日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

(続) 山と河にて 19

2024年02月04日 04時14分12秒 | Weblog

 大助も、寅太や三郎とオンザ・ロックを飲んでリラックスし、囲炉裏端で気心の知れた朋子さんや若い看護師の賑やかなお喋りに雑談が弾んで愉快な雰囲気に溶け込み、皆のテンションが上がって取り留めもない会話をまじえていたとき、三郎が言いずらそうに
 「あのぅ こんなことを聞いて悪いが、前から気になっていたんだが、美代ちゃんは東京のイケメンをどうやってゲットしたんだい」
 「施設の婆さん達が、時々、美代ちゃんと大ちゃんのことを不思議がって、俺に対しボヤボヤしているからこの街きっての美人をよそ者に攫われてしまうんだ。この意気地なしめ。と、きつい皮肉を言われたことがあり、こればっかりは返事の仕様がなくホトホト弱ってしまうんだ」
と、ひょうきんな彼にしては珍しく愚痴めいて零した。
 寅太は、これを聞いて
 「今更そんなことを聞いても仕様がないさ」「学が無い悲しさだよ。学が。。。」
と言って三郎を慰めていた。
 美代子は、若い女性のいない施設の職場環境から、三郎の気持ちが判るような気がして、思いつくままに、当たり障りなく
 「サブチャン そんなこと、わたしにも判らないゎ」 「自然よ・・。自然にこうなっちゃたのょ」
 「サブチャンにも何時かは可愛い女の子との素晴らしい出会いが必ず訪れるゎ。焦ることないわ」
と、彼に同情して少しロマンチック風に答えた。 

 大助が、話を引き継ぐように、言葉を選びながら
 「僕、以前読んだ本で、人は何かを選択するとき、自分の意思で選んだと思うけれども、あとで考えてみると、大きな運命に導かれて、想像すらしていなかった道を歩まされることもある。と、あったが、人の出会いは、偶然と運命が大きく影響すると思うんだ」
 「そして、縁があれば地域や年令等に関係なく、知らず知らずのうちに、その運命に従い深くかかわって行く様な気がするんだよ」
 「勿論、男なら誰しも美しい女性を望む願望があり、それは、その人によって好みが違うだろうが、最後は、そのとき自分の知識に基ずく選択と決断の問題だろうな」
 「然し、素晴らしい出会いがあって夢を持って楽しく交際していても、その人の家庭的環境や職業の都合で一緒になれない場合もあるだろうしなぁ」
 「世の中には、人の助言や慣習等一切無視して、映画もどきに、二人で大脱走駆け落ちなんてこともあるけれど・・」
 「まぁ 僕には、そんな勇気や度胸はないや」
と、軽く酔ったせいもあり、彼にしては珍しく、思いつくままを一気に話したが、黙って聞いていた三郎は、大助の話が飛躍していて自分達の街の環境からは現実的に思えず、なんだか焦点をそがれたようで理解できずに怪訝な顔をしていた。

 美代子は、囲炉裏の炭火をいじりながら耳を澄まして聞いていたが、大助の話の最後の部分が凄く気になり、若しかしたら自分との関係もそうなるのかしら。と、彼の心の深部を覗き見てしまった様で、いいしれぬ不安感で一瞬目が眩み、思わず目を潤ませてしまった。
 この様子を見た寅太は、慌てて話の方向を変えようと、思わず三郎の頭を箸で思いっきり叩き
 「このバカヤロウ!お前の質問は何時も的外れで、会話の調子が狂ってしまうんだ」
と怒鳴りつけ
 「美代ちゃん、皆が愉快に話しているのに、なんで急に涙なんて流すんだ」
 「俺。女の涙を見るのは大嫌いだよ」
と言ったところ、またもや、三郎が悪戯ぽく
 「嘘いえ、時々、無理難題を言って真紀子を泣かせているくせに」
と言ったあと、話に勢いあまって
 「美代ちゃんの涙は目ン玉が青い水晶玉みたいだから、俺等のと違うんだろうな?」
と冗談を言って、彼にしてみればユーモアのつもりで皆を笑わせ様としたが、これが裏目に出て、美代子の逆鱗に触れ、不安定な精神状態に火をつけてしまい
 「サブチャン よしてよ!そんな表現は差別だゎ」「差別には今迄に散々泣かされたゎ」
 「わたしは、れっきとした日本人ょ。サブチャンと同じだわ」
と反論すると、寅太は溜まりかねて、三郎に
 「お前はガクが無いのでこれ以上喋るな」
と、彼の口に手を当てて押さえ付けて睨みつけ黙らせた。 

 そのあと、寅太は時折天井を仰ぎ見ながら、なんとか雰囲気をもち直そうと、トツトツとした自信なさそうな口調で
 「美代ちゃん。俺や三郎は、言ってみれば雀の様で見た目は良くないが、その代わり自由に飛び廻って餌を探し求めているんだ」
 「大助君は、そうだなぁ。燕の様に早いスピードで東西南北を、自分の行く方向を確実に目指して飛んでいる様に思うよ」
 「それは顔には出さないものの、人知れぬ苦しみもあると思うんだ」
 「美代ちゃんは、医者どんの娘で爺さんが可愛いがって、恵まれた籠の中で不自由なく餌を与えられて飼われている、カナリヤのように思えるが。けれども、何時かは、この籠から飛び出さなくてはならないんだ」
 「けれどもども、雀も燕もそしてカナリヤも、皆、誰が作ったか知れないが、俺の好きな詩にあった様に
  ”青いお空のそこふかく 海の小石のそのように 夜がくるまで沈んでる。 
        昼のお星はみえぬけど、見えぬけれどもあるんだよ”
 とゆうのがあるが、受ける意味は人によって様々だろうが、俺は、時々、これを思いだすと、今は街の片隅に沈んでいるが、何時かは自分の店をもとうと、不思議に夢が膨らむんだ」
 「三郎も、今は見えないが、何時の日かは、施設の婆さん達もビックリする様な素敵な彼女が現れ、日夜、心を焦がす春が必ず訪れるよ」
 「大助君も美代ちゃんも、これまでに何度か苦しい峠を越えてきたと思うが、まだまだ、この先、もっと高い峠を、俺達同様に難儀して越えなければならないと思うんだ」
 「だから、美代ちゃんも、ちょっとしたことでメソメソするなよ」
 「いいかっ! これからは大助君のスピードについて行ける様に、飛び立つ練習をしろよ」
 「競泳の選手だったときの勝負根性を発揮すれば、籠から抜け出て自由に羽ばたけるカナリヤになれるよ」
 「そのために、俺達に出来ることがあったら、どんなことでもして応援するよ」
と、彼にしては精一杯全知全能を傾注して、彼女を慰め励ましていた。
 聞いていた三郎は
 「寅っ!お前すげぇこと知ってるな」
と言うと、彼は
 「俺は毎月給料を貰うとき、必ず社長の山崎センコウに説教されているからさ」
と煙に巻いていた。

 涙を拭きながら黙って聞いていた美代子も、寅太の懸命な説得に漸く落ち着きを取り戻し
 「寅太君、有難う。 大ちゃんの判りにくい話より、君の話のほうが、よっぽど判りやすいゎ」
 「サブチャンも、悪気はないと思うけれど、只、一寸、悪戯が過ぎるゎ」 「二人は名コンビだゎ」
 「さっきの詩は、”金子みすず”の詩でしょう」
 「あの人の詩集”雀の母さん”もいいわネ。わたしも大好きで詩集を買って読んだゎ」
と言って笑顔を取り戻し
 「時々、わたしを、不安にさせて悲しませるのは、この大助君だゎ」
と言うや、箸の先で彼の脇腹を突っいた。 
 大助は大袈裟に「アッ! イテテエ」と、おどけて叫んだが、顔は笑っていた。
 寅太は、何とか、でまかせの話で雰囲気が和らいだとみるや、新聞紙に残った刺身やフライを少し包むと  
 「引越しも無事終わり、老先生や年寄り達の訳の判らぬお経も聞いたし、久し振りに同級会もして、今日はいい日だったなぁ」
 「これから、熊吉の家に行き愛犬の”コラッ”におすそ分けしてやるんだ」
 「コラッの奴は、恩を忘れず忠実で可愛い奴だよ」
と言って、三郎を連れて機嫌よく帰っていった。

 その夜、美代子は賄いの小母さん達と後片ずけしたのち、入浴しながら大助の話を断片的に思い浮かべては、あれこれと思案した。 
 そのあと、丁寧に身ずくろいして大助の部屋に行き、お爺さんの計らいで新調されたベットを見て
 「セミダブルでは一寸狭いわね」
と言いながら、草臥れて先にベットで横になっていた、大助の脇に入り
 「わたし達、長男長女で、結婚の環境は決して良くないが大丈夫でしょうね?」
 「さっき、彼等に話していたことが気になって・・」
と、話掛けたが答えずにいる彼に
 「今朝、母さんと婦長の節子さんが君の家にお邪魔して、事情を説明しているのょ」
 「結果が心配でたまらないゎ」
と、話を蒸し返すと、彼は
 「まだ、そんなこに拘っているのかい。只管、忍耐強く努力するのみだよ」
 「僕は、自分の判断で決断したことに、最後は皆が納得してくれると思うよ。だから、全然心配なんかしていないや」
と答え、更に
 「それより、僕達が結婚するまでには、例えば昨年二人で初めて旅行した箱根の乙女峠や十国峠等の様に険しい難所を越えなければならない難問が控えているが、超えたあとには素晴らしい景観が眺望できるように、辛く苦しいことがあっても二人で努力すれば、その彼方には必ず幸せがあると信じているので頑張ろう」
 「それが、僕達に与えられた運命だよ」「今はそれを目指して毎日勉強に励むことだなぁ」
と言ってくれたので、彼女は大助の揺ぎ無い自信に満ちた言葉に安心感を覚え
 「わたし、どんなことがあっても、大ちゃんについて行くゎ」
と言ったあと
 「スキッ! アイシテイルヮ」
と小声で囁き、彼にしがみついて離れようとせず、自分の部屋に戻ろうとしなかった。  

 母屋に近い、小川の絶え間ないせせらぎの音と、何処か遠くで啼いているフクロウの声が、静寂な山里の郷愁を誘い、彼等は深い眠りについた。   
 
 

 

 

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