ぶらっと 水戸

水戸の見て歩き

水戸郷土かるた

2023-09-01 21:10:16 | 水戸

 昭和54年に初版が発行されたかるたのようです。ただその後、平成4年に常澄村が、平成17年に内原町が水戸市と合併したりしていますので、内容が変わっているようです。私の見たのは、平成26年版のかるたです。全部で54枚ありました。それを分類すると、おおよそですが、市勢や現在の事物(市民憲章、黄門まつりなど)が6,寺社(水戸八幡宮、二十三夜尊等)が10,史跡(偕楽園、木葉下金山等)が19、自然(千波湖、ヒカリモ等)が3,伝説(ダイダラボウ)が1、人物(徳川光圀、藤田東湖等)が6、有形無形の文化財が9(大日本史、大根剥き花等)でした。以下はそのいくつかです。

 

偕楽園
 水戸を代表する景色で、偕楽園の散策路から見た好文亭のようです。このかるたは、子供たちが描いた絵を使っているようです。いろは順になっていましたので、これが始めの一枚です。

 

水府流水術
 水術は、武芸の一つとして重視されていたようです。徳川斉昭は、水術を水府流として奨励したようです。光圀の隅田川水泳の話も有名です。

 

大根剥き花
 郡司助右衛門が始めたという、元石川町に伝わる、結婚式などで飾られる、大根で花を作って飾る民俗芸能だそうです。明治20年に手子后神社に奉納された絵馬があるそうです。現在も、大根むき花保存会によって行われているそうです。

 

田谷の棒術
 天明の飢饉の時代に、那珂川流域の農村等に自衛の手段として伝えられて広がったという棒術だそうです。田谷には天明3年(1783)に伝えられたそうです。棒術の祖は関が原の合戦に出陣した佐々木徳久だそうです。

 

水戸八景
 徳川斉昭が制定したという水戸八景を巡ることがおこなわれたようです。20里(80km)あったそうですが、健脚の人は1日で回ったとも言われているそうです。(疑問を持つ人もいるようです) 現在の水戸市内にあるのは、偕楽園内の僊湖(せんこ 千波湖)暮雪碑と、青柳・鹿島香取神社の青柳夜雨碑です。

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