをはらすの」
と、食事に満足したのか機嫌よく話してくれ、最後に語気を強めて
 「あのネッ!、わたし一人で寝るなんて寂しいし嫌だわと心配していたら、節子小母ちゃんが、今晩は小父さんのところで、一諸に泊めてもらいましょうね。と、言ってくれたので安心したわ~。お願いします~す」
と話すと電話をきってしまった。

 今晩は、若井さんの家族や理恵ちゃんも交え久し振りに賑やかな夜になると思いつつも、秋子さんは果たしてどんな病気なのかと、自分達の結婚式とあわせ、心配が心をよぎったが、秋子さんに似て母親の病気にも拘わらず気丈な理恵ちゃんを愛おしく思った。
 

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