今日紹介するのは、岩田靖夫『
ヨーロッパ思想入門』である。岩波書店から出ている新書であるが、岩波新書ではなく、
岩波ジュニア新書の方である。ジュニア新書と言えば、中高生を対象としたシリーズであるが、岩田氏のこの著書は子供向け入門書の域を超えている。80年代以降のニューアカデミズムにかぶれ、古典を馬鹿にしているような、晦渋趣味、衒学趣味の大人にこそ読んでもらいた一冊である。もちろん現代思想も魅力的で、刺激的ではあるが、やはりヨーッロッパ思想の根幹部分をよく知っておいた方が良いのではないだろうか。
本書の構成はこうである。
第1部 ギリシアの思想
第2部 ヘブライの信仰
第3部 ヨーロッパ哲学のあゆみ
第1部では、哲学の起源であるギリシア哲学について概説している。ちなみに岩田氏はギリシア哲学の泰斗である。第2部はヘブライの信仰、つまり旧約聖書と新約聖書について書かれている。ヨーロッパの精神的基盤であるユダヤ、キリスト教の解説にあてられている。
ヨーロッパ思想史を概観するためには、ギリシア哲学と聖書という二大基軸をおさえることが肝要である。
ヨーロッパの思想の根幹をなすものは、「知」としてのギリシア哲学と「信」としてのユダヤ・キリスト教であり、その二大源流について学ぶことで、近現代哲学もクリアになってくる。中世および近現代哲学はこの著作の第3部で取り上げられる。
岩田氏が取り上げる第3部の哲学者だが、アウグスティヌス、トマス・アクィナス、オッカム、ルター、デカルト、カント、ロック、ロールズ、キルケゴール、ニーチェ、ハイデガー、レヴィナスといった具合である。奇を衒ったものでなく、オーソドックスなラインナップであり、「知」と「信」との絡み合いから生成したヨーロッパ思想の概観にはもってこいである。
クリアカットだが、安っぽくない。構成もよく練り上げられており、平明で知的でそして柔らかい文章で綴られている。「借りてきた言葉」ではなく、岩田氏の言葉で書かれている。
また岩田氏には『
よく生きる』(ちくま新書)という著作がある。これも新書だが、なかなか格調の高いつくりとなっている。『ヨーロッパ思想入門』はやや教科書的な本だが、『よく生きる』は「幸福」「他者」「神」「社会」を巡る諸問題について語られたものである。「○○の思想を解説する」「○○という書籍の注釈をする」あるいは「○○という概念の定義付けをする」狙いのものではない。人間が抱く原初的な疑問や驚きを、古典をふまえながら考えていくタイプの本である。公演をまとめたものであり、口語で読みやすい。
岩田氏のものではないが、西洋哲学史について書かれた新書から、熊野純彦『
西洋哲学史―古代から中世へ』(岩波新書)も挙げておきたい。原典が多く引用されているが、その解説にとどまることなく、「思想」「知識」「読解」から「思惟」「思考」へと向かうように書かれている。つまり「○○は~である」式のものではなく、古典を紹介しながら私たちがある問題について考える為の道しるべをしめしてくれるものである。つまり知識を与える本ではなく、思考のきっかけを作ってくれる本なのである。熊野氏のうつくしく論理的な文章も素晴らしい。
最後に、これらは新書ではないが、岩田靖夫の著作で興味深いものを紹介しておく。ギリシア哲学、宗教思想(聖書、キルケゴールなど)、レヴィナス、ロールズに興味のある方は是非お読みいただきたい。
『
神なき時代の神―キルケゴールとレヴィナス』(岩波書店);キルケゴールについての記述はごくわずか。レヴィナスの宗教哲学に関して、もっとも重要なもののひとつ。
『
神の痕跡―ハイデガーとレヴィナス』(岩波書店):ハイデガーの存在論、レヴィナスの宗教哲学について。ギリシア哲学も。
『
倫理の復権―ロールズ・ソクラテス・レヴィナス 』(岩波書店):ギリシア哲学と現代倫理学に関する名著。
『
西洋思想の源流―自由民の思想と虜囚民の思想』(放送大学教育振興会);1部から10部は自由民の思想=ギリシア哲学(ソクラテス、プラトン、アリストテレスなど)。11章から14章はヘブライズムの流れ=聖書の世界(ただこの部分は坂口ふみが執筆)。15章は現代倫理学(ロールズとレヴィナス)。