yabmaroom

☆yabmaruとその仲間たちののほほん日記☆

私が一番嫌いなとこ。

2007年01月29日 21時32分08秒 | ホスピタる~む

それは病院
これはもう昔からで、小さい時は病院で泣き喚いてました
なので風邪ぐらいじゃ病院には行きません。
がしかし、今回は行かざるを得ない事態になってしまいました

先週からずっと下痢気味だった私。
最初は「何かに当たった?」と悠長に構えてたけど、
3日経っても4日経っても治らない
しかも私は1日1回タイプなのに、3回も4回も出るのだ
これはヤバイと思い、便をチェックするとなんだか血が混じってるような
そこからテンションがた落ち
もう悪い想像しか出来なくなってしまいました
意を決して休み明けの今日、私の大嫌いな病院に行ってきました。

ちなみに自慢じゃありませんが、過去2回、行った日に「入院出来る?」
と言われたことがあります。
それを「無理です」と言って帰ったのは私です
ちなみにその2回とも、で1ヶ月以上寝たきりでした
そのぐらい嫌いなワケで、だから行った時もかなり悪かったりするのでしょう。

まず引っ越してから大きい病院に行くのは初めてなんで、
それ自体も緊張しました
自分の病気の状態は自分が一番良く分かるので、
それによって町医者にかかるか総合病院に行くか決めます。
もちろん今日は総合病院。
検査の結果を1週間とか待てないし


到着から1時間ほどで診察室に呼ばれる。
女医さんだった。
だからかちょっと安心感が出た
お腹触られて、熱測って、フッと見たら、何やらチェック項目が…
「きたな、血液検査」とここまでは余裕だった。
その項目もなんだか見慣れたものばかり。
が突然、身が凍るような文字が見えた

腫瘍マーカー・・


あぁ、それでガンの可能性があるかどうか調べるってワケね。
う~ん、コレは見たくなかった

そしてそのまま採血室へ移動。
大きい病院だけあって、まるで銀行のように番号札を貰って、
ピンポ~ンの音と共に番号が表示されるシステム
こりゃすごい。
昔採血をするのに注射器でなく針+管+試験管みたいな
やつになったときもビックリしたもんだが、いやはや病院の
システム化と言うか、進化もスゴイですな。
ってそんな悠長なことを言ってる場合でなかった
10分ほどで私の番号のランプが点く。
看護士は…なんだか若そう
おまけに何回も何回も針を刺す位置を確認してる
大丈夫かなぁ
じぃ~~っと見てたら、う~ん血管に入ってない
イタイです~、グリグリしないでぇ~~
流石に血が出てこなくて分かったのか「痛いですか?」だって
「痛いです」とハッキリ答えたらやっと針を抜いてくれました。
私、35年生きてて採血失敗されたの初めてです
ちなみに失敗したのがコレです。

素人でも採れそうな血管だと思いません?
こんなに見えるのになんでハズす
しかもちょーギリギリに

腕は反対に替えられ、かなりビビりましたがなんとか今度は
一発で成功してくれました
良かった。


それから1時間ほど待ってたでしょうか、再び名前を呼ばれ診察室へ。
怖い…ちょーーーーー怖かったです
結果は…シロ
とりあえず血液検査の結果は大丈夫でしたが、
様子を見て治らないようならカメラです
これは、生涯一恐ろしい診察です…。

とにかくこの1週間で治ることを祈りたいです
粗食続きで体重もアッと言う間に2kg近く減
もう痩せたくないですー


お気楽中国人の災い

2007年01月24日 16時48分17秒 | ビジネスる~む

今日は社長と先輩が東京出張。
よって私一人のはずだったんですが、展示場を別の会社に貸すということで、昨日から明日まで3日間㈱O(オー)の展示会が行われている。
このOって会社、なんだかとってもヤな感じ
と言うのはオヤジがとても多く、みんな無礼なんです
普通よその会社をお借りすることになったら、
かなり腰低いじゃないですか?
そんなのはまーーーーったくナシ
昨日はラジオのヴォリュームを1ぐらいに下げられ、
全く聴こえずブチギレそうになりました
しかも私たちに一言も聞かずにですよ


そして今日もキレることがいっぱいありました
とにかくこの会社の人たち、ウルサイ
の着信とかマックスだし、持ってきたも勝手に繋ぐ。
しかもそのヴォリュームもマックス
普通パソコンって音小さく設定しますよね?
コピーも勝手に使っちゃうし、最後はサーバーのお水まで飲みやがった
しかも紙コップも何個も使ってポイ捨てするし、
もぉ~~~~ぅ耐えられません
中国人も2人いてそのうちの一人は電話で、機関銃のように10分以上真横で話してます


うるさい~~~~っっ


ラジオの音よりお前らがうるさいんじゃぁ~~っ
誰か助けて下さい
ちなみに今、その方達を背にしながらコレ書いてます。
そのぐらい精神が冒されてるのです。
何かやってないと頭が爆発しそうなんです。

しかし…

中国人ってみんなこんな風なんでしょうか?
そしてこんな状態なのに誰も何も言わない(7~8人います)のは社風?
あり得ないです。
あ、言った尻からまた水勝手に入れて飲んでます
そしてまたデカイ音で携帯が鳴り響いています
終業まであと1時間20分
果たして耐えられるのだろうか…


今日は愚痴ブログになっちゃいました
みなさんお許しを~


ソフバ練習日&新年会

2007年01月22日 23時56分43秒 | スポーツる~む

土曜は1時から月一のソフバ練習日で和泉市まで行ってました
最近は男性の方が出席者が多いので、練習とは言え結構怖いです
と言うのも、やはり男性はサーブも強いしブロックも高いので、
自分のせいで点数を取られる確率が上がるワケですよ
レシーブもそんなうまかないし、とりあえずヤブ丸必殺へなちょこサーブ
点を取るしかないんですよねぇ。
まぁこの日もそこそこサーブでは得点稼げたとは思いますが、
スパイクは数えるくらいしか決まらなかったですねぇトホホ

この日は試合もですが休憩時間もかなり楽しかったです。
先月誕生日を迎えたモリコは、アンパンマンさんにケーキをされた
みんなの分も用意して頂いたんですが(アリガト)、
モリコのだけイチゴのいっぱい乗った特別仕様
それを休憩の度に箱を開けてチェック(誰も取らんっっちゅーねん)
そして「まだ食べません?」とみんなに聞く
誰も食べないからガッカリ
そのせいで次の試合が負けたとか言う。

そして休憩中にたまたまボールがケーキの方に飛んできたら
凄い目つきでボールを蹴った人を睨む。
どうやら何よりケーキが大事らしい
「もう食べてしまいや」って言ったら、ちょー嬉しそうな表情で
「じゃあいただきます」って幸せそーに食べてました。
アンパンマンさんもここまで喜んで貰えたら、
買ってきた甲斐があったんじゃないでしょうか。

後、この日も(毎回何故か出る)柔軟の話に。
膝を折って足先を左右に開くように座れるかと言うのを
やり始めたんですが、女性は全員クリア
ところが男性陣はなかなか出来ない人が
こんな具合に…


えっ
カトさん、それマジっすか?
なんか膝、プルプルしてません?
確か以前も違う柔軟で無様なことになってましたよね
う~ん、毎回使えます
そしてモリコは逆に柔らか過ぎてキモかった
膝も足先も床につけたまま180°に開いた足先を、
そのまま前へ動かし出したのだ。(写真は小猿さんからお借りしました)

その足先はあれよあれよと言う間に前で揃ってしまった
アナタ、間接外れてません?

怖かったっす
みなさんもヒマだったら試して下さい。
絶対膝は浮かしちゃダメですよ。


いつも通り練習は5時で終了。
その後はで長居に移動。
新年会は米さんの友人のお店の焼き鳥屋さんで行われた。
お店の名前はちょび
店内もなかなか良い感じだったんですが、
何故か懐メロがずぅ~~っと流れてるのが不思議でした??

最初はお造り。
ささみは食べたことあるけど、ココロとか砂肝とか初めて食べました
コリコリしておいしかった~
そのあとのお料理いろいろもおいしく頂きました
最後はアイスのデザートまでつけて頂いて、
いやはや、最後までお心遣いありがとうございました
またみんなでお邪魔するときはヨロシクで~す

食事の後は小猿さんの「歌めっちゃうまいっすよ」と言う自信を確認する為、
みんなでへgo
確かにウマイ。
でも普通にウマイ感じ
ってか声デカイです
ゆず、良い感じでしたよ
(見てるかもしれんからいちおーホメとこ)

私は最初に入社した会社で恐ろしく歌がうまい人が多かったので、
あまりカラオケでウマっって感じることはないです。
あの時のメンバーの記憶があるので、なかなか塗り替える人は
出てきませんねぇ。
ちなみにその方はチャゲアスがめーーっちゃウマい人でした
聞く機会があるのならまた聞きたいぐらいです
後にも先にも、あの方を超える人は出てこないと思いますね。

そんなこんなで2時間歌って終了。
楽しく充実した新年会を終えることが出来ました。


いやぁ~やっぱ宴会ノリ、ワタクシ大好きですわ


旅立ちのとき3

2007年01月18日 19時23分41秒 | ホスピタる~む

最後の日は告別式。
私はこの日朝5時半に起きた。
連日深夜までの弔いで心身ともに疲れ切っていたが
最後にやらなきゃいけないことがあった。

お姉さんは生前、パンが大好きだった。
私に出来る最後のこと、それはパンを持たせてあげることだと思った。

旦那には内緒でこっそりやろうと思って作業を始めたら、
叩く作業が上の階にも響いてしまったらしく、
泥棒が入ったと勘違いしたみたいで、起こしてしまった
ごめんよ…
出発ギリギリの8時半までかかって、そのまま焼きたてを
網に乗せたまま車に乗り込んだ。
味見をしたらとてもおいしくやけていた
最初で最後の焼きたてバターロールを6個、袋に詰め込んで
リボンをかけた。

会場には9時半頃到着した。
そこに映された写真の映像を見て、なんだか淋しげに見えると
親族から声が聞かれた。
お父さんも、「昨日はそんな風に見えんかったのに…」と。


式は11時半、予定通り行われた。
お通夜も併せると、かなりたくさんの方が弔問に来られた。
ご焼香の前では顔をゆがめて震えながら祈る人が何人も居て、
その人たちの表情を見ることが出来なかった…

告別式の最中には、お姉さんの生前の写真がスライドショー形式で流された。
司会者がおいたちを語る。
エレクトーンの生演奏までかかる。
曲はコブクロの
お姉さんが大好きな曲だった。


舞い上がる花びらに吹かれて 
あなたと見た春を探す
小さなつむじ風泣いている
この風は あなたですか
次の春も 吹きますか



追いかけるだけの悲しみは
強く清らかな悲しみは
いつまでも変わることのない
君に中に 僕の中に 咲くLove



旦那が泣き崩れた…
この瞬間のこの曲はかなり効いた…
たった一人のお姉さん。
誰よりも想いが強かったのだろう。


そして最後のお別れ…

棺が祭壇から下ろされ、献花のために蓋があけられる。
お母さんが泣き叫ぶように娘の名前を呼びながら、
娘の顔を抱えるように崩れ落ちる…
お父さんも、旦那も、私も、みんなみんな声を上げるぐらい泣いた。
友達の一人が叫ぶ。

「○○ちゃーーーん、目ぇ開けてぇーーっっ
 目ぇ、開けてよーーーっっ

その言葉が式場に響き渡り、更なる悲しみを誘った。

私はパンをそっとおいた。
『もっと早く、作ってあげたら良かったね
 遅くなって、ゴメンね
旦那はカフェオレをその横にしのばせる。
大輪の鮮やかな花が次から次へと捧げられる。
お姉さんにピッタリの華やかな花たち。

これがみんなの愛。
これがみんなの想い。
棺から溢れそうなぐらいの量だった。


そして蓋が閉められ、出棺…

無事に天国まで辿り着けますように、ただただ祈る



骨はとてもキレイだった。
でも私はまだ良く理解出来ないでいた。
先月まで喋ってた人が、今はこんな姿になってしまっている。
もう肉体はない。

寿命・・・

和尚さんが言われた言葉。
「運命は変えられる。
 でも寿命は誰にも変えることが出来んのや。」と。
彼女はその寿命を全うしただけなのだろうか。
こんな短い人生において。



お姉さんは今頃、旅の途中でパンをかじりながら、
天国に向かってることでしょう。
一等美人な風貌で
みんなみんな言ってたもん。


「キレイな顔やねぇ」って






家に帰ってからいろんな話をしていたら、
旦那が写真の話を持ち出した。
そう、みんなが「淋しげに見える」と言ったあの写真。

「きっと前日口論になったのを聞いて、泣いたんやわ姉ちゃん…」

ハッとした。
きっとそうだ。
だから前日と表情が違ったんだ
みんな、愛に欠けてたよね…
逆に愛が大き過ぎたんだろうか…
でもお姉さんはきっと、分かってくれたはず。
自分勝手な私達だけど、懲りずにまた近くに来て下さいね。


月になって。
星になって。
花になって。
風になって。


私たちはいつもお姉さんを待っていますから


旅立ちのとき2

2007年01月17日 18時03分43秒 | ホスピタる~む
翌日はお通夜。
納棺にも立ち会った。
お布団で眠っているお姉さんに、
これからの旅支度が施される。


経帷子〔きょうかたびら〕に身を包むのは次に生まれ変わったとき真っ白であるように。
6文銭を持たせるのは六地蔵様に1もんずつお供えするため。
しきび(匂いのきつい植物)を入れるのは魔除けのため。
三角巾をおでこにつけないのは、最後のお顔がとても印象に残るため。
それでも中に入れるのはそれが通行手形の役目をするため。


そんな説明を受けながら、1つ1つ身支度されてゆく。

三途の川ってみなさんよく耳にしますよね?
あれは死者が7日目に辿り着く川だと言われてるそうです。
だから初七日に供養してうまく渡れるようにお祈りするそうです。
そして四十九日は新しい世界に生れ落ちる日。
それは閻魔大王様によって裁かれると読んだことがあります。
つまり四十九日の旅を続けるんですね。
その旅に必要なものを身支度するみたいです。

最後には故人が好きだった食べ物や物などを棺に入れます。
お姉さんの場合、本が好きだったようで家族が本を用意されていました。
がしかし本だけだったので、「告別式でお花を入れるとき
もっといろんなもの入れてあげて下さいね」とおっしゃいました。


私に出来ること。


それはまだあるような気がした。
四十九日の旅に必要なもの…
今までいっぱいたくさんのものを貰ったお返しに、
私は1つの考えを思いついていた


そんなことを思いながら臨んだお通夜。
祭壇はすごい花の数
種類も胡蝶蘭にカサブランカ(大きい白ユリ)、ソルボンヌ(大きいピンクのユリ)といった大きく派手な花ばかり
弔問者も300人近い人だった。
お姉さんの人柄が人数でも伺える。
でもこの日の夜遅く、とんでもない事件が起こった

お姉さんのいる式場内で、口論になってしまったのだ
いたのはお姉さんの両親と弟(うちの旦那)と旦那さん、
そして私の5人だけ。
発端は些細なことだった…
お母さんと旦那さんの間で、以前から悶々としてたことがあったようだ。


わたしは、ただただ泣いていた
お姉さんが最後の旅立ちをしようと言うときに、なんでこんなことに
お姉さんが可哀想で可哀想で
悲しくて悲しくて…

そんな最悪の終末を迎えたお通夜だった。
心に痛みを残しながらも11時前に帰途につきました。
お姉さん、ごめんね

明日はみんなでいい送り方が出来たらいいけど…

旅立ちのとき1

2007年01月16日 21時49分26秒 | ホスピタる~む

1月14日午後10時過ぎ、旦那の父から1本の電話が入った
兼ねてから闘病中の旦那のお姉さんが亡くなったと…
享年45歳、死に至るにはあまりにも若すぎる歳だった。

お姉さんは素晴らしい人だった
旦那の家族にしかない“何か”を持っていて私は大好きだった。
性格は楽観的、精神力もがん患者とは思えない強さで、
絶対自分にはなれない人だった。
最期まで強く、強く、全てを私達に教えてくれた。


お姉さんは4年半前に乳がんを発病された。
発見されたときは初期で、医者にもラッキーだと言われた。
すぐに手術。
しかし2年も経たないうちに再発、肺に転移した。
でもそれも見事完治
なのに1年ぐらい経った冬、今度は脳に転移していた…。
2005年のことだった。
やっと1つ治ったと思ったらまた次
医者は「春までもたない」と言った…
お父さんとお母さんは想い出作りにしょっちゅう旅行に出かけた。

でも…

強い強いお姉さんは、医者の言った余命を過ぎても
元気元気で誰がみても健康そのものだった


2006年の春が過ぎ、夏が過ぎ、季節が秋に替わる頃、
頭痛がひどくなり再び入院。
その辺りから段々病状が悪化していった。
入退院を繰り返しながらも、12月半ば容態が急変した。
医者に2~3日が山だと言われた。

それでもみんな諦めなかった。
親も、家族も、そして私も。
あの強いお姉さんならきっと大丈夫
そう信じていた。
その願いが通じたのか、お姉さんの容態は回復し
年越しを迎えた。

年が替わった2007年1月13日、呼吸が安定しなくなった。
それでも私はまだ大丈夫だと思っていた
根拠は何もない。
ただ大丈夫だと思ったのだ。


でも無情にも願いは届かず、1月14日、お姉さんは息を引き取った。


3~4ヶ月だと言われたのに1年頑張ったお姉さん。
2~3日だと言われたのに1ヶ月頑張ったお姉さん。
もう楽になっていいよね、そうだよね。
旦那さんのため、子供のため、親のため、
みんなの為に頑張ったもんね。
でもみんなは、もうちょっと頑張って欲しかったよ


10時半頃電話がかかってきて1時間で到着。
まだあったかい手や身体を触りながら、涙が止まらなかった
無念だったお姉さんの想いも一緒にその温もりから
伝わってきたからかもしれない…

真夜中。
にやっと帰れたお姉さんに、最後の化粧を施したのは私だった。
一生懸命キレイにしてあげようと思った。
いつもするように、ローションを塗り、クリームを塗り、
下地を塗り、ファンデを塗り、手抜きは1つもしたくなかった。
天国で一番キレイな人にしてあげる
そう想いながら化粧をした。

この日私に出来たことはこれだけだった。
「また明日来ますね」そう心で言って、2時前家路に着いた。


アイツがやってきた~その2~

2007年01月14日 13時21分11秒 | のほほん日記

翌日は前日のパンをピザトーストにしたもの&サラダの朝食
ちなみに朝食で食べたパンは…

ヤブ丸ピザと生パンの2枚
ヤブ夫ピザと生パンとトーストの3枚

モリコピザと生パン(2)とトーストの4枚

さすがです
朝から予想を裏切らない結果です。
その直後、飲食店を紹介する番組で「ウマソー」と言って
に見入ってたのも見逃しませんでした。
どれだけ食うねん


それから二人でカラオケへ
私達はほとんど二人でハモって歌うので、
常に歌ってるカラオケです
メインはコブクロですが、他にハモリのあるアーティストならなんでもやります。
ちなみにこの日は、井上陽水・奥田民夫やピーナッツもやりました
あとすごいハマったのはアニメ
サザエさん日本昔話はキーもピッタリで新たなレパートリーに。
聴きたい人はセットで私達を呼んで下さい
3時間歌って、3ドリンク4フードでなんと1150円
激安カラオケでした~


カラオケが終わったのが3時過ぎ。
そこから買い物してに帰って今度はモリコへの
お土産用にバターロールを焼き始めました
我ながら良く働きます。
4時過ぎから取り掛かり、晩ごはんの鍋の用意もしながら
7時過ぎに出来上がりました。
ちょうどお鍋も出来たのですが、合わせてパンも食べようとするモリコ
「焼きたてやしぃ~」とか言いながら早速1個食べてました
鍋は柚子白湯と言うものを食べたんですが、
なかなかあっさりしてておいしかったです

そして9時半、パン5個のお土産を手にして
モリコは帰って行きましたサヨナラ~


それから2時間後、モリコからメールが。
「お母さんが早速バターロール2つそのまま食べました
 おいしいのでお父さんには見付からないように部屋に隠してます

さすがモリ母、遺伝子の受け継ぎをしっかり確認出来ました
隠すってなんか動物的ですよね?
人間は愛があるから、おいしいものはみんなで
分け合おうとするはずなんですが


そんなこんなで2日間は過ぎました。
いやぁ~、よう食べるアイツはマジスゴです
そんな食べる女の人は居ませんよねぇ


アイツがやってきた~その1~

2007年01月13日 23時53分53秒 | のほほん日記

金晩から友人モリコが我が家に泊まりに来ました
うちのは駅から徒歩20分強。
なのにモリコは35分近くかけて来た。
なんと途中で道に迷ったのだ
もう何十回って泊まりにきてるのに…犬でも帰るぞ!って感じです。
 そして来ていきなりご挨拶。
「ただいま~
・・・

ただいまじゃないやろっ
ここは君んちじゃないっ

この日は旦那がいなかったので、晩ごはんは弁当で済ませることに。
でも弁当だけじゃ足りないだろうと、豚汁を作った。
(“共食い”かとは思ったケド)
酒かすを少し入れた(冷めにくくなるので)オリジナル豚汁
私は普通の椀盛り、モリコは大椀盛り
それでも足りないんじゃないかと、どんぶりを勧めてみるが大丈夫と言う。
なのにモリコ、「おいしぃぃ~~」とがっつき、あっと言う間に平らげた。
そして、予想通りお代わり…

「だからどんぶりにしときって言ったやん
さすがヤツです
ちなみに私は普通の椀に1杯だけでお腹一杯でした


そして同時に進めてた食パンが11時半頃焼きあがった。
焼きたてを目の前にすると、もう目を輝かせてるモリコ
可哀想なので耳を1切れ与えた
ペロリと完食。
更にもう一切れ…
私も少し試食しましたが、とてもおいしく焼けてました~
調子にのって焼きたてパンをどんどん食べてしまいそうだったので
この辺で袋にしまった。
なんとか朝ごはんはキープ出来て良かった~


はてさて、明日はどれだけ食べるのだろう…


ヤブ丸家のお弁当

2007年01月11日 23時26分42秒 | のほほん日記

私は、週に半分以上はお弁当を持参している。
もう10年以上になるだろうか…そう考えるとちと恐ろしい
最近旦那の弁当も作るようになって、時間がかかって困る
自分のだけなら前の日の残り物でまかなえたが、
旦那の弁当箱はデカイのでそれだけじゃ足りないのだ
それでも毎日、なんとか頑張って2個のお弁当を作っている
ちなみに昨日の弁当はコチラ。

メニューは鶏のりんご醤油焼き
              水菜とあげのたいたん
             ネギ入り玉子焼き
              ウインナー
             コロッケ(旦那のみ)


そして今日はコチラ。

メニューは豚肉のしょうが焼き
              野菜フライのたいたん
             りんご入りポテトサラダ
              いんげんのごまあえ
             あじのみりん焼き(旦那のみ)


まぁほとんどが残り物ですがね
りんごなんかあるうちに使わなきゃ~~って感じですね。
思いついたら何にでも入れちゃいます。
あと、鶏の醤油焼きは簡単でとてもおいしいです
軽く塩コショーした鶏を焼いて、4分の1個のりんごのすりおろしに
ぽん酢・みりん・醤油(おおさじ1ずつぐらいかなぁ)を入れて混ぜたものを
鶏にかけてフライパンで煮詰めるだけ。
大根おろしも入れると尚おいしいです
みなさんも良かったらやってみてくださ~い。


ちなみに今日の晩ごはんは、カキグラタンを作りました

私、カキグラタン大好きなんです
具材はたまねぎと舞茸、ベーコンぐらいかな。
今日は正月と言うこともあって、餅を1センチ角に切って入れてみました。
(そう言うチャレンジャーなのがスキです)
二人分で角餅1個です。
これが予想に反してウマイ
食感はチーズのようにも感じられ、とてもグラタンにマッチしてました。
きっと今後ヤブ丸家ではカキグラタンに餅が入るのは定番になるでしょう


みなさんも何かオススメ弁当のおかず、これはウマイ簡単メニュー等が
ありましたら是非教えて下さいね~~


コブクロ新曲“蕾(つぼみ)”

2007年01月10日 21時33分46秒 | ミュージックる~む

東京タワーと言う小説をみなさん御存知ですか?
200万部を超える売り上げだそうです。
リリーフランキーさんの実話で、亡くなったお母さんの事がかかれています。
私は小説は読んでないんですが、TVの特番で見ました。
それとは別に、今回ドラマ(いわゆる月9と言うヤツ)で放送されています。
その主題歌に、コブクロの楽曲が決まりました
ディレクターさんにどうしてもとお願いされ、
小渕くんがドラマの為に書き下ろしたものです。

実は小渕くん、18歳の時にお母さんを亡くされています
だからなのか、この楽曲はとても内容のある、
切なくも、愛で溢れたものになっています。

一昨日からラジオのオンエアが解禁になり、
初めてきちんと聴いたんですが、言葉が出ませんでした…
それは、蕾を亡くなったお母さんに例えた歌だからでした。


     散り際に もう一度
     開く花びらは あなたのように

     聞こえない がんばれを 
     握った両手に 何度もくれた


歌い方も含めてそのフレーズが特に、
胸の奥深いところにズキンと届きます…


皆さんは迷ったとき、辛いとき、どうやって乗り切りますか?
自問自答して乗り切る人が大半でしょう。

でも小渕くんはきっと、
自分が岐路に立たされたとき、
どうしても答えが見付からず迷ってるとき、
辛く悲しくたたずむとき、
お母さん(大切な人)=蕾は強く優しく、
言葉を放つわけじゃないけど、
側にいて『頑張れ』って言ってくれてるよと言いたかったのでしょう。
大切な人に会えない人にとっては、
とても大きな大きな力になる歌かもしれません



会えなくなった大切な人は、ときに風になり、雨になり、
道になり、壁になり、花になり、蕾になり、
自分の前に現れると小渕くんは言います。
そんな愛に包まれた彼が描く世界だからこそ、
こんなすばらしい楽曲が出来るのでしょうね。

まだまだコブクロの温もりから、離れられません
みなさんも良かったら一度聴いてみて下さいね