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小説 マッターホルン ("Matterhorn" by Karl Marlantes)

2011-04-30 20:28:06 | レビュー

マッターホルンはベトナム戦争を描いているが政治小説でも単なる戦争小説でもない。
人間の精神的な葛藤とあらゆる感情を究極の状況下で描き出した人間ドラマだ。

著者の Marlantes は海兵隊員としてベトナム戦争に参加した経験を基に小説を組み立てたそうだ。
小説の中での記述が事実に忠実だとベトナム戦争を経験した退役軍人から評価されている。
海兵隊の経験がない人間にとっては、聞き慣れない言葉がたくさん登場する。
末尾の用語集を先に読んだ方がいいと思えるくらいだ。
小説は徹頭徹尾、冷徹な現実を中心に展開している。

新しく配属された Mellas 少尉は Bravo Company (中隊)の第一小隊を率いることになる。
彼はベトナムで履歴書に箔を付け帰国後は政府関係の仕事につこうと考えている。
さらに、ベトナムでも政治的な策略で昇級できれば、とすら思っていた。

ところが現実は甘くなかった。
ジャングルの中で多くの死と直面し、肉体的にも精神的にも追い詰められていく。
組織の中で歯車として働き、戦争そのものにも疑問を抱く。
戦いの目的を見失い、アドレナリンの効果だけで前に進む。
爆発する怒りで殺人を正当化し、失われた友人の亡霊に苦しむ。

登場する多くの個性的な人物は、欠点や悩みを抱えそれぞれ苦しんでいる。
それぞれの人間関係が複雑に絡み合い、人種問題がさらに糸をもつれさせていく。
グループ同士の衝突に加え、各グループ内での権力争いも激しくなる。

極限状況で育まれた友情は Semper Fi (常にお互いに忠誠を尽くす)の言葉に象徴されている。
Semper Fi は海兵隊のモットーで国に忠誠を誓うことを意味しているが、実際には海兵隊員同士の信頼関係、忠誠に対して用いることが多いという。

戦闘で負傷した Mellas 少尉は治療を受けるため一時戦場を離れる。
病院船でのエピソードは彼の内面の変化をシンボル化して表現している。
そして、筋書きはある意味で象徴的な展開を見せて終結する。

漠然とした愛国心だけで志願した主人公は、アメリカはベトナムで絶対に勝てないことを悟る。
そして、意味のない戦いで多くの人が命を落とすことにやり場のない憤りを感じる。
戦場での経験を通じて人間として大きく成長した主人公は、同時にPTSDにも悩まされる。
何度も究極の選択を迫られ、苦渋の決断を下してきたからだ。
強力な小説である。

Marlantes はこの小説を30年かけて書き上げたという。
アメリカ史上の汚点であるベトナム戦争を舞台に、物語を体の芯まで響くように描写する彼の筆力に脱帽する。
まさに魂を揺さぶられる小説だ。
彼の次の本が30年後とならないことを願う。

 


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