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はなこのアンテナ@無知の知

たびたび映画、ときどき美術館、たまに旅行の私的記録

(14)ブラック・ブック(蘭・独・英・ベルギー合作)

2007年04月02日 | 映画(2007-08年公開)


 ハリウッドでも活躍するオランダ人映画監督ポール・バーホーベンが、『4番目の男』(1979)以来27年ぶりに故国オランダで撮った作品。構想20年、オランダ・ドイツの名優・人気俳優を揃え、オランダ映画史上最高の制作費(25億円)を投じて完成させた渾身の一作らしい。彼のハリウッド進出作品はもう何本も見ていて、エロチシズムと暴力が持ち味との印象を持っている。しかし本作は彼自身の、戦争にまつわる記憶の断片を描くという側面を持っており、彼ならではの娯楽性やダイナミズムを追求しながらも、一連のハリウッド作品とは一線を画すもののようだ。

 舞台は1944年、ナチス・ドイツ占領下のオランダ。ユダヤ人女性ラヘルの波乱に満ちた体験の回想である。ユダヤ人ジェノサイドに邁進していたナチス・ドイツの占領下で、ユダヤ人であるラヘルを取り巻く状況は悲惨なものだった。歌手だった彼女は仕事を失い、両親・弟から一人離れ、隠れ家に身を潜める毎日。そんな彼女の唯一の息抜きは禁制の英語の歌をレコードで聴くことだった。そんな彼女に朗報が舞い込む。レジスタンスを自称する警察組織の人間が、すでに連合軍によって解放されているオランダ南部への脱出を手引きしてくれると言うのだ。その話に乗るラヘル。逃走の際には金品が何かと役立つとアドバイスされ、父が信頼を置くオランダ人公証人スマールの元を訪ね、父が彼女の為に預けていたダイヤモンドやお金を受け取る。その時、スマールが手渡したお金を数えようともしないラヘルにスマールは忠告する。「簡単に人を信用するな。今は危険な時代だ」 この忠告は、この映画を貫く骨子と言えるだろうか。手引きを受けたユダヤ人達の中には両親と弟もいた。船着き場で家族との再会を喜ぶラヘル。しかし…思いがけない裏切りに、復讐のヒロインと化した彼女は自らの過去を封印し、エリスと名前を変えてレジスタンスに身を投じるのである…タイトルの「ブラック・ブック」とは、物語の鍵を握る手帳のことである。そのブラック・ブックはどんな真相を語るのか…

 見ての感想を結論から言うと、面白かった。ヒロインの視点で誰が味方で誰が敵なのか疑心暗鬼の中、或いは物語の観察者として何が善で何が悪なのか考えあぐねながら、先の読めない展開に最後まで目が離せなかった。本作は一般的に英雄視されているレジスタンスの暗部を描いてオランダでは大反響を呼んだらしいが、果たして人間の関わる物事に、絶対善や絶対悪はあり得るのだろうか?人間は善悪の両面を持ち、常にその行動の前には良心(善意)と悪意の葛藤があり、心の振り子が善と悪のどちらにより触れるかで、結果的に善行を行うか、悪事を働くかに分かれているに過ぎないのではないか?―と常々思っている私には、本作で描かれていること(裏切りの数々?)は、それほど意外なことではなかった。それから類推すれば、価値観であれ、歴史観であれ、時代の趨勢や見る者の立場によっていかようにも変わるのだと思う。今自分が価値を認めているものや正しいと信じていることが、明日にはどうなっているのか―誰にも確実なことは言えないのではないか?人間はそんなに立派な存在(”万物の霊長”なんて、これまで人間がして来たことを振り返れば、恥ずかしくて言えない)ではないはずだから。

 過酷な運命に強い意志で立ち向かうヒロインにはオランダ人女優カリス・フォン・ハウテン。彼女は時には全裸の、時には糞尿まみれの、文字通り体当たりの熱演で、監督の抜擢に応えていた。その彼女の愛人で、ナチスの将校ムンツェ役にはドイツの名優セバスチャン・コッホ。彼は『善き人のためのソナタ』での社会主義体制に翻弄される演出家役が記憶に新しい(蛇足ながら、実生活でもこの二人は本作での共演をきっかけに恋人関係に発展したそうである)。この二人を軸に、レジスタンスとナチスドイツの熱い攻防が展開するのだ。確かに冒頭から胡散臭い人間はいる。注意して見ればすぐに判る。それでもヒロイン、エリスの立場からすれば信じたいのだ。人は自分を取り巻く状況が苦しければ苦しいほど誰かを、或いは何かを信じ、それにすがらずには生きられないのかもしれない。それがたとえ不確実なものであっても。

 映画の冒頭の、イスラエルでの平穏な日々も、描かれた時代を見れば~1956年10月に何が起きたのかは歴史年表に記されている~それが束の間のものであったことを暗示していたのだと後で知って、私はバーホーベン監督の透徹した人生観を改めて思い知らされたのだった。
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