湯原は身を乗り出し、下を見た。
ビッグBが海に吸い込まれていくのが見えた。
一瞬の後、水しぶきの白い塊が、花火が破裂するように円を描いて飛び散った。
『新陽』発電所から、数十メートルは離れている。
そのデータの送信が途絶えていた。
その状態が一分を超えた時、パソコンは次のステップに入った。
まず、予め用意されていた文書が呼び出された。
さらにその文書が、指定されたいくつかの場所へ、ファックスされることになった。
その文書は次のようなものだった。
『 関係者各位
我々の希望がきいてもらえず残念だ。その結果としてCH-5XJが高速増殖原型炉
「新陽」に落ちたことは、たった今確認した。「新陽」が無事であることを、我々は確信して
いる。今回用意した爆発物は、ダイナマイトたった十本である。原発の各種安全装置は
確実に機能し、今頃は原子炉は安全な状態で冷やされていることだろうと思う。
今回の試みは、我々からの忠告である。
沈黙する群集に、原子炉のことを忘れさせてはならない。その存在に気づかぬふりを
させてはならない。自分たちのすぐそばにあることをいつも意識させ、そのことの意味を
考えさせねばならない。そして彼等に道を選ばせねばならない。
今回我々が「新陽」を狙ったのは、それが最も危機感を与える効果があると思ったから
だが、、じつはもう一つ理由がある。それは、世界最大のヘリを千数百メートル上空から
落下させた場合、他の原発では放射能漏れのおそれがあったからである。
それは原子炉建屋の堅牢さとは無関係だ。
我々が恐れたのは、何かの狂いで、ヘリが使用済み燃料プールに墜落することであった。
プールの天井は、原子炉建物のように頑丈ではない。薄い板一枚である。
その下に、プルトニウムを大量に含んだ使用済み燃料が、大量に並んでいる。
そこへヘリが突っ込み、たとえ十本のダイナマイトでも爆発するとどうなるか。
プルトニウムは水に混じりだすだろう。そしてやがて浴槽の垢のように、プール壁面に
付着するだろう。中には乾燥し、細かな粒子となって浮遊し、どこまでも飛んでいくものも
あるだろう。その粒子が人の肺に入り、定着し、そこで放射能を発し続けることもあるかも
しれない。確率の低い話である。しかしゼロではない以上、我々としてはそうした原発を
狙うわけにはいかなかった。現在日本中の原発は、どこも皆、使用済み燃料を大量に
抱えている。それが少ないのは、稼動して間もない「新陽」だけであった。また「新陽」は
プールを地下に設置してある。ヘリからの被害を免れるだろうと我々は予測した。
皮肉なものである。危険だと思われている高速増殖原型炉が、我々の計画の前では、
最も安全だと判断されたのだ。
我々の周りに存在している原子炉が、ひとつの顔を持っているわけではないことの証
であろう。彼等は様々な顔を持っている。人類に対して、微笑むこともあれば、牙を剥く
こともある。微笑みだけを求めるのは、傲慢である。
繰り返す。沈黙する群集に、原子炉のあることを忘れさせてはならない。
常に意識させ、そして自らの道を選択させるのだ。
子どもは刺されて初めて蜂の恐ろしさを知る。今度のことが教訓になることを祈る。
ダイナマイトはいつも十本とはかぎらないのだ。
天空の峰 』
数々のベストセラーを放つ著者が、1995年に刊行した「天空の峰」。
ここに描かれている問題は、今なお、解決されないままで、日本国が抱えつづけている
最大級の国家危機である。
対談『二十一世紀の警鐘』 池田大作/アウレリオ・ペッチェイ 1984年
<未来のエネルギー源>
池田:石油や石炭といった、現在、主流を占めているエネルギー資源は、大気汚染等の深
刻な問題を抱えているばかりでなく、やがていつかは枯渇してしまう有限な資源です。
そこで、原子力がこれからの主要エネルギー資源の一つになるであろうと期待する
人々が少なくありませんが、その危険性は計り知れないほど大きいことが、
すでに種々の事故によって実証されています。
中略
そればかりでなく、放射性廃棄物の処理の仕方が、いまや重大な問題になっています。
よほど厳重に密閉された容器に詰めて投棄したとしても、腐食・破壊の危険は、
どのような物質で作られた容器にもつきまといます。
中略
このように、原子エネルギーは、この地球の陸地も海洋も放射能で汚染する危険性を
もっています。したがって、代替エネルギーが開発されるまでの“つなぎ”として、
ある程度やむをえないかもしれませんが、今日の石油に代わる主エネルギー資源と
して、原子力に期待することはむずかしいと私は考えます。
「沈黙する群集」ではなく、言を発する人間でありたいと思う今日この頃。