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母はふるさとの風

今は忘れられた美しい日本の言葉の響き、リズミカルな抒情詩は味わえば結構楽しい。 
ここはささやかな、ポエムの部屋です。

春の風 はなこ・ナターシャ

2015年04月30日 | 
朝日のあたる部屋で
かわいいはなこは眠る
いつもの位置
籐椅子の上で

眠るような姿 抱けば
絹のような体の手触り
暖かい丸みのある快適な重さ
可愛い繊細な顔立ち
しなやかでほっそりした長い手足は
来た道をとおり風になって
今日家を出てゆくのだ

仔猫の時代を過ぎ
美しい長かった成熟期を超え
熟した柿がとうとう地面に落ちるように
呼吸を止めて
天にあるという
永遠の猫の国に住むことになったのだ

いつかわたくしの体の一部になり
あ・うん でなく
あ・にゃん の呼吸で
過ごした長い長い 18年1月と1日

母娘として過ごしたいのちの位置は今日からは
あの世とこの世に隔てて存在するとしても
数え切れない思い出の幾つもが何もかもを平らに繋げてくれるだろう

小鳥たちの声がする
四月十五日の晴れた静かな朝
長い丘陵 丹沢の山 武蔵野のみどりを眼下に
毎朝眺めた目は閉じられて
籐椅子の上で三色すみれを胸に横たわるねこ

軽やかな足音が途絶え
水を飲むシャラシャラ の快音が絶え
突風のように反転した三日間
わずかなその間に隔てられた 河

心には穴というより
天と地に
モーゼの海の大波が押し寄せ
世界が総て消えゆくような
脱力と空白


祈りの折り鶴たちを足元に
ベランダのハーブを緑色のリボンで束ね
フリージャー、匂いあらせいとうとブルースター
ピンクのカーネーションを束ね
家に咲いた花たちと飾り置き
天使になった はなこ・ナターシャとの別れ

彼女はその使命を終えて風になって
わたくしを離れもとの場所
神々のもとへ戻っていったのだ



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四月五日の花の下

2015年04月05日 | 
春の花の揃って咲く日に父さんは
横たわってもう起きて来なかった
閉じた目もとは生きているようでやさしかった
お腹の上で組んだ指はとても太くて
山の男の骨は老いても強く強靭で
容易には焼けおちなかった
焼いたはずの老人の骨が太くて多すぎて
壺に入れるのに
おんぼうは汗びっしょりになった
誰が97年のいのちの抵抗を知るだろう
骨になってもまだ父さんは
明治から大正 昭和 平成にまで継続を
し続けようとするかのようだった

春の梅 水仙 ヒヤシンス 椿 しだれ桜
夏の百合 ダリア 百日草に赤いカンナ
秋は自慢の菊鉢の群れ 糸菊 豆菊 懸崖の菊
一年中花が絶えない花の庭を
遠くから観に来ては縁側で茶を飲み遊んで行った村人たち
彼らももう今はいなくなって久しい

富士の浅間神社の神様の名にちなんだ花の名を持つ父さんは
桜の満開だったふるさとの空の下
この世との別れを悲しむこともなく
長い人生を終えて去った

桜の花がはらはら散り
誰も涙も流さずにのどかに
食事をした春の日の焼き場の待合の部屋
爛漫の色溢れる花の季節
父さんはもの言わぬ静かな存在になって
空の上にある新しい国で住むことを決めた

最後に生まれて来た私は
毎年白いご飯を盛り
大好きだったマグロの刺身と熱い茶を供え
白いストックの花と菜の花を供え
青い空に消えたとうさんとの
別れの日を思い出す

故郷の山山は今は父さんになり
懐かしい家と今は花の咲かなくなった庭を
静かに眺めていることだろう




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