日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

蒼い影(4)

2024年02月26日 03時50分45秒 | Weblog

 飯豊山脈を遥か彼方に眺望する様に、遠い昔となった青春時代を語り合うちに、健太郎と節子の二人の間には確かに存在した、互いに抱いた浮き雲の様な淡い恋を覚えたころを、夫々が思いを巡らせているとき、突然、鳴り響いた携帯で、二人は夢を見ているような雰囲気も中断されてしまった。
 
 健太郎が携帯電話を取り出して返事をすると、通話の相手は彼の村で美容院を経営している秋子さんであった。
 彼女は一人身であるせいか世話好きで、時々、娘の理恵子を連れて訪ねてきては、各部屋をこまめに掃除してくれたり、庭の花壇を手入れしてくれ、その合間には、彼女を取り巻く人達の評論や愚痴を話して気を晴らして行った。 
 彼女は、節子さんと同じ郷里で確か高校2年先輩であったと思うが、今は離婚して中学3年生の一人娘の理恵子と二人で暮らしていた。 
 秋子さんは、彼の遠慮気味な歯切れの悪い返事に、何時もの癖で少しじれた口調で
 「お昼に、お邪魔したら留守でしたが・・。何処に、おいでなのですか?。私に連絡もなく・・」
 「普段、あまり留守にしない人が、お家を覗いて心配になったゎ」「私、相談したいことがあったのに・・」
と、例によつて少しオーバー気味に聞いてきた。
 健太郎も信頼している秋子さんだけに、それに、彼女と同郷で高校の後輩である節子さんと一緒なので、彼も気持ちを取り直し意を決して素直に
 「ほらっ、珍しく節子さんが訪ねてきて、家に引きこもりはよくなく、お天気も良いので散歩に出ましょう。と、勧められて、枝折峠の公園にいるんだ」
と返事をすると、彼女は少し驚いた様な声で
 「あ~、あの看護師の”若井節子さん”と~。珍しいわねぇ~」
と、感嘆したあと
 「切角のお楽しみ中、電話をして悪かったわねぇ」「節子さんには、私もお逢いしたいゎ~」
 「もう、暫く彼女にはお逢いしてなく、それに、娘の理恵子が、いつか節子さんの都合がとれたら、看護師に進む心構えや勉強などを直接お聞きしたい。と、言っていたし・・」
と、急に懇願する様に言うので、彼は「彼女の都合を聞いてみて返事をするよ」と言って電話を終えた。
 
 話が終わるや、節子さんは彼から携帯を手にとり「随分ハイカラなのね」と言ったあと
 「なんだか、電話のお相手は女性の方のようね」「私のことをご存知の方?」
と神妙な顔で聞き返すので、彼は躊躇うこともなく秋子さんであることを説明し、時間が許すなら切角の機会だし、お逢いしてゆくかね。 秋子さんも是非お逢いしたいと希望していることだし。と、水を向けたところ
 「そうね~、私も、久し振りに彼女のお顔を見せていただきたいが、何もお土産を用意してないし・・」
と、一寸ためらつたが、私と一諸であることもすでに知らせてあることだし、それに、学生時代、特に部活で仲がよかったところから、直ぐに承知してくれたので、その旨、秋子さんに電話した。秋子さんも非常に喜んで
 「それでは、早く店を閉めて、娘にも連絡して放課後連れてゆくゎ」
 「それに、今日、作った御稲荷さんを持つてゆくゎ。節子さんにもよろしくね」
 「彼女相変わらず美しいでしょう。フフッ」
と、笑って機嫌よく返事をしていた。
 秋子さんは、どちらかとゆうと学生時代から活発で、気立ても強く、それでいて周囲に気配りする人で、健太郎の村に縁があって美容院を開業して以来、彼の亡妻が親しく交際していたことから、互いに一人身となった今では、自然と行き来しする様になり、彼にとっては何くれと無く大変にありがたい存在である。、

 雲の流れがが少し早く多くなるのをみて、どちらからともなく、その場所を離れ峠道をゆっくりと戻りはじめた。
崖を降りる時は、こん度は、健太郎が先に降り、砂利道の急坂では彼女の手を、今度こそ恥ずかしがることもなく、しっかりと握つて身体を支えてやった。 それが、自然に出来たことに、彼は満足感を全身に感じ、彼女も違和感を感じる風でもなく、少しきまり悪そうに照れながらも、それを隠すように微笑んで、彼に抱きつく様にして崖を降り坂道を下った。
 時には横に並んで手をとりあったり、細い道は縦列になり、赤土の坂道に足を取られないように、ゆつくりと歩いて杉木立の並ぶ比較的平らなところにたどり着いた。

 彼等の歩むのが遅いのか、天候の変化が早いのか、いつの間にか、周囲を薄い霧が彼等を視界から隠すように覆い、少し冷たい霧雨が顔を濡らした。
 彼等は、これは早く車のあるところまでゆかなければと、心に焦りを覚えていたところ、細くて小粒だが雨が降りだしはじめ、時折、山間部ゆえにことさら大きく木霊するのか、すざましい雷鳴が周辺の空気を切り裂くように振るわせた。
 その瞬間、彼女は狂おしい様に、健太郎の胸に顔をうずめ、両手を背中に回して、信じられない様な強さで彼を抱きこみ、彼も思わず無意識に彼女の背に手をまわして抱き合っていた。
 雷鳴が鳴り止むと、彼女は、顔を離し、雨の雫で少し濡れた青白い顔で、彼の目を静かに見ていたが、その瞳は、黒味を帯びて力強く輝いていた。
 再び、目を閉じると、その額には前髪が小雨に濡れて少し乱れていたので、彼は優しく手でなでて揃えてやり、きりっとしまつた薄い唇に、自然の流れで、そっと、口ずけをしたが、それは、必然性だけに裏ずけされた肉体の接触でであつた。
 彼女は、その瞬間、抱きついた両手に力をこめ、一層、身体を寄せてきたので、お互いに薄での被服をまとっていただけに、彼はその瞬間、彼女の胸の隆起を通じて心臓の高鳴りが伝わるのを感じた。彼には、それが激しく興奮している彼女の感情を容易に察しられた。

 このことが、罪とゆうのなら、それは、人がこの世に存在し始めたときの、造物主が生み出した原罪とゆうものだ。

 やがて、小雨になったのを好機に歩いて、最近出来たばかりの新しい停留所に辿りつき、そこで一休みしながら服装を整え、霧の流れを見ながら休むことにした。
 彼女はバツクから手鏡をとりだして、背を向けて化粧をすばやく直すと、彼の横に腰をおろし、少し間をとり気持ちを落ち着けてから
 「健さん。私、生まれて初めて、女としての本当の歓びを感じ嬉しかつたゎ」
 「これまで、ときおり、私の心をかすめていた訳も判らぬこの霧の様なものが、すっきりと晴れましたゎ」
 「健さんが言われた、人の心の移り変りのうち、今の私の心は、これが天と言うものかしら・・」
 「湯殿山に祀られている弥勒菩薩は、本当に再生の仏様と思いましたゎ」
 「健さんの健康が許されるなら、何時かはまた、健さんとこの峠道を歩きたいゎ・・」
と、静かに話し終えると、彼女は石碑の方角に向かい、手を合わせ祈る様に軽く頭をたれていた。
 そのスレンダーな後ろ姿を見て、健太郎は、彼女の考えていたことと同じことが自分の脳裏をよぎり、運命とはいえ、その昔、互いの間に訪れた青い鳥を育てることができなかったことが、人生の初秋を迎えた今となっては、悲しい思いとして残った。

 雨に濡れた坂道を、手をとりあい車のあるところまで歩きながら、色々と雑談しているなかで、健太郎は何かで覚えていた
    ”男は初恋。女は最後の恋を忘れがたいもだ”
とゆう諺があると話したところ、彼女も「そうね~。言い得ていて、そうかも知れないはねぇ~」と、寂しそうに沈んだ声で答えていた。    
  



 

 

 
 

コメント
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