
本作が描いているのは、インド系イギリス人の少女ジェスが、帰属するインド人社会の旧態依然とした価値観や伝統に縛られながらも、葛藤を経て自らの人生を選び取って行く物語。
異郷に在りて民族(ルーツ)の誇りを忘れず、謂われのない差別や偏見と闘いながら、新天地に根付いて来たであろう一世と、祖父母・親世代のルーツへの拘りを理解し尊重しつつも、移住先の社会に同化して行く2世3世。
同化は自然な流れ。2世3世にとっては、そこが生まれ故郷なのだから。世代間に横たわる互いへの違和感~ギャップはインド系イギリス人に限らず、全ての移民社会共通の問題なんでしょう。
グリンダ・チャーダ監督自身、ヒロイン、ジェスと同じインド系イギリス人女性。ヒロイン像は、若き日の監督自身の投影でもあるのでしょうか。監督は脚本も手掛けています。
以前、ヤオハン(スーパーマーケット)が積極的に海外展開していた頃、ロンドンで開店間もない店舗に行ったことがあります。そこは中心部からかなり外れた場所で、私が訪ねた日中は街自体が閑散としており、道行く人は有色系の人が多かったように記憶しています。
今年の3月に久しぶりにロンドンに行った折には、時期的(季節及び私が活動した時間帯)に観光客が多かったのかもしれませんが、アラビア語を始め、仏・伊・西・露・中と多言語が聞こえて来て、地下鉄の乗客が殆ど非英語圏の人なのに驚きました。現地在住の日本人にも「ロンドンは本当の意味でイギリスじゃないんだよ」(2015年時点で、ロンドン市民の過半数が移民)と言われたのが、今も印象に残っています。
本作はタイトルがタイトルだけに、英国サッカーの貴公子デイヴィッド・ベッカムに夢中な少女の物語かと誤解されがちですが、描かれているのはサッカーを通じて自らの道を切開いて行く、マイノリティーの少女の成長。
実は大甘な邦題の陰に押しやられてしまった原題に、
作り手の熱い思いが込められているような気がします。
原題のBendには二重の意味が込められているのではないでしょうか?
即ち、「ベッカムのように絶妙なボールコントロールで、
ジェスがシュート球をゴールポストめがけて放つ(曲げる)」と
「ジェス自身が伝統の呪縛から離れて新しい一歩を踏み出す*」
(*bendには新しい方向へ「向ける」と言う意味もあります)
しかし、最近よく見られる”原題をそのままカタカナ表記”では、残念ながら多くの人にとって意味不明でしょう。配給会社にしてみれば、本作のターゲットである客層(若い女性?)をキャッチする為の苦肉の策としての、タイトルの”恋して”だったのかもしれません。
本作の日本公開は日韓WC開催の翌年で、ちょうど日本がベッカム・フィーバーで沸いていた頃?ベッカム人気に便乗したとも言えるでしょうか(笑)。
尤も、現在公開中の映画『GOAL!』の女性版と言った趣ながら、移民社会における世代間の葛藤、家族愛、友情、個人の生き方、そして女子サッカーの現状と、様々な要素が絶妙に絡み合う展開で、こちらの方が格段に見応えあり、改めて考えさせられることも多く、心に残る作品と言えるのではないでしょうか?
しかも制作年は2002年と先駆け。制作予算を除けば(『GOAL!』はいかにもお金をかけて作った印象)、あらゆる面で本作の方が勝っているような気がします。
今をときめくキーラ・ナイトレイが、広く世に認められた作品でもあります。主役のジェスを演じたバーミンダ・ナーグラもチャーミング。DVDだと楽しい特典映像が付いているようです。
甘ったるいタイトルで今まで敬遠されていた方、たまたま今まで未見の方、是非ご覧あれ

