西野了ブログ テキトーでいいんじゃない?

日々浮かんでくる言葉をエッセイにして・・・・・・。小説は「小説を読もう 西野了」で掲載中です。

超高速でキーボードを叩くトラ猫

2024-01-26 15:53:32 | Weblog

 久しぶりの休日なので、ネットカフェに行く。

 アイスカフェラテをつくり、オープン席につく。「龍狼伝」と「修羅の門」の単行本と、「キングダム」の最新話が載っておるヤング・ジャンプを持ってくる。

 パソコンのインターネットからキース・ジャレットの音源を引っ張ってくる。ヘッドフォンをしてキース・ジャレット・トリオの演奏を聴く。「俺は真のジャズ・ファンだぁ!」とうんちくを垂れる奴はどうしてキースが嫌いなのだろう? マイルス・デイビスだってキースを認めているのに。

 「修羅の門」の最新刊を読んでいると、派手な格好をした婆さんが身体を傾げながら、ゼイゼイ言いながら歩いてきた。

 僕が優雅に漫画本を読んでいると、婆さんが偉そうに手招きしている。携帯電話を充電するのにプラグの差込口がわからんと言うのだ。それだけしか話していないのに、ヒューヒューと不吉な音が真っ赤な口から洩れている。

 それから婆さんは懐からトラ猫を引っ張り出した。太った大きな目つきの悪いトラ猫だ。婆さんはゲホゲホと咳をしながら、そのトラ猫用に椅子を確保した、トラ猫はパソコンの前に座るとマウスをクリックし、現れた画面を見ながら猛烈なスピードでキーボードを叩き始めた。隣の婆さんもその画面を見ながら手帳に何か書き記している。そして時折トラ猫に耳打ちし、それに対してトラ猫も「ウニャ」とか「フン」とか答えている。

 僕はヘッドフォンをしているが、何故か奴らの声や動作の音が頭に入り込んでいる。僕の至福の時が婆さんとトラ猫に破壊されている。僕はだんだんと怒りがこみ上げてきた。我慢できずにジーンズのポケットから柴犬の五郎を取り出して、彼らの騒がしい動作をやめさせようと試みた。

 五郎はちょっと遠慮しながら「ウー、ワン!」と威嚇した。すると婆さんが「虎八、やっておしまい!」としわがれ声で叫んだ。「シャー!」とトラ猫・虎八は電光石火の右猫パンチをくり出した。「ワオーン」と情けない声を上げた五郎は吹っ飛ばされてしまった。そして我が愛犬は文字通りしっぽを巻いて僕のポケットに逃げ帰ってしまったのだ。その後、婆さんと虎八は何事もなかったかのように、同じ作業を続けていた。

 あーっ、だから僕は婆さんと猫が嫌いなのだ。
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壁に掛かっている時計と白い猫

2024-01-26 08:32:06 | Weblog
 男は灰色の医師から余命数ヶ月と告げられた。彼はそのことに対して心が揺れ動くことはなかった。
男の体に痛みはなかった。ただ体内のエネルギーが不足している感覚はあった。
「これからは、好きなことをして過ごして下さい」灰色の医師は申し訳なさそうに言った。
「・・・はい」男はそう答えたが、自分がやりたいことが思い浮かばなかった。
壁に掛かっている丸い時計の秒針がいつもより早く進んでいた。


 病室の窓から外の景色を見たり、屋上で爽やかな風に吹かれたりして男の時間は過ぎていく。
 屋上のベンチに座っていると白い少女が話しかけてきた。
「おじさん、楽しそうだね」
「僕はもうすぐ死ぬんだ」
「フーン」白い少女の反応は何の感興もなかった。
「おじさん、あたしはずっと病院で暮らしているんだよ」
「学校は行ってないの?」
「病院で授業を受けてる。ほら今はインターネットで勉強できるでしょ」
「うん」男は少女の顔を見た。
「おじさん、外の世界では戦争ばっかりしているでしょ?」
「えっ、そうかな?」
「学校だって会社だって家の中でも戦争ばっかりだってママが言ってたよ」
「確かに何処でも戦争しているなぁ」男はポケットから煙草を取り出して火をつけた。
「おじさん、戦争から逃げるために病院に来たんでしょ」少女の灰色の瞳がクリクリと動いた。
「ああ、そうかもしれないなぁ」男が吐き出した白い煙は二人の周りをグルグル回った。
「じゃあ、もう大丈夫だよ。戦争から逃げることができたから」
「そうかぁ・・・」
「そうだよ」白い少女はそう言うと手を振って何処かへ行ってしまった。


「・・・さん、調子はどうですか?」昼食後、ピンクの看護師が男のベッドにやってきた。
「まあまあです」男は面白くなさそうに言った。
「昼ご飯はちゃんと食べられましたか?」看護師はオーバーテーブルの上にある昼食のトレーを見た。トレーにはプリンだけ残っていた。
「あら、デザートはいただかないのですか?」看護師は舌なめずりをしながら訊いた。
「プリンは苦手です」
「朝食のヨーグルトも残していたわね」看護師は「ゴックン」と唾液を飲み込んだ。
「外は戦争ばっかりで食べ物が手に入らないのですか?」
「戦争ばっかり・・・? そうそう、そうねぇ。みんなが争ってばかりだから食料不足ね」看護師は頭を激しく上下に振った。
「食べ物を粗末にしてはいけないけど、僕、プリンは駄目なのです」
「そうなの、プリンを食べられないのね。だけど食べ物は粗末にしてはいけないわ。仕方ない。私が食べてあげようかな?」
「ええ、お願いします」看護師は男の返答を待たずにパクパクとプリンを食べた。一瞬でプリンを食べ終えた看護師は嬉しそうに男を見て言った。
「夕食のデザートは葡萄のゼリーなの」
「ああ、僕はゼリーが苦手なのです」
「そうなのね、外は食料不足なのよ。でも体が受け付けないものは無理しては駄目よ」
「はい・・・」
「また夕食後に来るわね」看護師はピンクの舌でピンクの唇を舐めながら部屋を出て行った。


「うーん、ここのオレンジジュースは絶品ですな! あなたもそう思いませんか?」休憩室で三つ揃えを着た黒い紳士はそう言うと、男の顔を覗き込んだ。
「そうですね」男は曖昧に返事をして紙コップのホットコーヒーを一口飲んだ。
「ところで、最近の円高には困りますなぁ。いったい政府は何をしておるのでしょうか」
「はあ・・・」
「やはり戦争ばかりしているから我が国は疲弊しておるのです。そう思いませんか、あなた?」
「戦争ばかりしているのでしょうか?」
「そうですよ、あなた。ほら猫族だって戦っているしょう」黒い紳士は勝ち誇ったように、自分の胸のポケットから三毛猫を取り出した。
「この三毛猫の長十郎君は我が国の次期大統領候補です」
「この猫が次期大統領・・・候補?」
「そうです。長十郎君がこの国の救世主です」
「この猫が救世主ですか?」男は首を捻った。
「あなた、まだお気づきになりませんか? 長十郎君は三毛猫なのにオス、つまり男性なのですよ。神に選ばれし猫なのです!」
「はあ・・・」男はまた首を捻った。
「そして長十郎君は『猫族のんびり・まったり世界選手権』の三年連続チャンピオン、絶対王者なのです」
「絶対王者ですか・・・」男は長十郎を見ると三毛猫は「アオウ」挨拶した。
「この長十郎君が我が国の大統領に就任すれば戦争は終わります。我々の待ち望んだ平和がついに実現するのです」
「なぜ長十郎君が大統領になれば、平和が実現するのですか?」
「だって、あなた、猫族は喧嘩嫌いでしょ」
「・・・・・・」
「おお、もうこんな時間だ!」黒い紳士は懐中時計を見ながら叫んだ。長十郎は黒い紳士の肩に飛び乗った。
「それでは失礼いたします。あなたのお家のマサナカちゃんには首相として長十郎君を補佐していただきますので。その節はよろしくお願いいたします。では、また」黒い紳士は一礼すると長十郎も「ニャニャニャニャニャ―ニャ」と別れの挨拶をした。


「フーム・・・」灰色の医師はカルテを見ながら思案していた。
「先生、ちゃんと言ったほうが良いですよ」ピンクの看護師が囁いた。
「わかった。大変言いにくいことなのだが、・・・さん、あなたの余命はあと五〇年だ」
「はあ・・・」
「大変ショックだろうが、気を強く持つように」灰色の医師は男の視線を避けるようにカルテを凝視した。
「明日の朝食のデザートはチョコレートケーキですって」ピンクの看護師が舌なめずりしている。
「僕は甘いものは苦手です」
「そうなの。確かに甘いモノばかり食べていると体に良くないわ。私が朝食の終わり頃に行くので待っていてね」ピンクの看護師の喉は「ゴックン」と大きな音をたてた。
 男は部屋の壁に掛かっている丸い時計を見た。時計の秒針は逆回りに時を刻んでいた。その秒針は時折止まり、それから慌てて四秒か五秒飛び越えて時を刻んでいた。


 病院の屋上は風が舞っていた。
「おじさん、今日は煙草を吸わないの?」白い少女は小さくなっていた。
「ああ、煙草は止めたんだ」
「体に悪いしね」
「そうだね」
「よいしょ」小さくなった白い少女はそう言うと男の座っているベンチに這い上った。そして男にピッタリと寄り添った。
「おじさん、この病院を出て行くの?」
「うん」
「外はまだ戦争やってるよ」
「うん、外は戦争ばかりだけど、僕はそこに戻らなきゃいけない・・・・・・」
 音もなく風が吹き抜けた。白い少女の柔らかい髪が揺れた。
「アッ、猫!」白い少女が指差すほうに白猫がゆっくりと歩いていた。
「ニャー!」白猫は男を見て鳴いた。


 男は眩しくて眼を開けることができなかった。彼の体は鉛を含んでいるかのように重かった。
「ママ! ママ!」耳元で聞きなれた声が響いた。
「あなた」いつも聞いている声だ。男の耳に引っかかる・・・。
 男は眩しさに耐えながらゆっくりと眼を開けた。目の前には驚いている娘の顔と不思議そうな妻の顔と不愛想な白猫の顔が並んでいた。
「もう大丈夫です」灰色のセーターに白衣を引っかけた医師が言った。
「良かったです。娘さんが言ったように白猫ちゃんが呼びかけたら、お父さん眼を覚ましましたね!」ピンクの制服を着た看護師が笑った。
「ここは?」男は訳が分からなかった。
「あなた、女の子を助けたのはまあ偉いけど、自分の歳も考えてくださいよ、もう」黒い服を着た妻は呆れていた。
「ママ、そんな言い方はないでしょ! パパはマンションから落ちた女の子を救ったヒーローよ。女の子を受け止めたときに頭を強く打って意識不明だったの。覚えていない? パパ」
「うーん・・・」男のぼんやりとした返事に妻と娘は笑った。
「ねえ、ママ。差し入れのチョコレートケーキ食べない? パパが目を覚ましたお祝いに」
「そうねぇ。いただきましょうか。ずっとマトモなものを食べていないし」
「正中ちゃんもケーキほしいかなぁ?」
白いワンピース姿の娘はケーキの入った箱を白猫に目の前にかざした。椅子に座っている白猫のマサナカはつまらなそうに横を向いた。そして男の顔を見て「ニャー!」と挨拶をした。それから上を向いた。
白猫の碧い瞳には病室の壁に掛かっている丸い時計が映っていた。時計の長針と短針は⒓のところで重なっていた。銀色の秒針は一秒ごとに丁寧に時を刻んでいた。白猫のマサナカはそれを確認すると、「フッ」と一息つき、ゆっくりと碧い瞳を閉じた。
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